第188話 尾張からのシ者

『能力の事を、生き返らせた人間から喋らせたんですか…?』


 スピーカーからは信じられないと言った様子の声が聞こえてくる。

 そしてそれを鬼島さんはハッキリと肯定した。


『そうだ。そして言いたい事を言ったらそのまま帰っていく者も居たらしい』

『何もせず?それだけを言いにですか?』

『ああ。名前と顔で、かつての事故の被害者であることを照合し終わった瞬間に帰っていったそうだ』


 まるで…アピールだ。

 ネクロマンサーの存在、そして超能力があるということを知らしめるためだけの行為。


『警察は止めなかったんですか?』

『声はかけたみたいだがね…。拘束する事は出来ないし、目の前に死者が現れただけでもパニックなのだから、冷静な対処ができなかったのだろう』

『…』


 特対の人間ならいざ知らず、普通の警察官では無理だな。

 超能力やら死霊術やら荒唐無稽な発言で、泥酔者だとか頭のおかしなヤツだと思わせる。その後身元を調べさせて本当に死人だという事を分からせる。

 対応した人は感情がジェットコースターのように上下しただろう。


『まあそれで、現在メディアにはこちらからの発表があるまで報道はしないよう訴えかけてはいる。が、それもどこまで有効か…』

『週刊誌とかが調べ上げて死者に直接接触しないとも限らんしな』


 衛藤さんが忌々しそうに言う。

 確かに、最高のネタだな。死者が蘇る・超能力。色々なジャンルの人間が食いついてくるだろう。

 普通であれば週刊誌は歯牙にもかけない様なネタだが、名乗り出た人物が有名な事件・事故の被害者である事の裏が取れて、なおかつ特対が情報規制をかけていることまで嗅ぎ付けられていたら、この超能力事件の信ぴょう性がより増してしまう事になる。


 しかし収束させようにも、尾張本人も生き返った人たちもどこに潜伏していたのか分からないと…

 中々辛い状況だな。

 恐らくこの打ち合せ参加者の誰もが、尾張がこんな暴挙に出るとは思いもしなかっただろう。


 これまで出会ってきた能力者は、程度は違えど、皆能力漏えいのペナルティを意識していた。

 それは正式な許可を貰って活動している組織ほどより顕著だ。


 アウトローな連中は、ペナルティの事もそうだが、一般人には無い強み超能力を使って裏で富を得ている者が大勢いただろう。

 例えば念動力を持った者がパチンコやスロット、極端な話UFOキャッチャーでもいい。行使してプレイすれば、額は大したことないが簡単に儲けることが出来る。

 派手な勝ちで悪目立ちさえしなければ、余程運が悪くない限り特対に捕まるリスクも低い。


【手の中】みたいにストレートな暴力で他人から金品をせしめたり、【CB】のように数百人規模の徒党を組んだりせず、個人あるいは小規模で動いて少ない利益を得るというのが、リスクが少なくリターンを得るスマートなやり方だと俺は考える。

 ちゃんと説明を聞いていれば、だが。


 リスクを恐れるか、リターンを多く得たいか。

 それらの感情が、超能力がこれまで秘匿され続けて来れた大きな理由だ。


 しかし今回の尾張の行動はそのどちらにも当てはまらない。

 特対や特対の息のかかった能力者組織を敵に回すことも、優位性を保って利益を独占することも考えない、一見すると無茶な行為。

 ともすれば能力者全員から狙われるかもしれない事をやってのけた。

 そうまでして死者を表に出した理由は何だ…?




『塚田はこの件について何かないのか?』


 一通り共有が済んだところで、衛藤さんが俺に雑に話を振って来た。

 恐らくこの後に、職員がポジション別にどういう動きをする云々の話になるのだろう。

 部外者の俺はもうそろそろ居ても仕方がないのかな。


「何かって…」

『焼肉分くらいは何かないか?』


 ちょっと根に持ってるし…

 だが打ち合わせにとって停滞が一番怖いのは重々承知しているので、何かとっかかりになればと、とりあえず喋ってみる。


「…普通に考えれば、世間とか警察を混乱に陥れるためにやってるのかなって思いますね。実際、警察も特対も大騒ぎになってますし」

『まあ、そうだね…』


 鬼島さんが苦笑しながら同意する。


「でも、仮に混乱させる意図があるんだとしたら、混乱させて"その後どうしたいか"っていうのが見えてこないんですよね」

『ふむ。その後か…』


 鬼島さんは何やら考え込んでいる。

 すると画面からではなく、俺と同じ部屋から声が聞こえてきた。


「目的と言ったらそれは日本征服じゃないか?」


 光輝がそんなことを言う。


「俺もそれは考えたけどさ、だったらぬる過ぎかなって…やり方が」

「ぬるい?」

「うん。俺…というか能力の存在を知る者であれば、100人の人間を生き返らせて日本を征服しろって言われたら、生き返らせるのは全員能力者にするよな。まあそんなに能力者で揃えられなかったら、せめて格闘家とか。"戦力"を集めないか?」

「確かにそうだな」


 先ほど画面共有で見せてもらった"通報者"の一例には、主婦とか年配の人が入っていた。

 もちろんそれらが能力者である可能性は否定できないが…。


「それに、侵略行為なら通報なんかせず、せーので国会議事堂とか警視庁舎とかを攻撃すればいいんじゃないかな。何もお行儀よく『死霊術で生き返りましたよー』なんてアピールする必要はないと思う…」

『…つまり、尾張は支配だとか征服以外の意図があって動いていると?』


 俺と光輝の会話に画面向こうから鬼島さんが参加する。


「はい。それが何なのかまでは分かりませんが…」

『そうだねぇ…』

「ただ、能力の事を世間に知らしめる意図は強く感じました。尾張はペナルティや同種の人間からの報復など意に介さない動きをしていますからね」

『ふむ…』

「であれば、もし第二陣の通報者たちが現れるとしたらある程度予想はできます」

『ん?次にも同じようなのが現れると思っているのかい?塚田くんは』


 疑問に思う鬼島さんに俺は仮説を話す。


「多分ですけど…もし能力の存在を公表する意図があるのだとしたら、今日通報した人たちではまだ弱いからです」

『弱い?』


 衛藤さんが反応する。


「いくらみんなの知る事件・事故の被害者だとしても、大抵の人はそのフルネームや顔まで記憶してるなんてことは稀だと思うんですよ」

『まあ、そんなもんだろうな』

「そうなると、次に生き返らせるのは誰がいいですか?」


 俺が鬼島さんたちに質問をする。

 すると真っ先に衛藤さんから答えが来た。


『…タレントか』

「そうです。誰もが知る俳優女優、お笑い芸人、歌手、今だと動画配信者もですかね…そんな人たちが復活してテレビなんかに出始めたとしたら、世間は間違いなく超能力の存在を認め、混乱することになるでしょうね…」

『『………』』


 恐らく想像したのだろう鬼島さんたちが沈黙してしまう。


「まあ、そんなこともあるかも…ってレベルですけどね」

『……手配しよう』


 衛藤さんが難しい顔で部下を動かすように言う。



 俺がその言葉を聞いた時―――


「ん?」


 我が家のチャイムが鳴ったのだった。


「卓也、お客さんだぞ」

「みたいだな…すみません、自分はここで…」

『ああ。参加してくれてありがとう』

「いえ、貴重な情報ありがとうございます」


 俺はカメラに向けてお辞儀をすると、来客を迎えるべく廊下に出た。

 そして玄関先にある受信機の前に行き、モニターで外門の様子を見る。


「あれ、ウーバーフード館だ…まだ何か頼んでたっけ?」


 門の外には、出前専門業者の制服を着た男が俺の応答を待っていた。

 しかしもう何かを頼んだ記憶はない。

 他の誰かがこっそり頼んだのだろうか。


 そんなことを考えていると、"左目の住人"が話しかけてきた。


(卓也さん)

(ん?)


(このモニターに映っている人、死人です)



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