第8話:朝のたわわ
「んん……朝……か……? でも、なんか……いつもと違う感じが……」
瞼の裏に白い刺激を受けて意識が覚醒する。
目を開けて最初に感じたのは、窓から差し込む朝日。
続けて感じた背中の硬さと合わせて、自分が椅子に座って寝ていたのを思い出した。
普段の目覚めと光景が少し違うのは、それが原因だったらしい。
でも、なんで椅子で寝てたんだっけ……。
何故か、『特盛おっぱい』という言葉だけが強く意識に残ってるけど……。
寝ぼけ眼を擦りながら、昨晩の出来事を思い出そうとすると――
「すやぁ……すやぁ……」
普段は自分が寝ているはずのベッドで、金髪の特盛おっぱいが気持ちよさそうに寝ていた。
身体に全く合っていない大きな服と寝相の悪さが相まって、色んな部分がかなり危うい状態になっている。
「ああ……そうか……そういや、そうだったな……」
その刺激的な姿に頭をぶん殴られて、一瞬にして昨晩のことを全て思い出した。
風俗街で男二人に絡まれて困っていた女の子を助けたこと。
半ば無理やり家まで押しかけてきた彼女に手料理を振る舞ってもらったこと。
そしてノア・グレイルと名乗った彼女が突然、冒険者になりたいと言い出したことも。
「さて、どうすっかなぁ……」
少し寝癖のついた頭を掻きながら考える。
この街で冒険者になるために必要なのは、ギルドに所属している冒険者からの推薦だけ。
その他には技能試験も無ければ、もちろん筆記試験もない。
推薦さえあれば後は規定の書類にいくつか署名し、事務員のくどい長話を聞けば誰だってなれる。
俺がギルドまで連れて行けば、その夢は簡単に成就できるだろう。
でも、本当に大変なのは冒険者になってからだ。
朝の依頼票争奪戦から始まり、次は仲間を集めて依頼対象がいる場所までの遠征。
近所で薬草採集や荷馬車の護衛ならいいが、時には討伐対象を探して険しい山や危険な森を超えなければいけないこともある。
そのまま数日間の野営はよくあることで、一昨日の俺のように魔物に襲われて死の危険に晒されるのも珍しくはない。
大した名声も得られない銅級での下積み時代は綺羅びやかさとは無縁の過酷な仕事だ。
「んぅ……ルゼルぅ……見て見て……この神聖な大根……しんせんじゃなくてしんせーだってばぁ……むにゃむにゃ……」
幸せそうに寝言を呟いているノア。
そんな過酷な世界で、この子がやっていけるとは到底思えない。
だけど、もし俺が推薦を断ったらどうなる?
昨晩の様子を見ている限りでは、もう完全に冒険者になるつもりだった。
ちょっとやそっとのことでは諦めないだろう。
俺からの推薦が得られないとなれば、きっと別の誰かから得ようとするはずだ。
けど匿ってもらえる知り合いすらいないのに、そんな相手が都合よくいるわけがない。
とすれば残された手段は街中で不特定多数に向けて陳情するくらいだ。
見た目が良い女の子なら、もしかしたら誰かが手を差し伸べてくれるかもしれない。
しかし、それが必ずしも善人とは限らない。
他者を騙して利益を貪るような悪人も冒険者の中にはいる。
そんな連中からすれば世間知らずそうな女の子なんてのはまさに格好の獲物だろう。
ましてやこのおっぱいだ。
最悪、どんな目に会うかなんて考えたくもない。
となると俺が出来ることは……。
「おいノア、起きろ」
俺の苦悩も知らずに幸せそうな顔で寝ているノアの肩を揺する。
――たゆんたゆん。
薄い布地の下にあるたわわが柔らかそうに揺れた。
な、なんだ……今のは……一体、何が起こった……?
肩を揺すったはずなのに、なんでそっちが揺れる!?
目の前で起こった出来事が信じられずに腕で目をゴシゴシと擦る。
「あ、朝だぞー……」
もう一度、しっかりと肩に手を当てていることを確認してから揺すると……。
――たゆんたゆん。
やっぱり、そっちが揺れた。
なんてこった……これが現実の光景なのか……?
ただ起こしているだけなのに、何かイケないことをしているような錯覚に陥る。
これはまさにたわわに実った逆・知恵の実。
全ての男から知性を奪い、それ以外は考えられない赤子同然の存在にする劇物だ。
対抗出来る男は、世界広しと言えど多くは存在しないだろう。
しかし、俺も三千世界において紳士として広く知られた男。
邪な想いは一切抱いていないと天上に座する全ての神々に誓える。
俺は起こしてるだけ。俺は起こしてるだけなのだ。
「おーい、起きろー……」
自己暗示をかけながら、起こすためにまた軽く肩を揺する。
――ぽよんぽよん。
さっきと微妙に音が違う。
揺する際の力加減によって変わるようだ。
これは即刻、論文にまとめて然るべき学会で発表すべき事案かもしれない。
「うぅ……後、五分だけぇ……」
ノアがベッドの上で身じろぎする。
シャツが更にはだけ、危険度が三割増しになる。
もう少しで山頂がコンニチハしてしまいそうだ。
「仕方ないな……後五分だけだぞ」
紳士然としながら、もう一度眠っていた時と同じ椅子に座り直す。
決して、もう一回だけ揺らしたかったからという理由ではない。
昨日は色んなことがあって疲れているであろう彼女を、もう少し寝かせてやりたいという思いやりの気持ちからだった。
「……よし、五分経ったぞ。起きろー」
五分が経ったのでもう一度揺すってみる。
――ぷるんぷるん。
これは天の福音に違いない。
人類に幸あれ。
「ん~……後五分~……」
本当に仕方のないやつだな。
それから同じやり取りを十回以上。
計一時間程繰り返したところで――
「むにゃ……ルゼルぅ……?」
ついにノアが目を覚ましてしまった。
「おはよう、随分と寝てたな」
「おはよぉ……ふぁ……」
窓から差し込む朝日を受けて、煌めいている金色の髪と瑞々しい肌。
まだ夢見心地半ばと言った様子で、小さなあくびをしながら目を擦っている。
さて、この夢見がちな少女には冒険者の現実を見せて目を覚まさせてやるか。
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