第47話 依頼人は怪しく微笑う

 土曜日 14:45 天気:晴れ


 7月の空から降り注ぐ日差しは、道行く人の肌を容赦なく焼いてくる。

 今日の最高気温は30度を超えるとのことで、この時期にふさわしい気候になった。

 こんなに暑いんじゃ、こまめに水分補給をしないとあっという間に干からびそうだ。


 俺が今立っている『JR横濱駅』の構内は先ほどから人の往来がとても多く、流石は関東でも有数の大都市だなと改めて実感するのだった。

 どうでもいいのだが、昔の人はこの雑踏の中スマホも携帯も無いのによく待ち合わせなんて出来たなと、無駄に感心してしまった。


 駅に着いて数分、俺は先ほど売店で買ったお茶を飲んで待っていると、2人組の女子に声をかけられた。


「お待たせ」

「お待たせしました、卓也さん」

「お、来たか」


 声をかけてきたのは勿論いのりと愛だ。2人はほぼ時間ピッタリに待ち合わせ場所に来た。

 学生のいのりは午前中授業があり、事前に待ち合わせ時間ギリギリになる事はメールで聞いていたので特に心配はしていなかった。

 来て早々、いのりは俺を試すように


「卓也くん。私たちを見て、何か言う事はあるかしら?」


 と、聞いてきた。

 休みと遠出で気分が高揚しているんだろうな。


「ああ。2人ともオシャレでかわいいね」


 我ながら模範解答だった。

 浮かれてるのは俺も一緒のようだ。


「100点の回答ね♪」

「ありがとうございます」


 いのりは白いノースリーブのカットソーに紺のフレアスカートを履き、頭には大きめの帽子をかぶっている。

 上品且つ涼しげで、彼女にとても似合っていた。

 愛はスキニーデニムと5分丈の白Tシャツでシンプルにまとめている。

 こちらも涼しげだが、何より彼女のスタイルの良さを際立てている取り合わせが道行く人の視線を集めていた。

 愛の身長は恐らく170cmくらいあると思われる。

 それに加え端正な顔立ちで、モデルか何かだと勘違いしてしまうほどだった。

 キュート系のいのりとクール系の愛が揃って歩いていたら、そりゃあ周囲の目線を集めてしまうのも仕方の無いことだ。


「卓也さんもカッコいいですよ」

「よせやい照れるぜ」


 俺はジーパンに黒のポロシャツという何のひねりもないコーデだ。

 2人と並んでしまうとかなり見劣りする気がするのだが。

 もう少し気合いを入れてくるべきだったか…?イヤ、でも暑いしな。


 そうこうしている内に約束の15時となり、

 俺は事前に渡されていた白縫の番号に電話をかけることにした。

 プライベートのスマホで番号を入力し発信を押すと、コール音が鳴りはじめる。

 そして4コール目が終わったあたりで


『もしもし』


 と白縫のものと思しき声が返って来た。


「もしもし。あー…あなたの護衛を請けた者ですが」

『ああ…。じゃあみどりの窓口の所に来て。その辺りにいるから』

「わかりました」


 軽く言葉を交わすと、直ぐに切られてしまった。


「なんて?」

「みどりの窓口の近くにいるってさ」

「そ。じゃあ行きましょう」


 俺たちは待ち合わせをした所から少し離れた白縫の指定する場所に向かった。

 指定されたみどりの窓口のあるフロアに着いたと同時に、愛が


「居ましたね」


 と呟いた。

 俺はその時点ではまだ見つけることが出来ずにいたので、愛に教えてもらい指をさす方角を見て、ようやく白縫の存在に気付くことが出来た。


「見つけるの早いな」

「昔から得意なんです」


 羨ましい能力だ。

 俺なんて営業部の人間の顔と名前を覚えるのにいつも苦労している。

 2,3回仕事で絡んでようやく記憶に定着するくらいだ。

 是非ともその能力、分けてほしい…


 愛の思わぬ長所が発覚したところで、接近していった俺たちに白縫も気付きこちらに顔を向けた。

 その表情は、軽く驚いているようだ。


「え、アンタ…達なの…?」

「ああ」

「よろしくね白縫さん」

「南峯さん…、そう…」


 白縫は何かを考え、そして次に俺の方を値踏みするように下から上まで見始めた。

 男の俺でもここまで露骨ジロジロ見られると、気まずいな…。

 少しして、白縫が


「ガタイは結構いいみたいだけど、護衛なんてできるの…?」


 と訝しげに切り出してきた。

 俺だって護衛の経験は無い。能力にモノを言わせたボディーガードだ。

 でも未経験も能力者もどちらも話すことなどできないので、せめて俺に出来る事は白縫を不安にさせない事だ。


「任せろ。俺の"水氷風雷拳"が火を噴くぜ」

「属性が渋滞してますね」


 今日も真白のツッコミは冴えてるね。

 そんな軽口でおちゃらけて見せると、白縫も


「…まあいいわ」


 と納得してくれた。ってことでいいんだよな?

 そう解釈しておこう。


「で、南峯さんは彼氏の付き添いで来て、真白さん?は更にその付き添いってワケね」

「100点の回答よ」


 いや、50点だろ。

 何サラっと恋人設定を受け入れてんですか南峯さんよ。

 その説明だと白縫からしたら、自分の護衛は15歳に手を出すロリコ…ってことになるんだぞ。


「よかったわ。年の近い2人が居た方がこっちも都合がいいわ。それに色々と参考意見も聞けそうだし」


 いいんかい。

 最近のティーンエイジャーは、こんな感じなのか。

 確かに高校時代、大学生と付き合っている女子のクラスメートもいたけど…。

 白縫はまだ中学生だったけか?進んでるな…。


「そういえば、おじさん」

「ん?」


 何かを思い出した白縫が、またしても俺をおじさん呼びし、声をかけてきた。


「パパから手紙を預かっていたんだったわ。ハイこれ」

「手紙?」


 白縫からきっちり封をされていた手紙を受け取ると、早速内容を確認した。

 そこにはワープロでこう記されていた。





 ====================



 はじめまして


 今この手紙を見ているという事は、私の

 依頼を受けてくれたということだろう。

 まずは礼を言わせてくれ。ありがとう。


 聞いていると思うが、今回の依頼は私の

 娘である千歌を明日の午後8時まで護衛

 してほしいという内容だ。日中の過ごし

 方は千歌の意思を最大限尊重しつつも、

 危ない事は極力避けるようにしてくれ。


 原則、千歌からは目を離さないでいて

 ほしい。トイレも、君が男性なら仕方

 ないが、女性であれば中まで同行して

 護衛を継続してくれ。


 千歌には宿泊先として、横濱ロイヤル

 インターナショナルホテルの一室を

 予約しているが、3人部屋でおさえて

 ある。また、隣の部屋も同時に予約

 しているので、千歌に確認し同室宿泊

 が無理そうなら隣の部屋の方を使って

 くれ。どちらも白縫で予約してある。

 もし事前に自分用の宿を予約している

 なら、キャンセルしてくれ。後ほど

 かかった諸費用を請求してくれれば、

 報酬とは別で支払わせてもらう。

 食事なども千歌の意見を尊重し、一緒

 に取って欲しい。それらの費用も後で

 もちろん支払う。


 私からの要求は以上だ。

 明日の午後8時になったら下記番号に

 電話をかけてくれたら、その時に

 待ち合わせ場所を指定させてもらう。


 それでは、千歌をよろしく頼む。



 ====================





 一通り読み終えた俺は、手紙をいのりにも渡す。

 いのりは手紙を愛にも見えるように持ち、2人で読み始めた。


「読み終わった?おじさん」

「ああ、宿泊先なんかが書いてあったよ」

「そう。ロイヤルインターでしょう?」

「よくわかったな」

「ママが生きていた頃、3人でよく行ったもの」

「そうか」


 お母さんを亡くしている事をサラっと話す白縫。

 特に落ち込んでいたり悲しんでいる様子も見られないので、俺も触れる事はしなかった。

 やがて2人も手紙を読み終わり、白縫がそろそろ出発しようと言ってきた。


「どこに行くんだ?」

「おじさんには早速だけどやってもらいたいことがあるの」

「何だよ…」


 白縫が、ニヤリと笑ってこう告げた。


「に も つ も ち よ♡」









 __________________________








「なーんか…」


 駅前にある商業ビルの2階カフェスペース、その窓際の席で男が眼下にある街の様子を見ていた。


「私服警官多くないですか…?」

「そうねー」

「しかも、ただの警官じゃない。特対が何人も混じっているわね」

「だな…」


 窓際の席には男女2人ずつ、計4人が横並びで座っていた。

 皆が街の様子を見て、同じような感想を述べている。


「俺らの計画、バレてね?」

「あー、そういうこと」

「いや、それはないよ」

「なんで?」

「もし仮にバレてるとしたら、このあたりに配置するのはちょっとおかしいじゃない。もっと近くに配置するだけでいいワケだし」

「なるほどね」

「多分、満遍なく人員が配置されているハズよ。もちろん目的の場所にもね。つまり警察は、私たちが"出現するかも"って事で動いている可能性が高いわね」

「まあ、あのカタログは一般に出回っていますし、最近の我々の知名度なら純潔の輝石を狙いに来ると思われるのも仕方ないかもしれませんね」

「そういうこと」


 街にやたらと多い私服警官、さらに特対らしき能力者の存在に、自分たちの目的が警察に筒抜けではないかと疑う面々だった。

 だが1人のメンバーがその線を否定すると、その推理にみな一応の納得をしていた。


「引き続き、街中を歩くときは泉気を消すのを忘れないで」

「問題ありません、ここに来るまでにチャクラは一切見せていません」

「私も私もー。巫力を消すのは一番得意だよ」

「俺もオーラを消すのには抜かりはないぜ」

「いいかげん統一しなさいよ…」


 4人は能力者の体から溢れるエネルギーを思い思いの単位・呼称で表現していた。

 一応、警察は気泉から溢れるということで"泉気"と便宜上使用しているのだが、別にそれが正解というわけではない。

 故に皆が好き勝手に呼んでいるという状況も、能力者集団の"あるある"と言えるのだった。


「まあ、さっきは一瞬疑っちまったがよォー…」


 一番ガタイの良い男が、手を頭の後ろで組み背もたれに思い切りよりかかる形でリラックスしながら他の3人に語り掛ける。、


「俺ら4人がいれば、どんな警戒網が張られてても支障はねーしな」

「…ですね」

「うん」

「ま、顔が割れてなきゃの話だけど、そうね…。アタシたちの能力なら今回も捕まらずに実行する事は容易いわね」


 彼らはお互いと自分の能力に絶対の自信を持っていた。

 それは結成以来一度も窮地に陥らず目的を達してきたという経験に裏打ちされたものであった。

 かつては能力者組織にアジトの場所をつき止められ攻め込まれたりしたものの、彼らにとってはそれも些事であった。

 事実その襲撃でもメンバーは誰一人傷を負うことなく、未だに彼らの情報は彼らが自分で残した「組織名と人数」以外まだ掴まれていないため、気持ちが大きくなるのも仕方のないことだった。


「あ、リーダーからメールが来たよ」

「なんだって?」

「えーと…『警察の気はこっちで引いておくから、計画は予定通り実行で』だって」

「ん、りょーかい。じゃあそろそろ向かおっか」

「ですね」


 4人は飲んでいたグラスやカップをカフェの下げ台に置くと、店を出た。

 やがて商業ビルからも出ると、日差しが降り注ぐ中目的地へと歩みを進め始めた。


「じゃあ手筈通りに、まず矢井田やいだが乗り込んで…」


 丁寧語で話す物腰柔らかな青年【矢井田やいだ そう】は一番槍に指名される。


「はい。もし私が部屋に入って3分以上連絡をしなかったら、しのぶさんと明衣めいさんで部屋に攻撃を仕掛けてください。その時は私ごとで構いませんのでお願いします。敵の能力などで情報を抜き取られる危険性があるので、その前に全員始末してください。お宝はそのあとゆっくり回収すればいいでしょう」

「そこまでしなくてもね…。まあ、そんなことにはならないと思うけど」

「うん、創ちゃんが居なくなると淋しいよー」


 この4人の中で一番リーダーシップを発揮している女性が【渡会わたらい しのぶ】。

 そしてくだけた喋り方の女性が【城戸きど 明衣めい】、メンバーの中で最年少だ。

 2人は能力の性質上、一緒に組むことが多かった。

 それは組織の中で最も殺傷能力の高いコンボを生み出すことができるからだ。


「ありがとうございます。そうならないように確実にやりますね。雄吾ゆうごさんは終わったころに連絡しますので、運搬をお願いしますね」

「おうよ!」


 運搬役を任された【小野おの 雄吾ゆうご】は勢いよく返事をする。

 この4人が【全ての財宝は手の中】の今回の実行部隊だった。


「それじゃあ、やろうか」


 4人はお目当ての財宝求めて街を進むのだった。




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