奇奇怪怪

でずな

不思議時計

 その青年は、ごく普通の男だ。

 大学を卒業し、そこそこ良い会社に努め、そこそこ仕事ができた。


 だがその男はある日、ある物に目を奪われた。

 それは、黒く光沢があり、ダイヤなどの宝石類は一切ついていないアナログ時計。  


 これを見た人は、


「これになんの価値があるのだね?」


 と聞いてくる。

 傍から見ればこれはネットで買える2000円程度の安物に見えるからだ。

 その通り。

 これは、ネットの安物だ。

 だが、私はそう思えない。

 

 だが、つい先月のことだ。

 普段通り、上司の愚痴を吐きながら時計を付け出勤しようとしたその時、


『ヘイブラザーもっと元気出せよ』


 あたかも私と親友かのような口調で喋りかけてきた。

 私は聞き間違いだと思ったのだが、


『ん?オレっちの声聞こえた?……っふ……そんなわけ無いか。いや、あるのか?おーいこぉーんにっちは〜〜………。そんなわけ無いかあぁ〜あ期待して損した。まったく……』


 これは関わってはいけない類だと本能で理解した。

 だが、時計は付けていかないといけない。


【職場ルール第37条】

 腕時計は付けるべし。

 

 ルールには逆らえない。

 ほとんどの後輩たちは職場ルールを破り解雇させられたのだ。


 別のにしたいのだが、俺には予備の腕時計が無い。


『んであって、オレっちは巨乳より、貧乳の方が良いと思うんだけどブラザーはどっち派よ?』


 ……どうしたらそんな質問になるのか、不思議だが、時間がない。

 私は気乗りしないが、時計を付け、玄関をあとにした。


 ちなみにずっと喋っている。


 職場の後輩に聞いてもこいつの声が聞こえないらしい。

 アイツらにしろい目で見られた。


「女がいないから時計ですか?」  


 と。


 この時計に顔面があるのなら殴りたい。


―――


 こいつが喋りだしてから一ヶ月がたった。

 相変わらず、女の話ばっかりしている。

 だが、流石に私が寝ている時は、黙る。


 まさかこいつ、私のことを気遣っているのだろうか。  

 いや、こいつも寝ているのか?

 分からない。


 不気味なので、どこか然るべき場所へ渡したほうがいいのだろうか。


 俺の中には、確かに疲労が溜まっていった。


―――


 俺は今、とある研究所に来ている。


 時計をどうにかしたいと思い、苦手なネットを駆使し、調べた結果ここにたどり着いた。


 ドアが開いた。

 すると先には、顔がしわくちゃの白髪頭の男がいた。


「おや? どちら様です?」


「あぁ、私はこの研究所の事をネットで見たもんでね。ちょっと見てもらいたいものがあるんだが」


「そうでしたか。どうぞ、入ってください」


 道中、他愛のない世間話をし部屋へ案内された。


「こちらにお掛けになってお待ち下さい。すぐ教授を呼んできますので」


「わかりました」


「あの……教授の事悪く思わないでくださいね……」


「は、はぁわかりました」


 机と椅子のみの、殺風景な部屋だ。

 数分したら、扉が開かれた。


「君かい? 君かい? 君かい? 見てもらいたいものがあるのは? のは?」


 ハゲ頭の男が口早に言ってきた。


「……はい。おねがいします」


 ハゲに時計を見せる。


「ほう? ほう? ほう? これはこれは……。あぁ……ふぅん…。…ん? ……ふんふん……なるほど」


「それで、これがどうしたんだい?」


「こいつ、喋るんだ。俺は、不気味だからここに持ってきた」


「ほう。喋るとな」


「あぁ……私が寝てる時は静かなのだが、それ以外はずっと喋ってる。もう、うんざりだ。最初は面白がっていたが、ずっとだぞ。ずっと、女の好きな部位を喋ってるんだぞ。今も。なんとかしてくれ」


「捨てれば解決するではないのか?」


「それが、何度捨てても私の元へ帰ってくるんだよ……。ある日は宅配で来たり、ある日はポストの中に入っていたり、何度も何度も……」


「なるほど……。それで喋り始めたのは、いつぐらいからだね?」


「これを買ったのは、クリスマスだから、もう半年だ」


「そういうことか……」


 ハゲが、なにかわかったようだ。


「どういうことだよ。説明してくれ。」


「ところで君、パートナーはいるかい?」


「……はぁ? なんだハゲ。煽ってんのか?」


「おっと失敬。そんなつもりじゃないんだ。これは、必要な質問なんだよ」


「あぁ……すまない。最近、イライラしててな」


「それで、いるんですか?」


「っふ。いると思うか?」


「………。いや、思いません」


「っは! 辛辣だなぁ。そうだよいないよ。こんなクズにはね」


「であれば、理由は一つです」


「無視か……」


「幻聴です」


「はぁ?」


「寂しさのあまり、聞こえてきたのでしょう。あなたは先程、今も聞こえると言っていましたが、私には何にも聞こえません。なので、幻聴です」


「私はどうすればいいんだ……」


「パートナーを作ってください」


「……え?」


「それでも駄目だったら、子供をつくれば、なおると思います」


「それはどう言う……」

 

―――


 あれから3年経つ。

 私はあの後、婚活したら驚くほどすぐに結婚できた。

 その後すぐ、時計は捨てた。

 あんな事あったなと、今では笑い話にできる。


「ピーンポーン」


「俺が出るよ」


 料理をしていた嫁にそういった。

 今日はいい気分だ。

 なんでだろう。


 意気揚々とドアを開けたが、人がいなかった。


 だがドアを閉めようとした時、それは確かに聞こえた。


『ヘイブラザー元気してる?』


 

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奇奇怪怪 でずな @Dezuna

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