第140話 また真里亜さんがみてる

 金曜日 8:35


 JR美鷹駅からバスに揺られる事数十分…。

 学園の正門から続く長い遊歩道を走行するバスの中で、俺は外の景色をボーっと眺めている。

 車道には出入り業者や教職員の車が何台か走行し、歩道には実家から通っているであろう生徒が校舎を目指して何人も歩いていた。

 服部理事長は寮暮らしの生徒が四割くらいいると言っていたが、幼稚舎からの学校だけあって通いの生徒だけでもかなりの人数がいるようだった。


 自転車で通う生徒は遊歩道の各所にある駐輪場に自転車を停め、そこから歩きの生徒と合流している。

 今日みたいな天気の良い日に自転車で通うのはさぞかし気持ちが良いだろうな。

 まだ若干暑いが、これから秋が深まれば丁度良い気温の日が続く。自転車通学組にとっては最も通いやすい時期だ。

 と言っても近年春と秋の時期が短くなり、あっという間に過ごしやすい季節が終わってしまう。残念なことである。


 そして遊歩道を歩く大勢の生徒の中に混じって、俺と同じくスーツを着た男性や年配の女性もいる。どうやら学校の職員のようだ。

 彼らも定時出社に向けて、歩みを進めているみたいだな。



『聖ミリアム学園 終点です。お忘れ物の無いようご注意ください』


 遊歩道を抜けた先にあるロータリーのような場所でバスが停車した。

 聖ミリアムは敷地内に専用のバス停があり、美鷹駅から発車するバスに乗ると校舎の近くまでそれほど歩くことなく辿り着くことが出来るのだ。

 ちなみに、美鷹駅とは学園を挟んで反対側にある超布ちょうふという駅から出ているバスに乗ると、正門の外にあるバス停が最寄りになってしまうので、長い遊歩道を徒歩で進まなくてはならない。

 歩くのが面倒だーという人は注意が必要である。


「さて…総務部はあっちの建物か」


 約束の時間までまだ少しあるが、この広い敷地内で迷子になって遅刻したなんて事があればマズイので、俺は指定された場所に向かうことにした。

 そして敷地内のバス停から緑道を少し歩いたところに、古びた建物が見えてくる。

 ここが服部理事長に手続きを行うよう言われた、総務部がある建物だな。


「おはようございます。9時から理事長とお約束しております、塚田卓也です」

「おはようございます。少々お待ちください」


 建物の1階入り口には受付があり、俺はそこで目的と名前を伝える。

 それを受け、席に座っていた女性はスケジュールの確認をしてくれた。


「塚田様……はい、うかがっております。そうしましたら、そちらの階段で2階に上がって頂いて、真っすぐ進みますと総務部のオフィスがありますので。そこでお名前を伝えてください」

「わかりました。ありがとうございます」


 総務部の場所を教えてもらった俺は早速向かう事にした。

 受付の女性は最後ににこやかな笑顔を見せる。癒されるわー…

 そんなことを心の中で考えながら、年季の入った建物を進んでいった。



「すみません」

「はい」

「9時にお約束をしております、塚田卓也と————」

「あー、貴方が探偵の!」

「…はじめまして」


 総務部の若い女性職員が納得したように頷く。

 ていうか身分を探偵で通すの恥ずかし!


「実は理事長は"例の件"で会議に出ておりまして、今席を離れているんですよ」

「え、そうなんですか?」

「その代わり、代理の者が塚田さんの案内をすることになっておりまして。そろそろ来る頃だと思うのですが…」

「代理?」

「あ、来ました」


 総務の人が見る方に目線を移すと、そこには修道服を身に纏った一人の女性の姿が。

 彼女が案内人なのだろうか。歳は結構若く見えるが、同時にベテランの風格もうかがえる。

 一体何者なのだ…。


「はじめまして」

「あ、はじめまして。塚田卓也と申します」

「こちら、本学でシスターをしております【花森はなもり けい】さんです。皆からはシスター花森と呼ばれていますよ」

「宜しくお願いしますね、塚田さん」

「こちらこそよろしくお願いいたします、花森さん」

「シスター花森で良いですよ」


 眩しい笑顔で挨拶をするシスター花森。直視できないくらいの輝く笑顔だ。それにとびきりの美人。

 男子生徒はこんなシスターがいたら、毎日休み時間は礼拝堂に通ってしまうのではないか?

 そう思えるくらい魅力的に感じる。漂う雰囲気も、とてもポワポワしている。

 この人の前だと、余計な事を懺悔しちゃう感じある。


「本日は服部理事長に代わり学園内の案内をするよう申し付かっております。早速回りますか?」

「そうですね。お願いして良いですか?」

「はい」


 元気よく返事をするシスター花森。


「あ、塚田さん、回る前にこれを…」


 歩き出そうとした俺を総務の職員が呼び止めると、【Visitor】と書かれた札の入ったネームホルダーを渡してきた。


「敷地内を移動するときは常にこちらを首からかけていてください。特に今は事件のせいで、見知らぬ人間に対してみな敏感になっていますので…。くれぐれも目立つ行動は避けてくださいね」

「わかりました。気を付けますね」

「ホルダーはその日の帰りに総務まで返してくださればよいので。それでは」


 必要事項を伝え終えた職員は持ち場へと戻っていった。

 普段から外部の人間はこのネームホルダーをぶら下げているのだろうが、今はその上であれだけ釘を刺されるくらい緊張した状態なのだろう。

 まあ当然か。生徒が立て続けにいなくなり、しかも行方はおろか手がかりさえ掴めない状態と来たもんだ。

 いつ学級閉鎖になってもおかしくないし、遠方から寮住まいしている生徒の親は自分の家へ帰って欲しいと思っているだろう。


 これはのんびりしていられないな。


「本当は塚田さんには、この学園の良いところを沢山知ってもらうために隅々まで案内したいところですが、そうも行きませんので…。一先ず行方不明になった生徒が最後に目撃された場所から順に回っていきますね」

「はい。助かります」

「では、こちらへ」


 俺はシスター花森の案内で、この広大な学園内を見て回る事にした。













 _________________












「まあ。塚田真里亜さんのお兄様だったんですね」

「ええ。実はそうなんです」


 最初に消えた生徒が直前に目撃されたという【高等部本校舎の中庭】に向かう道すがらシスター花森と他愛もない話をしていたところ、俺がこの学校で生徒会長を二年務めていた、知らない者は居ないというアノ塚田真里亜の兄だという話題になった。

 流れとしてはシスター花森が俺の名前について『この学校の高等部に同じ苗字のスゴイ優秀な生徒がいる』という話を振って来たので、アッサリと『それ妹です』とバラしたということだ。

 別に隠してもいないしな。

 ただ調査に来ることは言っていないので、できれば会わずに済めばいいとは思っている。絡まれると面倒くさいし。


「妹さんがあれだけ優秀なんですから、卓也さんもさぞかし優秀なんでしょうね」

「いやいや、私なんて先に生まれたハズなのに"出がらし"で困ったもんですよ…」

「アラ、ご謙遜を…ふふ♪」


 俺の下らない話にもいちいちかわいく笑ってくれるので、ついつい話が進んでしまう。

 神よ…この出会いに感謝。

 ちなみに、真里亜と区別が付くよう俺の事は下の名前で呼ぶようになった。


「丁度今の時間、妹さんはこの先の3年生教室でホームルームを受けていますよ」

「えっ…」


 真里亜のいる教室通るの?


「なので、この先は少しお静かにお願いしますね」

「…はい」


 まあ声を出さずに素早く通り過ぎれば、気付かれることは絶対にないだろう。

 良かった。これが休み時間とかだと、教室から出てくるときにたまたまバッタリ、なんてことも有り得るが。

 大人しく教室内に居る分には大丈夫そうだな。



「…」((●)三(●))



 全然良くなかった。

 教室内に居る真里亜とバッチリ目が合う。

 何故なら、HRを受けている教室の廊下側の壁が"透明なガラス張り"になっていたからだ。

 国際系の大学や外語大などでよく見られるタイプの教室の作りだが、まさか普段使いの教室でもコレだとは…


 こちらから丸見えな分向こうからもバッチリ見えているので、俺みたいなのがシスター花森と歩いている様子は多くの生徒の目を引いていた。

 真里亜以外の何人かの生徒もこちらをチラチラと見ている。


『—————————!—————!』


 当の真里亜は何を考えているか分からない様子で少しの間こちらを見ていたが、やがて挙手をすると担任教師に何かを話し始めた。

 俺は悪い予感がしたので、目の前を歩くシスター花森を急かした。


「シスター花森」

「はい」

「現場まで急ぎましょうか。こうしている間にも手がかりが無くなってしまうかも」

「はい。もうすぐ着きますよ」

「では急いで———」


 その時、後ろの教室から扉が開く音が聞こえた。



「こんなところで何をしているんですか…兄さん?」



 振り向くと、そこには男子を虜にする笑顔の裏にオーガのような怒りの表情を隠した我が妹が立っていた。

 俺は思わず—————


「散歩」


 と答えたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る