第2話:白金級冒険者とは

 二人の冒険者ギルドへの登録を終え、三人揃ってやってきたのは併設の酒場。


 外の酒場より広めの店内では今日も朝から冒険者という名の酔っ払いたちで賑わっている。


「さて! 冒険者になったことだし、早速ダンジョンにでも潜りましょうか!」


 その一隅の席に着くや否や、エイルが開口一番に発した。


「……お前って、本当に人の話を聞いてないんだな」

「何がよ」


 傲慢ごうまんが服を着ているようなふてぶてしさ。


 ここまで来るといっそ膝をついて拝みたくなるほどの貫禄さえある。


「さっき主任が説明してたばかりだろ。登録から三ヶ月、見習い期間中はギルドの管理下にあるダンジョンへの入場は制限されるって」

「へ? そんなこと言ってたかしら? ノア、聞いてた?」

「んー……言ってたような……言ってなかったような……」


 恵まれた顔を並べてすっとぼける二人。


 俺をからかっているわけじゃないなら、かなり深刻なレベルの鳥頭だ。


 ダンジョンよりも先に医者へ連れて行った方がいいかもしれない。


「いや、言ってたからな。真面目に聞いてなかったエイルはともかく。なんであんだけ熱心に聞いてたお前まで覚えてないんだよ……」

「ん~……めんぼくない……あっ、おねーさん! これとこれ、後……これとこれで!」


 申し訳無さそうにしながら、給仕のお姉さんを捕まえて大量の注文をしていくノア。


 どうしてここまでたわわに実ったのか、その一端を掴んだ気がする。


「ダンジョンに入れないってどういうことなのよ。冒険者になったらダンジョンで一攫千金が出来ると思って、昨夜はワクワクしすぎて八時間しか寝られなかったのよ!?」

「めちゃくちゃ健康的じゃねーか……。とにかく登録してから三ヶ月間はギルドの管理下にあるダンジョンには入場不可だ」


 ほんの数分前に言われたことを改めて俺の口から説明する。


「なによそれー……つまんなー……」


 エイルが口を尖らせ、不満げにテーブルの上に突っ伏す。


「規則は規則だ。破ったら罰則を喰らうぞ。それともいきなりマイナス点持ちになって、俺と一緒に永世銅級コンビでも組みたいのか?」

「それ、自分で言ってて悲しくならない?」

「なる……って、うっせぇ! とにかく、しばらくは大人しく薬草採集でもしとけってこった。一回行ったし、もう手慣れたもんだろ?」


 あの時は途中でとんでもない邪魔が入って薬草を持ち帰られなかったが経験は経験だ。


「えー……あれって死ぬほど退屈じゃないの……。私は、もっとこう……血沸き肉踊るようなハチャメチャな冒険がしたいのよ!」

「ハチャメチャなのは、もうしばらくこりごりだよ……」


 最近の出来事を思い返しながら、大きくため息を吐く。


 こいつらと出会ってからは、まさにハチャメチャ怒涛の一週間だった。


 飛竜との邂逅に続いて、リーヴァ教の兵士との諍い。


 死んでもおかしくない出来事を何度も乗り越えて俺はここに座っている。


 もうしばらくは危険な事にわざわざ自分から首を突っ込みたくない。


「冒険者になれって言ったあんたがそんな調子でどうするのよ。私はサクっと最短距離で白金級にならないといけないっていうのに」

「白金級って……冒険者になった方が良いとは言ったけど、そこまでは言ってねーよ」


 冒険者になればこの街では色々と融通が利く。


 そう言って、ノアだけでなくエイルにもこの際冒険者登録を薦めたのは確かに俺だ。


 とはいえ白金級になれだなんて一言も言ってないし、こいつになれるとも思わない。


「やるとなったら頂点テツペンを目指してなんぼでしょうよ。どんな形であれ顔が売れれば、それだけ教団の宣伝にもなるもの」

「やけに乗り気だと思ったらそんなこと考えてたのかよ」

「当たり前でしょ。私の行動は全てそこに帰結するのよ。私は教団のために、教団は私のために。冒険者として名前を売るのはその第一歩よ!」


 椅子から立ち上がりそうなほどの勢いで高らかに宣言するエイル。


 完全に冒険者、というか世の中を舐めきっている。


「お前な……簡単に言ってるけど、白金級の冒険者ってのがどんな存在なのか知ってんのか?」

「知るわけないでしょ。今日なったばかりなんだから」

「はぁ……いいか? 白金級の冒険者ってのはな――」


 世の中を舐めきっているエイルへ、白金冒険者について語っていく。


 白金級とは、ほんの一握りの者だけが到達できるミズガルドのヒエラルキーの頂点に立つ存在である。


 それはただ漫然と依頼をこなし続けた先に到達出来る場所ではない。


 単身で千にも及ぶ魔物の群れを掃討出来る一騎当千の戦闘力。


 常に冷静沈着で、あらゆる困難を切り抜ける的確な判断力。


 決して折れることのない不撓不屈ふとうふくつの気高き精神。


 そして、多くの人々から畏敬を集めるカリスマ性。


 冒険者に必要な全ての能力を高いレベルで兼ね備えた者が、評議会からの承認を得て初めて到達出来る称号である。


 その名声はミズガルドを超えて一天四海に響き渡り、時には他国の王族から依頼が来ることも。


 まさに冒険者の中の冒険者。


 ミズガルドに生きとし生ける全ての者の憧れなのだ。


 ……中にはとんでもないクソ野郎や変わり者も居たりするが、今は置いとこう。


「――というわけで、冒険者が数千人いて一人がたどり着けるかどうかって称号なんだよ。分かったか?」

「ふむふむ……なるほど……」


 流石に自分の考えが甘かったと思ったのか、エイルは口元に手を当てて何度も頷いている。


 まずは地道に、小さなことからコツコツと積み重ねるのが大事だと考え直してくれたようだ。


「つまりは私にふさわしい称号ってことね」


 なんて殊勝な奴だったら、どれほど良かったか。


「今の説明のどこかに少しでもお前を表す要素があったか?」

「主にカリスマ性のところね。後、冷静で的確な判断力も少々たしなんでるわ」

「自己評価の高さだけは白金級だな」

「ふふっ、褒めたって何も出ないわよ」


 もう無駄なツッコミを入れるのも疲れた。


「とにかく! なったからには目指すは頂点テツペンなのよ!」

「エイル様、それって私もなれるかな?」

「もちろん、なれるわよ。そうなった暁には、白金級の美少女コンビなんて教団にとっても最高の宣伝になるわね……一気にウン十万、ウン百万人の信者が……ぐふふ……」

「もう勝手にやってろ……」


 女神とは思えない下品な顔つきで皮算用しているエイルに向かってボソっと呟く。


 無謀であれど目指すのは勝手だ。


 俺さえ妙なことに巻き込まないなら好きにすればいい。


 そう考えながら運ばれてきた料理を黙々と食べていると……。


 ふと、いつもはガヤガヤと賑やかしい酒場が普段より少し静かなことに気がつく。


 何故だろうかと思い、他の客席へと目を向けてみると理由はすぐに分かった。


 二人が見た目だけは絶世の美少女だってことを、俺はすっかり忘れてしまっていた。


 若手からベテランまで、店内にいる様々な年代の冒険者たち。


 その大半が酒を飲む手を止めて、俺たちをこそこそと観察している。


 突如として現れた見目麗しい謎の二人が気になって仕方がないらしい。


 いつもより静かなことも相まって、会話の内容も漏れてくる。


『見ろよあの二人、めちゃくちゃレベル高くね?』

『見ない顔だけど新入りか? 俺、ちょっと話しかけてこようかな……』

『おっぱいでけぇ~……リーヴァ教のシスター? でも、なんでこんなとこに?』

『隣の男は永世銅級の野郎か……にしても、なんであんな奴と……』


 紋切り型の台詞を口々に述べている飲んだくれ共。


 注目を浴びるのは仕方ないが、手の早いナンパ男にだけは絡まれないように注意させておくべきだろうか……。


 引っかかった方が可哀想なエイルはともかく、ノアの方は簡単に騙されそうで心配だ。


「そのとーきゅーって、どうやったら上がるの?」


 ややお節介気味の心配をしているとノアが尋ねてきた。


 主に胸部へと注がれる視線を気にしている様子は微塵もないが、その無防備さが余計に心配を加速させる。


「基本的には依頼を完了して貢献点を稼いでいく形だな。貢献点はギルドが定めた依頼の難度によって得られる量が変わるけど、高難度の依頼は当然受諾可能な等級も高くなるから今のお前らは小さくコツコツと積み重ねていくしかないな」

「ふむふむ、つまり困ってる人を助けて幸せにしてあげればいいってこと?」

「幸せ……まあ、お前はその認識でいいんじゃないか……」


 独特な認識だけど、大枠は間違ってなさそうだからいいか……。


 そう思いながら、幸せそうに大量の料理を食べているノアを眺めていると――


「ねぇ、そこのかわいこちゃんたち。そんなパっとしない銅級男より俺と遊ばねぇ?」


 早速、手の早いナンパ男が来やがった。


「おい、人の連れ合いに――」


 こんな場所でナンパしようなんてどこのどいつだ、と牽制しようとするが――


「よう、ルゼル。久しぶり」


 振り返った視線の先にいたのは、腐れ縁の友人であるジルド・フリヴォラス手の早いナンパ男だった。

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