第94話 夢が詰まってる (大規模作戦3日目)

『うおおおおおおお!!』


 女子職員が対戦相手の男に見事な一撃を加える度に、場内が異様な盛り上がりを見せている。

 ここにいる全員、彼女の技に魅了されたファンということだろうか。


 確かにパッと見ただけでも彼女の戦闘センスは素晴らしい。

 相手の男の方が体格も大きいしパワーも上だろうが、その男のパンチやキックや掴みを華麗にかわし反撃している。

 それに動きも最小限にとどめているので、男の方はかなりバテてきているが、彼女はまだ余裕がありそうだ。

 確かに観客が沸くのも無理はない技だ。


「ふへへ…」


 しかし、観客の一部の男性から妙な空気が出ているのを感じる。

 しいて言うなら、なにかこう"よこしま"な空気と、視線だ。

 違和感を覚えた俺はもう一度視線を彼女の方に移してみた。

 すると一つの答えに辿り着いた。



「やっ!!」


 ぶるんぶるんっ


 なるほど…全員ではないだろうが、男たちの目的はか。

 彼女が激しく動いて技を繰り出すたびに、その豊かな胸部が縦横無尽に暴れまわっている。

 その暴れん坊に熱い視線を注いでいる男性職員からほとばしるオーラがかなり吐き気をもよおす邪悪だったようだ。

 いや、そこまでじゃないが。


 まあ、気持ちは分からんでもない。

 俺だって男だ。目の前で夢が詰まった玉手箱が2つ揺れていたら思わず視線が吸い込まれてしまうこともある。


 だが、戦闘中は別だ。一瞬の油断が死につながる命のやりとりをしている状況で、その緩みは心配になる。


 観客だけが雑念をもって見ているのであれば、まあ「実戦では気を付けてね」で済むが、今戦っている男も戦闘に集中できていない。

 更に、人だかりの一角には既に彼女に"やられた後"であると思われる男たちが戦いを見ているが、どの顔も弛緩しきっている。


 本当に戦いに身を置く人間の顔だろうか。あれで。

 対峙する相手が屈強なタフガイや百戦錬磨のおじさんだけとは限らない。

 そんな事くらいは身内の職員を見ていれば分かると思うが。

 もしも肉弾戦をする相手がビキニアーマーを着用していたら?

 いや、全裸で突撃して来ても、そうやってだらしない顔で戦うのか?

 それで誰かを守れるのか…



「卓也、どうしたの?」

「ん?」


 隣の志津香が俺に訊ねてくる。

 もしかして志津香は、俺が邪な目で彼女を見ていると思ってしまっただろうか。


「どうしたって…なにが?」

「なんか、怖い顔してる」

「…え?」


 そんな顔していたのか、俺は。

 それは…おかしいな。

 俺だって以前までは大衆に交じって「グヘヘ…」って言っている側だったハズなのにな。


 ここの皆だって俺が勝手に悪い方に想像しているだけで、きっと実戦ではちゃんとやっている事だろう。

 なのに何故ムキになって「ちゃんとやれ」なんて思っちまったんだろな。

 自分で自分が分からず可笑しくなってしまう。


「怖かったか?ごめんごめん。ちょっと考え事してた」

「そう。分からない事があったら聞いて」

「ありがとな」


 志津香の声で思考から引き戻された俺は、彼女に礼を言った。



「それまで!」


 見ると、練習試合の方は女が男をチョークスリーパーで絞め、男の方がタップをして終了となっていた。

 男の顔は赤くなっている。

 苦しかったというのもあるだろうが…満喫し過ぎだろ、胸を。


 対する女の方は、やはりそれほど疲労しているようには見えない。

 能力は分からないが、フィジカル面には相当自信アリのようだ。

 しかしもうこれ以上ここにいる理由もないかな。

 別に組手や乱取りや模擬戦がしたいわけでも無いし。


「ここはもういいかな」

「そう」

「上でランニングマシンでもやる?」

「わかった」


 そういうと俺たちは修練場を出ようと人だかりから歩き出した。

 しかし


「ちょっと、そこの人!」


 と大きい声が聞こえた。

 始めはそれが俺にかけられているとは知らず、構わず歩き続けていると


「竜胆さんの横にいる大きい人!」


 と特定されてしまった。


「…俺?」


 恐る恐る自分を指さし確認すると、思い切り肯定されてしまう。

 面倒なことを言い出しそうだな…この娘。


「なんか用?」

「あなた、今の試合熱心に見ていたわよね」

「…そう?」


 うわ…嫌な流れキタ…


「ええ。他の人たちが助兵衛な視線を送ってくる中、あなたは珍しく私の技を見ようとしていたわよね」


 なんと。気付いていたのか、この娘。

 そして一斉に目をそらし始めるスケベニンゲン達。

(オランダのビーチではない)

 恥を知りなさいよ、少しは。


「それで、もしかして格闘技をやっていたんじゃないかって思って声をかけたの」

「はぁ…」

「あ、自己紹介が遅れたわね。私は3課に所属している【式守しきもり 澄歌すみか】よ。あなたは?」

「俺は嘱託で入ったC班医療チームの塚田卓也だけど…」

「塚田…どこかで聞いたことあるわね」


 式守はグイグイと話を進めてくる。

 まるでこちらのペースなどお構いなしだと言わんばかりに。

 強引グマイウェイなヤツだ。


 3課所属というと、清野と同じ『完醒者になってから特対入りした』やつだよな。

 課で分かるのは便利だな。


「ていうか、その体格で医療チームなの?能力が回復?じゃあ戦うヒーラーって感じなのね」

「待て待て、一気に喋るなよ。俺を呼び止めたのはなんでだ?格闘技はまあまあ齧っているけど、それがどうしたんだ」


 式守に喋らせておくと収拾がつかない。

 ここは強引にでも主導権を握らなければ。


「あ、そうだったわ。ねえ、私と勝負しない?」

「しない」


即答する。


「えー、早いわね。いいじゃない、減るもんじゃなし」

「時間が減るだろ。悪いけど俺は志津香とこれから走り込みに…」

「見たい」

「へ…?」


 突如、隣の志津香から援護射撃が放たれた。

 しかしそれは式守にではなく俺に向かってだ。


「卓也が戦っている所、見たい」

「まじか…」

「もっと卓也の事が知りたい」

「…うーん」

「あとで私の能力も見せる」


 いや、そういう事ではないんだけどね。

 しかし志津香にこう言われちゃ、やるしかないのか…

 実力を隠したいというより、時間を取られちゃ志津香に悪いかなっていうので断ったんだけど、本人がいいなら、まあ。

 格闘技術は別に隠してないし(こんなガタイしてるしなぁ)


「わかったよ。少しだけだぞ」

「やった!じゃあ早くこっちに来て」

「はいはい。じゃあ志津香、ちょっと待っててくれな」

「頑張って」

「あいよ」


 俺はギャラリーの間をかきわけ、先ほどまで戦っていたフィールドへと足を進めていく。

 それなりの広さが取ってあるので、走り回っても問題はなさそうだ。

 壁は無いので三角飛びからのキックとかは無理か。

 床は少し柔らかい、レスリングなどの床材に使われているウレタンみたいだ。

 寝技や叩きつけをしても怪我をしづらいようになっている。


「さ、やろう」


 式守はワクワクした顔で俺との勝負を待っている。

 戦うのが好きなんだろう。


「組手みたいな感じ?それとも実戦形式?」

「実戦形式でいいよ。泉気は消さなくてもいいけど、能力の使用はお互いに無しで。っていっても塚田くんは治療能力か。使いたい武器があれば今のうちにあそこの倉庫から取ってきていいよ。木剣とか木槍とか色々あるからね」

「いや、素手でいいよ」

「りょーかい。んじゃ早速…えーと、じゃあ引き続きジャッジをお願い」

「あ、はい」


 式守が先ほどジャッジをしていた男に再度依頼をかける。

 男もそれを了承した。


「じゃあ、行くよ」

「おう」


 ようやく準備が整い、いよいよ戦いが始まる。

 少しの間睨み合う俺と式守。どちらも動く気配が無い。

 挑んて来た割には慎重なんだな。

 それなら遠慮なく行かせてもらおう。


「…」

「…?」


 俺が目線を右にやると、式守もつられて俺の目線の方を見る。

 その瞬間、一気に距離を詰めて式守の真横に行く。


「え?」


 真横に移動した俺は式守の足をはらい宙に浮かせた。

 そして体が地面と平行になったところで、すかさずみぞおちに拳を落とす。

 彼女は何が起きたのか分かっておらず、呆けた声を出した。

 しかし


「ッ!!!」


 みぞおちにめり込む寸前で彼女が俺の拳を取り、そのまま俺の腕を使い体勢を立て直し距離を取った。

 俺の攻撃は彼女に当たる事無く、拳は地面の近くでピタッと制止した。

 良い反応だ。

 離れた後の向こうからの反撃も無いようなので、俺はゆっくりと立ち上がり再び彼女を正面に見据える。


「はぁ…はぁ…」

「1回攻撃を避けたくらいで、随分と息が上がってるじゃないか」

「…いきなりキメにきたわね…!」

「もちろん。実戦で相手をいたぶるような趣味は俺には無いからな。気持ち的には全部一撃必殺だ」


 軽く会話を交わす俺と式守。

 先ほどまでと打って変わり、ギャラリーの声援が聞こえない。

 彼女を浮かせた時、彼女が距離を取った時、結構揺れてたんじゃないか?

 さっきみたいに「うおおおお!」ってやろうぜ。


「「「……」」」


 遅れて歓声が上がったりもしない。

 式守は知らんが、俺は実戦さながら相手を無力化するつもりでやったからな。

 緊張感が伝わったんだろう。

 空気を読むとかはこの際どうでもいい。

 向こうが仕掛けてきた試合だからな。真面目にやりますよ。


「ふふ…いいね。これでこそ実戦訓練だよ…!」


 楽しそうに笑う式守。

 満足してもらえてるようで何よりだ。


「行くよっ!」

「おう」


 式守が猛チャージを仕掛けてくる。

 そこから繰り出された右パンチを払い、肘と拳を掴むと

 そのまま式守の体にタックルをかます。


「ぐふっ…!」


 しかし後ろに吹き飛んでしまわないようしっかりと手は離さず、そのまま俺の方に引き寄せ今度は背負い投げをいれる。

 タックルと投げで肺の空気を全て絞り出させればそのままおしまいだ。


「くのっ!」


 背中を床に叩きつけようとしたが、式守は両足で地面に踏ん張り堪えた。

 そのまま今度は俺の腕を体全体で包み投げ飛ばす体勢を取った。腕ひしぎを決めるつもりだ。

 俺は咄嗟に両膝をつき投げられないよう踏ん張ると、体重をかけ彼女の体を床に強引に付けた。

 そして掴まれていない方の腕と自分の体で彼女の首を取り締め上げた。


「くっ…!」


 しかしこれもギリギリで彼女の手を入れられてしまい、完全には極まらなかった。

 もちろん持久戦に持ち込めばいずれ彼女の方が先に力尽き、意識を刈り取る事は出来る。

 が、今それをやっても仕方ないので、一旦絞めは外し彼女から逆に俺が距離を取った。


「はあ…はあ…はあ…はあ…!」


 先ほど以上に苦しそうに呼吸をする式守。

 かろうじて立ち上がってはいるが、まだ戦う姿勢になっていない。

 今なら大抵の攻撃は決まるだろうな。


「…随分と…容赦のない攻めね…」

「そうか?」

「女の子相手に…中々厳しいわね…」

「手加減してほしかったのか?」

「冗談でしょ…」

「式守がこれから戦場で戦う相手が全員紳士ならいいけどな。でもそういうワケにはいかないだろうから」


 手加減しないだけならまだマシだ。

 相手は背中から平気で刺してくるかもしれない。

 人質を取るかもしれない。

 人ごみに紛れて殺しに来るかもしれない。


【全ての財宝は手の中】の連中のように。


 だからどんな場面でどんな相手と対峙してもいいように、こちらも万全の状態で挑まなくてはならない。

 その為には、たまには容赦のない練習も必要だと思わないか。


「折角時間を割くんだから、まだいけるだろ?」

「当然よっ!」


 その後30分、みっちり実戦形式の模擬戦を行った俺たちだった。


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