第143話 失踪前日

「いや、合格って…そもそも何を試されていたんだ?」

「FOS団に入れる資格があるかどうか、です!」


 いや、です!って…


「補足説明をすると、先ほど探偵さんは美鈴や僕と同じ意見を言いました。『ジャック・マイナードは仕掛けを使っていないんじゃないか』というね。超能力の存在を肯定するわけではありませんが、映像をちゃんと見極められる人かどうかをこうしていつもテストしているんですよ。まあそのせいで、僕ら二人しかメンバーが居ないワケなんですが…」

「そこは肯定してくださいよー!」


 俺は全く入団希望していないのだが…まあそれはいいとして。

 マイナードのあの映像、興味の無い俺からすれば手品だと言われれば手品に見えるし、能力だと言われれば能力に見える。もちろんサーチでちゃんと能力である事の裏は取れるが。

 だが観察力に優れた人間が見ると、この映像はタネがあるようには見えないようだ。

 そして東條のような能力者勧誘をする人間と同様、この同好会でも一定の能力を見定める試金石として使われている。


 この映像、公開しない方が良いのでは…?バレそうじゃないか。

 まあいいや。この流れに少し乗っかって、話を聞いてみよう。


「合格ってことは、俺はこの会に相応しい人間と認められた、ってことでいいのかな?」

「はい!ようこそ、我がFOS団へ」

「じゃあちょっと聞きたいんだけど、さっき春日さんは生徒の失踪事件が『超能力によるものだと思いますよね?』って俺に確認してたじゃない。あの言い方が妙に確信じみてたと感じたんだけど、何か思うところがあったりするの?それも、まだ探偵だと俺が名乗っていない内にさ」


 声をかけたキッカケは俺が不思議ジャンルのコーナーを物色していたからだとして、そこから失踪事件に繋がるのは早すぎる。

 彼女が事件と深く関わりのある人間ではないかと思ってしまうくらい、タイミングも内容もドンピシャだった。

 そこの理由が知りたい。


 春日の次の言葉を待っていると、少しして口を開いた。


「…実は私、探偵さんがシスター花森と一緒に三階に来たのを見ていたんです。悠人くんは本を借りに一階に行ってましたが」

「…」

「なるほど。それで?」

「貴方が探偵さんかどうかは分からなかったですけど、事件を調べている人だなという直感はありました。このフロアは被害にあった生徒の一人が最後に目撃された場所でしたから…」


 大した調査能力だ。

 FOS団じゃなく少年探偵団に鞍替えしたらどうだろうか。


「それでしばらく観察していたんですけど、超常現象のコーナーで興味深そうにしているのを見て、その…」

「…?」


 なにやら恥ずかしそうに口ごもる春日。

 何を思ったんだろう。


「こ、顧問になってくれるかなー…って……」

「美鈴…」

「顧問?」


 予想外の理由だ。


「…実は昨年度までおばあちゃん先生がFOS団の顧問をしてくれていたんですけど、定年で退職されまして…。それ以降、いない状態が続いているんです…。またミステリー研究"部"として復活するには、部員数もですが、外部でもいいので何としても顧問の先生を見つけなくちゃならなかったんです」

「それで俺に白羽の矢が立ったと?」

「はい…事件の捜査をしていて、超能力にも興味がありそうだったので、キャッチーなフレーズで気を引こうかなって…」


 そういうことだったか。

 ワケ知り風の言い方も、全ては気を引くための話術というわけね。

 まあ嘘を言っているようには見えないか。

 それにもし本当にこの子が能力者だとしたら、一般人の俺にマイナードの映像を見せて能力がどうだなどと吹いて回るような自殺行為はしないだろう。

(俺はずっと泉気は消して一般人のように振る舞っているし)


 つまりこの子は顧問が欲しくて俺にそれっぽい事を投げかけただけの普通の生徒か。

 少なくとも加害者ではないのかな、流石に。


「声をかけてきた理由は分かった。だけど俺も事件解決の為にここに来たから、顧問云々は今は何とも言えない」

「そうですよね…」

「ただ君の言うように、本当に超能力でも使われたみたいに何の証拠も出てこないんだ。もし何か知っていることがあれば、どんな些細な事でもいい。超能力だと思う根拠でも、ちゃんと真剣に聞くから俺に話してくれないか?」


 俺には分からない被害者の共通点。事件発生直前の様子。普段の態度などなどなど。少しでも情報を入れておきたい。

 無いとは思うが、四人は別々の事件に巻き込まれただけ、なんてことだったら大変だ。

 そうだった時も、その可能性を消すためにも、欲しいのは被害者やその時の状況といった情報だ。


 そして人には話しづらいオカルティックな情報でも、俺ならちゃんと向き合ってやれる。

 だって、超能力は存在するのだから…。


「…あのですね」


 俺の熱意が伝わったのか、春日はちょっとずつ話をしてくれる。


「実は二人目の行方不明者と最後に話したのは…もしかしたら私なのかもしれないんです……」

「…そうなのか?」

「はい…」










___________










 あれは、失踪した事が発覚する前日の事でした。

 確か夕方の16:40くらいでしょうか…。私はいつものように図書館の三階に来たんです。

 それで荷物を一旦全て部室に置いて、閲覧エリアで本を読んでいました。

 そしたら―――


「よっ、春日チャン。今日も熱心にふしぎ発見かい?」

「あ、先輩。ごきげんよう」


 行方不明になった一年先輩の、高等部三年【市ヶ谷いちがや すばる】さんが声をかけてきたんです。

 先輩とは昨年に図書委員で一緒に仕事をして以来、少しだけ話をするようになりました。別に遊んだりご飯を一緒に食べたりする仲ではありませんでしたが。

 交遊関係も広く、少し軽薄そうな態度ではありますが真面目に仕事をしますし、周りからの評判もとても良い生徒でした。


「珍しいですね。仕事でもないのにココに来るなんて」

「いや、それがさー。ちょっと人と待ち合わせしててな?待ち合わせ場所がここなんよ。だからちょっとお邪魔するぜ」

「そうでしたか。どうぞごゆっくり」

「んじゃな」


 そう言うと先輩は三階の奥の方へと進んでいきました。先輩とはそれが最後の会話です。

 その後も私は、閲覧スペースの机で時間を忘れてずっと本を読んでいました。


 それからしばらくして、司書さんが私に声をかけてきたんです。


「もうそろそろ閉館時間だから、帰る支度してね」

「あ、はい。分かりました」

「春日さんで最後だから」

「…………え?」


 私の席からは市ヶ谷先輩が向かっていった奥のスペースまでは見えませんが、エスカレーターや階段に人の出入りがあればすぐ分かるようになっていたんです。

 このフロアから出るためには必ずそのどちらかを通らなければならないのですが、私は市ヶ谷先輩が帰るところも、約束していたという"誰か"が来たところも見ていませんでした。

 なので思わず確認したのですが…


「え、春日さん以外は見なかったわよ」

「あの、以前図書委員に所属していた市ヶ谷先輩が居たハズなんですけど…」

「さぁ…お手洗いとかに行っている間に帰ったんじゃないかしら」


 私はずっとここにいたのでそれはないですが、ここで司書さんに食い下がっても仕方ないのでその日は帰りました。


 そして翌日、先輩が部屋に戻らないという報せを聞いたのでした。










 ___________________











「その事は警察には?」

「話しました…。司書さんと同じく、少し目を離した隙に図書館から出たんだろうって。呼び出しの事も言いましたが、それらしい人物を見た人も居ないし、先輩の携帯にもそのようなやり取りをした形跡もないから、事件とは無関係だろうと…」

「そうか…警察は、図書館で誘拐されたのではないって?」

「はい。図書館から出た後に犯行が行われたのだろうって言ってます。『そんな事件が起きていたら、何で君は見ていないんだ』って逆に聞かれてしまいました。もし本当に図書館で誘拐されたのなら、私や司書さんの目につかないよう吹き抜けやトイレの窓から連れ出すしかなくなるって…」

「うーん…。まあ吹き抜けから市ヶ谷くんをロープで吊るすにしたって、下にも人は居たわけだし。トイレに至っては、人が通り抜け出来るような窓は無かったからなぁ…」


 先ほど春日に声をかけられる前に確認した時は、男子トイレの窓は斜め45度くらいまでしか開かないようになっていた。

 体の柔らかい人間が頑張れば通れない事はないだろうが、眠らせた誰かを通すなんてのは不可能だ。



 警察は、市ヶ谷が図書館から出た後に何らかの方法で連れ去られたと主張している。

 そして春日は、市ヶ谷が三階から移動したところを見ていないので、何らかの方法で図書館内から連れ去られたと主張している。

 両者の意見は見事に食い違っていた。


 春日も市ヶ谷が三階から移動していないのは確かだが、その手段が掴めない。

 そうなるとFOS団団長的には何らかの超能力で連れ去られたと言いたいが、そんな主張を警察にしてしまえば自分の全ての発言に信ぴょう性が無くなってしまうと考えた。だから言わずに、自分である程度探っていたという事だ。


「ちなみに、監視カメラの映像とかは無いの?」

「その日は不具合で一日中作動していなかったそうです」

「そっか…」


 怪しいな…

 俺の立場からしたら、確実に図書館で事件は起きていると思う。

 しかし超能力の事は春日にも尾張にも言えないし、春日の『誰も通らなかった』という発言も少し気がかりだ。

 泉気の痕跡がない事から、設置型のテレポートが用いられたのではない。

 となると犯人は市ヶ谷を図書館の三階に呼び出したあと自身も能力でそこへ飛び、直接市ヶ谷を飛ばし再び自分も能力で飛ぶしかないだろう。

 そうなるとわざわざ図書館を選ぶのはおかしい。確かに人目に付かないという点では中庭よりは合っている。

 だがターゲットが、帰ってこない事に疑問を持たれてしまう。

 現にこうして春日がおかしいと主張している。


 人目に付かない場所を選ぶのならば、行きも帰りも誰にも会わないような場所を選ぶべきだ。校舎裏とか、それこそどっかの倉庫とかな。

 これも計算のうちなのか、それとも何も考えていないのか。あるいは別の何かか…。

 まだ分からない事は多いな。


 春日の話を聞いて、超能力による犯行の線がより深まった。加えて犯人は市ヶ谷を呼び出せるような間柄…あるいはその人間関係を知る者。

 つまり【内部の人間】だという可能性が高くなった。

 これは無差別に狙いやすいヤツを襲った説よりも大分追いやすくなったぞ。



「探偵さんも、私の話がおかしいと思いますか…?」

「…いや。かなり参考になったよ」

「ホントですか…?」

「ああ。いきなり『じゃあ瞬間移動の使い手が犯人だ』っていう線で調査をしたりは出来ないけど、警察みたいにありえないからといって状況を都合よく置き換えて考えたりはしない。君の言うように市ヶ谷くんは失踪前日に何者かに呼び出され、そして図書館三階から忽然と姿を消した。これが事実なら、間違っているのは常識だと思うよ」

「探偵さん…」


『超能力は、ありまぁす』と言ってやれればすぐにでも彼女を救ってやれるのだが、それはお互いの為にも出来ない。

 ならば俺は彼女の見た事を信じて、それを元に事件を解決に導く。

 特対はこの辺の辻褄合わせをどうやっているのか不明だが、まずは解決を第一に動く。


「探偵さんはどうしてそんなに美鈴のいう事を信用してくれるんですか?」


 これまで静かに聞いていた尾張が質問をしてきた。


「そうだな…。探偵は決して思い込みで調査したりはしないし、それに…」

「「それに?」」

「春日さんの目を見れば分かるよ。嘘で俺を陥れて調査をかく乱しようとか、そういうネガティブな感情ではなかった」

「そ、そうですか…?」

「ああ」


 不思議な出来事を探し求めていながらも、相手に受け入れてもらえるか不安に揺らいでいた。

 特別観察眼に優れているとも思っていないが、必死な様子は俺にも分かった。

 だから信用する。


「探偵さんに顧問になってほしいね、美鈴」

「え!?あ、そ、そうだね…」

「どうしたの?」

「ううん、何でもないよ!」


 何はともあれ、二人の意見を聞けて良かった。

 犯人は狙って相手をさらっている事や、内部の人間が犯人の可能性が強いという情報が得られた。

 ようやく実りらしい物があったな。



「あ、いましたね」

「シスター花森」


 話が一段落した所でタイミングよく入って来たシスター花森。


「ごきげんよう、シスター花森」

「ごきげんよう、春日さん、尾張さん。自習時間なんですから、あんまりミステリー研究ばかりに費やしてはいけませんよ」

「はい…」

「すみません」


 少しだけ釘をさすシスター花森と、それを素直に受け止める二人。


「それより、理事長はなんて?」

「それがですねぇ…理事長は私の事を呼んでないって」

「え…?」

「図書館で放送をしてくれた人も、内線で本部ビルからそう伝えられたから流したけど、名前は聞いて無いって…。発信元も全然関係ない会議室の内線からでしたし、イタズラじゃないかって」

「…そうですか」


 イタズラにしてはタイミングが良すぎる。

 今のところどちらも何もされていないが、明らかに俺とシスター花森を引き離す意図があったと思う。

 警告か、それとも…。


「まだ図書館を見ますか?」

「あ、いえ。もうここは大丈夫です」

「では次の場所にご案内しますね」

「二人とも、色々話をしてくれてありがとうね」

「いえ、私の方こそ…ちゃんと聞いてくれてありがとうございます!」

「またいつでも来てくださいね」



 俺はFOS団の二人と別れ、図書館を後にした。

 しかし、その後シスター花森と残りの2か所を回ったが、そのどちらからも泉気の痕跡を見つけることが出来なかった。


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