チラシの裏

狂フラフープ

裏トンネル

 その奇妙なトンネルの話を初めて聞いたのは2004年のことだったと記憶している。当時十分に普及を始めたインターネットの片隅のコミュニティで共有されていた神霊地やいわゆるパワースポットのリストに、外野から乗り込んできた得体の知れない誰かが、強引にねじ込もうとしたのがそのトンネルであった。

 当時オカルト少年であった私(註・筆者ではない。語り手を指す)がそれに興味をひかれたのは無理からぬ話であり、というのも、件のトンネルが存在するという場所は私の家から電車四駅ほどの距離にあったのである。

 掲示板で語られる日本全国の心霊スポットを暗記するほど精通しながらも経済的理由からそのどれにも足を運ぶことの出来なかった私にとって、そのトンネルは生まれて初めて、手の届く本物の怪異であったのである(少なくともその時点では、そのように見えるもの、であったが)。

 ともあれコミュニティの住人からの反発を受けあえなく黙殺されたその一連の書き込みは、数日の後に削除された。今思えばその削除は単にカテゴリーエラーによるものでしかないのだが、影も形も残さず削除されたという事実は私の少年心をくすぐり、メモ帳に書き写したトンネルへ向かう道順は私を怪異へと誘う私だけのパスポートであるように思え、週末には万全の準備を整え、妙な装備で電車に揺られていたのである。

 見知った駅から寂れた商店街をと住宅街を抜け、一車線の山道を半時間ほど歩き、私道への立ち入りを禁じるチェーンをくぐり、枝分かれする獣道を進み、錆びたフェンスの穴の先、背丈に近い藪を越えたところにそのトンネルは実際にあった。たしかにそれは、実に奇妙なトンネルだったのである。古い時代の手掘りのトンネルではない。かといって国道の二車線対向ほどの大きさもない。どう見ても重機の類で掘られたきれいな半円をコンクリートが固めたトンネルなのだが、そこに続くのが獣道であるというのがまずおかしい。これを掘った重機がどこを通ってきたのかという当然の疑問が生じる。

 向こう側から掘って開通させ、こちら側の道路を作る前に計画が白紙にされた、という可能性を考えたが、トンネルの内部がアスファルトでなく土の地面である、というのが腑に落ちない。

 トンネルの掘削手順の知識など欠片もなかったが、その異様さは当時の私を言い表しようもないほどに高揚させた。

 このトンネルは一体どこに続いているのだろう。

 懐中電灯を握りしめて、私は恐る恐るトンネルの内部へと足を踏み入れた。トンネルの奥から聞こえる風鳴りの音が、このトンネルがどこかへ続いていることを示していた。トンネルは僅かに湾曲しながら続き、奥へ奥へとどこまでも伸びているように思えた。照明もないトンネルを歩き続けた。緊張のせいか記憶が曖昧で、それがどれくらい時間だったか私には思い出せないが、恐らく二十分ほどだった思っている。

 トンネルには終わりが来た。闇に慣れた目には眩しすぎる外の光に目をしばたき、喜び勇んで残る数十メートルを私は夢中で駆けた。トンネルの出口は雑木林だった。既視感があった。初めて訪れたはずの場所なのに、何故か見覚えがある。不安もあったが、私の心は舞い上がっていた。

 怪異だ。

 きっとこの先おかしなことが次々起こるのだ。だがしばらく歩くとその期待は粉々に砕かれた。なんのことはない。既視感も当たり前、トンネルの出口が続いていたのは、自宅の裏山だったのである。家に帰り、私はその週末を不貞寝で過ごした。

 トンネルは今も実家の裏山に口を開け、近所の住宅街に続いている。

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