第180話 おはよう

「…」


 特対の会議室では先ほどからずっと、駒込が焦りや不安や苛立ちでソワソワしていた。

 そしてそれを同じ部屋で待機していた大月が


「ちょっとは落ち着きなよ」


 と注意する。


「ああ…済まない」

「イライラしても帰ってこないんだよ、塚田は…」

「……そうだな…」


 大月の言葉で少しだけ冷静さを取り戻した駒込は再び会議室の椅子に座ると、モニターを見る。

 先ほどの取り調べの内容をもう一度確認するために。



 先ほど朽名を退けた駒込たちは、事情聴取をするために米原を連れて一旦特対へと戻って来ていた。午前10時ごろの出来事である。


 それに対し米原は、葬送の小太刀を失い駒込たちの強さや怖さを間近で見たことで、全く抵抗することなく素直に応じた。

 そして護国寺と駒込が行う取り調べで一連の出来事を隠さずに話し、自らの罪を全て認めたのだった。


 駒込たちは当然、卓也達が『黄泉の国へ送られた』という、にわかには信じがたいような内容を聞くことになる。

 しかし彼の発言は能力や機械による虚言チェックを全てパスしていた。

 それに加え、万が一にも抵抗しないようにと打った泉気抑制剤により、米原が操られていたり『能力で甦らされた死体ではない』ことが証明され、彼の発言が全て真実である事の裏付けとなってしまった。


 そして、取り調べ後。

 米原は今後の処遇をどうするか決めるまで品河に拘束し、まだ未成年という事もあり保護者を呼んでの事情説明をすることとなった。

 そして何人かの職員には鬼島から、"葬送の小太刀についての情報収集"ないしは"黄泉の国からの帰還方法の調査"と言う中々に無理難題な業務が与えられる。


【手の中】の一員である飯沼と取引をし卓也を呼び寄せる為の方法を探ろうにも、今からどんなに急いで手続きをしても、最低でも二日はかかってしまう。

 だから大月は駒込に『落ち着け』と声をかけたのだ。


 もちろん駒込も状況は把握している…しているが…それでも心がざわついて、とても静観できるような状態には無かった。

 途中で何度も調査や聞き込みに出ようとしたのを、大月と鬼島が何度も止めている。


 もし卓也がスマホで連絡を取るとしたら、番号を知っている鬼島・光輝・清野あたりに来る可能性が高いが、それ以外の能力的なアプローチでの連絡の場合、最後に一緒に居た駒込と大月が対象になる可能性が十分にあった。

 なので駒込は、鬼島・大月とこの会議室にいる事を強制されたのである。


「そういえば護国寺くんたちはどうしたんだろうね?」


 鬼島が適当な会話で駒込を落ち着かせようと話を振る。

 だがそれに素早く答えたのは大月の方だった。


「アイツなら取り調べが終わった後、どこかに行きましたよ」

「…そうか」


 護国寺だけでなく彼に同行していた職員もみな、取り調べの際に学園から一度引き上げていた。

 ところが、取り調べが終わるや否や揃ってどこかへ行ってしまったのである。


 鬼島は、同じ【ネクロマンサー対策本部】にいながら指示系統が異なる彼らを制御できない事に歯がゆさを感じながらも、今は"事件解決"という志が同じであることを信じ、各個人の自主性を尊重し放置していた。



 Prrrrrrrr…



 会話が終了し静かになったタイミングで、鬼島の電話に着信があった。

 初期設定の何の飾り気も無い電子音に反応し、ポケットから取り出したスマホの画面を確認した鬼島が思わず声を発する。


「塚田くん!?」

「「!?」」


 名を聞いて、近くの二人も即座に反応した。

 まさか、その名前の主から電話がかかって来るなんて夢にも思っていなかったのだ。

 二人は一生懸命聞き耳を立てているが、生憎とスピーカーモードではない為良く聞こえなかった。

 だが鬼島の話し振りから、塚田卓也本人であることは間違いなさそうで一安心する。


 そして程なくして、通話が終了した鬼島から卓也の無事が告げられたのだった。














 ____________















「ええ。昨日の美鷹の公園に…はい。無事です。…はい。…はい。お願いします。では…」


 スマホからツーツーという電子音が聞こえてきたのを確認した俺は、スマホ画面の【終了】ボタンをタップし電話を切った。

 ゲートをくぐり現世へと帰還した俺たちは、予め指定した学園近くの広い公園に居た。

 ここであればなるべく人目に付かず、かつ迎えに来てくれるであろう鬼島さんが分かりやすいと考えたからだ。


 そして早速スマホで連絡し、俺たちが無事である報告と迎えをお願いしたというワケである。

 あとは転送能力者が来るのを待つだけだが…



「塚田さん」

「どうした、稗田」

「尾張がいつの間にか居なくなっているんですけど…」

「…そうか」


【個人情報保護砲】で守られていた尾張が、鬼島さんに連絡している間にどこかへ行ってしまったらしい。

 尾張を意識している事を悟られないよう自然に振る舞っていたつもりだったのだが、何かに引っかかったのか…それとも別の意図で消えたのか…

 追跡したいのは山々だが、ここに居る生徒の保護が最優先だ。

 今は下手に動かない方が良いだろう。


 リストには無かったが、ネクロマンサー関係の人間であれば能力者であることは疑いようがない。

 何らかの理由で特対の調査から逃れ、一般人のフリをし続けたのだ。

 下手に刺激し暴れられても困るので、今は消えたのならそれで良い。


「まあ、とりあえず今は気にするな」

「え…でも」

「その辺の事は警察に行ったら説明するからさ…ホラ、迎えが来たぞ」


 俺が指さした方向に、昨日と同じ転移能力者が姿を現した。


 一番最初の被害者である八丁は二週間ぶりか。

 とにかく被害にあった四人の生徒と稗田、そして俺はようやくこの【聖ミリアム生徒連続失踪事件】から解放される事となった。













 ____________















「誰も居ない…」


 自宅近くまで来た尾張は、少し離れた所から家を観察していた。

 しかし家の中に特対が居る様子もなく、自分が黄泉に飛ばされる前と同じ状態であるように見える。

 それが尾張には不可解であった。


「…買いかぶり過ぎだったかな」


 いつ奇襲を受けてもいいよう念のため準備しつつ、外門から敷地内へ静かに入った尾張は家のドアノブに手をかける。

 鍵はかかっておらず、すんなりとドアが開いた。

 米原に不意打ちを受けたままであれば、鍵がかかっていないのは当然である。

 逆に施錠されていれば新たな疑問が浮かんでくるところだが、そんなこともないのでそのまま彼は家の中へと入っていった。


「……」


 靴を脱ぎ廊下に上がったところで違和感を覚える尾張。

 その違和感特定のため少し時間をかけてくまなく調査してみたが、やはり家の中が

 普段から掃除はこまめにしているため、ホコリ云々の話をしているのではない。


 自分が音信不通となれば隣家に住む春日が必ず様子を見にこの家の中へと入って来ているハズだ。

 そして財布も何も全て置いてあれば、当然何事かと家の中全体を探しているだろう。

 彼女の性格から相当焦って探すだろうから、そうなれば家の中の家具や小物の配置などが乱れていないとおかしい。


 にもかかわらず、今は全ての物がキッチリと自分が消える前の状態になっている。


 春日がこの家に入って来ていない可能性もあるが、であれば彼女が尾張の無断欠席をスルーし警察にも通報していないことになる。が、尾張にとってそれは考えにくい。

 それよりも『特対が家の中を捜査して、あえて綺麗にして出ていった』というセンで考えていた。

 つまりは"特対の宣戦布告"であると、尾張は受け取っていたのだ。


「強気だな…」


『春日が来ていない説』『捜査をした人間が元の位置に戻せない説』などを一旦頭から排除し、最も危険なケースを念頭に置く。

 そうなると"高校生の自分"に残された時間はそう多くないことになる。

 そう感じた尾張は少し急ぎ目に二階のある部屋へと向かった。


 自室の隣の部屋。

 かつて自分の母が寝室に使っていた部屋…の収納。

 そこに巧妙に隠されたドアを開けると、中には"特注の冷蔵庫"が入っていた。


 ドアの仕掛けが作動していなところを見ると、どうやら特対もここの存在には気付かなかったようで少し安心する。



 冷蔵庫のドアを開けると、中には眠っているかのように安らかな顔の、尾張の母の遺体が入っていた。



 遺体と言っても、遺骨に泉気で肉付けをし魂を呼び寄せ定着させたものなので、生前の体のパーツは僅ばかりの骨だけしかない。

 そして母自身の願いにより、夜間はこうして"電子機器のスリープモード"のように能力を部分的に解除して、特注の保管用冷蔵庫の中で活動を停止させていた。

 これは尾張の泉気を少しでも節約できる様にした結果である。


「…」


 尾張は死霊術をかけ、母を目覚めさせる。

 するとゆっくりと瞼を開き、瞳の中に自分の最愛の息子の姿を捉えた。



「……おはよう、悠人くん」


「おはよう、母さん」



 尾張悠人は穏やかな笑顔で、起床した母に挨拶をしたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る