第123話 夏らしいこと? その2

「さぁ、こっちよ」


 高級リムジンから降りて呆けている俺に、付いてくるよう促すいのり。

 色々と状況を整理したいのだが…


 まず、ここは"南峯家"で間違いないよな。

 ようこそ我が家へって本人が言っていたし。

 本宅とか別宅はこの際いいとして、いのりの住まいであるのは疑いようがない。


 そして俺はまんまと嵌められて、本拠地に来てしまった。

 後ろのリムジンにはオニイサン、目の前には可愛らしい服を着たいのり。

 その後ろには使用人服を身に纏った愛。愛の隣には少し年配の女性の使用人がひとり。

 本当にお金持ちなんだなと改めて実感する。


 さらに年配の使用人の前に、いのりと同じくオシャレな服を着たお姉さんが一人立ってこちらを見ている。

 とても良い笑顔だ。


「こんにちは。貴方が塚田卓也さんね。お話は主人といのりちゃんから聞いているわ」

「あ、はじめまして…。いつもいのりさんにはお世話になっております」


 俺は女性に会釈をする。


「いのりさんのお姉さんですか?」


 確か愛の話では、いのりにはひとり姉がいたハズだ。

 この人がそうかな。


「あらやだ…お姉さんですって!もー、お上手なんだから。ふふふ」

「え…?」


 なんかとてつもなくウケてるぞ…。笑われるようなこと言ったかな。


「私のお母さんよ…」

「え"っ!?」


 いのりの説明に度肝を抜かれてしまう。

 この見た目で五人も子供を産んでいるのか…ありえん…

 石で出来た仮面とか屋敷の中にあるんじゃないのか?

 でも外に出ているということは、太陽を克服したのか…!スデにっ…!


「こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ中へ」

「ほら、早く早く♪」

「ちょっ…引っ張らないでくれ」

「あらあら…うふふ」


 外でモタモタしている俺にしびれを切らせたいのりが腕を強引に引っ張り、皆と屋敷の中へ入ることに。

 扉が既に立派だ…。



「あの絵がお母さんの好きなレンブラントで、あっちは姉さんの好きなフェルメールの…」

「ちょっ…ゆっくり見たいんだけど…!早いって!」


 広い扉と広いエントランスを通過し廊下を進んでいると、アムステルダム国立美術館かというくらいの絵画が飾られていた。

 出来れば立ち止まって見たいのだが、いのりがそれをさせてくれない。


 そして、花を生けている花瓶はおろか置いてある台も高価なんだろうな…と思いつつ、引っ張られるままに廊下を進む。

 こりゃ横濱のホテルで動じないハズだ。


「いつでもゆっくり見られるわよ、ウチに来ればね♪」

「…………なるほど」


 ここは余計なこと言わんとこ。

 後ろに親御さんいるし、そのままの意味かもしれないし。

 何想像してんのよーとか茶化されるのもアレだしな。



 豪華な品々の飾られた廊下を抜け、やがてある部屋に通される。

 どうやらダイニングルームのようだ。

 大きいテーブルに等間隔にイスが配置され、家族全員で食事を楽しめるようになっている。

 そして、お誕生日席とも言える一番奥の席に見知った人物がひとり座っていた。


「やぁ、久しぶりだね。塚田くん」

「どうも、いのりさんの親父さん」


 財閥の現トップにして、いのりの父である司がこちらを見て微笑む。

 その態度は大企業の経営者に相応しく威厳たっぷりだ。


「会えて嬉しいよ。まあ、かけてくれ」

「はい…」


 部屋にいた世話係の女性がイスをすっと引いたので、そこに腰かける。

 隣のいのりや親父さんの近くのいのり母も同様にして着席した。

 前回会ったのは横濱に行くちょい前くらいだったから、1ヶ月ぶりくらいか。

 つい最近のようであり、もうそんな前かという感じでもある。


「どうぞ」


 俺が記憶を辿っている間に、目の前に紅茶が運ばれてきた。


「あ、どうも…」


 始めましての世話係さんに軽くお礼を言い紅茶を一口含むと、アップルの甘い香りが鼻を抜けていった。

 多分ドリンクバーで飲むティーバッグの10倍はするんだろうな…

 いや、もっとか。


 紅茶ひとつに感動していると、親父さんが話し始める。


「実は今日来てもらったのは、君に夕飯をご馳走しようと思ったからでね。この前はちゃんと話も出来なかったことだし…。それに家内が君に一度会ってみたいと言うもんだから、少々強引な手を打たせてもらったんだよ」

「ふふ…二人だけしか知らないなんてズルいわって私が言ったのよ」


 あの騙し討ちみたいなのもこの人の仕業か…

 ホント策士だな。

 いのり母が言うほど会って有難いもんでもないけどな、俺は。


「本当は子供達も皆で一緒に食事をしたいところだったが、いのりより上の子供たちはそれぞれ一人暮らしをしていてね…。今日この家に居るのはいのりと紫緒梨しおりだけなんだ」

「紫緒梨?」

「私の妹よ」


 隣のいのりが補足説明をしてくれる。

 妹さんが居たのか。前回の愛の話では、上に四人いるというのは聞いていたが。

 いのりの境遇を話す上で関係ないから省いただけかな。


 上から男男女男女女の兄妹か。

 …ってことは、あの人は六児の母……ヤバすぎ。


「紫緒梨ちゃんはねぇ…スゴク絵が上手なんだけど、一度描き始めると誰が話しかけても反応しないのよね…。自分の世界に入り込んじゃうせいで、中々お友達が出来ないのよ…」


 頬に手を当てて『困ったわ』といった様子で話すいのり母。


「そんなに上手いんですね、絵」

「ああ。今紫緒梨は小学六年だが、既に有名なコンクールでも何度か入賞しているんだ」

「それはスゴイですね」


 絵心の無い俺からしたら、抽象的でも写実的でも、絵が上手いというだけで尊敬モノだ。

 ちなみに俺は小学校の図画工作で才能の無さを自覚した。

 期末テストで『この四角い枠を使って"春"を描け』という問題に、俺はその四角の中に桜の木やら何やらを書いて表現した。

 だが絵の上手い友人は四角も絵の一部として、中にも外にも目いっぱい絵を描いて春を表現したのだ。


 画力もそうだが、発想やスケールが乏しいなと感じ、以降美術関連は力を伸ばそうとはしなかった。

 見る分には良いが、人生において作り手にはもう関わることは無いだろうと感じている。


「絵は凄いんだがね…」

「…?何か問題があるんですか?」

「うむ…」


 どこか渋い様子の親父さん。

 ひとつの事に夢中になって周りが見えづらくなる、何ていうのは若いうちはまああるだろう。

 しかも芸術関係なんて特にそんな感じのイメージだが。


「…紫緒梨は絵を完成させるまでは凄い情熱を注ぐのよ。今日みたいに、放っておいたらご飯を食べ忘れる事もあるくらいにね」

「そりゃあすごい…」


 いのりの話にますます感心してしまう。


「でも、絵が完成して大きいコンクールでいい賞を取ってもね、なんだか退屈そうな…ガッカリしたような顔をするのよ」

「…それは、金賞を取れなかったから、的な意味で?」

「いいえ。どんな賞でも、審査員が総評する時にはもう興味を失ったような、そんな顔をするの。全然喜ばないもんだから、周りも困っちゃってね」

「はぁ…」


 燃え尽きてしまうのか?完成までがあまりにも凄い熱量だから?

 何かピンと来ないけど、俺はそっち方面には疎いからな。


「そうだ。もしよかったら紫緒梨の部屋に行ってみたらどうだい?夕飯が出来上がるまで1時間位かかるから、その間に塚田くんにどれだけの絵を描くか見てもらうというのは」


 俺が考えていると、親父さんがそんなことを提案してきた。


「いえ、見ても私では…」

「あら、じゃあ私と愛が案内するわね」

「え…」


 俺なんかではとても凄さはわからない。そう言いかけた俺をいのりが遮り、結局その妹さんの部屋に行くことになってしまった。

 もちろん素晴らしい絵を見るのはいいのだが、そんな気難しそうな思春期の娘さんの対応が出来るのだろうか…。

 しかも知り合いの絵など、コメントが難しい。

 最強の切り札、「前衛的ですね」をここで使ってしまうのか?


 そんなことを考えながら俺は、いのりと愛と共にダイニングルームをあとにし、その紫緒梨さんの部屋へと向かうことにした。



「ここよ」


 道すがら近況など軽い雑談を交わしている内に、あっという間に目的地に着く。

 ドアプレートに「しおり」と書かれたそこは、いのりの妹さんの部屋であることが初見の俺でも分かるようになっていた。


 愛が率先してドアに近付くと軽くノックをする。

 すると少しして、中からひとりの少女が現れた。


「いのり様、真白先輩…と、そちらは?」

「こんにちは永華はるか。この方は塚田 卓也さんで…」

「最近よくご当主様が話題にされている方ですね。貴方が…」

「こんにちは」


 中から現れた永華と呼ばれる少女は俺の事をまじまじと見ている。

 服装からして、妹さんの専属の世話係だろうな。

 歳も若い。いのりとそんなに変わらないんじゃないか。


「それで、今日は皆さんでどのようなご用件ですか?」

「卓也くんに紫緒梨の絵を見てもらおうと思って連れてきたの。入ってもいい?」

「そういうことでしたら、どうぞ。一応足元は片付けてありますが、画材などに足をかけないよう気をつけてください」


 永華さんに案内され、室内へと入る俺たち。

 彼女の言うように、広い部屋の床にはキャンバスや絵の具などの画材が数多く置かれている。

 それを少し整頓して、生活する上で必要なエリアと通路だけ確保してあるような状態だ。

 恐らく倉庫などには持っていくなと言われているのだろう。

 主人と世話係のせめぎあいが見てとれる部屋だった。


 そして部屋に入ってすぐ脳を刺激したのは、油彩によく用いられる揮発性油のターペンタインの匂いだ。

 高校時代たまに美術室なんかに行くと、この匂いがしたんだよな。

 一応換気はしているようだが、長時間滞在すると気分が悪くなるかもしれないな…俺は。


「やってるわね」


 多くの作品や画材を寄せて出来た道の先に、キャンバスに向き合うひとりの少女の姿があった。

 背もたれのない木の椅子に座り、熱心に筆を走らせている。

 三人も人が増えたというのに、全く気にしている様子はない。

 凄い集中力だ。


「紫緒梨お嬢様、いのり様たちがお見えになりましたよ。絵を見たいそうなので、適当に取り出して宜しいですか?」

「…………」

「いいそうです」

「えっ?」


 何も言ってないよね?

 もしかして、どっちかテレパシー使える?


「嫌な時はダメと言いますので」

「ああ…」


 やっぱり心が読めるよね?


「床にあるものは好きに手に取って見てください」

「ですって、卓也くん」

「ですって…と言われても」


 どうするかなぁ…

 とりあえず適当に拾い上げてみるか。


 俺は絵を軽く見て、何か感想を言ってこの匂いのキツイ部屋から早く出ようと動くことにした。

 が、何となく今彼女が描いている絵に目が吸い寄せられる。

 悪いとは思いつつも、俺は彼女の真後ろに立ち様子を見させてもらうことにした。


 描かれているのは、大きな池のある公園の芝生に座る白いワンピースを着た女性。

 周りには犬を連れた家族や、ロッジ風の喫茶店?のようなものがある。

 実際の場所なのか、想像なのか、モチーフは分からないが穏やかな時間が切り取られていた。


 でも何だろう…?

 彼女の手元には絵には全く使われていないハズの赤色の絵の具が空になっていくつか転がっている。

 そしてキャンバスの端に赤やオレンジ色がほんの少し見えている。

 前の絵で使ったのを片付けていないだけか。そして端っこの赤はただ付いただけ。

 特に気にすることではない、ようだが…


「これは今度の秋のコンクールに出す絵です」

「へぇ…」


 いつの間にかみんなが妹さんの周りに集まって来ていた。

 そしてこれだけ近くで話していても、まるで気にすることなくキャンバスに筆を走らせる。


「綺麗な絵ね。これならまた受賞するんじゃないかしら」

「そうですね。とても良い絵だと思います」

「でも、紫緒梨お嬢様のご満足頂ける結果かどうかは…」

「「…」」


 これまでの授賞式の様子を実際に見た三人は、永華さんの一言で沈黙してしまう。



「…この絵って、テーマとかは?」


 俺がこの空気を打破しようと、苦し紛れの質問を投げかける。

 するとーーー


「…テーマはいつも誰にも言わないんです。コンクールに提出する際も『ああああ』とか『1234』にするんです」

「ゲームの2週目か」


 でもそれで審査員の評価を聞いて不服そうにしてるって事は、自分の考えた"本当のテーマ"が通じてないってことだろう?

 難儀な子だなぁ…


「じゃあこの絵にも、何か紫緒梨様のテーマがあるんですね」

「"平和"とかでしょ、多分」


 愛が投げ掛け、いのりが適当に返す。

 どうやら二人はそれほど絵画に明るいわけではないようだ。

 廊下にあった絵のセレクトもほとんどが母親と姉だったしな。


「"日常"とか"平穏"とかでは?」

「いやいや、"白いワンピースの女"よ」

「………反応ありませんね」


 いつの間にか「テーマ当て大会」と化した部屋。

 絶賛制作中の妹さんの後ろであーだこーだと意見を交わす俺たち。

 無反応なので邪魔にはなっていないだろうけど。


「卓也くんは?」

「ん?」

「この絵のテーマよ」

「あー…」


 直感的に出るテーマはあらかた出てしまったしな。

 他にあるか?真のテーマ…。


「"破壊と再生"とか?」

「え?」


 困った俺は、奇をてらい突拍子もないテーマを口にした。

 そしていのりからジト目が返ってきた。


「これのどこを見たらそんな仰々しいテーマが出るのよ…」

「いやぁ…そこの赤がね…」


 半分はウケ狙いだが、一応根拠があることを説明しようとした。

 ところが


「紫緒梨お嬢様…?」

「ん…?」

「…」


 いのりの方を向いて話をしていると、先ほどまで熱心に作品作りをしていた妹さんが俺の方を凝視していた。

 何かやっちゃいました?


「ど、どうも…」


 俺は何も喋らずこちらを見続ける妹さんにとりあえず挨拶をした。


「…今、何て言ったの?」

「ど、どうも?」

「その前。テーマ」

「破壊と再生?」

「何で?」

「あー、何か赤をやたらと使ってたみたいだから。でも今見えてる部分に赤色は見えないでしょ。だから一旦真っ白いキャンバスに真っ赤な炎とかをまず書いて、"その上に"今の絵を描いたんじゃないかって…ホラ、その端にちょっと赤とオレンジが…」

「あら」

「本当ですね」


 俺が指さす場所を見ていのりと愛が気付いた。ほんの些細な場所。

 普通はもっと中心部分に目をやるから、見逃しがちなところ。

 ただの汚れだと言われてしまえば納得するような、その程度のモノ。

 自分で言っててもこじつけ感ハンパないぜ。


「………」


 しかし妹さんは無言で席を立つと、今度はどこからか絵を持ってきて目の前に差し出してきた。


「これは?」

「ん?」

「テーマ」

「ああ…」


 彼女が見せてきたのは、籠の中の鳥の絵だった。

 これも普通に受ける印象は"不自由"とか"束縛"だが、きっと違うんだろう。

 前の絵のテーマの感じと照らし合わせると…


「"安堵"とか"歓喜"かな?」

「何でよ…」


 隣のいのりから突っ込まれる。

 いや、俺だってストレートには思わないよ?

 でもーーー


「いや、籠の中にボロボロの雀が入ってるから…保護されてカラスとか猫に襲われる心配はもうないねって…」

「あたり」

「そうなんですね…」


 愛が疲れた表情をしている内にまたどこかへ行き、そして絵を取ってきて俺に差し出す。


「次はコレ」

「うーん…」


 絵にはお膳に乗った定食のようなものが描かれており、特に茶碗に少しだけ盛られた白飯が目を引く。

 おかずの皿や味噌汁のお椀は空で、一見すると"貧困さ"が連想される。


「"後悔"かな」

「…どうして?」

「大盛り無料だからってミスった」

「あたり」

「えぇ…」



 いのりは呆れているが、分かりかけてきた…

 この子、絵は抜群に上手いけど、『捻くれている』んだ。

 何かストレートに描けない呪いでもかかっているのかと言うくらいに。


「こっち」

「あ、ちょ…」


 妹さんは(おそらく)全問正解した俺の腕をいのりみたいに強引に引くと、先ほどまで彼女が座っていたイスに座らせた。

 そしてーーー


「なっ…!?」

「おや…」

「……」


 座っている俺の上にちょこんと座り、絵の続きを描き始めた。


「えーと…」



 いや、どうすんの、コレ…




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