第122話 夏らしいこと? その1
「なぁ塚っちゃん」
「んー?」
「今年はなんか夏っぽいことした?」
「あー…」
昼休み
職場で同期のサッさんと飯を食いに来ていた俺は、料理が出てくるまでの間ダベっていてふとこんなことを聞かれた。
夏らしいことか…なんかあったっけ?
夏を6月からカウントしたとして。
・6月
ビル倒壊事故に巻き込まれ半死半生の状態でそのまま神のゲームに巻き込まれる。
能力で治療できることを知るまで右手が使えなかったし、大したことはしていない。
・7月
前半はNeighborからの接触を受け倉庫に行ったり民家で誘拐班を演じたりした。あと清野と飲んだりしたな。ぼったくりバーの潜入調査だったけど。
海の日の三連休はいのりたちと横濱に行ったんだ。これが強いて言えば夏の思い出になるな。
殺されかけたけど。
・8月
上旬に土日の連休と会社の三日間の夏休みを合わせた五日間で、特対に調査に行った。ショッピングモールや島にも遊びに行ったな。そこで体を動かした。
あとの休みは大体七里姉弟か光輝かいのりと愛が来てたな。しかもほぼゲームやってるだけだし。
うん…何もしてねぇ。
かろうじて一度旅行の体裁があるだけで、エンジョイとは程遠いな。
そして気付けばもう9月だ。
最近は10月でも気温が30度を越えるなんてのも珍しくないが、感覚ではもう秋になる。
今からできる夏らしいこと、何かあったかな…?
次の連休で海や山に遊びに行こうかと思案していると、胸ポケットのスマホが震える。
確認すると、いのりからメッセージが来ていた。
『こんにちは、卓也くん。もし良ければ今週の休みに遊びに行かない?凄いオシャレなとこ知ってるのよ』
もう夏休みが終わったであろう学生のいのりから、遊びの誘いが来ている。
素晴らしいタイミングだな。
ここ最近は折角事前に連絡をくれても飛び入り客のせいで中々思うように遊べなかった彼女に、埋め合わせをする良い機会かもしれない。
俺は早速いいよと返信し場所を聞いたのだが、当日まで内緒なのだそうだ。
車で迎えに来てくれるから待っていろとのこと…
海か…山か…それとも別の観光地か…
楽しみだ。
「若鶏のからあげ 香味ねぎソースお二つでーす」
俺が期待に胸を膨らませていると、店員さんが俺とサッさんの分の料理を運んでくる。
目の前に置かれたトレーにはご飯に味噌汁、お新香、温玉、そしてメインのからあげ。
食欲をそそる見た目と匂い。
「「いただきます」」
料理と神様に挨拶を済ませると、まずは味噌汁をズズっとすする。
赤だしの味と香りが口の中に広がり、やがて汁が胃に落ちると体を臨戦態勢へと切り替えていく。
小さく切ったワカメとダイス状の豆腐は、箸を使わなくても口の中へ流れ込んでくる。
なので俺は、まるで茶室で抹茶を飲むようにして両手で味噌汁を頂く。
うーむ…掛け声を間違えたかな…?「いただきます」ではなく「お点前、頂戴します」だったかもしれないな。
そんなアホな事を考えながら一旦味噌汁をトレーに置くと、左手にご飯茶碗、右手に箸を持ち、完全装備で戦いへと赴く。
箸で上にねぎがあまり乗っていないからあげを掴むと、しゃぶしゃぶの要領で大皿に満ちている甘酢ダレを右に左に揺らし付け、その表面に纏わせる。
そのまま口に運びたいところだが、白飯を経由する。
白飯にも甘酢ダレを吸わせることで下準備を終えた俺は、いよいよ口にからあげを献上する。
シャクっ…!
半分ほどの場所で噛み切ると、前歯にサクサクの衣の感触が伝わる。
そして直後舌に甘辛いタレの旨味が走る。
これだこれ…
この家じゃ作れないタレが本当に旨いんだ…
この店のタレが家で食えたなら…。
うかうかしているとからあげを速攻で飲み込んでしまいそうになるので、俺は箸に残ったからあげを白飯に着陸させ、箸で白飯を掴み口に運ぶ。
合う…
予めタレを纏わせておいたおかげで直ぐに白飯がからあげと馴染む。
例えるなら、からあげがディオの首でご飯はジョナサンの体、タレがジョセフの血。
なじむ!実になじむぞ!フハハハハ
さて…
2個目のからあげは、付け合わせの千切りキャベツと一緒に、一口だ…
その分口に入れるご飯の量も多めにし、中が飽和状態だ。
そして、3個目のからあげの前に沢庵をひとつ。
甘くてポリポリと食感も良い…次々と食べてしまうな。
箸休めなのに箸が止まらないとは、これ如何に。
居酒屋の昼営業のランチ…ほんと好き……
「塚っちゃんはいつも旨そうに食うねぇ…」
だって旨いんだから仕方ない。
今日も俺は、幸福に空腹を満たすのであった。
___________________
土曜日
いのりと遊ぶ約束をしてからあっという間に当日となる。
俺は自宅で、迎えの車が来るのを待っていた。
前日の夜にいのりからメッセージが届くと、指定された迎えの時間は16時だった。
午前は授業があるから仕方ないのだが、一体どこに行くというのだ…?
昼食を駅前の目高屋(熱烈中華食堂)で済まし、まったりモードで待っていると約束の時間が来た。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
いきなり人んちのチャイムを連打するのはどこの名人だ…
どこか既視感を覚えながらも部屋のドアを開けると、そこにはやはり見覚えのある"壁"があった。
「Long time no see. My lord」
「…ハァイ」
いつぞやのガタイの良いオニイサンが俺の家を訪ねてきている。
相変わらずいい笑顔です…。
しかも呼び方が以前よりもかしこまってないか?マイロードって…。
俺はあんたの君主になった覚えはないのだが…。
「Come on」
俺が突っ立っていると、オニイサンは付いてくるよう手招きした。
こちらも支度は出来ていたのですぐに部屋の鍵をかけ後を追った。
そして一緒に歩くこと数分。民家の立ち並ぶ路地に似つかわしくない、立派な黒塗りのリムジンが視界に飛び込んで来る。
どうやらこれで目的の場所へと向かうようだ。
オニイサンが扉を開け促されるままに車内へ乗り込むと、そこには…誰も居なかった。
オニイサンはそのまま運転席に乗り込んだようで、車は発進する。
だが後部座席からは景色も運転席も何も見えないのだ。
旅といえば途中の景観も醍醐味の一つだと思うのだが、それが封じられている。
テレビや飲み物の入った冷蔵庫が完備されていたので快適とはいえ、いかんせん自分の行き先が見えてこないというのは不安なものだ。
しかもいのりに連絡しようにも、スマホが圏外だった。遮断装置でも作動させているのかな?
まあ、これはきっとサプライズ的な?悪いようにはされないだろうからいいんだけどね…。
そうして車に揺られる事1時間弱。
信号待ちではなく完全にエンジンがストップしたかと思うと、突如車のドアが開かれた。
「ここは…?」
一歩車の外へ出ると、そこには立派なお屋敷があった。
どう見ても観光地や商業施設じゃないよな…。何だろう。
俺が連れて来られた場所についてアレコレ考えていると、聞き覚えのある声がする。
「卓也くん」
オシャレな衣装を身に纏った少女は、同じく見覚えのある付き人と他に二人の女性を伴い、お屋敷の大きな扉の前に立っていた。
そして
「ようこそ我が家へ」
人気作家のミステリー小説のタイトルのようなセリフを言い放った。
そして、やはりここはいのりの家だったか…
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