第162話 後片付け

(タクー)

(んー?)

(呼んだだけー♪)

(そう…)

(タクタクー)

(…)


 あれだけ黄泉行きに難色を示していたユニが突然乗り気になったかと思えば、俺に『名前を呼ばせてほしい』と提案してきた。

 了承すると、どう呼んだらいいか聞いてきたので、ユニに合わせてタクでどうかと返してみたところ先程から無駄に連呼するようになったということだった。


 まるで出会った当初のように懐いてる。

 どういう心境の変化だ…


(〜♪)


 まあ、嬉しそうならいいか…。一人よりもユニが居てくれたほうが安心感が段違いだ。

 直接知らない内容でも、ユニの知識から答えが導き出されることもあるかもしれない。


 一先ず方針も固まった。

 黒い刀のヤツを探し出して、わざと刺されるように敵を誘導する。そして黄泉から五人を連れて帰る。

 シンプルだが今までの目標で一番ハードだ。

 しかしやるしかない。


「っし!いっちょ頑張りますか―――」

 Prrrrrr


 俺が決意を固めると同時に、スマホに着信があった。

 画面を見ると、かけてきた相手は真里亜だった。

 丁度よい。これから学園に戻って旧部室棟の掃除やら、ネームホルダーの返却やら、明日のアポやらを済ませようと思っていたところだ。

 もしまだ残っているのなら、協力してもらおう。


「もしもし」

『あ、兄さん。まだ学園内にいらっしゃいますか?』

「それがちょっと色々あってさ。そっちは?」

『今ようやく終わりましたよ』

「随分と遅くまでかかったな…」


 もうすぐ19時になろうというところだ。

 生徒会というのはこうも忙しいもんなのか。


『いえ、実は副会長が今日の引継ぎの事を忘れていて、開始が遅れてしまったんですよ』

「あー…あの米原って生徒か」

『そうです。しかも終わるや否や急いで寮に帰ってしまって。急ぎじゃ無いけれど今日のうちにやっておきたかったことを済ませていたらこんな時間になってしまったんです…』


 少し疲れたような呆れたような声で話す真里亜に、俺は労いの言葉をかけてやった。


『…それで、そちらの色々あった事と言うのはなんですか?事件に関することですよね?』

「あー…会って直接話そう。悪いけど、今から10分後くらいに総務部がある建物の1階に来てくれないか?」

『職員棟ですか…?分かりました』


 俺はなるべく人が残っているであろう場所を待ち合わせに指定する。

 まだ黒い刀のヤツが敷地内に居る可能性があるからだ。

 こちらも急いで向かわなくてはな。


「じゃあまた後で」

『はい』


 通話を終了させると、俺は人目につかないよう慎重かつ迅速に学園へと向かったのだった。

 帰宅ラッシュで人が多いのと、神多と違いビルが沢山あるような街並みではない為移動ルートにかなり気を使ったが、無事学園内へと入ることが出来た。










 _________________












「もしもし、俺だけど」

『兄さん。今どこに居ますか?』

「その建物の外の緑道のベンチにいるよ。悪いけどここまで来てくれるか?」

『分かりました』


 とある事情で職員棟近くの緑道のベンチに待機していた俺は、電話で真里亜を呼び出す。

 すると1分ほどで俺の元までやってきた。


「お待たせしました、兄さん」

「おう、悪いな。早速なんだけど、コレ…」


 俺は座った状態で右足を少し上げ、指さした。


「え、どうしたんです?」

「や、さっき足ごと跡形もなく吹き飛ばされちまってさ…。悪いんだけど靴下と靴、作ってくれないか」

「………はぁ。ちゃんと説明お願いしますよ?」

「おう」


 溜息をつきながらもベンチの空いている場所に座り、落ちている石を適当に拾うと能力で靴と靴下を作ってくれた。

 だが靴は左足の革靴と同じようなものを作ってくれたが、靴下は何故かピンクのモコモコの物を渡される。

 しかも前後に【♡MARIA♡】と刺繍されていた。

 正直死ぬほどダサいが、文句は言えない。


「悪いな、助かったよ」

「いえ。それで、私が生徒会に行っている間に何があったんです?」

「それは歩きながら話すよ。一先ず旧部室棟に一緒に来てくれ」

「旧部室棟ですか?どうしてまた…」

「ホラ、急いで急いで」

「あ、ちょ…。もう…」


 俺はまだ何も知らない真里亜を急かして、旧部室棟へと向かった。







_________







「良かった…まだ人避けの術式は解除されてなかったか」


 旧部室棟に到着すると、先ほど敵が発動させた術がまだ効いており、周辺と内部には人っ子一人居なかった。

 掃除が終わったら俺が解除しよう。


「2階でしたよね。行きましょう」

「ああ」


 幸いにもこの術は"能力者は入れる"設定にしているようで、俺も真里亜も再入場が可能だった。

 そして、旧部室棟に着くまでに俺の話を聞いていた真里亜が率先して現場へと進んでいく。


・いのりと二人で調査をしていたら、この建物で二人の生徒と戦闘になったこと。

・その二人と和解した後に新たな敵が襲ってきたこと。

・さらにその敵を退かせたと思ったら、伏兵にして"今回の事件の実行犯"と思われる敵に襲われたこと。

・一人が犠牲になってしまったが、敵の使う転送能力(という設定)を知ることが出来、いのりともう一人の生徒を特対に保護してもらったこと。


 このあたりをかいつまんで説明すると、真里亜は旧部室棟へ急ごうと言ってくれたのだった。



「うわっ…」


 2階へ上がった真里亜が声を上げる。

 まるで気持ち悪いものを目にしたかのように。いや、実際そうなんだけど。


「気持ち悪…文化祭のお化け屋敷でももう少しマシですよ」


 ですよね…

 爆弾を処理するために破壊と再生を繰り返した結果、そこいら中が血まみれだ。

 破損に関しては俺の能力で直せたのだが、汚れまでは無理なので、こうして真里亜を頼ることに。

 このまま人避けを解除したら大惨事だからな。

 お嬢さまなんて卒倒モンだ。


「じゃあ、血液は砂に変えていきますので、あそこの掃除用具入れにあるチリトリとホウキで掃いていってください」

「分かった」


 能力で鮮血が次々と砂になっていくので、俺はそれを後追いで集めて外に捨てる。

 これを10分くらい繰り返すと、ひどい有様だった2階の廊下はみるみる綺麗になっていった。

 ゾンビアタックは奥の手にしないとマジでヤバイな…事後処理が大変過ぎる。、


「これで大丈夫ですね」

「ああ、ありがとうな。本当に助かったよ」

「いえ。でも、手が封じられていて仕方なかったとは言え、程々にしてくださいね。今は全然問題無さそうにしてるからいいですけど、兄さんがあんな大量に血を出したのを想像すると、あまり良い気はしませんから…」


 少し暗いトーンで俺の手を取る真里亜。散々吹き飛ばされた部位だ。

 確かに身内が、廊下が血まみれになるまで出血していたなんて知ったら嫌だよな。いくら治せるとか、痛みが無いなんて言っても、な…

 回復前提の戦術は、多用しないようにしなくちゃ。


「ごめん、嫌な気持ちになったよな。考え足らずだった」


 真里亜の頭に手を置いて謝罪する。


「これからはそんな戦い方するまでもなく、勝てるようにするからさ…」

「…そういう事じゃないですけれど、まあいいです。もっと自分を労わってくださいね」

「ああ…」


 黄泉の国へと行こうとしている手前元気よく返事は出来なかったが、一先ずここは真里亜の心配を受け止めることにした。



「今日はこれからどうするんですか?」


 掃除を終え、人避けの術式を解除した俺と真里亜は総務部に向かって歩いている。

 その途中、真里亜がこのあとの予定を聞いてきたのでそれに返答した。


「もういい時間だし、総務に行ってとりあえずコレを返してくるよ」


 俺は首から下げているネームホルダーを真里亜に見せた。


「あと理事長に明日の許可を取らなきゃな。そしたらすぐに帰ろう」

「わかりました」


 時刻は19時半になる。

 もう今日の調査は打ち切りだし、これ以上真里亜をここに残らせるのは危険だ。

 理事長に明日も来てよいかの確認だけ取ったら、さっさと真里亜を特対に送り届けよう。


「真里亜」

「はい」

「とりあえず明日は学校を休んでくれ。いつ狙われるか分からないから、念の為」

「…そうですね。その方が良いかもしれませんね」


 危険なのは真里亜も承知しているようで、俺の提案に賛成してくれた。

 あとは鬼島さんに連絡して、特対に―――


「明日はで七里さんたち姉弟と大人しく待っていますね」

「え?」

「え?」


 俺の部屋?何を言っているんだこの娘は。


「今、何て言ったの?」

「え?」

「違う、その前」

「ね」

「一文字ずつ聞いてんじゃねーよ」


 そういう小ボケは志津香だけでいい。


「ウチには『今日は兄さんの部屋に泊まる』と言って、さっき許可も貰いましたから」

「まずは家主の許可を取れよ」

「明日の朝までは兄さんが居て、それ以降は七里姉弟がいる。これほど安全な環境はないと思いませんか?兄さん」

「いやでも…」


 セキュリティ問題に目を瞑れば、確かに防衛力としてはまあ問題無いかもしれないが。(というか七里姉弟と真里亜で凌ぎきれなければ、相当ヤバイ)


「魅雷さんにさっき連絡したら、お二人とも朝から来られるそうです」

「用意周到だなオイ…」


 まあ、学校にさえ近づかなければ、いいか…?

 いのりは外泊なんて厳しいからできないが、真里亜ならもうおふくろたちの了承を取っているし。

 何よりここから真里亜の提案を覆すほどの材料を用意するのは時間と労力の無駄な気がする…


「…はあ、分かったよ。家に帰ろう」

「はい。ではちゃちゃっと済ませちゃいましょう」


 こうして強かな妹に負け、今日は揃って家路につくことにしたのだった。









 _________________











 ネームカードを総務の人に返しその後理事長室を訪ねたところ、既に鬼島さんから理事長に連絡があり、それを受けた理事長から『各根回しは任せてくれ』と言われた。

 鬼島さんからは『解決の糸口が掴めた』と報告を受けたらしく、詳しくは聞かれなかったが大層喜んでいた。

 これはまずます頑張らなくちゃな…。


 ちなみにその際に理事長仕様のVIPカード入りネームホルダーを受け取ったので、明日は総務室に寄らなくても大丈夫になった。

 朝は7時から門が開いているらしいので、それくらいの時間に行くことに決めた。


「兄さん、メールが来てますよ」

「ん」


 学園で用事を全て済ませた俺と真里亜は一緒に駅前で飯を食い、そのまま予定通り俺の部屋へと帰って来た。

 そしてしばらくテレビを見ながらマッタリしていたところ、真里亜の座っている場所のそばで充電していた俺のスマホが震える。

 俺は一旦充電ケーブルを外し内容を確認してみると、光輝からのメッセージが届いていた。


『頼まれていたリストが完成したから添付ファイルを見てくれ。パスワードは俺のペル伝の名前だ』


 光輝は聖ミリアムに在籍する能力者を調べ、それをリストにまとめてメールで送ってくれていた。

 すぐにお礼のメールを送ると、添付ファイルを開き中を確認してみることに。


 ちなみに光輝のプレイヤーネームは【Hawk】だった。まあ由来は、言わずもがなだ。

 色んなゲームの名前も同じにしているらしいこの単語、メールに書くよりは安全かもしれないが、パスワードとしての安全性はかなり低そうだ。


 まあそれはさておき、犯人に繋がるヒントが無いか確認する。


「どうですか?兄さん」

「……」


 リストには十数人の名前が記載されており、それぞれ開泉者と完醒者が分かるようになっていた。

 完醒者であればどんな能力かまで書いてあり、その中にいのりや真里亜の名前も入っている。

 更にこのリストから、既に居なくなっていた四人は皆"完醒者"であることも判明した。


 しかしそれよりも、気になる内容が載っている。

 それは―――


「…兄さん、コレって」

「ああ…」


 俺も真里亜も、リストの"ある行"に注目していた。




【米原 克彦 男 17歳 完醒者:空間から物体を砲弾のように射出する能力】




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