第26話 決別
『旦那様?どうかしましたか』
警察との話し合いが始まって20分ほど経った頃、突如客間の扉が開かれた。
部屋の前で待機していた世話係の黒木は、姿を見せた司に向かって声をかけた。
『……黒木さん。悪いんだけど、頼まれてくれないかな…?』
『! はい、なんなりと…』
主の頼みに二つ返事をした黒木であったが、心の中にはモヤモヤとしたものが渦巻いていた。
先ほどまで毅然とした態度でいた尊敬する主が、この数十分の間で様子がすっかり変わっていたからだ。
しかし黒木は中で何があったか聞きたい気持ちをグッと堪え、主からの依頼を遂行するべく気持ちを切り替えた。
司の方も、例え今聞かれていたとしても"まともに答えられる"ような精神状態ではなかった。
まともに答えるというのは、超能力の事を黒木には明かさずに誤魔化すという事だ。
多くの情報と真実を頭の中で整理しきれていない司には、恐らく黒木からの問いを上手く躱すのは無理だっただろう。
今は黒木の忠誠心が、能力の公開によるペナルティから二人を守ったと言える。
彼女はどこへ出しても恥ずかしくない、立派な世話係であることは間違いなかった。
そして司は黒木がいのりを部屋に呼びに行っている間も、客間の前の廊下で頭を悩ませ続けていた。
____________
『呼んで参りました、旦那様』
『ああ…ありがとう』
『おとーさん、どうしたのー?』
部屋へいのりを呼びに行ってから5分もしないうちに黒木が戻ってきた。
しかし黒木が連れていたのはいのりと、いのりの世話係の愛もだった。
『ご当主様、このような夜分にいかがなさいましたか?』
よく見るといのりは、愛の手を握って歩いてきていた。
そして時々あくびをしながら必死に眠気を堪えている。無理もない。
既に時刻は22時頃。10歳のいのりは恐らくもう寝ていたか、寝る直前だったのだろう。
愛の同行は、世話係として当然の介助であった。
司は少し考えた。
鬼島にいのりを呼んでくるよう頼まれていた司だが、果たして鬼島は愛の同行を許してくれるだろうか、と。
この後は当然鬼島からいのりに先ほどの説明をするハズだ。
だが能力の秘匿義務がある以上、鬼島が簡単に他人の同席を許すとは思えない。
普通なら部屋の外に黒木と愛を待たせて、司といのりの二人で部屋へ入るべきだった。
しかし司は、いのりと二人だけで再び部屋に入るのに抵抗があった。
それは、鬼島がいのりに超能力の説明をした"後"の展開を想像しての事だった。
なので司にとっては、いのりと自分以外の第三者として自然に同席できそうな愛の登場は、僥倖であったと言える。
『いのりと愛に客が来ているんだ』
『お客…ですか?』
『ああ、そうだ。一緒に来てくれるね?いのりも』
『…うん』
『わかりました…』
『黒木さんは引き続きここで待機してくれ。何かあったら呼ぶから』
『承知いたしました…』
結局、司は愛も一緒に刑事に会わせることにしたのだった。
一人の男の身勝手に付き合わせてしまう事に罪悪感を覚えながらも。
司以外の3人は、いつもと違う司の様子に戸惑いながらも従うほかなかった。
____________
『お待たせしました』
軽くノックをし、鬼島を待たせている客間の扉を開け、入室した。
『連れてきていただけましたか…おや?』
客間で待っていた鬼島は、予期しなかった
鬼島、大月のどちらもが瞬時に"サーチ"を行い、愛を確認した。
そして愛が非能力者であることが分かると、サーチを解除したのだった。
常日頃から能力者を相手に仕事をしている2人にとって、未知の人物と相対した時のサーチは、取って然るべき行動だった。
それはもはや反射レベルといっても過言ではない程、自然に素早く行われた。
これら一連の行為は、当然司たち3人には全く悟られることは無い。
『そちらのお嬢さんは…?』
『私はいのりお嬢様付きの世話係をしております、真白愛と申します』
『世話係…ですか』
『はい』
鬼島は少し考え込むようなそぶりをしていた。
この世話係を話に加えて良いかということでだ。
本来未成年の新規能力者に接触するにあたり、同席を許可する保護者は両親ないしは血縁関係にある祖父母、兄弟から最大でも2名が基本だった。
2名未満ということはあっても、3名以上では漏えいのリスクも高まり、結果として保護者まで危険にさらすことになってしまうので警察からの推奨はしていない。
漏えいしてしまえば家族であっても当然ペナルティを課さざるを得ないので、人数制限は言わば一般人である保護者を守るための配慮といえる。
鬼島は事前の調査で、南峯家の家族構成を把握している。
なので説明すべき保護者は父の司以外には母親だろうと思っていた。
『よろしいのですか?南峯司さん』
実際、警察は超能力の事を知っている一般人をすべて把握しているワケではない。
例え鬼島たちが帰ったあとにこっそりと家族内で情報共有をしたとしても、それを直ぐに察知することは不可能だ。
しかし今日この場にいる者に説明を行い立ち去った後は、例え母親でも能力の存在を知っていることが警察に知られてしまったらペナルティが課せられる。
このことは先ほど既に司には説明済みだ。
それを踏まえた上で「この世話係で良いのか?」という鬼島から司への最終確認だ。
『…はい、構いません』
司は一度つばを飲み込み、なんとか返事を絞り出した。
まだ事情を知らないいのりと愛は、大層緊張している自分の父/主を心配そうに見る事しかできなかった。
『…分かりました、良いでしょう』
そこから鬼島たちは自己紹介と超能力の証明を先ほど司にしたように、いのりと愛に行った。
まだ幼いいのりには警察と所属部署を名乗ってもいまいちピンと来ていなかったが、空中浮遊の
いのりよりも少し年上の愛は、警察と聞いた瞬間こそ非常に緊張した面持ちになったが、同じく超能力証明の為に体を浮かび上がらせられた際は少し楽しそうにしていた。
後から来た二人にも超能力の存在、そして鬼島たちの仕事について説明が終わると
いよいよ本題にとりかかった。
『いのりちゃん。今日おじさんたちがここに来たのはね、君が使えるようになった超能力について話を聞きたかったからなんだ。ここ最近で不思議な力が使えたりしたよね?』
『うん』
『それはどんな力かな?』
『あのね、相手の思っていることが喋らなくても分かるの。おとーさんたちは信じてくれなかったケド…』
『そうなんだ』
もちろん鬼島たちはここに来る前に、南峯家の誰にどんな能力が目覚めたかをある程度把握していた。
それは警察内部にいる超能力を探る能力者によるものだ。
あえていのりに能力を聞いたのは、ここに呼んでくる時に口裏を合わせて実際の能力とは違う能力のフリをしていないかどうかの確認のためだった。
よくあるのが、例えば"人を操る能力"を手に入れた者が警察よりも先に能力者集団に声をかけられ、その後警察が訪ねて来た時に別の能力者のフリをさせられるというケースだ。
もし本来の能力による犯罪行為が発覚しても、容疑者から外れるだろうという目論見でそのようなフリをさせているのだ。
当然嘘の能力を申告した場合には、本人とそれを行わせた人間・組織がいれば警告、または悪質な場合にはペナルティが課せられる。
『じゃあ今ここで、おじさんが思ったことを声に出して読んでもらえるかな?』
『うん、わかった』
鬼島はいのりが嘘の能力を申告しなかった事に内心ホッとしながら、続けていのりの能力の証明・確認に移行した。
『…』
『2、3、5、7、11、13…なにこれ?』
『…』
『そすうって言うんだ』
『…』
『3か月前くらい』
『…』
『ううん、急に聞こえてきたの。事故とかけがとかはしてないよ』
『…』
『知らない人に声とかかけられたこともないよ』
少しの間、無言の鬼島といのりの会話が続いた。
傍から見ると独り言を言っている少女を無言で見つめるおじさんという奇妙な絵面だったが、会話がつつがなく進んでいるのが少女の能力が本物である何よりの証拠だった。
『ありがとう。君の能力は確かに本物だね。ここまで正確に分かるなんて大したもんだ』
『えへへー』
『…』
いのりは褒められて、満更でもないといった顔をしていた。
これまで司と愛に散々説明しても全く信じてもらえなかったので、嬉しかったのだ。
反対に司は、いのりの能力が本物であること、その精度の高さが証明されていくにつれ顔から血の気がどんどん失せていった。
『さて…司さん、これからの事なんですが』
追い打ちをかけるように、鬼島が司に声をかける。
『いのりさんの進むべき道は二つあります。一つはこのまま超能力のことを周りに隠したまま生活していただくこと。当然、情報の漏えいは重罪ですので気を付けて過ごして頂く必要がございます。もう一つは、我々の組織に入って頂くことです』
『警察に…?』
『ええ。詳細はお教えできかねますが、未成年の能力者が所属する機関が存在します。そこで高校卒業の年齢になるまで座学や訓練を受けて頂き、その後「警察官採用試験Ⅲ類」というものに合格してもらいます。そこからは私のように超対と兼任でどこかの部署に所属となります。保護者の皆さんがよく心配されるのですが、人体実験だとか不当な扱いを受けるような事は断じてありません』
鬼島が示した二つの道。
一つはこれまで通りの生活を続けること。ただし能力はみだりに使わない。他人には話さない、非能力者に能力を使用して不利益を与えない、などなどなど…
様々な制約の中で生活をしなければならず、非常に窮屈である。
しかも未成年の場合、同様の制約が保護者にも課せられるので、本人だけが気を付ければ良い成人の能力者とは少し事情が異なる。
もう一つは、警察の特殊機関に属すること。ここでは所属してから18歳までの間、勉強、武術、超能力などあらゆる訓練を受ける。そしてその後警察官採用試験・Ⅲ類を受けて立場的にも警察官となる。
ただし警察学校を出た後の人事は一般の警察官とは全く異なる。
なので一般の警察官と同じなのは、試験と警察学校の時くらいである。
もちろん特殊機関に所属してから警察官になるまでは、家に戻る事は基本的に無い。
鬼島は主に司に向けて一連の説明をしている。
愛は大体の内容は理解していたが、いのりは難しい部分は良く分かっていなかった。
ただなんとなく、自分の事で良くない話をしていることは察知していた。
自分だけが家族から離れてしまうかもしれない、という一抹の不安。
だが、自分の父が自分の事を見捨てるハズがないと信じていた。
しかし…
『とまあ、いのりさんの進路はこのような感じになります。急に決めろと言われても困るでしょうから、1週間後にまた来ます。その時にお返事をお聞かせください。我々の組織に預けて頂く際の他のご家族への説明では、くれぐれも能力のことは伏せて頂くようお願いします』
両親がいるにも関わらず、説明にそのどちらかが来ない場合、仮に警察組織に子供を預けることに決めた時の、来なかったもう片方の親御さんへの説明が非常に難しいのだ。
警察学校にスカウトされた、全寮制の学校に入れることにした等言い回しは何でも良いが、父親が母親に、母親が父親に内緒で決めたということは両者にかなりのパワーバランス差が無い限り通らない。
もちろん司には事前に進路に関する説明をすることも伝えてあった。
逆に言えば、今ここに母親を呼ばなかったということは、何があっても手放す気は無いという気持ちの表れであると、鬼島は解釈していた。
だから、次の司の言葉には鬼島も少々驚かされたのだった。
『鬼島さん』
『はい?』
『娘を、どうかよろしくお願いします…』
___________________
私はご当主様の仰っていることがよく理解できませんでした。
訪ねてきた鬼島と言う警官の方が、逆に
『いや、今すぐに決めろと言っているワケではありませんよ。いのりさんとよく話し合ってそれから決めてもらえれば良いですから…』
などと言う始末。
それからお嬢様は泣きながら抵抗して、部屋を出て行ってしまわれました。
ご当主様も抜け殻のような状態で部屋を出ていき、副係長の黒木さんに介抱されて部屋に戻りました。
残された私は仕方ないので、警官の方の対応を続けることに。
『ああ、こうなってしまったか』
『…どうすれば、良いでしょうか?』
『ご本人の同意が無いとこちらに来てもらう事はできないので、これまでの生活を続けてもらうことになりますね。もし万が一、いのりさんがこちらに来るということでご納得頂けるようでしたら…』
そう言って、鬼島は胸ポケットから名刺を取り出すと、裏にペンで自身の携帯番号を素早く書いた。
『ここに連絡してください。そしてくれぐれも、いのりさんには能力を他人に話さないよう徹底してあげてください』
『はい…』
『この家でいのりさんを守ってあげられるのは、君だけかもしれないのだから』
『え…?』
『それでは我々は、これで失礼します』
そう言って帰る二人を、私は玄関の外まで見送りました。
帰り際に大月と呼ばれていた同い年くらいの女の子が、私にこう言いました。
『親なんて、あんなもんだから。これまで訪ねた家の親も大体そうだったわ…』
『大月君』
『はい。お嬢さんのこと、守ってあげてね。それじゃ』
そうして、二人の警官は屋敷を後にしました。
それ以来、二人が再び屋敷に来ることはありませんでした。
それから、ご当主様はいのりお嬢様を説得するわけでもなく、またお嬢様もご当主様には心を閉ざしてしまい、二人は会話をすることなく今日まで過ぎました。
私は幼いお嬢様に、能力を他の人に話さないよう必死に理解させ、また私自身も最大限フォローしてきました。
お嬢様は、ご当主様は自分の事が嫌いだから捨てたと言っていますが、私はそうは思いませんでした。、
だって、ご当主様はあの夜、私に
『愛、済まないが…いのりのことを守ってやってくれ…私にはもうその資格は無いから…』
と言ってきたのです。
そして、必要であればいくらでも援助を惜しまないから、いのりお嬢様が一人で生きていけるようになるまではよろしく…と。
これは私がお嬢様にお伝えしてもしょうがない事…
本人同士が歩み寄って気持ちをぶつけ合わなければいけないのです。
5年近く頑なな態度を取っていたお嬢様が急にご当主様に話しかけようとした時は驚きました。
結果こそ、ご当主様に無視されて徒労となってしまいましたが…
この心境の変化はなんだろうと思っていたところに、この男の存在が出てきました。
塚田 卓也
彼もお嬢様と同じ能力者とのことでしたが、接し方がずいぶんと違うなと思いました。
お嬢様は半年前くらいにNeighborとかいう胡散臭い組織に入り浸るようになってましたが、そこでもあまり馴染めないでいるようでした。
自分の心が読める相手と親しくしようとする人は中々居ないでしょうからね。
ですが塚田さんは会って1日でお嬢様の心境を変え、相談にわざわざ家まで行くようになる存在なんですから、私はすごく期待してしまってます。
もしかしたらお嬢様とご当主様の関係を変えられるかもしれない、と。
__________________________
「以上が、お嬢様の身の上話です」
「…」
今朝親父さんと喧嘩したというのは、5年前から続く確執の一部だったんだな。
そして俺は真白の説明を聞いて考えていた。
どうして親父さんは急に娘を警官に預けようと思ったのか。
そして以降、追い出すでもなく、歩み寄るでもなく中途半端な状態を維持しているのかを。
娘の能力が気持ち悪かったり怖かったのなら、特殊機関とやらに渡す方法はいくつかあったハズだ。
例えば「他の家族に能力の事をバラそうとしている!」とかでっちあげる。
そうすれば警官も何かしらアクションを起こさざるを得ないだろう。
その場合は預けるというより追いやるといったニュアンスが正しいが。
そういった強硬手段を取らないのだから、嫌っているということもまず無い。
だとしたら何だろう…何で親父さんは南峯を預けるなんて即答してしまったんだろう。
俺があらゆる可能性を探っていたところ、南峯が語り始めた。
「昨日アンタが私に言った事が不思議と胸に響いたから、自分からお父様に歩み寄ろうって思ったの。ちゃんと言葉で気持ちをぶつけてみようって、そう思えたの。結果はダメだったけどね…。今日ここに来たのは、もしかしたらアンタが何か名案をくれるんじゃないかって勝手に期待しちゃっただけなの。迷惑だったでしょ、ごめんなさい…」
しおらしい南峯の態度に、俺も昨日その場しのぎの言葉をかけてしまったことを反省した。
長年に渡る父娘の確執を知らずに、軽はずみな発言をしてしまったことを。
でもその上で、俺はさらに言葉をかけた。
「もう諦めちまったのか?」
「え?」
「結果はダメだったって、まだちゃんと話せてないだろ?それで諦めるのは早いぜ」
「…」
「昨日は事情も知らずに分かったような事を言って悪かった。それでも、ちゃんと親父さんとは話し合うべきだ。南峯はまだ親父さんのことを知らないんだと思う」
昨日も南峯に言った事だ。
テレパシーが使えたからって相手の事が全て分かるわけじゃない。
ましてや言葉も交わさないのに、自分の事を嫌っていると思うなんて早計だ。
だから、諦めるのはまだ早い。
「それもそうね…まだ、話せてないんだものね」
「お嬢様…」
「ありがとう、私もう少し頑張ってみるわ」
「ああ、その意気だ」
離れている父娘のうち、娘の方は一歩前進した。
あとは親父さんからも歩み寄れば、きっと二人は仲良くなれるはずだ。
でも、男は年を取るにつれ頑固になっていって、中々一歩が踏み出せない。
その一歩をなんとかしてやれればいいんだが…
俺は二人(と見張りのオニイサン)が帰ったあと、何か役立つような助言が出来ないもんかと、一先ずインターネットで親父さんの事を調べていた。
とあるネットニュースの記事には
■財閥の経営難を救った、稀代の敏腕社長!!その大胆な再建計画とは!?
と書かれていた。
内容は、親父さんが一時期経営が苦しくなっていた南峯グループを、大規模な人員整理や方針転換を行い見事に立て直したというものだった。
確かに大学の経営学の授業でも取り扱っていたし、当時テレビでも取りざたされていた。
時期はそう、ちょうど5年くらい前だ。
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