第189話 メッセンジャー

 外門前の宅配業者に扮しているという死者の男は、果たして何のためにここへ来たのか。

 攻め込みに来たのか。それとも別の目的があるのか。

 死んだことにさえ気付いていない一般人という可能性も無きにしも非ずだが、状況的にそれは低い。

 いずれにせよ出ないという選択肢はないな。


(ありがとう琴夜。助かったよ)

(お役に立てて良かったです!)


 黄泉の国の住人である琴夜の特技、『死者の判別』。尾張への対抗手段としてこれほど便利な能力は無いだろう。

 俺が戦闘において用いる"弱体化デバフ"は、前提条件として能力でまず相手のステータスを探る必要がある。

 しかし尾張が使う"個人情報保護砲"の能力は、情報漏えい防止だけでなく俺のステータス探知から対象をプロテクトするという効果も持つため、デバフが通用しなくなってしまうのだ。


 しかし相手が死者だと分かれば遠慮なく拳を叩き込めるので、デバフによる無力化の必要がなくなる。

 叩きのめして動けなくすればいいからだ。


 ただし相手が能力で抵抗しないよう泉気抑制剤を打ってしまうとそもそも死霊術が解除されてしまうので、情報を引き出す時などは少し難儀である。


「…出るか」


 俺はそのままインターホンには出ずに、臨戦態勢を取りつつ外に出ることにした。

 念の為、スマホをケツポケットに忍ばせて…

 そして家の扉を開け、外門までの道を歩いて行こうとしたところ―――


「どうもどうも」


 門の外側に居たハズの男が、敷地内に入っていたのだった。


「…住居不法侵入って言葉、知ってるか?」

「もちろん。でも、死人の俺にゃ関係の無い言葉だな」


 死人である事をいいことにやりたい放題な男は、下卑げびた笑いを浮かべながらこちらにゆっくりと近づいてくる。

 これでこの男は尾張が寄越したことに間違いなくなったが、目的はなんだ?

 黄泉の国での俺の戦闘を見ていたなら、こんなヤツに俺をどうこうできるだなんて本気で思っているのではあるまい。

 少し探ってみるとするか。


「まさか尾張がお前みたいな下劣なヤツを俺に送って来るとはな」

「…あぁ?」

「ニュースを見て、ただの侵略行為ではない、何か崇高な目的でもあるのかと勘繰っていたんだが…どうやら買い被りの様だったよ。人の敷地に勝手に上がり込んでくるようなヤツのボスなら、底が見えたな」

「テメェ…ぶち殺すぞ……」


 俺の挑発にあからさまに怒りを示す男。沸点が富士山山頂より低い。

 もちろんコイツに対して話しているのだが、伝えたい相手は"その奥"にいる。

 さぁ、言いたい事があるならさっさと出て来い。


「捨て駒がなんか言ってるな」

「…!」


 想像以上に短気な男は、泉気を纏い能力を発動させようとした。

 しかし―――


「ア…ガァ…!」


 突如男の様子がおかしくなる。

 そして…


『…………やぁ、済まない。塚田さんには不快な思いをさせてしまったね』


 先ほどまでと声は同じだが、口調がガラリ変わった。

 この現象は、間違いない。ヤツが出てきたのだ。


『塚田さんの言う通り、僕がたまたま選んだこの男は品性が下劣。故にただのメッセンジャーだ。貴方と話すためだけのね』

「……久しぶりだな、尾張」

『3週間ぶりだね。勝手に新居に入った事は僕が代わりに侘びよう。申し訳ない』

「気にするな。それより何か用か?まさか蕎麦でも持って来てくれたんじゃないだろ」

『ははは。こんな格好してるけど、残念ながら蕎麦は無いんだ』


 本人が直接来たワケではないが、渦中の人物がわざわざ俺に接触してくるんだ。

 余程の用件と見た。


『単刀直入に言うよ。塚田さん。僕の仲間になってくれな―――』

「断る」

『………即答だね』

「簡単だからな」


 選択肢やヒントを見るまでもない問いかけ。

 いかなる理由があろうと、尾張のしてきたことは許される事ではない。

 そんなヤツの仲間になるなんて、世界の半分をくれると言われてもお断りだ。


『せめて理由を聞いてからでも、遅くはないと思うけどね』

「ありえないが、言うだけ言ってみな」


 食い下がって来る尾張に対し、俺はダルそうに応じた。

 というのも、俺はケツポケットでボイスレコーダー機能を作動させてあるスマホにヤツの話を録音する為、あえて話を聞く姿勢をとる。

 しかし、『待ってました』と促すのではなく、無駄な行為だとアピールした上での"許可"だ。


 万が一尾張に聞かれたくない目的があり、俺が録音している素振りを見せてしまう事で言うのを止められたのでは情報を逃してしまう。

 だからあくまでも、仲間にならない姿勢は崩さない。


 仮に聞かれても問題ない目的でも、後の特対への情報共有の際、信ぴょう性が俺の口頭だけの説明よりかは多少上がるハズだ。

 尾張の肉声でないのは残念だが、そこは致し方あるまい。相手もバカじゃないから、環境音などで位置の特定を許したりはしない。


『僕はね、死者がもう一度人として普通に生きていけるような世界を作りたいんだ。そのためには、邪魔な"能力の秘匿義務"を取っ払う必要があるんだよ』

「そのために蘇らせた死者を表に出したのか?」

『そう。こんな非現実な出来事が起きれば、世間は認めざるを得ない。そうすれば特対も能力の存在を隠し続ける事は出来なくなる』

「そんな事出来るワケないと思うが、仮に能力の存在を皆が認めたとして、そこからどう『死者が過ごしやすい世界』を作るつもりなんだ」

『それは、貴方が僕の仲間になれば分かる事だ…』

「そうか…」


 流石にこんなところで喋ったりはしないわな。

 ここまでか。


『さぁ、返事は?』

「ああ、当然返事はノーだ。お前に加担するワケないだろう。チャンスがあると思っているのか?」

『………残念だ』


 表情こそ変わらないものの、声からは落胆の様子が伝わってくる。

 そこまで俺を引き入れたい理由が何なのかはよく分からない…が、コイツのやってきたことはとても許されるものではない。

 いくら真の目的が、殺人をしてでも叶えたいものだとしても、だ…。



『…貴方なら、大切な人を失った気持ちが分かると思ったけど……』

「…何のことだ」

『さぁ?分からないならいいよ。僕の勘違いかもね』


 尾張が俺に言った言葉は、間違いなく"彼女"に関することだ。

 答えを先に知ってしまっているからこそ、直ぐに分かった。

 西田が、尾張の手の内に居ることに…


『仲間にならないならもういいや。次会うときは敵同士だね。それじゃ…』

「あ、おい―――」


 呼び止めも虚しく、尾張の意識は目の前の男から離れ何処かへと行ってしまった。

 そして、戻ってきた品性下劣な男の言葉が再開する。


「チッ…あーくそ。いきなり意識奪っておいて、"真っ直ぐ帰れ"とかよぉ…」


 どうやら男は尾張に戻ってくるよう指示を受けたようだ。

 しかし男の体から迸る泉気は、これから帰還をする者のそれではない。

 やはりクズはクズ。お使いもまともにできないらしいな。


「んな命令、俺が素直に聞くわけねーだ―――」


 男が拳を振り上げ、地面に叩きつけようとした。

 爆発系か、地震系か、土系か、恐らくそのあたりの能力を使おうとしたのだろう。

 だが、能力は


 拳を振り上げた男は、その拳が地面に到達することなく"氷像"となってしまったのだった。



「だいじょぶ?お兄さん」

「…サンキュな、魅雷」


 入り口から出てきた魅雷の能力で、男は一瞬で物言わぬオブジェと成り果てる。

 ほんの一瞬。

 ビームが出るわけでもなく、予兆として空気が冷えるでもない。

 魅雷が凍らせたいと思えば、相手は凍る。

 実力が高くなければ、それに抗う事はできない。


「なんか、門の外にも三人居たから凍らせておいたケド…そっちは?」

(どうだ?琴夜)

(はい。そっちも死者です)


 琴夜の確認が済んだ。


「四人全員死者だ」

「ん。りょーかい。冬樹、オッケーだって」

「あいよっと…!」


 電光石火。

 まさにその言葉に相応しい速さで魅雷の後ろから、目にも映らぬスピードで冬樹が飛び出すと、目の前の男を通過し外へと飛び出した。

 そして瞬きの間に再び敷地内に戻ってくると


「全部砕いてきたよ」


 と、俺に完了報告をする。


「グッジョブ。周りに人は?」

「居なかった。粉々になった氷はすぐ溶けるから、誰も気にしないと思うぜ」

「そっか。お疲れ」


 尾張が送って来た死者の使者が四者、あっという間に水溜りとなる。

 成長期の元辻斬り姉弟は"使いっぱ"如きじゃ止まらない。


 ネクロマンサーの正体が分かってからも、俺のスタンスはまだどちらとも言えなかった。

 捜査協力は勿論するし、市ヶ谷たちの件だけでなくヤツが関わった案件は全て見過ごすことはできない内容であった。


 しかし、今日、この瞬間。ハッキリと尾張と対立することになる。

 まさか直接コンタクトを取って来るとは思わなかった。

 しかしヤツの目的の一部は知ることが出来た。あとはこのスマホに録音した音声データを特対と共有し、居場所を突き止めて…



「お久しぶりです、センパイ♪」



 これからの段取りを頭の中で組み立てていると、突如俺を呼ぶ声がする。

 つい先日…もう4ヶ月も前…永遠の中の一瞬…

 週に五日は聞いていた彼女の声が、俺を呼ぶ。


 見ると俺の立っている位置から少し先の地面に、黒い影のようなものが出来ていた。

 そこからゆっくりと、じわじわと、エレベーターのように人が空間に上って来る。

 そしてようやく全身が現れると、満面の笑みでこちらを見ていた。


「西田…」

「はい!アナタの可愛い後輩、西田さくらですよ」



 俺を殺し、俺の命を救ってくれた、恩人が

 最期に会った時と変わらぬ姿で、呼んでいた。


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