第104話 大月渚の憂鬱 (大規模作戦4日目)
6:30
急きょA班に同行する事になった俺は、集合時間の関係で早めに食堂に来ていた。
既に多くの職員が食堂を利用しており、俺は今日の作戦に投入される人員の多さを実感した。
それだけ警察も本気で【CB】を討伐したいということだろう。
俺は購入してきたコーンスープを持って、適当な空いている席に座った。
朝食がスープだけで足りるのかって?もちろんそんなハズはない。
今朝のメインは美咲から貰ったサンドウィッチだ。
結局昨日の夜は食べられないと美咲に伝え、しかし今日の昼は作戦でまともにご飯が食べられるとは思えなかったので、朝食に回すことにしたのだ。
美咲から弁当の中身がサンドウィッチだと聞いた時には、丁度いいじゃんと思った。
箱を開けてみると、具材はツナ・ハム・卵の三種類だった。
ツナサンドはマヨネーズと食感のアクセントとしてみじん切りの玉ねぎが和えてあり、スライスしたキュウリも一緒に挟まっていた。
ハムサンドはもも肉ハムを使うという贅沢仕様で、薄いプロセスチーズとの相性も良い。
卵サンドはゆで卵とマヨネーズ、そして細かく刻んだピクルスと和えてあり、卵多めのタルタルソースサンドみたいだ。
なんというか、こう…家庭の味みたいで安心する。
食堂の料理は高いクオリティ故"外食感"がどうしても強く出てしまう。
1週間くらいならいいんだが、やはり素朴な味も恋しくなってくる。
このサンドウィッチにはそれがある。
今度は美咲にご飯味噌汁めざし沢庵でも頼んでみようかな…
「塚田くん、相席いいかな?」
美咲に図々しいお願いをしようかと考えていたところ、見知った顔が近くの席に座って来た。
「リーダー…どうも」
C班医療チームのリーダーをしている都築だった。
昨日は丸々会ってないから、美咲の部屋から出て話した以来か。
リーダーには和久津の部屋(古森屋の部屋)を教えてもらった借りがあったな。
「古森屋さんの件、ありがとうございます。助かりました」
「ああ、いいよ。用事は済んだのかい?」
「ええ、おかげさまで。それより、クビにならずに済んで良かったですね、我々」
「ははは、そうだね」
俺たちが別れた時は、明日クビになるかもしれないという心配を抱えた状態だった。
それがお互い事なきを得たので、その喜びを分かち合う。
「それどころか塚田くんは凄いじゃないか。多くの人の命を救って。一目置かれているみたいだよ」
「いきなり呼び出されるんですけどね。今日だってA班の作戦に参加する事になって…」
「そうなんだ。気を付けてね、ホント」
「ありがとうございます」
リーダーに心配されて、少しだけ気を引き締める俺だった。
その後も少し他愛もない話をしていると、俺を見つけたおじさん連中が周りに集まって来て、またしてもレトロゲーム談義へと発展してしまった。
任務前なのか、ただ朝ごはんが早いだけの人なのか、もはや分からないくらいゴチャゴチャしてきた。
少し離れた所には鷹森とかいう職員も座っているのが見える。よほどゲームが好きなんだろうか…
「それでよう塚田、アイツとドラファン3の最初のパーティについて意見が割れてな?」
「やっぱ勇者・戦士・魔法使い・僧侶だよな?」
「いや、勇者・武闘家・魔法使い・遊び人だろ?塚田」
「俺は勇者・武闘家・僧侶・盗賊だったな」
見事にバラバラだった。
てか30年くらい前のゲームの話で良く盛り上がれるな…いや不朽の名作だけども。
ガタンッ!
下らない話の最中に、近くの席に強めにトレーを置く音が聞こえる。
乱暴な奴だな、食器は大事に使わなくちゃいけないんだぞ。
俺は音のした方を見てみると、意外な人物が居たのだった。
「大月サンじゃん」
「…」
その人物とは、鬼島さんと一緒に居るところを度々見かける、1課の職員大月渚だった。
気が強く、清野とは犬猿の仲だ。
俺自身はこれまで何度も会ってはいるが、会話をしたことはほとんどなかった。
「大月サンも、もしかしてA班?」
「…」
あれ…?
シカトされてるな、俺。なんか嫌われるようなことしたっけ?
もし気付かないうちに機嫌を損ねていたとしたら、わざわざ近くの席に座ったのはどうしてだ。
席なら他にもいっぱいあるというのに。
「大月さん…?」
「………」
…まあいいか。
話す気が無いなら、ほっといても。
「あ、それでさっきのパーティの話だけどさ…」
無視されるのでは仕方ないので、会話を再開しようとおじさんたちの方へ向くと周りに異変が起きていた。
「悪いな塚田…そろそろ行くわ」
「え、あ、ちょ…」
「俺もそろそろ行かないと…」
「あ…」
先ほどまで大分賑やかだった俺の周りから、皆いそいそと去っていったのだ。
最後まで残っていた鷹森も、これ以上ゲームの会話がないと分かるとゆっくりと去っていった。
「…」
「…」
そして残されたのは、俺と、全く喋らない大月だけとなる。若干気まずい。
大月のヤツ、皆から怖がられているのか。
凄いスムーズに逃げていったぞ、皆。
まあ俺ももうすぐ食い終わるし、頃合いかもな。
「……ねえ」
トレイを持って離席しようとした矢先、大月の方から声をかけられた。
「ん?」
「…あの子は元気してるの?」
あの子…いのりか七里姉弟のことだろうか?
俺は南峯いのりのことかと確認すると、大月は黙って頷いた。
「元気だよ。鬼島さんから聞いてるかもしれないけど、父親とも和解して上手くいってるって」
「そう…」
「あといのりの付き人の真白って子が、屋敷で君に気にかけてもらった事を感謝してたぞ」
「あっそ…ていうかよく知ってるわね…アンタ何者なのよ」
「まあ色々と縁があってね」
「……じゃあ、あの姉弟は?」
「七里魅雷と冬樹?」
またしても頷く大月。
「そっちも元気だよ。ウチにきてゲームやったり、この前会った時みたく一緒に飯食ったりとかな」
「そう…」
大月の顔は嬉しそうな悲しそうな淋しそうな、複雑な表情をしていた。
丁度この前の時みたいな。
一体何が引っかかるんだろうか?
「…………私さ…」
「ん?」
物憂げな表情の理由を考えていたら、向こうから話し始めた。
俺はそれに素直に耳を傾ける事にする。
「幼いころに能力が覚醒して、そのまま両親に手放されて警察に預けられたの。まあ、ピース出身者のほとんどがそうなんだけど…」
「ああ」
未成年で開泉・完醒すると本人と保護者のもとに警察が事情を説明しに来て、そこで今後は"今までの生活を続ける"か"
ピースに行くには本人の同意が絶対条件だが、行きたくないとゴネても保護者側にもう教育の意思が無いとどうしようもない。
七里姉弟がいい例で、両親は教育を中学卒業までとし、彼らはもうあと少しで家を出ていかねばならないのだ。
その点いのりの例は、かなり珍しいと言えるのだろう。
大月は普通に両親に手放されて、本人も同意してピースに入ったって事か。
よくあるみたいだが、悲しい事例だ。
「でも私は、南峯さんみたいに『本当は親から愛されている』ワケでもなければ、七里姉弟のように『救ってくれる人が現れた』ワケでもないのよ」
「…?」
「………はぁ…」
物憂げな表情ででかい溜息をつく大月。
そして時々こちらをチラっと見ては、また目を伏せる。
俺に何か伝えたい事があるという事か。
伝えたいというより…要求?
恐らくだが大月は、自分と似たような境遇の三人が目の前で立て続けに報われたことを嬉しく思いながらも、未だ自分は幸せになれていないことを憂いている。
そしてたまたま三人に関わっている俺が居たので絡んで来た、と。
さてどうしたもんか…いのりは父親との和解、七里姉弟はストレスのはけ口という目的がすぐわかったが、大月はどうなりたいんだろう。
「はぁ…」
「…」
心を読むいのりのテレパシーが無くても分かる。
多分大月も、自分がどうにかなりたくて言ってない。
なんとなくやり場のない気持ちをぶつけているだけだ。
であれば、冬樹と同じではないが"頼れる相手"になってやればいい。
「なあ」
「…なによ」
「そんなに淋しいなら、俺が家族になってやろうか?」
「ブーッ!」
「うわっ、バッチイ!」
「いきなり何言ってるのよアンタ…」
「いや、そんな表情してたから、つい。俺の事は兄貴だと思って頼ってもいいんだぞ」
「あ、そっち…?」
「そりゃ俺の方が年上だからな」
「…………はぁ」
今日イチのクソデカ溜息。
流石に提案がバカ過ぎたか?
「提案がバカ過ぎて、悩むのがバカバカしくなったわ」
「やっぱり?」
「もう行くわ」
スッと席を立ちあがる大月。
「……アンタはあのバカと違って面白いところがあるみたいね」
「あのバカって、清野?」
「そうよ」
あのバカ…
「じゃ、またね」
「お、おう…またな大月さん」
「さんは付けないでいいわ。兄貴なんでしょ?」
「大月」
「じゃあね、塚田」
そういうと、さっさと行ってしまった。
背中を見送りながら、兄妹なのにお互い苗字呼びはいいのかと思う俺だった。
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