第66話 頼み

「メンバーじゃない?」


 目の前にいるこの男は、自分は【全ての財宝は手の中】の一員ではないと言い放った。


「そう。僕は彼らの仲間じゃあない」


 こんな怪しい倉庫で、メンバーの1人と一緒にいて、自分は仲間じゃないだと?

 確かに飯沼をボコっている点は、組織と友好的な関係ではないと言えるが。


「じゃあ奴らの敵か?」

「敵、ではないね。探し物があって、そこの彼の能力を貸して欲しかったから一時的に彼らに協力した」

「協力?」

「そう、協力。外にいる警官達みたいに、僕に注意を引くのが仕事」

「囮か」

「その通り。手分けして横濱に5,6箇所あるアジトに分かりやすく潜伏し警官の目を引き付けて、その間に本隊が任務を完遂する。…はずだった」

「失敗したと?」

「みたいだね。もう大半はやられちゃって、組織はガタガタ。でもそんなことは僕にはどうでもよくてさ、彼に戻ってくるハガキさえ見ることができればそれでいいんだ」


 そう言うと、後ろで縛られている飯沼を指さす。


「ね。だからあと30分くらい待っててくれよ。そうすれば僕はそのままおとなしく消える」

「ふむふむ。確かに敵意は無さそうだなぁ」

「そうでしょ?だから…」

「ところで、お前は組織の目的、任務内容は知っていたのかな?」


 俺の問いかけに僅かな沈黙のあと、ゆっくり口を開く。


「………ある女の子を殺害しろとしか」

「知ってたのか」

「…ああ」

「ならやっぱりお仕置きが必要だわ。分かってて見過ごしていたクソヤローにはな」

「そうか…」


 こちらのやる気が伝わり、向こうも臨戦態勢を取る。


「だったら仕方ない…」


 相手が構える。

 何か武術をやっていたのであろうその構えは、隙がない。

 俺の能力は、相手が能力者であれば少しの間触れれば能力を無力化でき、相手の本来のフィジカルとこちらの強化した肉体で圧倒的な差を付けることが出来る。


 が、武術ガチ勢の能力者の場合、2つの可能性が存在する。

 一つ目は能力を身に着ける前からガチなパターン。

 そしてもう一つは、能力が俺と同じ"接触する事で効果を発揮するタイプ"のため、後から訓練したパターンだ。

 後者なら、無策で突っ込むのは少し危険だ。

 というわけで…



「ん…?」


 俺はバックステップで相手と距離を取ると、両方のポケットに入れておいたパチンコ玉を掴んだ。

 そして能力で手から放たれた後に重さを重くする、いつもの攻撃の準備だ。

 しかし今回は単に敵目がけて投げつけるだけではない。

 もっと広範囲に、満遍なく、相手がどうやっても避けきれないくらいに…そんな、新しい必殺技の名前ーーー


 食らえ!


「天の川…っ!」


 両手を内側に構え、外に向けて広げるようにして弾丸を撃ち出す。

 ある程度の高さと、横一面に広がる金属球が相手目がけて飛んでいく。

 必殺"天の川"。つまるところ、ただ投げ方を変えただけ。


 さあ能力を見せてみろ。

 もしないなら、そのまま弱ったところを拘束させてもらう。



「フッ」


 一瞬、敵が笑ったような気がした。

 眼前に迫る弾を、まるで些事だと言わんばかりに。


 だが直後の光景に、俺はその笑みの理由を知る事になる。


「なっ…」


 驚くことに、敵はこちらに向かって進んで来たのだ。

 自分に当たる弾だけを丁寧に手や足で撃ち落としながら。

 そしてあっという間に俺の目の前まで近づくと


「シッ!」

「ぐっ…!」


 掌底を打ち込まれ、咄嗟にガードしたものの後ろの壁までふっ飛ばされ激突してしまった。

 凄まじい威力だ。それに強化した体を貫通するように腕に衝撃が走った。

 敵の後ろでは俺の放った弾が大きな音を立てて壁にぶつかるのが聞こえた。


 のんびりしても居られないのですぐに体力を回復し、敵の襲撃に備える。

 が、相手はなにやら掌を見て止まっていた。

 何か解せないといった様子で。


「おー痛てー…発勁ってヤツかこりゃあ…腕が痺れるぜ」


 もちろんこれはブラフだ。

 とっくに体のダメージは治しているが回復能力だと暗に明かすのはもう少し後、敵の能力の予測が少し

 固まり出したあたりで混乱させるために行う。


「発勁を知っているのか。博識だね」

「そりゃどうも」

「そっちはよく分からないな…打ち込んだ時の感触が硬すぎるし、玉は異様に重かった。何の能力なんだ、キミは」

「言うワケないだろう。そういうお前は弾を手で叩き落とした時や接近するときに加速したよな?スピードを操るのかな」

「……嫌味でもなんでもなく、すごいな。そっちは大した情報も落とさなかったというのに。こっちは丸裸だ。それにダメージもそれほど無いように見える。割と強めに打ち込んだんだが」

「男の裸に興味はないけどなぁ」

「ははは」


 まあそっちに収穫が無いのは仕方ない事だ。

 それほど俺の能力は分かりにくい内容だし珍しいみたいだからな。

 次のやりとりでワザと腕でも折ってそれを直してやればさらに驚くだろうか?いや、そこまで情報を

 大放出する事もないか…


「しかし参ったな…ようやくお目当てのものが手に入るというのに、最後の試練が君のような強敵だとはね。メンバーをやったのもキミだろう?ツイてないな全く」


 明言はしていないが、バレていたようだ。

 一応四十万さんの手柄にするために口裏を合わせる事にしているのだが。

 まあいいか。どうせ敵の言葉だし。


「でも、妹の為にもここで引くわけにはいかないんだ、悪いね」

「そうか。俺も約束を果たすためにお前を拘束する」


 そう言うと、俺は敵に突っ込んでいく。

 そして右こぶしを敵の顔目がけて叩き込む。

 しかし、簡単にいなされてしまいバランスを崩す。

 少し位置が下がった俺の顔面に掌底が打ち込まれる。


 大きく仰け反り後ずさる俺に向かい追撃が来る。

 それに目がけてコインを弾きカウンターを食らわせようとしたがあっけなく落とされ、ミドルキックが脇腹に刺さり床に倒れ込んでしまった。


「くっそ…」


 すぐに治療し立ち上がると、再び距離を取り構える。



 その後何度かの応酬を繰り返してみるが、やはり接近戦では全く歯が立ちそうにない。


 俺はカバンからパチンコ玉を取り出し、もう一度構えた。

 ただし今度は重さだけではなく、"弾力"を上げ、敵目がけてではなく適当にそこいら中に向けてブチ撒いた。


「なっ!?」


 敵が驚いた表情をしている。

 俺の放った弾が、強化された壁や天井に跳ね返り、不規則に襲い掛かるからだ。

 もちろん俺にもビシビシと当たっているが、生身ではないのでそれほど効いていない。


「ぐゥ…!」


 一方の敵は小さく鋭い弾丸に四苦八苦している。

 俺ですらいつ飛んでくるかわからない。

 弾力があるとはいえ重くて硬い金属球を捌こうと必死に立ち回っているが、全くの無傷というワケにはいかないようだ。


 何度もパチンコ玉を投げたあと、再度敵目がけて突進した。


「くっ…」


 こちらに敵の意識が向いた瞬間、足とこめかみにパチンコ玉が直撃していた。


「ぐぁ…!」


 それを見逃さず、大きく足に力を入れて踏み出す。

 そして手を伸ばすと首を掴み能力で弱体化を施した。


「な…あっ…!?」


 全身から力が抜け、泉気も失った敵は自力で立っている事も出来ずに、手を離すとその場で崩れ落ちる。

 体術では遥かに上を行く相手だが、応用力と機転で倒すことができた。



「終わったな」

「く…そ…!」


 顔だけこちらを向けて、悔しそうな表情を浮かべる敵。

 その顔は、敵意や殺意と言うより、無念の気持ちが強く溢れていた。

 先ほどの"妹"に関係するのだろうか。


「…ん?」


 何か話し掛けようとしたところ、遠くで何か光っているのが見えた。

 拘束されている飯沼から光が出ている。

 俺は念のため確認すべく、飯沼に近づいた。


「ぅ…」


 何度か跳弾を受けたのだろう。相当弱っている。

 とばっちりで気の毒だが、まあメンバーだし仕方ないわな。


「お、ハガキか」


 発光の原因となる飯沼の背後を覗くと、手にハガキが握られていた。

 届けたてホヤホヤと言ったところだろうか。

 俺は手から勝手に拝借する。


「やめ…ろ…」

「別にいいじゃん、減るもんじゃなし」


 いつの間にか這って近づいてきた新見が懇願してくる。

 見られて困るような物でも書いてあるのかな。

 もしそれが白縫に関係する情報なら、逆に見ておかないとならない。


「どれどれ……あれ?」


 俺は書かれている内容に驚いた。


「おい、新見さんよ」

「…」

「何で俺の名前が書かれているんだ?」

「………は?!」


 何を調べようとしたのか知らないが、自分の名前が書かれているのは気持ち悪いな。


「君の名前が書かれていたのか…!?」

「そうだな」


 俺の名前が書かれていること自体に驚いているような様子だった。何を調べたんだ?


「聞いてくれ…」

「ん?」

「僕の事は後で殺してくれていい…だから、助けてほしい…!」

「そりゃどういう…?」


 殺してもいいから助けろ?何を助けろと言うんだ?


「全財産もやる、僕がムカつくなら好きにいたぶってくれていい…だから、妹を助けてくれ…!」



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