第144話 はしたない事

「お待たせしました、兄さん」

「おう」


 指定されたカフェ【ピリポ】前に少し早く着いた俺は、店内へと入っていく生徒を見送りながら真里亜の到着を待っていた。

 そして約束の時間ほぼピッタリに、真里亜は"友達二人"を引き連れてやってきたのだった。


「お久しぶりです!真里亜のお兄さん」

「去年の文化祭ぶりだね、小笠原さん」

「覚えててくれたんですね」


 ショートヘアの元気な方の娘は、【小笠原おがさわら 洋子ようこ】さん。

 昨年真里亜に誘われてここの文化祭に遊びに来たときに紹介された友達の一人だ。

 名前、合ってて良かった…。


「ご、ごきげんよう…真里亜さんのお兄さん」

「ごきげんよう、佐藤さん。久しぶりだね」

「は、はい…」

「…?」


 こちらの栗毛ゆるふわロングヘアの娘は【佐藤さとう 聖来せいら】さん。

 小笠原さんと同じく、去年の文化祭で知り合った娘だ。

 最初会った時は、ぽわぽわした大人しい雰囲気の印象を受けたが。今は何か…怖がってる?


「…この娘、男子がちょっと苦手なんですよ…」

「あー…」


 俺の心中を察したのか、小笠原さんが補足説明をしてくれた。

 去年は普通の態度のような気がしたけど、男子苦手だったのか…。

 こりゃ迂闊に近寄らん方が良いかな。元々そんなつもりは無かったけど。


「俺くらいダンディだと、余計怖いかな?」

「あはは。ダンディって、お兄さん」

「ふふ…」


 俺は力こぶを作っておちゃらけて見せた。スーツでこぶは見えないけど。

 そのおかげでなんとか空気が明るくなった気がする。

 佐藤さんも笑っているし、良かった。


「とりあえず席に座りましょうか、三人とも」

「ああ、そうだな」


 真里亜に促され俺たちはカフェ内の適当な四人掛けの席を確保し、それぞれ昼食を購入する事にした。

 購入待ちの生徒の列の中、スーツのでかい男が混じるという"場違い感"に若干の気恥ずかしさを覚えながらも、俺は何とか【照り焼きチキンベーグルサンド】と【パリパリホットドッグ】を購入し席へと戻って来る。

 自意識過剰でも何でもなく、間違いなく注目されていたよな。

 それは子供たちの中に一人大人が混じっていたのもあるし、元生徒会長たちと同じ卓についているというのもあるだろう。

 シスター花森の話だと、真里亜はこの学校では相当な有名人らしい。

 そんな人間が見知らぬ大人と同じ席で昼食をとれば、皆の視線を集めてしまうのは仕方がない事だった。



「それではいただきましょうか」


 真里亜が率先して食事前のお祈りを捧げ始め、俺たちもそれに続く。

 基本真里亜も家ではやらないのだが、そこはやはり郷に入っては郷に従えということで、しっかりと唱えている。

 俺も真里亜に教えてもらったおかげで何とか完全詠唱できるので、ここで恥をかかずに済んだ。

 そしてお祈りも終わり、俺たちは食事を開始する。


 真里亜が注文したのは生ハムとチーズのオープンサンドか。俺のもそうだが、学校の食堂の割にはオシャレなメニューを扱っているよな。

 流石は私立と言ったところか。


 小笠原さんはたまごとツナのサンドイッチだ。

 パンからはみ出ているレタスも青々としてて新鮮さがうかがえる。

 そう言えば美咲の作ってくれたサンドイッチが旨かった事を唐突に思い出した。もう食う機会もないだろうな…残念だ。


 佐藤さんは一人だけお弁当を持参していた。

 中身は可愛らしいおにぎりが二つと、卵焼きとウインナーだ。

 ピクニックなんかで定番のお弁当、という感じだな。

 総じて言えるのは、三人ともよくそれで足りるなということだが、自分の学生時代も女子の昼食はほとんど少なかった。

 羨ましいという事はないのだが、燃費がいいなぁと思う。

 あとスタイルを気にして我慢している子も多かった気がする。そんなような事を、言われた事がある。


「佐藤さんのは、それお母さんが作ってくれてるの?」

「あ、いえ…これはわたくしが、自分で作ってます…」

「へぇー、凄いね。毎朝大変でしょう?」

「いえ、好きなので…」

「そっか…」


 警戒心を解こうと話しかけてみたが、うーん…こりゃちと厳しそうだな。

 特に威圧的な態度はしていないし、去年は普通に話もしていたと思ったのだけど…。

 俺が話しかけるまでも、おにぎりを食べながらチラチラとこちらを見ていたし。

 もしかしたら俺は居ない方が良いのではないか…?


「ちょっとー、ウチの聖来が怖がってるじゃないですかー。ミスターダンディー」

「ち、ちが…」


 微妙な空気を壊そうと、俺を弄って来る小笠原さん。

 この娘は空気が読めて気遣いもできるようだ。ありがたい。


「ごめんなー佐藤さん。俺の溢れる男気が怖がらせているよなー」

「あの…えと」

「ていうか、去年まではそんな体格じゃなかったですよね、お兄さん。どうしちゃったんですか?」


 話の流れから、小笠原さんが俺の鍛えた体について言及してきた。

 そりゃ次会った時いきなりこんなんなってたら驚くよな。


「少し前に鍛え始めたんだよ。これまでもマラソンは趣味でやってたんだけどさ、本格的に鍛えたくなって。それでタバコも止めて」

「パーソナルトレーナーでも付けたんですか?」

「あーまあそうだね」


 トレーナーというより…鬼コーチ?

 剣や槍や棒で散々殴られたもんな…道場で。

 まあそのおかげで、強くなれたんだけど。


「そんな鍛えるから聖来が怖がっちゃうのよ、ねぇ聖来?」

「あ、そうではなくて…」

「あー…確かに男が苦手な人からしたら嫌かもな…」


 考えた事もなかったな。

 別に女子ウケを狙ってこうなったのではなく、能力に頼らずに戦えるよう鍛えていったらこの体になったワケだし。

 でも、気付かぬうちに威圧してたのか。

 能力で筋肉を小さくすることはできるけど、流石にそれをするワケにはいかない。なるべく遠くで————


「ちょっと待ってください、兄さん、洋子さん」


 俺が頭の中で対策を練っていると、真里亜がストップをかけてくる。

 待つ、というのは何を指しているのだろうか…?

 真里亜の言葉の意味が分からないのは俺だけでなく、小笠原さん佐藤さんも何事かと真里亜に注目し、次の言葉を待っていた。


「確かに聖来さんは男性の方が少し苦手ですが、別に兄さんの事を怖がってはいませんよ。お二人の早合点です」

「え、そうなの聖来」

「…はい。お兄さんには去年とても親切にしてくださいましたし、怖いだなんてそんな…」

「そうだったんだ」

「えと…じゃあなんで俺に対して、こう…怯えていたような感じだったの?去年はもっと普通に喋っていたと思ったけど」

「それは…」


 怖がっていないのは分かったけど、先ほどから態度が若干おかしかった。

 小笠原さんは変わらずフランクな態度だったけど、佐藤さんは…何といえばいいか…。正直キョドってたよな。


「先ほどから何か言いたそうにしていましたが、それと何か関係がありますか?聖来さん」

「はい…」

「え、なになに?」


 言いたい事…身に覚えはないけれど、何だ。


「あの…」

「うん」

「…せて…い」

「…?」

「筋肉…せ…さい…」

「?」


 声が小さくて良く聞こえないが、焦らずに彼女の言葉を持つ。

 すると、意外な一言が飛び出してきた。



「筋肉を触らせてください…」



「????」

「は…?」

「えぇ…」


 真里亜も予想外だったのか、思わず聞き返している。

 そして小笠原さんは呆れた顔をしていた。


「今日最初に廊下でお見掛けした時から、すごいなって思っていました。周りには中々居ないタイプの、見栄えの為にただ肥大化させているだけじゃない、格闘家みたいな筋肉で…。それを今間近で確認して、どうしても触らせてほしくなっちゃって…でもそんなはしたない事…言えなくて…!」


 顔を手で覆いながらそんなことを話す佐藤さん。耳まで真っ赤になっている。

 男性の筋肉を触るのは、彼女的には"はしたない行為"だったのか。

 社長室の小宮さんが聞いたらなんて反応するだろう。


 まあしかし、俺としては別にそんなことくらいで…と思う。

 触りたければ別に好きに触ってくれて構わない。別に減るもんでもなし。

 これが男女逆なら…ってそれはもういいか。


「えと、じゃあ、どこを触りたいの?」

「…え?」

「いや、筋肉。別にいいよ。触るくらい」

「宜しいのですか…?」

「………………」


 嬉しそうにする佐藤さんと、興味なさげにサンドイッチを食べる小笠原さん。

 そして真里亜は自分が促した手前、複雑そうな顔をしていた。


「ではその…」

「うん」

「【広頚筋こうけいきん】と【胸鎖きょうさ乳突筋にゅうとつきん】を少々…」


 いや、ソレどこー


 このあと、滅茶苦茶首(と鎖骨)を触られた。

『口をイーってしてくださいませ』とか注文されながら…

食堂でこんなことして、捕まらないよね?俺…


そんな心配をしていると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。



「楽しそうね、卓也くん」



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