第4話:受付のお姉さん

 食事を終え、酒場から直接ギルドの受付まで向かう。


 時刻はちょうど正午。


 受付の周辺は朝の混雑帯と比べてかなり閑散としている。


 依頼完了の報告窓口には小さな列が出来ているが、依頼票が貼り出されている掲示板の周辺には誰も居ない。


 そのまま掲示板の前に移動して、貼られている依頼票を一つずつ手早く確認していく。


「銀、銀、金……こっちも銀かぁ……やっぱ、この時間じゃそうだよな……」


 本当なら休む予定だったとはいえ、流石に見通しが甘かったらしい。


 一通り確認したが、呑気に昼からやってきた銅級おれが受けられる依頼は一つも残っていなかった。


「さてと、どうすっかな……」


 出鼻をくじかれたが、一日でも早く剣を取り戻すためには仕事をしないといけない。


 とはいえ依頼無しですぐに出来るのは薬草採集くらいしかないぞ、と考えていると――


「あっ、ルゼルくん!」


 ふと、隣から声をかけられた。


 声のした方へと振り返ると、よく見知ったクォーターエルフの女性が立っていた。


 馴染みの受付係のお姉さんだ。


「ああ、どうも。こんにちは」

「こんにちは。今朝はありがとね。急なお願いを聞いてもらって」

「いえ、あのくらいなら全然大したことじゃないんで」


 今朝、あの女のところへ意思確認に行って欲しいと頼んで来たのはこの人だった。


 まさかあんな女が待ち受けているとは思わなかったが、報告では依頼人に継続の意思は無いようですとだけ伝えた。


 女神を名乗る変な女に絡まれたなんて話すと面倒なことになるからな。


「今日はお昼からも別の仕事? 精が出るね」

「はい、本当は休むつもりだったんですけど突如使命に目覚めたというか……困っている依頼人の助けになりたい気分になりまして」

「そうだったんだ。ルゼルくんは本当に優しいね。だからお仕事も丁寧なのかな?」

「あははは……、ありがとうございます」


 苦々しい愛想笑いで返す。


 本当は女に騙されて質に入れた剣を取り戻すためです、とは口が裂けても言えない。


「でも、最近はルゼルくんみたいな人がめっきり少なくなっちゃって……。誰も彼も、とにかく等級を上げることばかり……。雑な仕事をしてたら次の依頼を他所の地区に持っていかれて自分たちが困るのに……」


 掲示板を眺めながら大きなため息を漏らす受付さん。


 綺麗に編み込まれた薄緑の髪と少し尖った耳。


 美形揃いのエルフにおいても群を抜いて整った目鼻立ち。


 生地の厚い制服の上からだと分かりづらいがスタイルもかなり良い。


 胸だってD、いやEはありそうだ。


 それも性格と同じでフワッフワの柔らかさに違いない。


 彼女がこの第四地区ギルドの未来を憂いている隣で、俺はそんなことを考えていた。


「その点、ルゼルくんは本当にえらい!」

「え、えろ……えらい、ですか?」


 いきなり一歩、ぐいっと距離を詰められて少し怯む。


「うん。真面目で誠実、仕事も丁寧で依頼者さんからの評判も上々」


 知らないルゼルの話だ。


 俺の知ってるルゼルは主体性のない怠惰な性格。


 そのくせ女の子の前ではすぐにカッコつけたがる大馬鹿野郎だ。


「今日も休日返上で仕事なんてまさに冒険者の鑑! 毎日毎日お酒ばっかり飲んでる他の人たちも見習って欲しいものね!」

「きょ、恐縮です……」

「それで、どの依頼を受けるかは決まったの?」


 決まってるなら自分が事務処理をしてあげると言いたげな所作と共に尋ねられる。


「いえ、この時間だと銅級の俺が受けられるのは残ってなかったんで薬草採集にでも行こうかなと」

「あー……そっかー……そればっかりは仕方ないよねー……」


 狩りつくされた掲示板を見ながら自分のことのように残念がる受付さん。


 その仕草が年上なのにすごく可愛らしい。


 やっぱり恋人にするならこういう人だよな……。


 美人で優しくて、包容力があってスタイルも良い。


 でも銅級おれなんて男としては眼中にもないんだろうな。


 プライベートでは金級、いや白金級の冒険者と付き合っていてもおかしくない。


 うぉぉ……ダメだ。その光景を想像するだけで脳が壊れそうになる。


「それで、薬草採集ってことは飛竜山の麓に行くのかな?」

「はい、その予定です」

「そっか。あの辺りなら凶暴な魔物もいないから大丈夫だと思うけど、くれぐれも気をつけてね?」

「はい! 気をつけます!」

「うん、それじゃあ私は仕事に戻るからまたね」


 手を振りながら可愛らしい小走りで事務室へと戻っていく受付さん。


 あの女に削られた精神がみるみるうちに回復していくのが分かる。


 そうして彼女を見送ってから俺もギルドの外へと向かう。


 あの人に相応しいような男に少しでも近づけるように頑張らないとな、と思いながら通りへと踏み出した瞬間だった。


「あー! いたー!!!」


 通りを挟んで向かい側にいた女がそう叫びながら俺を指差した。


 その憎らしいまでに端正な顔と煌めく銀髪は忘れたくても忘れられない。


 先刻、路地裏で俺の手に妙な模様をつけやがったエイルとかいう女神を自称するイカれた女だ。

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