第150話 芸術性と社会性

「いい絵でしょ?」


 流石の俺でも解説できないくらいの絵を見せられて、思わず言葉に詰まってしまう。

 本当にこの敷地内で描いたんだよな?魔界に行って描いてきたとかじゃないよな?

 そう思ってしまう程、何とも言えない絵になっていた。

 前よりも進化悪化してないか…


「ホラ、聞かれていますよ、兄さん」

「ホラって…」


 真里亜も先生も、俺がどうコメントするかを見守る体勢に入っている。先生ェ…

 しかし、このままでは絶対良くないよな…

 紫緒梨さんの絵の才能は素人の俺が見ても突出していると思うけど、今はその才能があらぬ方向に行ってしまい普通の人(俺も含め)が理解できない所に居る。

『その人の描く絵なら何でも受け入れられる』というのは、もっと偉人たちのように名前が売れてからだ。

 学生が出すコンクールにこの絵は受け入れられないだろう…


 ここで危惧すべきなのは、紫緒梨さんの描きたい絵が受け入れられず、彼女が絵を嫌いになってしまう事だ。

 今は多様性の時代と言われているし、SNSにでもアップし続けていれば誰かがその才能を見つけてくれる可能性は大いにある。が、大事なのは多感なこの時期だ。

 描きたい物を描きつつも、誰が見てもスゴさが分かる仕上がりにする。そんな軌道修正が必要なのだが…

 できるのか、そんなことを…。


「自信作」


 可愛らしい"プチどや顔"で俺の評価を期待する紫緒梨さん。

 もうこうなったら、踏み込むしかないか…


「この絵は…」

「うん」

((ゴクリ…))


 唾をのむ音が聞こえたような気がした。

 真里亜と先生から俺以上に緊張している感じが伝わってくる。

 そんな二人を前に、俺は紫緒梨さんにハッキリと口にした。


「良くないと思うな」

「…え?」

「「…」」


 まさか俺に否定されるとは思っていなかったのか、紫緒梨さんの顔がみるみる落ち込んでいく。


「気に入らなかった…?」

「いいや。俺は好きだよ」

「じゃあ、どうして…」


 回答を求める紫緒梨さんの瞳は不安に揺れている。

 それに対し、俺はゆっくりと誘導を始めることにした。


「紫緒梨さんは、なんの為にこの絵を描いたの?」

「なんのって…校内コンクールに出す為に…」


 先ほど先生から聞いたのでここに居る全員それは分かっているが、あえて確認し言葉にさせる。


「そのコンクールは、先生とかお父さんお母さんに言われて、無理やり出すの?」

「ううん。自分で言った」

「それは、絵を多くの人に見てほしいから?」


 黙ってコクリと頷く紫緒梨さん。


 だがそれも知っている。

 この前いのりの家に行ったとき、紫緒梨さんは色々なコンクールで入賞している、と親父さんたちが言っていた。

 そのことから、ただ絵を描くのが好きなだけではなく、ちゃんと承認欲求もあることがうかがえる。


 しかし、テーマを隠す癖があった。そのテーマがみんなに気付いてもらえず、ガッカリする。

 それは、絵で見る人を試しているに他ならないのだ。

 そんな独りよがりな人になってほしくない、という気持ちを伝える。


「ねえ先生」

「は、はい!」


 突然話を振られて必要以上に大きい返事をする先生。


「紫緒梨さんの絵を描き直させようとしたのは、意地悪でですか?」

「え、は、いえ!違います!」

「ならどうしてですか?」

「校内コンクールの評価というのは、私達みたいな美術教師の採点に加えて、"生徒の投票"というのがあるんです。任意ですけど」


 やはりか。


「私もこの絵は凄いレベルだと思いますよ。実際に紫緒梨さんはこれまでも大きいコンクールで賞を取っていますし…。ただ、この絵では残念ながら生徒の票は集まらないと思って…」

「それで描き直しを要求したと」

「はい…」

「…」


 先生の話を黙って聞いている紫緒梨さん。

 その表情から心中を察するのは難しい。


「紫緒梨さん」

「…なに?」

「紫緒梨さんの絵は、先生の言うように同年代の誰よりも凄いと思う。コンクールの審査員みたいな人が見ればしっかり評価されるほどにね」

「うん…」

「でも、どこでも自分を押し付けるだけなのは、いけないと思う」

「押し付ける…?」

「今回は皆に見て欲しいと思って描いているのに、自分の気持ちやテーマを見えないところに置いて試す。自分のやりたいようにだけやる。そこに"見る人の目線"はあるかな?幼稚舎から高等部の生徒が見るワケだけど」

「…」



 再びの沈黙。何か思うところがあるのか。いや、あってほしい。


「俺は今回のコンクールは、紫緒梨さんの成長のチャンスだと思ったんだ」

「成長?」

「これまでは、自分が良いと思う物を描いて、それが凄い人に評価されてきたけど。今度は『普通の人でも100人中100人が良いと思う絵』を目指して描いてほしい」

「…」

「紫緒梨さんには難しいかな?」


 わざと挑発するように聞く。

 すると―――


「できるよ」

「…そっか」


 瞳に炎が見えた気がする。流石はいのりの妹だ。


「先生、描き直す」

「南峯さん…!」


 紫緒梨さんがやる気を見せたことで、先生も嬉しそうだ。

 早速キャンバスを取ってくると言い、小走りでこの場から離れていく先生。


「卓也は私の絵、良いって言ってくれるでしょ?」

「そんなの…」


 当然だろ

 と、この前までなら言っていただろう。

 でも紫緒梨さんのレベルアップのためには、それは不正解だ。


「他の99人が"良い"と言っても、俺だけは"駄目"って言うよ」

「…鬼コーチ。普通逆」

「そしたら一生成長できるだろう?」

「ふふ」

「ははは」


 不敵に笑う紫緒梨。

 すっかりやる気を出してくれたようで良かった。

 そして小走りで駆け寄ってきた先生の手からキャンバスを受け取ると


「先生、授業はあと何分で終わりにするの?」


 と質問した紫緒梨さん。


「あ、片付けの時間も考えて、あと15分くらいですね…」

「10分で描けるな?」

「ん、当然」


 俺と紫緒梨さんは顔を見合わせ笑い合う。


「卓也、来て」

「あ、ちょ…」


 突然紫緒梨さんに手を引かれ連れて行かれる俺。


「ここ座って。早く」

「ちょ…」


 強引に折りたたみ椅子に座らされる。

 子供用だからか、俺みたいなデカいのが座ったことでギシッと不安な音がした。


 そして、というか、やはりというか―――


「ん。いい座り心地」


 またしても人間椅子にされてしまいましたとさ。

 このまま競売にかけられて、どこかのお屋敷(ていうか南峯家)に売られてしまうのだろうか。

 そうだ、この体験を書にしたためて、いのり母に送ろう。


「…」


 そんなことを考えているうちにも、紫緒梨さんはドンドン筆を走らせていく。

 スピードもそうだが、切り替えの早さが尋常じゃない。改めて凄い才能だと感じた。


 こうなったらもう何をしても反応しないと思い頭を撫でてみたところ、途中で止めたら無言で腕を掴まれ再開させられた。



「…出来た」


 10分後、絵を完成させた紫緒梨さんが呟く。


「…凄いです」

「ええ…本当に。凄すぎるわ…南峯さん」


 絵を見た二人が同じ感想を話す。だが本当にその通りだ。

 モチーフは単なる学校の中庭だが、それが描く人によってここまで凄い作品になるなんてな。想像以上だ。


「どう?卓也」

「いや、メチャメチャ良…」

「良…?」


 紫緒梨さんがニヤリとした顔で見上げてくる。


「…メチャメチャ良くないな。もっと励みなさい」

「ん…頑張る」


 批判したのに満足そうな紫緒梨さん。

 天才の感覚を俺なんかが誘導してしまって良いのだろうかという気持ちはあるが、反応を見ると良い方向に進んでいるように見える。

 今のところは、だが。



 授業時間が終わり紫緒梨さんのクラスが撤収したタイミングで、俺と真里亜もようやく調査を再開することにした。

 しかしそんなタイミングで、真里亜が話しかけてくる。


「兄さん、お疲れさまでした」

「ああ。悪いな。時間取らせて」

「いえ。それよりも私は、心配になりました」

「何が?」

「兄さんが言葉巧みに女性を誑かす詐欺師にならないか、です」

「なんでだよ」


 しかも女性に限定するな。

 妹は天使、兄はペテン師ってか。笑えねえ。


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