第33話 雨降って(前編)

「いのりを…娘を返してくれ!!!!!!!」


 南峯司が住宅街の路地で叫んでいる。

 一軒の民家の2階に向かって。


 Neighborの連中が南峯を監禁するのに使った民家。

 所属している誰かの持ち家なのか本来の持ち主から無理やり奪ったのかは不明だが、俺が誘拐されている事に気付いた皇居の交差点から少し離れた、閑静な住宅街の一角に建てられていた。


 その家の2階の一室から外を覗いているのは、俺と、南峯財閥の次女・南峯いのりだ。

 俺はいのりを誘拐した三人の内の一人から拝借した黒の目出し帽に黒のコートというを身に纏い、いのりを後ろから羽交い絞めにしナイフを突き付けていた。


 羽交い絞めと言っても手に力なんてこれっぽっちも込めていないのでただ添えているだけなのだが、事情を知らない人間が見たら俺がいつ斬りかかるのかと気が気じゃないだろう。

 ましてや司にとっては一人娘が危険にさらされていると思っているのだから、叫ぶ声からは必死さが見て取れる。



「返せだぁ…?」

「そうだ、金ならやる!だから娘を早く解放してくれ…!」


 司は、いくら欲しいんだ?と、こちらの要求をそのまま受け入れんばかりのトーンで訪ねてきた。

 1億円用意しろと言えば本当にすぐ用意しそうな勢いだ。

 それほどまでにいのりの解放を急いていた。

 だが残念ながら、俺の目的は金ではない。故に、娘の解放はもう少し先だ。


「オイオイオイ。返せって…一度は自分で手放したクセに、今更何言ってんだァ?」

「っ!?」

「そんなに大事だったんならよぉ、何で手放したんだって話だろうがよ!!」

「…」


 俺は大げさなくらい露悪的ろあくてきに振る舞って見せた。

 大げさに、ザクリと司の古傷を抉った。

 自分の娘を、一度は警察に差し出したという古傷を。


「なんでお前がそんなことを知っている」という当然の疑問も出てこないくらい司の心にクリーンヒットしてしまったようで、押し黙ってしまった。

 そして俺のすぐ前に居るいのりも、表情こそ分からないが意気消沈しているに違いない。


 だが俺は司の事を糾弾したいわけでも、罪の精算をさせたいわけでもなかった。

 俺が今日こんな大胆な作戦に打って出たのは、二人がお互いをどれだけ想っていたかを確認してもらう為なのだから。


「…」


 司はまだ俺に反論してこない。

 複雑な表情で、自分の過去を反芻はんすうしている様子だ。

 黙られたままでは先に進まないので、俺は助け舟を出すことにする。


「別にいいじゃねーか。怖くなって手放したんだろ?もう愛してもないんだからさ、そんな大枚はたいて取り戻さなくてもよ?」

「なっ…!?」

「我が身可愛さで遠ざけようとしたんだもんな、流石はってところだな」

「違う!!」


 俺の煽り、もとい助け舟に対して司は今日イチの大きな反応を見せた。

 閑静な住宅街に男の叫び声がこだましている。


 妙なのは、これだけの人、これだけの騒ぎにも関わらず近隣の人間が様子を見に来ようともしていない点だ。

 普通、土曜日の日中ならば誰かしら家にいるだろうし、司の声に反応して家の外に出ないまでも家の中からコッソリ覗いている者が居てもおかしくないのだが。

 視力を強化して一度見まわしたが、少なくとも見える範囲でこちらの様子を伺う人間は居なかった。


 そしてもう一点、警察の様子だが。

 先ほどから一切のアクションを起こさない。

 いくら人質を取っているとはいえ、俺と司の会話をずっと静観しているだけだ。

 俺は強行突入に備え、事前に民家の全ての戸や窓には鍵をかけ、家全体の強度を能力で高めている。

 だが、突入のタイミングを伺っているといった様子は微塵も見られない。


 つまり、初めからこのやりとりが茶番だと知っているということ。

 反応を見ていると、俺が色々と頼んだ清野以外では鬼島と大月も知っているようだ。

 装備を身に着けた他の職員は動きこそ見せないものの、ソワソワしている様子が見られる。

 事情が分からないが、待機を命じられているので動けないだけだろう。


 真白は、不安そうにこちらを見ていた。

 いのりにナイフを突き付けているのが俺だという事には気付いている。

 しかし最低限のメールしかしていないので、混乱しているのだろう。


 状況をまとめると、清野あるいは清野から話を聞いた鬼島あたりが、周辺の人払いや職員に手出しをしないよう配慮してくれている。

 鬼島と大月の姿が見えた時は、能力者にガチ突入されたらどうしようかと思ったが…

 思い付きの行き当たりばったりな作戦で、最低限の指示しかしていないのに、よくこれだけ動いてくれたと感心してしまった。

 清野にはマジで今度なにか奢ってやろうと思った。


 さて、ここまでお膳立てしてもらったのなら、思い切りやれるな。

 完遂してみせよう。



「違うって、何がだ?お父さんよォ!」

「私は今でも…ずっと娘を愛している!!」

「なら何で警察に差し出した?嫌がっていたろうに」

「っ…それは、ウチよりも、警察の方が幸せに暮らせると思ったからだ…同じ境遇の人もたくさんいると言うし…」

「娘の為を思ってのことなら、どうしてその後は家で普通に過ごさせたんだ?中途半端じゃないか。警察に差し出したかと思えば、その後は何も言わず家に置いて」

「…」

「まるで、に娘を手放してしまったかのような」

「…!」


 言葉は発しないが、驚いているのは伝わって来た。

 どうやら図星だったらしい、

 先ほどから内部事情に精通していることを指摘されないかとか、そもそも南峯を手放した理由が見当違いだったら…と不安もあったが。


 あーこわかった…


「娘の為っていうのは建前で、本当はもっと利己的な理由だったんじゃないか?例えば…心の中をどうしても見られたくない理由があったとか」

「…」

「どうなんだ?」

「……私は」


 ようやく重い口を開いたかと思えば、司はとんでもないことを呟いた。



「私は…鬼だ…」


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