斧と女神のファンタジー ~伝説の斧が存在しない理由に纏わる馬鹿げた物語~

新人

第一章:ようこそ、冒険者都市ミズガルドへ

プロローグ:選りすぐりの馬鹿が集う街

『より困難に、より高みへと挑戦し続けて己が実力を世界に示したい!』


『未知の財宝を手に入れ、一生かかっても使い切れない巨万の富を築き上げたい!』


『生きとし生ける全ての者から畏敬を抱かれ、絶大なる権力を手中に収めたい!』


『誰もが羨む宝石のような美女たちを、両腕に抱えきれないほど侍らせたい!』


『ようこそ! 冒険者都市ミズガルドへ! ここは皆さんのそんな爛れた欲望をどこまでも応援する世界で唯一の場所です!』


 雲一つ無い青空に浮かぶ気球から、聞き飽きてうんざりする宣伝文句が響いてくる。


 ここは冒険者都市ミズガルド。


 冒険者という名の選りすぐりの馬鹿が世界中から集う街。


 三年前、十六歳の時に上京してきた俺――ルゼル・アクストもこの街には掃いて捨てるほどいる馬鹿の一人だ。


『どの国家にも属さず、思想や信条、信仰や人種さえも問われない世界で最も自由な場所! それがここ! 冒険者都市ミズガルドです!』


 陽の光も法の目も届かない街の深淵に、上空から響く滑舌の良い女性の声。


 彼女の言う通り、ここには色々な肩書きを持った奴らがいる。


 エルフやドワーフ、ハーフリングなどの亜人種。


 冒険者になって一旗上げようとする農家の次男坊から権力闘争に敗れて国を追われた元貴族まで。


 世界で最も自由な街を標榜するだけあって、いない肩書きの奴を探す方が難しいくらいだ。


 けれど――


「あーはっはっは!」


 今まさに俺の前に現れた、『女神』を名乗ったこの女。


 腰に手を当て、仁王立ちで高笑いしているこいつの存在は流石に想定外だ。


 本能が『こいつはヤバイ』と警鐘を鳴らしている。


「私の『薄幸のワケあり美少女大作戦!』にまんまとかかったわね! 愚かな人間の男!」


 薄暗い路地裏でも煌々こうこうと輝く銀色のミディアムヘア。


 表通りの連中でさえ霞むほどの精強な意志が浮かんだ蒼い瞳。


 身に纏うのは荘厳さと妙な浮遊感を備えた奇妙な純白を基調とした服。


 俺を見下ろしているその姿は、総じて優美な神秘性に包まれている。


「これであんたは私の『使徒』よ!」


 女が高らかに宣言しながら、前方に手を突き出す。


 細くしなやかな指が示すのは、俺の右手に浮かび上がった奇妙な模様。


 それが何を表しているのかは分からない。


 ただ、爽快な笑みが浮かぶその顔はこの世のものとは思えないくらいに綺麗だった。


「使徒に課せられた使命はただ一つ! 主たる私と共に愚かな人類を導くこと!」


 これは新手の詐欺か、それとも怪しい団体の勧誘なのか。


 いずれにせよ碌なもんじゃない。


 ずっとさえずっている言葉は何一つとして理解できないし、理解したくもない。


 ギルドから依頼を受けて簡単な仕事を済ませるだけだったはずが、どうしてこうなった。


 途方も無い当惑と後悔の感情だけが胸中を占めている。


 ……けれど、そんな不可解な状況においても確かな事実が二つだけあった。


 一つは、やっぱり女運に悪さにかけて俺の右に出る者はいないってこと。


「さあ! そうとわかったりゃっ! いたぁ……舌噛んだぁ……。うぅ……なんで私がこんな目に……これも全部あいつらのせいよ。絶対に見返してやるんだから、今の内にせいぜい首を長くして待って……ん? 何か違うわね……首を、なんだったかしら? 洗うのは手よね……感染症対策は大事だし……」


 もう一つは、世界中の馬鹿が集う街においてもこいつは規格外の馬鹿だってことだ。

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