第117話 これまで と これから

「まあ、あまり緊張せずに、リラックスしてくれ」

「はい。宜しくお願いします、鬼島さん」



 ネクロマンサーの退場から40分あまりが経過した。

 突然の出来事にバタバタしつつも、あの会場で一番事情を知っているであろう立ち位置の俺と清野、そして自ら名乗り出た伊坂と和久津はそれぞれ別室で事情聴取を受ける事になった。

 俺は今、特対施設のとある部屋で鬼島さんと1対1で向かい合って座っていた。


 漫画やドラマに出てくるような薄暗い4畳ほどの部屋に机とパイプ椅子にライト、そして調書を書くためのもう一つの机…などというコテコテの取調室ではなく、通されたのは普通に明るい会議室のような部屋だった。

 広さは8畳くらいあり、椅子も机もローラー付きの畳めるタイプで、場合に応じて移動がしやすいようになっている。

 別室で中の様子が見えるような小窓が設置されてもいない。至って普通の小会議室だ。


 ただし、部屋の隅に設置されたカメラのレンズがバッチリこちらをとらえていた。


「ああ、あのカメラは別室でも事情聴取の様子が見られるよう設置させてもらっている。申し訳ないが、これからのやり取りは参考の為に中継と保存をさせてもらうから、そのつもりで答えてくれると助かる」

「はい、分かりました」


 もしかしたら全特対職員が見るかもしれないのか。

 まあそれも当然か。伊坂と和久津を助けるために、結果的には大勢を巻き込んでしまったからな。

 皆が今回の出来事の全容を知りたいと思っているのだろう。

 こうなることを予測して、事前に清野・伊坂・和久津とは口裏を合わせておいて良かった。


「ではまず…今回の件について、塚田くんの知っている限りで構わない。事の顛末を聞かせてくれ。途中で私から色々と質問させてもらうかもしれないが、よろしく」

「はい…。事の発端は8月の頭。3課の清野誠からある相談を持ちかけられたところからになります」

「君と清野職員の関係は?」

「高校からの友人です。私が完醒者になってからも、彼には色々と気にかけてもらってました」


 完全に対外モードの鬼島さん。

 俺と清野の関係から質問をしてきている。


「なるほど…それで、その相談というのは?」

「1年ほど前に自殺した和久津 沙羅さんという方の死の真相を確かめてほしいというものでした。そしてその手段として、今回のCB討伐作戦に嘱託職員として参加するよう言われました」

「どうして清野職員は今頃『死の真相の調査』を頼む気になったんだい?表向きにはもうとっくに終わった件のハズだが」

「その理由は、清野からの依頼メールに画像添付されて送られてきた『和久津職員の遺書』の内容にありました。実は遺書の原本には認識の書き換え能力が付与されており、その奥に"あるメッセージ"が隠されていたんです」

「そのメッセージというのは?」

「全ての行の最初の文字だけを読むと、『今の私はコモリヤナツミ』と読めるようになっていたんです」

「これのことだね」


 鬼島さんは手元にあった遺書の原本を開くと、改めて内容に目を通した。


「確かに分かりやすくタテ読みが仕込まれているみたいだね。この1年間、全く疑問に感じなかったが…」

「それが認識の書き換えの能力の力でした。清野や鬼島さんだけでなくほぼ全ての職員が『なんの変哲もない遺書』という認識を刷り込まれたせいで、単純な仕込みに気付くことが出来なかったんです。ですが清野はずっと違和感だけを抱えていた。だからかろうじて私に依頼をすることが出来たのです」

「なるほど…」

「幸いにも画像越しで見た私は能力の影響を受けずに済んだので、考える事の出来ない清野に代わって調査をすることに決めました」


 今は能力が解除された遺書を渋い顔で見る鬼島さんに、俺は話を続けた。


「嘱託職員としてここに来てから2日目の夜です。私は4課に、遺書に書かれていた名前と同姓同名の人物がいる事を聞き、その人の部屋を訪ねました」

「ああ。1年程前に入職した古森屋くんだね…」

「私は部屋から出てきた女性職員に話を聞いたのですが、それが自殺した和久津沙羅本人だったのです」

「………そうか」


 信じられないといった表情で俺を見る鬼島さん。

 流石にこんな事実は掴んでいなかったようで、非常に珍しい顔が見れた。

 まあ掴んでいたらもっと手を打っていそうだもんな。


「いや、すまない…少し驚いたが、続けてくれ」

「はい。そして和久津職員はその時部屋にもう一人の人物を呼んでいると言いました。その人物も自分の偽装の死を語る上で欠かせないからと…」

「それが…葛西くんかな?」

「仰る通り、部屋に現れたのは葛西芹という女性職員でした。彼女は和久津職員の遺書に認識の書き換え能力をかけた張本人であり、『警官殺し』の容疑をかけられ逃走中の女子高生・伊坂離世だったんです」

「…何てことだ……」

「先ほどネクロマンサーが言ったように、伊坂氏は警官殺しの目撃者であり、たまたま居合わせてしまった事で冤罪をかけられてしまいました。ですが逃走中に能力に目覚め、その力を使い特対に潜り込んで自分を陥れた犯人を見つけ出そうと奮闘していたんです。和久津職員はそんな彼女に協力する為に立場と名前を捨て、偽りの職員として特対に入り直しました。そして今日まで彼女たちは二人だけで秘密裏に調査を続けていました」

「…なるほど」


 和久津が好奇心を爆発させたという点は、彼女の名誉の為にも伏せておいてあげよう。

 別室で本人が白状したのなら、それはもう知らん。


「その事実を聞いた私は、清野からの依頼内容は終わっていましたが、個人的に彼女たちに協力することを決めました」

「その調査は君にとって、何の得にもならないのに…かい?」

「元々あまり損得では動いておりませんし、このまま彼女たちを放って依頼達成と言うのは何か違う気がしましたので」

「そうか…」


 中継されているということで、少しかっこつけてみたんだが、どうだろう。

 損得云々の後に(キリッ)と付けてもいいくらいだ。

 本当は清野への借りが返したくて動き出したのに。


「そんなワケで彼女らに協力することに決めたのですが、二人が1年かけて探しても見つからなかった相手が、一人加わったくらいですぐに解決するハズもなく…三人で話し合いをしても突破口は見つかりませんでした」

「三人だけで捜査を?」

「ええ。昨晩清野が来るまでは三人で。といってもお互いCBの作戦の方にも参加していたので、それほど時間は取れませんでしたが…」

「そうだねぇ…君にも急きょA班に合流してもらったしね…」

「それで、私の任期も間もなく終わってしまうので、居る間に何か出来ないかと思い、ある作戦を提案しました」

「それが、今日の…」

「はい。囮作戦です」


 題して『5日目の告白~私が犯人です~』作戦。言えないけど。


「この作戦は伊坂氏の能力の"ある特性"を利用したものでした。詳しい部分は割愛しますが、その特性で警官殺しの犯人だけが行うアクションを待っていたんです。そしてまんまと釣られてきたのが…」

「宗谷修二職員…というワケだね」

「はい。後は先ほど会場で行われたやりとりに繋がります。まさか、ネクロマンサーなんて能力者が居るとは思いませんでしたが…」

「もし出て来なかったら、どうするつもりだったんだい?」

「まあ…この4日間の働きも加味して、許してもらえるかなって…。それにそのまま皆に忠告も出来るかと。警官殺しは特対の中にいるぞってね。もちろん伊坂ではなく」


 結果オーライではあるが、その見通しで実行する辺りかなりの無茶だと自覚はあった。


「うーん…」


 一通り話し終えると、鬼島さんは唸りながら背もたれに深く背中を預け天井の方を向いてしまった。

 これだけの濃密な出来事だ。情報整理の時間が必要なのだろう…。



 少しの間何もない時間が過ぎると、ふいに部屋のスピーカーから男の声が聞こえた。


『鬼島部長代理』

「…何だい?」

『四名の証言は一致しております。嘘も言っていないという結果が出ました』

「ま、そうだろうねぇ…」


 嘘発見器か、それに類する能力でも使っていたのだろうか。

 別に始めから心配などしていないが、信じてもらえそうで何よりだ。


『それと、古森屋・葛西両名の確認も取れました。証言通り古森屋は和久津、葛西は伊坂で間違いありません』

「そうか。ありがとう」


 姿は違うが、元の人物確認が出来たのか。

 俺みたいに本当の名前が分かる能力者でもいるのか?なんでもいるね、ここは。


「ありがとう塚田くん。おかげでおおよその事実が掴めたよ…」

「そうですか。良かったです」

「それで、塚田くん。君への処遇なのだが…」



 鬼島さんがそういうと、部屋の外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


『コラ…まだ事情聴取中で…ちょっと!』

「ん…?なんだ一体」

「さぁ…?」


 俺と鬼島さんが部屋の外の様子を気にしていると、突然ドアが勢いよく開かれた。

 そして


「卓也さんを処罰するのでしたら、私たちも一緒です!」

「美咲…それに志津香となごみも…」


 三人が事情聴取に飛び入り参加してきたのだった。










 _________________










「30分後に行う塚田卓也職員・清野誠職員・古森屋夏美職員・葛西芹職員への事情聴取は中継する事が決定した!ここにいる皆は今から言う部屋のどこかでその中継を確認するように!第一大会議室は塚田職員の中継、第二は…」


 卓也さん達が事情聴取の為にこの会場を離れてから数分…。

 壇上では衛藤さんが会場に残っている職員に向けて連絡事項を伝えている。

 これから行う四人の事情聴取をビデオ中継で見られるので、その中継先会場の案内だった。


 ネクロマンサーという突如現れた脅威と数人の仲間の犠牲により、会場に居た職員は皆先ほどまで言葉を失い、ただ立ち尽くしているしかなかった。


 そこで真っ先に動いたのが卓也さん。


 昨晩の打ち合わせで話した、『真犯人は分かったが、逃走もしくは死亡により話を聞く最優先対象が不在となった場合』のケースに沿って動き出したのだ。


 特対の中で(表向きは)最も多くの事情を知っているであろう卓也さんと清野さん、そして自らを重要人物だとして名乗り出た沙羅と伊坂さん…。

 この四人がそれぞれ別室で話をして、職員は四つの大会議室で好きな職員の様子を見ることになった。

 もちろん後で全ての証言を見ることができるが、リアルタイムで見られるのは一人だけとなっている。



「俺はここをセットするから、そっちは第二を頼む」

「はい!」


 先ほどからデジタル戦略チームの方々がとても慌ただしく準備をしている。

 急きょ決まった同時中継に、総動員となっているようだ。


「行こっか。美咲、志津香」

「うん」

「そうですね」


 なごみが移動を促してきた。

 持っている情報量は四人とさほど変わらない私たちだが、どこの中継場所でもいいと言われたら行き先は決まっている。

 第一大会議室だ。

 私たちは卓也さんの事情聴取の様子を見に、パーティ会場を後にしたのだった。




『ずっと三人だけで捜査を?』

『ええ。昨晩清野が来るまでは三人で…』


 大会議室で聞いたのは、卓也さんの突き放すような言葉だった。

 そしてこのケースになった場合、私たちの役割が『待機』な理由を瞬時に理解した。

 卓也さんは私たちを無関係にして、処罰が及ばないようにするつもりだ…。

 きっと他の三人も同様の意図で証言しているハズ。



 そんなこと、私たちは望まないのに。



 どんな処分が下ろうと、私たちは今回の作戦で共に動いたことを誇りに思っているし、こんなことをされたのでは仲間外れと一緒だ。

 そんなのは嫌だ…!


「美咲」

「……なごみ…竜胆さん」


 近くの二人も私と同じように考えているようで、お互い頷き合う。

 こうなったらもう、突撃しかありませんね…。

 誰かさんの行動力を分けてもらいますよ…!


 こうして私たちは卓也さんのいる部屋へと向かうことに決めたのだった。









 ___________________










「卓也さん。私たちを仲間外れにするなんて酷いです」

「…貴女は確かA班の、水鳥さん…。どうしてここに?」

「さっきいつもみたいに名前で呼んでたじゃない。今さら無理でしょ」

「ふ、風祭さんまで…」

「卓也、目を覚まして」

「竜胆さんも一体何あがががががががが…揺するな!」


 無関係のままにしようと思っていた三人がこぞって押し掛けてきた。

 志津香に関しては人のことをずっとガクガクと揺すっていたので、流石に抵抗する。


 折角四人だけの無茶な作戦で通そうと思っていたのにな…。

 伊坂と和久津と俺は重要人物過ぎて無関係は無理があるし、清野は今さら下がる程の評価もないだろう。

 ただ、この三人は違う。


 優等生三人がこんなことをしたとなればキャリアにどんな傷が付くか分からないし、管理する側もこれまで多くを任せていた裁量権を改めるかもしれない。

 半ば巻き込まれただけの三人を守ろうと思ったのだが…


「…卓也さん」

「卓也」

「…卓也くん」


 どうやらそれは嫌みたいだ。


「……………はぁ。分かったよ。ごめんて。ちゃんと話す」


 俺は観念したようにため息をつくと、傍で見ている鬼島さんに告げる。


「鬼島さん、スミマセン」

「どうしたのかな?何やら立て込んでいるようだけど…」

「さっき四人で活動してるって言いましたが、嘘つきました」

「ふむ…?」

「彼女たちも協力者です。情報収集や今日の流れを作るのに尽力して貰いました」

「…その辺りの話も聞かせて貰えるかな?」


 俺は役割ごとの彼女たちの活動を大まかに説明した。

 あくまでも俺の指示で色々とやってくれたということを、やんわりと伝えながら。


「………真っ先に水鳥くんが動き出したのも、打ち合わせ通りなんだね」

「はい。犯人と卓也さんが接触しやすいような土台作りです」

「そうか………」


 一通りの説明を終えると、またしても少し考え込む鬼島さん。

 少し疲れている様子だ。


 ハッキリ言って、今回の件、かなりの大問題に発展するだろう。

 罪もない高校生を指名手配し、敵対する人間の手の者を内部に置き、挙句特対の人間を三人失っている。

 これからの特対の対応を考えると、俺でも頭が痛くなりそうだ。



「鬼島さん、どうか罰なら私も…」

「同じく…」

「私も…」


 考えている鬼島さんに三人が詰め寄ると、鬼島さんはゆっくりと話し始める。


「あー…何か勘違いしているようだけど、別に私は塚田くんを処罰したりはしないよ?」

「「へ…?」」


 変な声でリアクションをする美咲となごみ。

 ていうか、処罰されないの?俺。


「…しないんですか?」

「ああ。彼だけじゃなく、他の皆もね」

「どうして…?」

「彼らの今回の功績は計り知れないからだ。和久津くんの行動は確かに組織の一員という意味では些か軽率ではある。だがそれも葛西くんの状況を鑑みれば仕方のない事だと理解できる」

「誰が敵で、誰が味方か分かりませんでしたからね」

「ああ。何より我々は君らが居なければ、危うく何の罪もない子を討伐していた…。その子が特対に潜り込まなければ、和久津くんが協力せずにSOSを飛ばさなければ、清野くんがそれを拾わなければ、塚田くんが駆けつけなければ、特対は取り返しのつかないことをしていただろう…。ネクロマンサーの言う通り、もっと頑張らなければと自覚したよ…情けない事にね」


 苦笑いしながら話す鬼島さん。

 言葉は控えめだが、瞳の奥には炎が宿っている。

 敵は特対の誇りも命も踏みにじったのだ。

 このままでは終われないという意思が、溢れて止まらないみたいだ。


「というわけで今回の件について、誰にも処罰を下すつもりはない。事情聴取を行ったのは、最も情報を持っている君たちの話を聞き、今後の対策を取るためだ。特に1年以上も特対のパーソナルチェックをクリアさせた敵の眷属の見分け方を調べなければ、仲間を信用できなくなってしまう」


 確かに敵の操る死体と人間の見分けがつかなければ、今後も敵の思う壺だ。

 俺も出来るだけ助力しよう。


「ネクロマンサーは郡司さんと如月さんを使って工作をし、助かったと言っていました。ということはその工作に、敵にとって『何がネックになっていたか』のヒントがあるかもしれません。それとハガキの能力者を使いましょう。それで敵の情報を吸い上げられれば…」


 美咲たちが来た時点でビデオ中継は止めていたらしく、俺たち五人は敵への対策について話し合ったのだった。


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