第158話 未知の相手

 二人が能力を発動させ、まず起きた変化が"音"だった。

 先ほど男がコンクリート片を砕いた時にした、何かが爆ぜたような音が一度廊下に響く。

 しかし、それだけ。


 いのりたち三人は、何が起きたのかをすぐに理解することが出来なかった。

 だが、卓也の正面に立っている男には見えていた。

 卓也が、自身に迫る見えない爆弾をどのようにして防いだのかを。


「……あれ?お兄さんの腕が…」

「伸びてる…?」


 男に遅れること数秒後、いのりたちも卓也の腕の長さが"2メートルにもなっている"ことに気が付いた。

 稗田の能力により動かすことは出来ないが、卓也の肩から異様に長い腕が2本伸び、廊下の床にダラリと垂れているのだった。


 卓也はその長い腕を体をひねって動かし、爆弾に当てて相殺した。

 当然腕は粉々に砕けるが、すぐに治療し腕を元通りにした、ということだった。

 長い腕が動く様から"ドラゴンハング"と命名したが、腕の構造上、長くしてもそれほど強い攻撃は繰り出せないのだ。

 普段は"マジックハンド"の代わりに離れた場所にある物を取るのに使う程度のおふざけ形態である。


「…キミの能力は何だ?」

「言うバカはお前以外いない」


 そんな事情を知らない男は、思わず卓也に質問する。

 爆弾で吹き飛ばした右足が即座に治った時は、多少驚きはしたものの『そんな奴もいるか』で済ませていた。

 それは彼が生前、様々な能力者と対峙する機会があり、高速再生のような能力は多少の質の違いはあれどこれまで幾度となく目にしていたからだ。

 彼の中では"体術の優れた治療術師"程度なら葬るのに支障はなく、ましてや相手は左足以外が使えないので何ら脅威に感じていなかった。


 しかし"治療"と"腕の長さの変化"の二つの効果を目の当たりにし、余裕が消える。

 基本"一人いち能力"とされている中で、結びつかない二つの効果を見せられては、男の中の警戒心が大きく跳ね上がるのも無理は無かった。


 卓也は男の経験したことの無い能力を持っていた。

 恐れるべきは【能力が未知の相手と戦う事】よりも【未知の能力を持つ相手と戦う事】であると、男の中に矜持があった。


 だが当然、カラクリを卓也が話すハズもなく、軽くあしらわれる。


「だったら再生できないくらい粉々にしてやるよっ!」


 泉気の放出とともに腕を振るう男。

 目視はできないが、大量の爆弾を飛ばしたことは明らかだった。


「……師匠に礼を言わないとな」


 卓也は男を見据えながら、誰にも聞こえない声で自分の師に感謝をする。

 修行の終盤【両腕を縛られ】【片足に鉄の棒を巻き付け動けないようにし】【両目を塞がれた状態】で滅茶苦茶叩かれたことを思い出し、今日という日の為を思っての行為だったのだと悟ったからだ。

 目隠し組手を始めた当初はまだ、『治療を使える自分にここまでする意味があるのか』と少し不満に思っていた。

 しかし今日、実際に修行と同じような状況になった事で師への感謝と同時に『世界はまだまだ広いな』ということを実感する。


 自分はまだ、成長途中であることを自覚した。



 目の前の男を無力化する為、卓也は動き出す。

 動かなくなった右足はスラックスを硬化させ一本の義足のようにし、体の支えを作った。

 これで前進するための補助となる。


「はぁ!」


 体の捻りと回転で長い二本の腕を振り回し、発射された爆弾と空間に設置してある爆弾を次々と処理していく卓也。

 何度も何度も長い腕が破裂しているが、それを瞬時に再生させる。鮮血が飛び散りホラーゲームの館のような廊下となってしまったが、痛覚を消しているので卓也に実害は無かった。

 本来であればこのようなやり方はあまり取らないが、【ノーサイドゲーム】によって両腕が"ただの物"と化していることが卓也にこのゾンビアタックにも似た戦法を後押しさせた。


「クソッ…!」


 およそ左足以外が停止しているとは思えない動きで爆弾を次々と処理しながら接近してくる卓也に、男は怯んでいた。

 放った爆弾の半分以上が既に処理されており、直接ぶつけるために発射した爆弾も瞬く間に消されてしまう。


 これまでに、この透明な爆弾を初見で回避することのできる相手はそう多くはなかった。

 そして初撃を防がれたり躱されたりしても、この能力を知れば相手はより警戒を強め近づかなくなる。

 それが普通だった。


 だが男の目の前にいる卓也は能力を知る前も、知った後も、腕や足が使えなくてもお構いなしに立ち向かってくる、これまでにない敵である。

 未知の能力に未知の精神性…男にとって卓也はまさに畏怖の対象となったのだ。



「っ…!」


 とうとう爆弾を処理する為の長い腕が男の目の前まで迫っていた。

 もう仕掛けた爆弾も、直接撃った爆弾も失い、やられるのを待つのみである。トドメの一撃を卓也から貰うのを…。


 男はそこに最初から罠を張っていた。


「食らえっ!」


 卓也は男の近くに辿り着くと、右足を軸にして回し蹴りを繰り出す。

 鋭い蹴りが男の顔目がけて繰り出された。

 その時———


「卓也くん!!」


 いのりの叫びが廊下にこだまする。

 卓也の蹴り足は、脛の部分が壁から発射された"見えない砲弾"により木っ端微塵となってしまった。

 卓也の両腕と右足が使えなくなってしまった時点で『トドメは左足による蹴り』だと予想していた男が、予め壁に仕掛けておいた罠。

 それが見事に刺さってしまったのだ。


「バカがっ!!これで両手両足が機能停しブッ…!!!」


 勝利を確信した男の顔面に、何かが衝突する。


「く…つ…?」


 卓也の履いていた革靴が左足から発射され、男の面に思い切りめり込んでいた。

 いつも使っているパチンコ玉の要領で重さと硬度が増された靴の一撃は、さながら金属バットをフルスイングされたに等しい一撃を加えたのだった。

 さらに———


「試合ガ終了シマシタ!試合ガ終了シマシタ!」


 この場を仕切っていたレフリーから試合終了の合図が告げられる。



「…ようやく手足が使えるようになったか」


 卓也は自由が利くようになった両腕の長さと、右足のスラックスの硬度を通常へと戻した。

 そして靴の一撃でダメージを負った敵に向き合う。


「さて…よくも散々人の体を吹き飛ばしてくれたな。今からその礼をしてやるぜ…たっぷりとな…!」

「こいつ…!」

「うおおおおらあああああああああああああああああああ!!!!!」


 卓也の目にもとまらぬ拳の連打が、男の全身に叩き込まれたのだった。


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