第8話 「どこにも行かないでね」

朝食を摂りながら少し話し合って、ミカリがクルチアの家に引っ越して来ることに決まった。 クルチアの当初の計画通りに事が運ぶわけだ。


「でも... いいの? ミカリくん。 こんなに簡単に決めちゃって」


ミカリの端正な横顔が陰りを帯びる。 コロリを食べる前の無気力な彼を思い起こさせる横顔だ。


だがその陰りはすぐに消え去り、ミカリはクルチアに笑顔を向けた。


「うん。 ここにボクを引き留めるものは何もないからね」


         ◇❖◇❖◇❖◇


ミカリの引っ越しの荷物は大き目のカバン1つだけだった。


「それだけでいいの?」


「うん。 身軽なのが好きなんだ」


ミカリは軽やかに答えたが、クルチアは少し寂しく思った。 彼が必要とする物も、彼が大切に思う物も、カバン1つぶんに満たない。


(ミカリくんは、どうしてこんななのかな? 家族がいないのは何か事情があるにしても、お友達もいないようだし。 こんなにカッコいいのに、かっ、彼女もいないし...)


そこまで考えて、クルチアは慌てて思考を付け足す。


(まあ今は私がミカリくんの、か、彼女なんだけど)


クルチアは自分の思考においてすら「彼女」という言葉をスムーズに発せられない。 照れ屋さんゆえに、恋愛や性に関するキーワードを異様に意識してしまうのだ。


         ◇❖◇❖◇❖◇


「じゃあ、出発しましょうか!」


クルチアが努めて明るい声でそう告げるのに、ミカリが待ったをかける。


「ちょっと待って。 寄っておきたい場所がある」


ミカリはカバンを持ったまま家の裏手に向かう。 その後に付いてクルチアが移動すると、そこは荒れ果てた庭だった。


(裏庭? ここに何があるのかしら...)


ミカリは庭の片隅へと進み、そこで歩みを止めた。


クルチアもミカリの横に立ち止まる。


「ここに何があるの?」


「お墓だよ。 猫の」


「猫?」ニャンコ?


「ボクが子供の頃から飼っていた黒猫さ」


2人が立つ前の地面には墓標も墓石も何もない。 単なる地面だ。 だが見れば、最近になって地面を掘り返した跡がある。 そこがミカリの言う「お墓」なのだろう。


ミカリは黙って「お墓」の前に立つ。 彼が愛した黒猫との思い出にふけっているのだ。


クルチアは辛抱強くミカリに付き合い、とても有意義な時間を過ごした。


(切なげなミカリくんも素敵...)


追憶に浸るミカリの横顔をじっくりと鑑賞できたからである。 クルチアはメンクイの本領を発揮し、飽くこと無くミカリの魅力的な顔を眺め続けた。


(このイケメンが今や私のものだなんて... シミジーミ)


しばらく無言で立ち尽くしていたミカリが、隣に立つクルチアの手を握った。


「どこにも行かないでね、クルチア。 ボクにはキミだけなんだ」


クルチアはミカリの思いの深さを理解できなかった。 コロリが溺愛効果を発揮しているにせよ、どうして彼はこの世に女性がクルチアしかいないかのように振る舞うのだろう?

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