第10話:あのおっぱいで聖女は無理だろ
「名前呼ばれてるけど、あの人は? 知り合い?」
「あれはだな……その……ただの馬鹿だ」
ぶんぶんと手を振り、衆目を集めながら駆け寄ってくる妙な格好の女。
出来れば無関係を装いたい奇人だが、向こうは完全に俺を補足してしまっている。
こうなっては逃げようもない。
きっと飛竜並にしつこいだろうし。
「ねぇルゼル、聞いて聞いて! 今朝方す~~~~っごい宗教的作戦を思いついたのよ! それを早く聞いて欲しくて地区中を探してたんだから!」
近くに来るや否や、こっちの都合など知ったことかと怒涛の勢いで喋り始めた。
「ずばり、その名も『超神聖! 聖女大作戦!』よ! まずはその辺を歩いてる適当な見た目の良い清楚風の女を聖女として雇うでしょ? そしたら後は適当に愛想を振りまいて握手でもさせとけば信者数がうなぎのぼりってわけ! やっぱり時代は直接触れ合える
昨日、あれだけ消沈していた奴と同一人物とは思えない立ち直りっぷり。
これならもう数日間は塞ぎ込んでいてくれた方が良かったかもしれない。
「……わざわざ地区中を探してまで言いたかったことはそれだけか?」
「え? 他に何かあるかしら……あー……言われてみれば確かにちょっとおっぱいが大きすぎるような……。清楚売りだし、スレンダー系の方がイメージには合ってるのよね……。でも、だからと言って捨てるには惜しい逸材ではあるわね……」
ノアの胸部についた二つの塊を見ながら、僅かに顔をしかめるエイル。
「確かに、教団の象徴たる聖女はバスト程々なスレンダー系のイメージが……って何言わせんだ、この馬鹿! そもそも、んなことのために連れてるわけじゃねーよ!」
想像の十倍はおかしな方向にぶっ飛んでいきやがった。
絶対面倒なことになるから会いたくないとは思っていたが、ここまでとは。
「だったら何よ。あんたが若くて可愛い女の子を連れて歩いている理由なんて、そうじゃなかったら
「ぐっ……」
強くは否定出来ねぇ……。
「むー……ルゼルー、なんか私だけ話から置いてかれてるんだけどー……」
「すまんすまん。えーっと、こいつはだな……なんて言えばいいんだ……」
ムスっと不貞腐れるノアに説明しようとするが、関係が関係なだけに説明するのが難しい。
まさか天界から追放された女神と組んで宗教を創始しようとしてる……なんて言うわけにもいかない。
頼れる冒険者のお兄さんが一転して頭のおかしなカルト野郎に成り下がってしまう。
ここはやっぱり気の狂った知らない女ってことにして撒くべきか……?
「ふふん、私はこの冴えない男の主にして禍福を司る女神エイル! そして、いずれは上天下天の双世界を統べる大教団の唯一にして絶対たる主神となる者よ!」
俺の懸念なぞ知ったことかと、迷いなく宣言するエイル。
さっきまでノアに惹かれていた通行人たちも、今はこいつにドン引きして距離を取り始めている。
「おい、初対面の人間に何を言ってんだよ。知り合いの俺まで変な奴だと思われるだろ」
エイルにだけ聞こえるようにコソコソと耳打ちする。
せっかくこれまで良いイメージを築けてきたのが全部台無しになりかねない。
「までって何よ、までって! まるで私が変みたいじゃない!」
「変だよ! お前は疑いようもなく変だよ!」
「なっ!? 私のどこが変だって言うのよ!」
「つむじからつま先まで全部だ! いいから少しは
「ふんっ! いずれは私こそが世の理になるのよ!」
エイルとそんな無益な言い争いをしているとノアが口を開いた。
「おおっ! 女神様なんだ!」
女神ですと言われて納得する奴がこんなところにいた。
「ええ、そうよ! 天命を授かり、この地に降り立った上天の万神座が一柱よ!」
天命という名の、体の良い口減らしだけどな。
「えーっと……それってつまりリーヴァ様の親戚ってこと? そう言われると確かに、どことなーく雰囲気も似てるよーな……」
エイルを上から下までまじまじと見つめながらノアが言う。
それはまるで、リーヴァ教の主神である女神リーヴァをよく知っているかのような口ぶりだった。
「おいおい……お前まで何を言い出すんだよ……」
「えっ、でも万神座の一柱だって……」
当然のようにエイルと同じ専門用語まで使い出すノア。
まさか、こいつまで
「ちょっとちょっと、今のは聞き捨てならないわよ。私がどこの誰と似てるですって? あの貧乳と私のどこが似てるっていうのよ! こちとら天上天下にそこそこ大きめの美乳で通ってんだから!」
胸を突き出し、謎の張り合いを始めるエイル。
確かに自分で言うだけはある形の良い胸をしている。
しかしおっぱい対決を挑むには明らかに分の悪い相手だ。
無謀と言っていい。
「あっ、見た目の話じゃなくて……その、雰囲気? なんかすっごく神聖な感じが似てるなーって……」
「あら、貴方なかなか物事を分かってるわね。合格よ!」
「わあっ! ルゼル、ルゼル! なんか私、合格だって!」
ああ、もうツッコミが追いつかない……。
まさかこの方向に話が逸れるのは完全に予想外だった。
「まず、エイルは無関係の子をいきなり巻き込むのはやめろ。それと、ノアもわざわざこの馬鹿に合わせなくていいんだからな」
「へ~……ノアっていうのね。なかなかいい名前じゃない。これも聖女ポイント加算ね」
「だからやめろって……」
「はい! ノア・グレイル、十七歳です!」
エイルを諭そうとしていると、ノアが唐突気味に自己紹介を始めた。
「えー……好きな物は唐揚げで、趣味はお祈りを少々。それと少し前まではリーヴァ教ってとこで聖女をやってました!」
風貌や振る舞いから年下だとは思ってたが、十七歳だったのか。
それでこのおっぱいは犯罪的だな。
「へぇ~……リーヴァのとこで聖女を……え? せい、じょ……?」
「ちょっと前に色々あって辞めたから今から冒険者になりにいくとこだけどね」
「そ、そうなのね……ちょ、ちょっと! ルゼル!」
今度はエイルが身体を寄せて、コソコソと耳元で囁いてくる。
「い、今あの子……リーヴァ教の元聖女って言わなかった? どういうこと? あんたまさか、あいつんとこから引き抜いてきたの……?」
その顔には驚愕の表情が浮かび、丸々と見開いた目でノアを見据えている。
何か勘違いしているようだが、残念ながらそんな大層な話じゃない。
「え? ああ……それは話せば長くなるけど、実はかくかくしかじかで――」
ノアには聞こえないように、昨晩の一部始終を掻い摘んでエイルに教える。
「――つまり、その店ではリーヴァ教の聖女って設定で働いてたってことだろ」
あの店、『聖レリジオ大教会』はかなり本格的な店だと月刊ミズガルドに書いてあった。
実践的な教祖×聖女の洗礼プレイのために設定が凝っていても不思議じゃない。
いや、二時間でウン万ガルドも取るのなら凝っているべきだ。
「ふむふむ、そういうことだったのね……事情は分かったわ。
「そうしてくれると助かる」
「……でも、実は本物だったりしない? 貴方が何か盛大な勘違いをしてるだけで……だって……ほら、あの杖とか……服とか……」
こそこそと喋りながらエイルが示すのは、ノアがずっと大事そうに抱えている錫杖。
身の丈よりも大きなその先端には金属の輪っかやら宝珠やらが付いている。
ミズガルドに点在する教会の司祭でも、これだけ立派な物はそう持っていない。
服も改めて見ると、先日教典を貰いに行った際にリーヴァ教のシスターが着ていた服と様式が似ている。
見覚えがあると思ったのはそういうことか。
でも、流石にそんな勘違いをするほど俺も馬鹿じゃない。
「あんなとこに本物の聖女がいるわけねーだろ。確かにかなり本格的だけど、ありゃ全部イメージプレイ用の小道具だ」
その拘り具合は、客として行けなかったのが残念だと思ってしまうほどだ。
もしかしたら本物の横流し品だったりするのかもしれない。
「そ、そうなのかしら……」
「そうだよ。それに見てみろ、あの立派な膨らみを。あのおっぱいで聖女は無理だろ」
「た、確かに……」
ノアの双丘を一瞥したエイルがゴクりと唾を飲む。
あの雄大な双丘は、どんな言葉をも超える説得力を有していた。
聖女様ってのはもっと平和的で慎ましやかな存在のはずだ。
あんな危険物を二つも付けた聖女がいるだろうか。いや、いない。
「それで話は戻るけど。俺は今からあいつに冒険者の実態を見せて考え直してもらおうと思ってたところなんだよ。いくら自由の身とはいえ、普通の女の子をわざわざそんな危険な道に進ませることもないからな」
こそこそと会話している俺たちを不思議そうに眺めているノア。
その純真無垢な眼を見ていると、諦めさせるのは少しかわいそうな気がしてくる。
だけど、ここは心を鬼することも優しさだ。
「私の時はいきなり見捨てようとしたくせにあの子には随分と優しいわね。一体、どうしてかしらねぇ……」
嫌味っぽく言ってくるエイル。
細められた目はノアの一部を凝視しているが、決してそれが理由ではない。決してだ。
「お前も多少はしおらしくしてたらもう少し気持ちよく助けてやってたかもな」
「何よそれ……。でも、そういう事情なら私はもっと良い名案を思いついたわよ」
「もっと良い案? また何か妙なことを考えてるんじゃないだろうな……?」
目を細めて疑うようにエイルを見る。
こいつの“良い案”からは嫌な予感しかしない。
「まあ見てなさい。もっと穏便に、
エイルは自信ありげにニヤリと笑うが、それでもやっぱり嫌な予感しかしなかった。
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