第179話 現世へ
最初に俺が飛ばされてきた黄泉の国の森の中で、多くの人が集まっている。
現世の人間から、黄泉の国の住人まで、多くの人が…。
「転移ゲートの準備できましたよ」
「ありがとうございます、葛さん」
俺たちが現世に戻るための準備をしてくれていた葛さんから完了の報せを聞き、俺は礼を言う。
いよいよ…戻ることが出来るのだ。
一時はどうなる事かと思ったが、琴夜が閻魔大王に会わせてくれて、葛さんやエンジュさんスミさんが後押ししてくれて、閻魔大王が認めてくれたおかげで現世への帰還が果たされる。
支えてくれた皆には感謝しかないな。
閻魔大王との対決がどうなったのかというと…それは最終局面にさかのぼる。
俺と市ヶ谷は自分の持つ最強の攻撃で閻魔大王に挑んだ。
俺の槍と市ヶ谷の刀。それが閻魔大王の振るうハンマーとぶつかり合い、両陣営とも衝撃で吹き飛び闘技場の壁に激突した。
閻魔大王の方はハンマーを持つ手が焼け焦げたようになっていたのに対し、俺たちはどちらも全身がダメージで真っ赤に火傷したようになった。
直後にひりつくような熱さが襲い掛かってきて、結構辛かったのを覚えている。
当然俺はすぐに自分のダメージを治すと、市ヶ谷の方へ駆け寄り治療を行う。
そして念のため臨戦態勢を取ったところで、閻魔大王から合格を貰うことが出来た…というのが事の顛末である。
そこから帰るための準備を皆で進め、あとは帰るだけという段階に至った。
「よう、スバル、タクヤ。いよいよだな」
「スミさん…師匠も。見送りに来てくれたんですね」
「ああ。先ほどの戦いもこっそり見させて貰ったよ。刀の一撃は見事だったが、弓は要練習だね」
「はい!」
市ヶ谷と長い時を共に過ごした二人は、市ヶ谷としばしの別れを惜しむかのように話をしている。
その表情は、まるで我が子が独り立ちするのを優しく見守る親の様だった。
「タクヤも、お疲れさん」
「いえ。スミさんとエンジュさんの口添えのおかげでスムーズに事が運びました。本当にありがとうございます」
俺は頭を下げて礼を言った。
「よせやい。俺らはただ自分たちの役割を思い出して、そのついでに少しお節介しただけだ」
「そうだね。私も大切な事を思い出させてもらったから、そのささやかなお返しと思ってくれ」
「…はい」
二人とも"気にするな"と言うので、お互い貸し借り無しとすることに。
良い人たちだ。
「おう、そうだ。スバル」
「はい?」
「分かっていると思うが、俺が渡した武器は大量の沼気を纏っているからよ。現世で開放する時は周りに気を付けろよ」
「…はい。承知してます」
「君の体は泉気ではなく沼気を生み出すようになっているから、日常生活では常に消しておくんだよ」
「そちらも承知しております」
地獄の沼気にあてられ倒れていた市ヶ谷を助けるため、エンジュさんは止むを得ず薬で市ヶ谷の気泉を"沼気を発生させる器官"へと作り変えた。
そのため市ヶ谷は今も沼気を発生させる体質のままとなっている。
沼気は人間にとっては毒であり普段から意識して止めていないと、耐性の無い者は近くにいる事さえ叶わないのだ。
そしてスミさんが作り市ヶ谷に渡した【七ツ星】は、そんな沼気をこれでもかと吸収し仕上げられているらしく、絶大な威力に加え毒の効果まで持っているという。
もし地上で戦闘になった時は、なるべく周りに味方がいない時に使えよとアドバイスを受けていた。
先ほどのように完全開放しようものなら、周囲を巻き込むことは必至なのだ。
市ヶ谷曰く、普段から能力者であることは隠して生きてきたので問題は無いそうだ。
ただし、ネクロマンサーにだけは出来れば一発お返しをしてやりたいと意気込んでいる。
俺が『米原にはいいのか?』と質問したところ、『まあ言葉巧みに乗せられていただけでしょうしね…』と返された。
恐らくその通りだが、何とも達観しているもんだなと少し感心してしまった。
米原は尾張を消すために、その恨みを利用され実行した。
当然実行犯として特対で罪は償うべきだが、元凶は獅子の面の男、ひいてはそれを裏で操るネクロマンサーであると考える。
だから市ヶ谷のスタンスには俺も概ね同意だった。
順調に行けば、現世ではもう駒込さん達が米原を拘束して色々と事情聴取をしているだろうし。
何か有益な情報が得られていると良いな。
「ほんじゃ、おめえらが来るまで待ってるからな。それまで達者に暮らせよ」
「スミさん。それじゃ長生きしろと言っているのか、早く死んで来いと言っているのか分からないですよ」
「君たち人間の一生は私たちにとってはあっという間さ。だから我々の事は気にせず、思うままに生きてくれ」
「分かりました、師匠」
「では、またいつか手合わせしよう」
「はい!」
市ヶ谷と、スミさんエンジュさんが挨拶を交わしているところを見ていると―――
「少しいいですか?」
葛さんが俺に話しかけてきた。
「はい。何でしょうか?」
「先ほど頼まれていた"西田さくら"という人間の魂について調べてきました」
「…はい」
お願いしていた""調べものについて、報告しに来てくれたのだ。
俺は折角(?)ここまで来たのだから、西田に会わないまでもどうしてるかなーというのが気になり、葛さんに調査をお願いした。
彼女の魂が今どうなっているかの調査を…。
経験は無いが、まるで元カノのSNSをこっそり覗いているかのような罪悪感に苛まれつつも、俺は調査結果に耳を傾ける事に…
「えー…その人物は、先日まで一層の"等活地獄"で浄化待ちをしていました」
「ああ…そうなんですね」
一層と聞いてついつい安心する。
苦しいのには変わりないが、一番軽い苦しみらしいので、なんとなく良かったなと思ってしまった。
しかしその後の報告を聞き耳を疑う事となる。
「その後、何者かによって魂が現世へと呼び寄せられてますねぇ。なので今はここにはいません」
「……………え?」
俺は思わず間抜けなリアクションを取ってしまった。
今、現世に呼び寄せられた、と言ったよな。
そんなことが出来るのはネクロマンサーくらいしか知らない。
何故そんなことを…?仲間にするためか…?
分からない…
「大丈夫ですか?」
色々な事が頭の中を駆け巡ったが、葛さんの呼びかけで戻る。
「ああ、すみません…つい考え事を。調べてくれてありがとうございます」
「いえ。お役に立てたなら良いですが…」
俺は葛さんにお礼を言い頭を下げる。
まだネクロマンサーの仕業だと決まったわけではないし、考えた所でどうしようもないので一旦この件は置いておくことにした。
何かが起きそうな予感を必死に抑えつつ、冷静に振る舞って…
「ゲート、開きました!」
とうとう現世への帰路が開かれた。
向こうの時間は19時半とのことで、俺が消息を絶ってから半日近くが過ぎてしまっているらしい。
帰ったらまずは鬼島さんへ連絡し、消えた人間が全員無事であることを報告する。
そしてその後、中々信じがたいだろうけど黄泉の国の説明をし、その事実を世間にどのように誤魔化すか等の相談をしたいところだ。
まさかバカ正直に「黄泉の国へ行って助けてきました」とは言えるはずもないのでな…。
(どんな部屋に住んでいるんですか?ユニさん)
(今は狭い部屋だな。もうすぐ琴夜の住処にしてた屋敷に引っ越すけどよ)
(わあ、いいですねー)
俺の両眼に住んでいるユニたちは呑気にそんなことを話している。
結局琴夜は俺について現世へ来ることになり、空いている方の目へと宿った。
一応恩もあるし、それキッカケで閻魔大王と戦ったワケで、今更無理矢理突っぱねる事も出来なかったのだ。
ただ、一つ朗報があった。
ユニと話している中でネクロマンサー関連の経緯を知った琴夜から、『見ればそれが死者かどうか分かる』と自己申告を受けたのだ。
対策を知ったとはいえ、抑制剤無しで死者を見分けることが出来るようになったのは大きなアドバンテージと言える。
米原の件といい、西田の魂の件といい、何となく…ネクロマンサーに近付いてきているような気がした。
いや…引かれ合っていると言った方が正しいのかもしれない。
お互いすぐそこまで迫っているような、そんな予感がしていた。
「みなさん、お元気で」
お世話になった黄泉の住人達に別れを告げ、俺たちはゲートをくぐった。
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