第95話 もっと賑やかな昼食 (大規模作戦3日目)
「悔しい~…!」
「…」
「…」
模擬戦が終わり俺と式守、そして志津香の3人は1フロア上にあるランニングマシンで仲良く横並びで走っていた。
結局あの後、式守は俺に対し有効打を一度も与えられず一方的に掌の上で転がされる形となり、そのことを今も引きずっている。
そして下手に何か言葉をかけてより激しく燃えてしまうのは面倒な俺は沈黙を貫き、志津香は元々寡黙なので、先ほどから式守だけが悔しさを言葉に発しその横で喋らない二人が黙々と走る、という図になっていた。
「もう、何で一度も攻撃が当たらないのっ!」
未だに感情が炎上中の式守。
そのせいで気が回っていないのか、それとも慣れっこなのか、ランニングにより胸部が上下運動をしているのを周りでトレーニングをしている男たちが注目しているが、本人は気にも留めていない様子だ。
まるでグラビアアイドルのイメージビデオみたいな絵面だ。
ふと正面でフィットネスバイクに乗る男性職員と目が合う。
「…」
「…」(`・ω・´)b
いやグーじゃねーよ!
いい笑顔だな、オイ。
しかしまあ…これでモチベーションに繋がるなら、いいのか?
ジムなんて結構途中で投げ出しちゃうこと多いからな。
会費を先払いして、"お金"という動機を自分で作ってもリタイアすることがある中、不純でもちゃんと体さえ鍛えられれば…
「ねえ、聞いてる?」
「え、ああ…」
俺がどうでもいいことを考えていると、式守が呼んできた。
「どこであんなに鍛えたのよ?」
「あー、俺の師匠に鍛えてもらったんだよ。めちゃくちゃ厳しい人でさ、対剣術とか対棒術とかあらゆる武器対策も色々とやったよ」
「すごい師匠さんなのね」
「ああ。しかも口癖が『能力に頼るな。己の肉体1つで相手を倒せ』ときたもんだから、誤魔化しが効かないんだ」
師匠は能力を使わなくてもとても強かった。
肉弾戦なら俺も新見兄も未だに歯が立たない。
結構な歳なのにも関わらず、だ。
「あそこまで動ける人、1課にも中々いない」
「そうね。私だって武術なら負けない自信あったけど、その自信も折れたわ…」
「いや、結構良かったぞ?あとは場数の問題だな。相手が型どおり、セオリー通りの動きをするとは限らないし、そこに能力が加われば受ける側の選択肢は膨大になる。そこで求められるのが"瞬間の判断力"なワケで、それは実戦経験を多く積んで自分の中にあらゆるパターンを蓄積する必要があると俺は考えてる」
「蓄積ね…」
「俺は運がいいことに、師匠が結構何でもできる人だったから、対武術・対武器術の経験には困らなかったんよ。対能力の方も、少し仕事を請け負ったおかげで、そこそこ経験を積めたし」
「うーん…特対だと、一般組織と違って役割が結構決まってるから、一人に入って来る経験値が少ないのよね…」
「あー…たしかに」
その点に関しては、俺も嘱託で入ってみて感じた。
警察は個人の能力よりも、バディやチームを組んで被害をなるべく出さないような運用をしている。
だから実力の分からない相手と1対1の対面になる場面はほとんどない。
一人の敵に対して集団でかかるからだ。
それゆえ、個人に入って来る戦いの経験値がどうしても少なくなってしまう。
こちらの被害が出る前に集団であっという間に片づけてしまうと、仮にAという能力を持った相手の初撃から最後の悪あがきに至るまでの、一連のパターンが分からないまま戦闘が終わってしまうのだ。
式守はそのデメリットについてしっかりと認識していた。
彼女もまた、個人の能力に重きを置いた一般組織向きの思考をしている。
「まあ、特対に居れば色々な能力者と対峙する機会も多いし、じっくりと鍛えていけばいいんじゃないか?」
「まあねー…」
特対のやり方のデメリットは色々とあるが、それでも一番色々な相手と戦う機会が多いのもこの組織だ。
仲間にも色々な能力者が居るから、練習などから得られる事もあるだろう。
それを長く続けられれば、自ずと蓄積もしていく。
彼女もそれが分かっているから、そこまで文句はないようだ。
ピピピピピピ…
話が一段落ついたところで、ちょうど仕掛けておいたアラームが鳴った。
俺はアラームと一緒にマシンのスイッチも切ると、タオルで汗を拭きつつ志津香が終わるのを待った。
志津香も俺のすぐ後にアラームが鳴り、設定していた30分のランニングを無事終えた。
「あら、もう終わり?」
「ああ。この後も志津香に色々と案内してもらう予定なんだ」
「そうなのね。2人はお昼ご飯は?」
「一応食堂で食う予定だけど」
「そ。じゃあもし時間が合えば一緒に食べましょう」
この後もトレーニングを続けるという式守と別れ、俺と志津香はジムを後にした。
併設されたシャワールームでお互い汗を流すと、ジムの入り口で合流する。
「次はどこ行きたい?」
「んー…何かオススメは?」
「…図書室」
「お、図書室があるのか。じゃあお願いしていいかな」
「わかった」
こうして、俺たちは次の場所へと移動する事にしたのだった。
_________________
ジムのあと、志津香の案内で図書室、視聴覚室へと行った。
図書室ではマンガや小説や雑誌・新聞などに加え、"能力者に関する研究書"というのも取り揃えてあった。
当然のことながら一般には全く流通していないが、日本や海外で研究されている能力者についてのレポートなどを閲覧することが出来、基本的な事から応用まで多くの内容がまとめられていた。
例えば自分の能力に名前を付ける事で能力の質が向上した例や、一般人が泉気に触れ続ける事で開泉した例などがまとめられていた。
時間が無いので全てを見る事は出来なかったが、次も機会を作って見てみたいと思った。
そもそも能力者でもおいそれと入る事の出来ない特対施設なので、中々ハードルは高いと思うが。
そして視聴覚室は映画やドラマ、お笑いなどの映像ソフトをブースで視聴することが出来る部屋になっていた。
そこで俺は志津香とホワイトケチャップ(コンビ名)の漫才DVDを一緒に見た。
正直面白がっているのか不明なくらい笑い声をあげない志津香だったが、見終わった後「とても面白かった」と言っていたのでまあ良かった。
そしてお昼になり、一度俺の部屋に立ち寄り志津香が作ってくれたお弁当を取って、俺たちは食堂へと戻って来たのだった。
先に俺が着席すると、志津香は自分の分の"もりそば"を買って来て同じテーブルの俺の正面に座る。
「「いただきます」」
俺は早速弁当箱を開ける。二段あるうちの一段目はご飯だった。
白飯の上に醤油で和えたおかかが薄く敷かれ、その上に醤油を塗った海苔が乗っていた。
のり弁のご飯、大好き。
そして二段目はおかずの箱だ。
中は生姜焼き、だし巻き卵、ブロッコリーとほうれん草の胡麻よごし、ミニトマト、パイン・りんご・みかんのカットフルーツが入っていた。
栄養面、彩り、ボリューム、どれをとっても非常に高水準で、とても料理で指を怪我するくらいの志津香が作ったとは思えない素晴らしい出来だった。
何度も作り直してくれたのだろうか。なごみの協力もあっただろうが、嬉しい。
「うまい…!」
「本当?」
「ああ。このだし巻きも、生姜焼きも飯が進むし、ほうれん草もブロッコリーもうまいよ」
「…よかった」
これだけ旨いなら毎日食べてもいいくらいだ。
志津香はもしかして、料理の才能があるかもしれないな。
俺は結構速いペースで飯を食い進めていって、志津香はそれを自分の昼飯も食わずにじーっと見ていた。
5割ほど食べた所で、聞き覚えのある声がした。
「ちわっす。相席いい?」
「私もいいかな」
「なごみ、式守。どうぞ」
なごみが志津香の隣に、式守が俺の隣に座って来た。
2人とも手にはそれぞれ自分たちの昼食を持っていた。
式守の方はラーメンとかつ丼という、なんともボリュームのあるものを持って来ている。
まあ、さっきはかなり動いたからな。
「お、大分食べてるわね。どう?美味しい?」
「ああ。お世辞じゃなく毎日食ってもいいくらいうまいぞ」
「良かったわね志津香。式は和風と洋風どっちがいいか決めておいてね」
「ドレスがいい」
「乗らんでいい」
「え、そのお弁当竜胆さんが作ったの?スゴイわね」
「でしょー!」
「なんでなごみが自慢げなんだよ」
俺たちの席は一気に賑やかになり、あーでもないこーでもないと話ながらの昼食となった。
すると今度は男の声で俺の名前が呼ばれた。
「塚田!」
「ん?あ、あんたは確か、宗谷の兄貴」
「おう!昨日は世話になったな。ここいいか?」
宗谷兄…敵により体の半分を切断されて俺に治療された4課の職員だ。
俺が許可すると、式守とは逆側の隣の席に座った。
ハンバーグ定食とラーメン…食うねぇ。
「面白い組み合わせの席だなぁ」
「昨日と今日で知り合ったんよ」
「へー。お、その弁当、めちゃ旨そうだな」
「でしょー」
「風祭さんが作ったのか?」
「いや志津香だ。なごみは何故か得意げになっているだけだ」
「一緒に作ったもん!ねー志津香」
「うん」
「知り合ってから仲良くなる速度パネェな…」
「宗谷兄は俺に何か用があったのか?」
「あ、いや塚田が目に入って、改めて昨日の治療の礼をと思って」
「いいって。仕事だし」
「いや、そうはいかねえ。お前は命の恩人だからな」
宗谷兄はこちらに向き直ると、頭を深く下げた。
とても律儀な男だ。その誠実さは好感が持てる。
「…ま、俺が居る間は生きてる限り治すから、安心してくれ」
「塚田…!」
「あ…」
俺に勢いよく抱き着く宗谷兄。感極まったのだろうか。
ガタイの良い2人が食堂で抱き合う図は色々アウトじゃないか。
周りからはギリギリ聞こえるくらいの黄色い歓声が上がる。
「落ち着け宗谷兄…」
「済まない、感極まって…つい」
(負けてられないわよ、志津香)
(…うん)
「友情ね…!」
珍しいメンツというのも相まって、かなり注目を浴びる席になってしまったようだ。
まあ、いずれ周りの興味も無くなるだろうが。
「そういえば宗谷兄をやったのは誰だったんだ?」
俺が話題を変えるために、昨日の怪我のことについて聞いてみた。
「それがよぉ…気付いたら後ろからズバッとやられてなぁ…意識が朦朧とした中、弟に担がれてモール内から出たんだよ」
「そうか…かなりの手練れだな」
「ああ、一緒にいた弟も気付かないくらいのヤツでよ、振り返った時にはもう居なかったんだそうだ」
「そうなのか。捕まえたメンバーの中にいるのかな」
「多分な」
今回モールに居たヤツらは逃がさず全員捕らえた。
宗谷兄をやったヤツというのもいるハズだろう。
まあ、いずれ分かる事だ。
そして、俺たちがしばし食事をとりながら談笑していると、
更に意外な人物が声をかけてきた。
「ここ、座っていいかな?」
その人物は俺のナナメ前、志津香の隣の席に一人でやってきた。
「黒瀬…」
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