第7話:見栄えの良さ

 鬱蒼と茂る森の中、どこかの誰かが作った地割れに沿って歩く。


 森に入って約半時間、現状では環境に大きな変化は見られない。


 外に湧き出るかもしれないと言われていたアンデッド系の魔物は影も形もない。


 ちいさくてかわいい森の仲間たちも地割れの存在を気にせずに、変わらぬ平穏な日常を過ごしている。


 このまま例の洞窟とやらもデマだったら良いのにと思いながら更に歩を進めていく。


「ふんふふんふ~ん♪」


 先頭を行くのはギルドを出る直前の態度が嘘のように上機嫌なノア。


 これまで着ていたリーヴァ教の聖女服ではなく、ここに来る前に受け取った新しい衣服がその身を包んでいる。


「新しい服の具合はどうだ?」

「動きやすくって、ちょーいい感じ!」


 言葉通り、身軽そうに身体を翻すノア。


 短めの脚衣と、それによる素肌の露出を補うロングブーツ。


 厚手ながら風通しの良さそうな素材を使った服にフード付きのミニマント。


 基本的には一般的な女性冒険者スタイルだが、白を基調とした色合いに加えて神秘的な趣の意匠が程よく施されている。


 総じて聖女でありながら冒険者であるという異質な立場をよく表現できてる服装だ。


 女性の服装事情なんて分からないからと諸々をエイルに一任したわけだが、文句の付け所がなく仕上がっている。


「それは良かったけど、そうやって無駄に動き回ってると危ないぞ。コケたり引っ掛けたりして、せっかくの服を台無しにしても知らないからな」


 新しい装いを見せびらかすようにクルクルと回りながら進むノアに注意する。


 そう動かれると、脚衣とブーツの間にある少し肉付きの良い太ももが嫌でも目に入ってしまう。


 けしからん。


「へーきへーき! こう見えて運動神経は悪くな、わっ!」

「……っと、だから言わんこっちゃない……」


 言ったそばから足を踏み外しそうになったノアの首元をとっさに掴む。


 近くで見ると、全体的にタイトなせいで胸が更に強調されているのがよく分かった。


 ゆったりした以前の服よりも若干目のやりどころに困る。


 けしからん。


「あはは……めんぼくない……」

「ったく、気をつけろよ。いくら冒険用の服とはいえ、一日でダメにしたらもったいないんだからな」

「ふっふっふ、その点は心配に及ばないわよ」


 色んな意味で警戒心の薄いノアに注意しているとエイルが不敵に笑い出した。


「心配に及ばない? どういうことだよ」

「プロデュースド・バイ・エイルの聖女服をそんじょそこらの量産品と一緒にしてもらっちゃ困るってことよ! まず繊維には女帝蜘蛛アラクネの糸を織り込んだ高性能素材! 最新技術の粋を結集したこれは高度な耐刃・耐衝撃を兼ね備え、どんな凶獣の牙だって通さないのよ! コケたところで傷なんて一つも付くはずないでしょ! もちろん、それだけじゃないわ! クリスタルシェル由来の高級染色剤によって耐火・耐冷性も付与! 他にもうんたらかんたら~……」


 続けて、いかに素材や工法に拘ったかを聞いてもいないのにひけらかし始めた。


「おおー……よく分かんなかったけど、すごいんだ」

「ふふん、この私がプロデュースしたんだから当然よ。ゆくゆくは教団の資金源の一つとして一大ブランド化も視野に入れてるわ」


 能書きを聞いて素直に感心しているノアと、輪をかけて自慢気にしているエイル。


 一方で俺は別のことが気になった。


「……で、この上から下までで合計でいくらかけたんだ?」


 ノアの頭からつま先までを順に示しながら尋ねる。


「えっ?」


 俺の質問に、虚を突かれたようにエイルが固まった。


「その最新技術の粋を結集した服とやらを作ってもらうのに、一体いくらかけたんだって聞いてんだよ」


 更に圧をかけながら問いただす。


 ノアの当面の生活費諸々は俺が面倒を見るということで、以前飛竜を倒して得た残金を渡しておいた。


 おおよそ三十万ガルドほどだが、数カ月間の生活基盤を整えるには十分な額だ。


 さっきまで饒舌だったエイルが無言になり、ゆっくりと目線を逸らす。


「えっと……二十万ガルドくらい……」


 そして、バツが悪そうにボソリと呟いた。


「なるほど、これだけの品だ。確かにそのくらいはかかってるよな…………って、なんで服の一式揃えるだけで、そんなおかしな金額がかかってんだよ!」

「え? 私が注文した服の値段がおかしいって、安すぎるって意味よね?」

「すっとぼけようとすんな!! 渡した金の三分の二じゃねーか! 高すぎるわ!!」

「し、仕方ないでしょ! さっき言った通り、素材やデザインに色々拘ったら自然とかかっちゃったのよ!」

「かかっちゃった、じゃねーよ!! あれだけ余計なもんは買うなって念を押しといたよな!?」

「余計じゃないわよ! こういうのはね! 最初に良い物を揃えるのが一番効率的なのよ!」


 正当な俺の怒りに逆ギレしてくるエイル。


 やっぱりこいつに任せたのは大失敗だった。


「ほんとにお前って奴は……。足りなくなったら、今度はお前にも身銭を切ってもらうからな」


 無駄遣いしている気配は無いし、まだあの犬小屋に住んでいるならあの時の金がほぼ丸々残っているはずだ。


 むしろ最初から半分は出させるべきだったのかもしれない。


「まあまあ、二人とも喧嘩しないで仲良く仲良く。お金なら今から行くどーくつでませき?ってのをいっぱい集めればだいじょーぶなんでしょ?」


 歩く二十万ガルドになったノアが手振りを交えながら仲裁に入ってくる。


「そう! その通り! これから冒険者稼業で何百万何千万と稼ぐんだから! そのための投資として考えたら二十万ガルドなんて安いものよ!」

「見本として飾っておきたいくらいの皮算用だな」


 あまりに楽天的すぎるエイルを横目に漏らす。


 しかし、そうしたところで無駄遣いした金が返ってくるわけでもない。


 後は例の洞窟とやらに金目のものがあることを祈るしかないのも事実ではある。


「ていうか、余計な物って言うなら貴方も買ってるじゃないの」

「余計な物? 俺が?」

「それよ、それ。腰のやつ」


 そう言ってエイルが示したのは、俺が腰に提げている一振りの手斧。


 二人が注文した服を受け取りに行っている間に、近くの武器屋で調達してきた物だ。


「私が授けた神遺物があるのに、そんなのわざわざ買わなくってもいいでしょ」

「こいつは保険だよ。あれがまた大事なところで出て来なかったら困るだろ」


 思い返すのはリーヴァ教の兵士たちと対峙した時のこと。


 あの斧はきっと、俺の心にほんの少しでも迷いがあれば出てきてくれない。


 常に最適な精神状態で戦いに臨めるか分からない以上、保険を用意するのは当然だ。


「だからって、そんなボロっちいのじゃなくてもいいでしょ。見栄えが悪いと私の使徒として示しが――」

「何件も武器屋を回って、ようやく見つけた一本がこれだったんだよ……」

「あ、ああ……そうなの……」


 そう言いながら斧を手にとって見せると、一転してエイルの表情が同情的になる。


 刃は至るところが欠けてボロボロ。


 木製の柄はささくれ立ち、握っているだけで手がチクチクとした不快感に塗れる。


 剣や槍といった主流の武器が華々しく陳列されている店内で、まるで陽の光を嫌って岩陰に隠れる虫のように隅で放置されていた逸品だ。


「相変わらずひどい扱いね……。でも、どうしてそこまで嫌われてるのかしら……」

「さぁな、ゴキブリを見たらギョっとするみたいに人間の魂に刻まれてんじゃねーの」


 これを買いたいと言った時の店主の得体のしれない物を見るような顔。


 腰から提げて街中を歩いている時に向けられた侮蔑的な視線と言葉。


 嫌われているでは済まない扱いは思い出すだけで精神が摩耗していく。


「うーん、私はカッコいいと思うけどなー」

「よ、よせやい……」


 ノアの無邪気な感想に照れながら斧を腰帯に戻す。


 カッコいいなんて言われたら好きになっちゃうだろ。


「斧はまあいいけど、そっちの大荷物は何なの? 街の荷運びポーターじゃないんだから」


 今度はパンパンに膨らんだ背嚢へと文句を付けられる。


「照明具とか水とか非常食とか、ダンジョン探索するなら色々必要になるだろ。むしろお前らが軽装すぎるんだよ」


 二人の身なりを改めて確認する。


 ノアの荷物は小さな携行鞄といつもの杖だけで、エイルに至ってはほぼ手ぶらだ。


 揃ってダンジョン探索を舐めてるようにしか見えない。


「亜空間に物を収納する魔法とかないわけ?」

「ねーよ、そんなもん。何の知識だよ」

「とにかく見栄えが悪いのよ、見栄えが」

「街中ならともかく、ダンジョンでそんなこと気にしたって仕方ないだろ……」


 そもそも武器が斧の時点でどう足掻こうが見栄えは最悪だ。


 使えるなら俺だって剣みたいな主役級の武器が使いたい。


 双剣とか最高にカッコいいよなぁ……。


 剣術と魔法と組み合わせて戦う魔法剣士なんかも憧れる……。


「今回は仕方ないけど、一応は教団の顔の一人なんだからもう少し意識を高く持ってよね」

「うるせぇな……そんなことよりもさっさと行くぞ」


 グチグチとうるさいエイルに背を向けて再び地割れに沿って進み出す。


 そこから森の中を更に三十分ほど歩き続け、俺たちは目的の場所へと到達した。

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