第157話 傀儡

 地面と水平に振り上げていた卓也の足から鮮血がポタポタと垂れている。そして膝より先を失った足は、やがて地面と垂直になった。

 すぐに能力で失った足とスラックスを復活させ、消滅した靴と靴下以外は一見元通りになったかに思えるが、全く動かすことが出来ない。

 稗田の能力が効いているので、力を込めることが出来ないのだ。


「いやぁ…凄いな」


 先ほど卓也の蹴りで壁に叩きつけられた男が、喋りながらゆっくりと立ち上がる。


「これでも結構訓練とかしてたんだけどな…。まさか手を使えないキミに手も足も出ないとは。思わず能力使っちゃったよ」

「…」


 獅子の面のせいで表情は見えないが、男には随分と余裕があるように見える。

 そして卓也は自分の発勁が"効いて無さすぎる"事で、ある可能性を頭に浮かべていた。

 しかしそれよりも優先して後ろの三人にが出来たので、いのりに"例の合図"を送る。


「南峯いのりさん」


 卓也が突如いのりをフルネームで呼ぶ。

 これは先ほどカフェで見せたテレパシーを頼む時の合図の一つで、手足が使えなかったりお互いの姿が確認できない時に行うパターンである。

 普段からいのりを下の名前で呼ぶ卓也と愛がフルネームで呼ぶことで、不自然過ぎずかつ明確な合図として機能するのだ。


(どうしたの、卓也くん)

(済まない、いのり。他の二人ともテレパシーを繋げてくれ)

(分かったわ)


 合図をしっかり受け取ったいのりが卓也の要求を聞き、守屋と稗田にもテレパシーを繋ぐ。


(守屋、稗田、聞いてくれ)

(わっ!)

(え、何…声が)

(時間がないから簡潔に話す。これはいのりのテレパシー能力によるものだ。敵に怪しまれるからリアクションは取らないで、今から俺が話すことを聞いてくれ)


 突然心の声が届き慌てる二人。

 しかしこの緊迫した状況故、すぐに耳を傾ける姿勢を取ってくれたので卓也は続きを話すことにした。


(敵は恐らく、【見えない爆弾を作る】能力を持っていると思われる。だから守屋はしんどいとは思うけど、俺といのりたちの間にさっきの鳥をなるべく隙間の無いよう壁みたいに配置してくれ。可能ならそれを何層にも重ねられるとベストだが…。いけるか?)

(…やってみます)


 卓也は自身の足が木っ端微塵に吹き飛ばされたことから、敵が【透明な爆弾】ないしは【触れた物を爆発させる】能力であると推察する。

 後者であれば問題は無いが、もし前者なら流石の卓也といえど敵を攻撃しつつ見えない爆弾から後ろの三人を守り切るのは骨が折れると考え、守屋に防御壁を作るよう指示した。


「…はっ!」


 卓也から指示を受けた守屋が気合いの掛け声とともに泉気で鳥を作り出した。その数、20羽。

 20羽の鳥たちが守屋の命令に従い規則的に羽ばたき、旧部室棟の廊下に壁として配置された。

 これにより、よほど小さくない限り見えない爆弾を飛ばされても感知する事が出来る。


「へぇ…」


 守屋の行動を見て、敵が驚きの声を漏らす。

 ただの学生だと思っていた少女が、自分と卓也のたった一度のやり取りを見て能力を察知し即対応した事に、素直に感心したのだ。

 テレパシーのやり取りを知らない男からしたら、女子生徒は戦闘経験のそこそこ豊富な術者に見えただろう。


「はぁ…はぁ…」

「大丈夫か…!?萌絵!」

「うん…。もうあと20羽くらいは…出さないと…」


 既に先ほどの卓也との戦闘で100羽以上の鳥を生成していた守屋は、泉気・体力ともに消耗していた。

 今も壁1枚分になる量の鳥を生成するので精一杯という感じである。本当ならすぐにでも横になって休むべきところを、体に鞭を打って強引に動いているのだ。

 しかし息を整えて無理矢理能力を発動させようとするが、上手くできない。


「はぁ…はぁ…!」

「……少し休めよ…」


 稗田は守屋の介抱をしながら内心無力感で溢れていた。

 早とちりで卓也といのりを攻撃したのは仕方ないが、何度も誤解が解ける機会を台無しにし、今は本当の敵を前に戦力にならないどころか、先頭に立つ卓也の足を引っ張り続けている。

 なにより目の前で息を切らせている守屋に何もしてやれない自分が悔しくて仕方がなかった。



「意外とやるね…その子。僕の能力に気付くなんてさ。Bomb!」


 男は自分が壁にぶつかった時に出来たコンクリート片を手に持ち、見せつけるように爆破させ砕いた。

 卓也の足と同様砕かれた破片は見えないほど粉々になってしまう。

 そしてそのまま泉気を漲らせ、能力を発動させたような素振りを見せた。


「気を付けてね。そこらじゅうに爆弾を仕掛けたからさ。と言っても、今からキミにもぶつけるんだけどね」

「それがお前の本当の能力か?ネクロマンサーの傀儡かいらいくん」

「…んー?」


 卓也が男にふっかける。


 先ほど卓也の中に浮かんだ可能性とは、目の前の相手が"ネクロマンサーによって作られた動く死体"であるという事だった。

 蹴りと共に撃ち込んだ発勁は確かに掌から撃つよりも威力が下がる。しかし蹴りの威力と合わせても、すぐに立ち上がれる威力では決してない。

 そこで考えられるのが、撃ち込んだ発勁と同等以上の気で相殺されたか、そもそも普通の体じゃないかである。

 しかし前者は撃ち込んだ感覚で分かるので除外すると、残るのは後者となる。


 ここに至るまで目の前の男は【爆弾の能力】【情報保護】【気配を消してここまで来る能力】の内、最低でも二つを同時に使っている可能性があった。

 そして卓也は、先日特対でネクロマンサーが言っていた『死体に別の能力者の能力を付与する』という実験の話を思い出し、試しにふっかけてやろうという思考に至ったのだ。

 とぼけたり身に覚えの無いようならそれまでだし、先ほどから無駄にお喋りな男がどういう反応をするか試してみたというワケである。


「ひとつ、訂正してもらおうか」

「何を?」

「僕は別に操られているワケじゃない…。自ら望んで協力したんだ。他の木偶でくと一緒にしないでもらいたいな」


 男が初めて怒りの感情を漏らした。

 口調こそ先ほどまでと変わらないが、卓也の言葉を受けてから怒気が全く隠しきれていない。

 卓也の「操り人形」という言葉が彼の逆鱗に触れたのだ。いのりたち三人はその怒りを肌でビリビリと感じていた。


「まあ落ち着けよ。あんまり怒ると糸が絡まるぞ」


 ネクロマンサーという言葉を否定しなかった事で、自身の仮説が当たっていたと確信する卓也から思わず笑みがこぼれた。そしてこれ幸いと追加の燃料を投下する。

 左足以外が動かせないという状況にもかかわらず、卓也は一歩も引かなかった。


「死ねよ…!」


 男が怒り、能力を発動させる。

 彼の【見えない爆弾】が卓也に襲い掛かろうと動き出したのだ。



「見せてやる、"ドラゴンハング"の力をな…」



 卓也は正面から受けて立つ構えを見せた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る