第308話 ナイトメア フロム ヘブン

 振られた男子生徒のあとから広場に顔を出したのは、現実世界で幾度となく顔を合わせたことのある人物…【真白 愛】だった。

 彼女はこの人だかりに思わず足を止めるも、表情は変わらず澄まし顔だ。その様子に、初めて我が家に訪ねてきた時のことを思い出した。

 最初はいのりをイジり、たまにツッコミ、その場のイニシアチブを取るようなポジションにいたな。

 まあそれもすぐにボロが出るようになり、カワイイ一面を覗かせるようになるんだが。


 しかし少し先にいる愛は、そんな感じでもないな…

 現実とは似て非なるもののように思える。


『いやー………流石は”百人斬りのスノーホワイト“だぜ。この状況でも眉一つ動かさないもんな』

『ああ…誰か彼女の眠りを覚ます王子はいないのか…?』


 近くの男子生徒が、なんかうまいこと言おうとしている。

 “百人斬りのスノーホワイト”ってのは愛の事だよな?

 儚いんだか厳ついんだか分からん異名だ。少なくとも王妃に遅れを取ることはないだろう。

 物売りとして来た時点でカウンター食らわしそうだな。


「…ん?」


 俺がこの世界の愛を考察していると、近くから不穏な空気が。発生源は我が妹の真里亜だ。

 一体どうしたというのか。


「兄さん」

「どうした…? なんか顔怖いぞ」

「真白先輩のことを『愛』って呼んでいましたよね? 随分親しげですが、どういうご関係で?」

「あー…」


 しまった。聞かれていた。

 確かになんの脈絡もなく、この世界の愛を呼び捨ては不自然極まりないな。

 つか、真顔怖いんだけど。謎の凄みが…

 俺は頭をフル回転させて、切り抜ける為の言い訳を考えることにした。さっきからこんなんばかりだな。

 大したギャルゲーだよホント…。


「…………まず、誤解を解かないとだな」

「誤解…ですか? どこが誤解でしょうか?」

「俺は真白…さんの事を愛と読んだのではないんだよ」

「はぁ…では先程の『あい』は一体何ですか?」

「俺は単にさっきのやりとりを見て、『I want to get a girlfriend(彼女ほしー)』って言いかけただけなんだよ」


 急に英語。

 自分で言っていてツッコミどころは満載だ。

 大月なんか、笑いを堪えてちょっと変な顔になっている。


「……………そうですか」


 たっぷりのタメの後に、真里亜は納得したように呟いた。

 これが言葉通りなら良いのだが。


「分かってくれたか?」

「ええ。ですが恋人なんて兄さんには2年と4ヶ月は早いと思いますよ」


 何その具体的な数字。


「いや、俺の高校生活終わりかけじゃん。箱入り息子じゃあるまいし」

「学生の本分は勉学です。恋愛にうつつを抜かさず、家での時間を大切にするべきです」

「ププッ」


 吹き出す大月と困り顔の俺。

 真里亜は自分の意見が真実だと言わんばかりにドヤ顔だ。

 しかし俺は脱出のためにも恋愛にうつつを抜かさなけれぼならないのだが…


「塚田さん」

「…? あ」


 いつの間にか、愛が俺たち三人の近くまで来ていた。

 会話に夢中で気付かなかったが、ギャラリーの何割かは撤退し、残りの人たちの視線がこちらに集まっている。

 そして俺の名前を呼ぶということは、全くの他人ではないのか…? この世界ではどういう関係性なんだ…?


「今年もまた同じクラスですね。1年間よろしくお願いします」

「え、あ、ああ…。よろしく、真白さん」


 彼女の挨拶で、『去年クラスメートだった間柄』だということが判明した。

 会釈する彼女に俺も会釈で返す。

 その様子は、とてもクラスメートという関係には見えないな。まるで取引先のようだ。

 しかし最後に


「また三人で楽しいクラスにしてくれることを期待していますよ」


 と、ほんの少し…僅かに口角を上げて微笑んだ。

 たったそれだけで、普段の彼女からは想像できない表情に、周りにいる生徒たちがざわめくのだった。


「兄さん…ちょっと先程のお話の続きが―――」


 後ろでゴチャゴチャうるさい真里亜を放置して、俺は教室に向かうことに。

 幸いにも新年度ということでそこら中に教室へ誘導する案内が貼られており、俺は自分の新しいクラス”2-B“へ迷うことなく辿り着けた。

 しかし道中、俺の頭の中には愛の話した内容が駆け巡っていた。


「三人て、誰だよ…」


 まだまだ知らない要素が沢山ありそうで、開始数時間でもう辟易としていた。














 _________

















『えー…本日はお日柄もよく、お足元の悪い中―――』


 壇上で話す女生徒の掴みジョークで、体育館の新入生がドッと湧いた。

 ただでさえ中等部の時から彼女の評判を聞いていた新1年生たちは、男女問わずその美貌や凛々しさ、茶目っ気などを目の当たりにし、心を奪われていることだろう。

 そう、新3年生であり生徒会長の【水鳥 美咲】に、みなメロメロなのだ。


「相変わらず会長の人気は凄いな、親友」

「…だな」


 隣りにいるクラスメートの【黒瀬 英二】が小声で話しかけてくる。俺はそれに対し内心複雑になりながらも同意した。

 まさか久しぶりに再開した自称俺の親友が、こっちの世界で本当に親友だとはな…。


 現在、入学式の真っ最中。

 そして式の準備を終えた俺たちは体育館の壁沿いに立ち待機していた。

 美咲は先程から在校生代表として挨拶をしており、新入生の大半が中等部からエスカレーター式に上がってきた為、みな生徒会長の存在を認知している。故に羨望の眼差しを受けながらの挨拶となった。

 夢と希望に満ち溢れた若葉たちは、美しく咲き誇る大輪の花を目の前にこれからの学園生活に胸を躍らせていることだろう。

 体は高校生、頭脳は大人の俺は、先程まで年下だった先輩の話を聞きながらこの世界の混沌さを痛感する。



 真里亜たちと別れ自分の教室に着いた俺は、そこで“二人の親友”に出会う。

 黒瀬と光輝だ。

 彼らも俺と同じく入学式の準備を手伝う有志として招集されていたらしく、教室で合流し一緒に体育館に向かった。


 着いた先には学校の職員と教員、そして美咲会長と”和久津副会長“をはじめとする生徒会メンバーが既に準備を進めており、俺たちも挨拶もそこそこに椅子の配置など力仕事を任命される。

 準備中は私語厳禁…とはいかないまでもお喋りをしている余裕もなく、式が始まってしまえば当然静かにしていなければならず…。

 結局光輝たちとはほとんど話す機会もないままここまできてしまった。


 俺はこの世界では彼らとどのような関係を構築したのか、情報はほとんど得られていないのであった…。


『以上、在校生代表、水鳥美咲』


 凛と透き通る声で挨拶を締めくくりお辞儀をすると、体育館に盛大な拍手が鳴り響く。

 俺のイメージでは入学式の挨拶など退屈な儀式にすぎないものだったのに、この様子はまるでアイドルがライブで最後の曲を歌い終えたかのような熱があった。なんならこのまま生声で『ありがとうございましたー!』とかやってもおかしくない。

 それだけ彼女の人気が凄いものだというのが分かった。


「……!」

「ん…?」


 美咲が演台から壇上にある自分の席に戻る途中で、こちらに向けてウインクするのが見えた。

 それを受け、俺の近くの方の席にいた生徒たちは男女問わず控え目な声できゃあきゃあと盛り上がる。

 随分とサービス精神がいいな、こっちの美咲は…。


『春の息吹が感じられる今日―――』


 続いて壇上では我が妹真里亜が挨拶を始めた。

 美咲のようなアイドル的人気ではないものの、男子の多くは彼女を熱のこもった視線で捉えている…ような気がする。

 女子もみな微笑みながら見守っている。

 これも中等部時代に築いた真里亜の評価なのだろう。今更ながら、同じ学校の1学年上に在籍するのが嫌になってきたなぁ、なんて思ったり。


「なぁ、卓也」

「んー?」


 今度は光輝が声を潜めて俺に話しかけてくる。入学式中だってのに。


「卓也の妹、学内編入試験で500点満点中600点取ったらしいぞ」

「まじかよ」


 何リミットブレイクしてんの…。

 つかどうやんだよそれ。1教科多いだろソレ(それでも凄いが)

 どこで仕入れたか分からない我が妹のチート情報に耳を傾けている間にも、真里亜のスピーチは粛々と続いている。

 自分の頃と内容に大きな違いもなく、真里亜に限ってミスをするとも思えずぶっちゃけ退屈していた。

 光輝の話が終わってしまえば、あとはあくびとの格闘だけだ。

 そんな不甲斐ない兄でいると、ふと真里亜と目があった。


(…笑った?)


 一瞬。

 真面目な表情でスピーチをしている真里亜が、一瞬だけ笑った気がした。

 ほんの少し口角を上げ、微笑んだような、そんな気が。


 気のせいかとスルーしかけた時に、それが決して気のせいではないことを思い知らされた。



『私も、あそこにいる敬愛する兄のように、これからの学園生活を謳歌したいと思っております』



 新入生たちの視線が一気にこちらへと向けられる。それに対し、俺は苦笑いすることしかできなかった。

 これは暗に『人がスピーチしてる最中にあくび噛み殺してんじゃねー』という真里亜からのメッセージだ。

 俺は今すぐ家に帰って『くそっ! やられたっ…!』と頭を抱えたい気分だった。


「卓也の妹、中々いい性格してるな」

「流石は親友の妹だな」

「はは……」


 両隣の黒瀬と光輝に褒められながら、俺の新年度は幕を開けるのであった。




















 _________


















「いいねぇいいねぇ、青春してるねぇ」


 卓也が眠りについて1時間ほどが経った頃。

 卓也の部屋の隣の、表向き空室となっている場所に二人の人物がいた。

 そのうちの一人、スーツを身に纏った“後鳥羽の部下の男”はベッドに腰掛け愉快そうにしている。

 顔には能力で具現化したVRゴーグルのようなものを付けており、先ほどから卓也の夢の様子を覗き見ていた。


「権力激強の生徒会ってとこが、最高にフィクションだよねぇ〜。ね? ミサちゃん」

「…………」

「シカトねー…」


 名前を呼ばれた”女性職員“は、部屋に入ってからもずっと喋らず入口近くに突っ立っている。

 男との会話を拒絶するように、問いかけや話に対し一切のアクションを取らなかったのだ。


「ま、いいや。今日は協力してくれてありがとねー。おかげで楽に特対に侵入できたし、こうしてターゲットを能力にハメることができたよ。大手柄だね」

「…………終わったらさっさと帰ってください。ここも長くは押さえておけませんから」

「もちろんもちろん」


 終始愉快そうに、軽薄そうに話す男と、忌々しそうに嫌嫌話す女性職員の対比の図。

 何故特対職員に後鳥羽に手を貸す者がいるのか、二人はどういう関係なのか。眠っている卓也には知る由もない。


「ところでさー」

「…?」

「俺って後鳥羽さんの部下で一番優しくない?」

「……………さぁ」


 突然の話題転換に質問。

 それを受けた女性職員はまともに応じず、ただ流した。

 しかし男にとっても予想通りの反応だったのか、勝手に話を進めた。


「『剣で切る』とか『痛みを移す』とか『毒』とか、石を蹴飛ばせば野蛮な能力者に当たる中で、俺の能力は『幸せな夢を見せながら脳死』だよ? 痛くも痒くもないし、なんなら一番楽しい青春時代を、理想の形でやり直せるワケよ。これもう天使でしょ」


 男は相手を傷つけない自身の能力が如何に慈悲深いかを雄弁に語る。

 また、相手にしてもらえていないのにも関わらず更にトークは広がりを見せた。

 最早誰もいなくても一人でずっと喋っていられそうなほどだ。


「それよりさ、企業の新卒採用とかでよく『会社を半年で辞めた』とか『1週間でバックレた』とか言うじゃん? あれって何でだと思う?」

「…………………………私に聞いてますか?」

「モチのロンでしょー」

「…はぁ。仕事が辛いからですか?」

「半分正解ー! でも1週間じゃそこまで仕事の辛さは分からないよね? じゃあ何が辛いか。それはね、空気よ」

「空気?」


 女性職員は初めて男の話す内容の先が気になり、促すように聞き返した。

『空気が辛いから辞める』

 言葉通りなら、いたたまれなくなってとか、そういう時に使う表現と思える。

 例えば職場恋愛が結婚に結びつかず別れ、お互い顔を合わせるのが気まずくなって…とかそんな時だ。


 だがこちらも数週間程度では“そうはならない”ハズ。

 故に男の理論の先を促すのであった。


「そ、空気。エアー。つっても気まずいとかそういうことじゃないのよ。いきなり新卒をぞんざいに扱う会社なんて、まあ、そんな無いだろうからねー(あるにはあるだろうけど)」

「でしょうね」

「じゃあどんな空気に辛さを感じるかというと、それは”何となく“なワケ」

「……………」


 女性職員は表情を変えないでただ男を見た。


「今、『はぁ?』って顔したでしょ」

「別に」

「まあ聞いてよ。入社式とかの前にさ、多くの企業は事前に月イチとか、3月に週イチとかで新卒者を集めて研修とかやったりするじゃない? そこで何となーく思うんよね。『あれ…なんか…イヤだな』ってさ。そこには以前までと明確な立場の違いが存在するからなんだよね」

「立場…」

「さて、ミサちゃん。社会人1年目の人が直前に所属している場所はどこでしょうか?」


 また唐突に始まるクイズ。

 しかし先程までとは違い、女性職員は無視せずに応じた。


「大学…」

「ん」

「高校…」

「そだね」

「あと、専門学校とか…でしょうか」

「主にそんなとこだね。あとは短大とか高専とか中学もあるけど、ボリューム層的にはそこらへんだね。で、『新卒くじけちゃう問題』の原因は"そのあたりの生活"が楽しすぎるから…と俺は考える」


 手を銃の形にし、ビシッと向ける男。

 それを見て何が言いたいかをある程度察した女性職員。


「まあそれは、お客様ですからね。被雇用者になる前は」

「そう。課題が辛いとか試験が辛いとか授業が辛いとか言っても、金貰ってする労働に比べりゃ…ってワケ。当時は分からないけどね」

「そりゃあ…」

「しかも高校とか大学とか、専門学校なんかは特に『同じような学力・趣味・嗜好』の人間が集まってくるときたもんだ。それにバイトとかをするようになれば自分で自由に使える金も増えて、行動範囲も広がって、学生という肩書まである。こんな環境が楽しくないワケないのよ」


 男は両手をあげ大げさにリアクションをとる。

 この説を肯定するという事は、すなわち自身の能力を肯定する事になるからだ。


「それで、それがなんなんですか?」

「あ、そうそう。俺の能力は相手に理想の学生生活を提供する…って感じなんだけどさ」

「知っています」

「そんな誘惑に抗える相手はいない…って事が言いたかったのよ」

「……はぁ」


 結局は自慢話に行きつき、うんざりしたように溜息を吐く女性職員。

 さっきまでの話はそれが言いたかっただけかと、少しでも興味を持ってしまった自分にも嫌気がさしていた。

 一方で言いたい事を言い終わった男は、自慢モードから真面目モードへと切り替える。

 決して慢心ではなく、自身の能力が発動しさえすれば脱出は不可能だと確信していた。


「学生時代が楽しかったヤツも、そうでないヤツも、自分を中心に回る世界に抵抗し続ける事は不可能だ。嫌いなヤツは一人もいないし、片思いの相手や禁断の恋、好きなアイドルにフェチ全開の異性。死ぬ前に最高の現実が味わえる」


 ゴーグルを付け直し、観察に戻る男。

 何人もの相手を葬った百発百中の能力を今宵も行使するのであった。


「さァ、甘美な地獄へと墜ちて逝け…塚田卓也」





能力:【私が望ナイトメアむ永遠 フロム ヘブン

・対象を『自分が主人公のギャルゲー、乙女ゲーのような世界』へ送り込む能力。その世界は対象の知人や友人、アイドルや想い人などの情報が反映されており、“攻略相手”として配置される。また、学生時代の楽しかった思い出や願望、後悔、未練といった情報も取り込まれひたすら楽しいストーリーへと変換される。嫌いな人物や敵対する相手は一切登場しない。

・対象がその世界にのめり込めばのめり込むほど“深度”が高まっていき、一定のポイントを超えると目を覚ますことができなくなってしまう。抜け出すには、まだ世界を受け入れる前に外にいる誰かが強めに起こす必要がある。

・能力を使うには対象が“自然な眠り”についた状態でなくてはならず、気絶や睡眠薬では効果がない。そして射程距離も10メートルと短い。

・術者は具現化した専用のスコープとヘッドセットを使えば世界を覗くことができ、興味深い相手の時はじっくり観察したりする。最大10倍まで夢の世界の時間を加速させることができるので、さっさと始末したい相手は常に10倍にしたり、ちゃんと見たい時は等倍にしたりとその時に応じて使い分けを行う。


術者曰く『こんな優しい刺客がいてもいいじゃない』


















_________


あとがき


アンケートにご協力いただきありがとうございます。

うーん…割れた!(笑)

キャラ愛や、こんなのが見たい!というご意見を頂き、なるほど…と勉強になりました。


ちょっとひとつに絞ることが出来なかったので、何人分か同時に投稿して「全部1周目攻略として見てね」にしようかなと思います。2話後から。

310-1 310-2 310-3みたいな感じで…

ここで選ばれたからと言って現実世界に影響するような事はないので、ご安心くださいませ。


それでは、もう少しお待ちください…

夢の世界だから書きたいように書く滅茶苦茶してやる………!





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