第25話 二人の訪問者

『ふぅ…』


 六畳ほどの書斎の隅で、男は進めていた仕事を区切り一息ついていた。

 財閥当主の書斎にしてはいささか狭いとも思えるが、本人曰く「この方が落ち着く」とのことで、仕事を家に持ち帰ってやる時は好んでこの部屋を使用していた。

(もちろん部屋は他にもたくさんある)


 一口すすったコーヒーはすっかりぬるくなっていたので、男は新しく淹れ直そうと席を立った。

 するとその時、書斎の扉が強めに3回ノックされた。


『はい』

『旦那様、黒木です!今、宜しいでしょうか!?』

『どうぞ』

『失礼します!』


 書斎の主の許可が下りたので、黒木と名乗る中年女性が書斎の扉を開けた。


 黒木は現在この家の世話係の副係長を務めており、普段は冷静沈着で物腰穏やかな女性だ。

 しかし今はそんな普段の態度はどこへやら、非常に慌てた様子だった。

 男もそんな普段とは異なる世話係の様子に、何事かと気を引き締めた。


『どうした?』

『旦那様!じ、実は今、警察の方が訪ねてきて…捜査に協力をと言ってるんです…!』

『捜査…?』



 男にとっては全く身に覚えのない話だったが、それでも警察と聞くと緊張感が湧く。

 自分以外の誰かの件で…とか、会社の件で…とか。

 可能性を頭の中で探していくとキリがないくらい、彼は立場上多くの人と関わっている。


 この書斎の中だけで答えにたどり着くのは不可能と見るや、男はすぐに頭を切り替えた。

 そして目の前にいる珍しくオロオロしている世話係に指示を出した。


『黒木さん、その警察の方を客間に通しなさい。私が応対します』

『は、はい!』

『それと…』


 当主、南峯 つかさは黒木に向き合い毅然きぜんとした態度で言う。


『何も後ろめたいことはしていないのだから、狼狽えるものではないよ。大事な客人を迎え入れるような態度で接しなさい。いいね?』

『! はい!』


 黒木は焦らず、かつスピーディーに玄関へ訪問者を迎えに行った。

 当主の一言のおかげで、彼女の顔から不安はもう感じられない。

 これならばいつもの素晴らしい接客応対が期待できるだろう。


 司もすぐに私室に向かい、警察と話すため着替えなどの準備にとりかかった。





 ___________________








 司が着替えを済ませ客間に向かうと、部屋の前には黒木が立っていた。

 理由はもちろん主が来るのを待っているためだ。


『待たせたね。相手は何人だい?』

『二人です。40代くらいの男性と、中学生くらいの女の子が…』

『中学生…?本当なのか?』

『はい…』


 中学生と言えば、この家の三男と同じくらいの年齢だった。

 そんな年端もいかない子が何故警察と一緒にこんな時間にいるのだろうか。


 明らかに普通ではない状況に、再び司の中で緊張感が増していく。

 だが客間に上げてしまった以上、ここでやっぱり帰ってくれというワケにも行かず覚悟を決めて話をすることにした。だがその前に


『黒木さん、警察が来たことを知っている人は他に誰がいるかな?』

『えーと、私と守衛の者以外には居ない…と思います。時間も時間ですので』

『そうか…』



 現在時刻は21:30を回っている。

 家族も世話係も皆とっくに夕食を済ませ、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。

 世話係に関しては真白のような家族専属の者から、屋敷の管理をするものまでほとんどが朝早く活動を始めるので、既に寝ているものも少なくない。


 日中であれば、訪問者が来ればまず守衛室から屋敷に内線が入る。

 内線を一番に受けるのは下の階級の世話係で、受けたものが直接応対をし、それを上の階級の世話係に報告する。そしてその目的や内容に応じて、通すかお引き取り頂くかの判断をする。

 上の階級の世話係でも判断しかねる場合に、係長あるいは副係長に判断を仰ぐというフローになっていた。例えこの家の子供たちの学友であっても、南峯家の人間が最初に客の応対をするということはまず無い。


 そして今は守衛室からの内線を取ったのが、持ち回りの夜勤当番だった副係長の黒木だったため、この屋敷に警察が訪ねてきたのを知るのは同じく夜勤の守衛と黒木の2名のみだった。

 相手も徒歩で2人のみの来訪ということもあり、音を聞いた野次馬が外を見ていたという可能性も限りなく低い。


『すまないが家族に心配をかけたくないから、捜査の内容が明らかになるまでは他の人間には言わないでもらえるかな?もし誰かに聞かれたら私の友人が訪ねてきたとでも言っておいてほしい』

『かしこまりました。守衛の者にも口外無用と伝えておきます』

『助かるよ』

『それでは私は部屋の外におりますので、何かありましたらお呼びください』


 司の「他の家族に心配かけたくない」という気持ちと、警察が強いる「能力の秘匿」が結果的に噛み合う事になったのだが、司はまだそれを知らない。


 そして司はゆっくりと客間の扉を開けた。








 ___________________







 客間は12畳ほどのスペースに大きめの長テーブルが一つ置かれており、片側に5人は座れるようになっている。

 そして部屋には絵画やいくつかの調度品が飾られており、待っている間も客を退屈させないようにという司の妻の配慮によるものだった。

 値段はどれも庶民には簡単に手が出せないようなものであるのは言うまでもない。


 司が扉を開けると、二人の警察官が椅子から立ち上がりこちらに敬礼をした。

 スーツを着ている方は40代前半くらいの男で、鋭い目つきと屈強な体躯が、彼の警察官としての実力を物語っていた。

 だが問題はもう一人の方だ。


 黒木の言うように、本当に中学生くらいの女の子だった。

 体つきも小さく、お世辞にも犯罪者と相対するような仕事に従事している者には見えなかった。

 警察官のとは違うが、一応制服のようなものを身に着けているので、一般人ではない事がかろうじて分かる。分かるが…


 そんな司の視線を読み取ったのか、男の方が話し出した。


『夜分遅くに申し訳ありません。驚かれたことでしょう』

『ええ、まあ…時間もそうですけど、そちらの子は…』

『とその前に、自己紹介をさせてください。私はこういうものです』


 男は胸ポケットから警察手帳を取り出すと、司に見えるように掲げた。

 そこには「刑事局 組織犯罪対策部 "鬼島きじま 正道せいどう"」と書かれていた。

 年齢は42歳で、手帳には他にもいくつかの情報が記載されていた。

 そのどれもが、彼がれっきとした警察官であることを証明している。


『刑事局の鬼島さんですか…』

『はい。そしてこの子は、私の補佐をしてもらっている…』

『警察庁 刑事局 "" 大月おおつき なぎさです』

『頂上…なんだって?』


 大月と名乗る少女の口から出た所属部署は、司にとってはおよそ聞き馴染みが無く、思わず聞き返してしまっていた。

 それに見かねた鬼島が補足をした。


『我々は超常現象の超常と書いて、超常犯罪対策部に所属している警察官です。私は組対と兼任なので警察手帳がありますが、専任の彼女はが存在しません。

 なのでどうか私の身分だけでご納得頂ければと思います』

『…』



 あまりにも荒唐無稽すぎる自己紹介に、司は言葉を失っていた。

 それもそのはずだ。いきなり夜に小さい女の子と家を訪ねてきて、超常現象だなんだのと言うのだ。

 普通の人間であればまず正気か詐欺を疑う。というか司も半分疑っている。

 それでも半分信じているのは、この鬼島という男の態度が司を騙そうとか警察官を騙っているようにはとても見えなかったからだ。


 もしこれで偽物だとしたら、彼は一流の詐欺師だ。

 そう思えるくらい彼の態度には謎の真実味があった。

 それに詐欺師だとしたら、もう少しまともな設定を練って来いと思う。

 そう思わせるのが逆に手かもしれないが。


 とにかくいつまでもここで突っかかっていては先に進めないので、司は一先ず信じることにして、鬼島に続きを促した。


『えーつまりあなた方二人はその、超常現象による犯罪を専門とする部署に所属していて、その捜査で今日はここにいらっしゃった、ということですね?』

『信じていただけるのですか…?』

『話だけは最後まで聞きます。その後は聞いてから考えます』

『助かります。ですが我々は、まずあなたに超常現象、平たく言うと超能力というものの存在を信じてもらう必要があります。そのために彼女を連れてきました』

『信じてもらうって…』

『大月君』


 鬼島がそういうと大月は席を立ち、斜め前に座っている司に向けて手をかざした。


『…!?うおっ!』


 次の瞬間、司の体が椅子から少しだけ浮き上がった。

 そして座っていた椅子がひとりでに後ろに上がると、今度は司が机よりも高い位置まで浮き上がったのだった。

 突如浮遊感に体を支配された司は、なす術なく空中をさまよっていた。


『降ろしてあげなさい』


 鬼島の命令を合図に司の体はゆっくりと高度を下げ、同時に座っていた椅子が空中にいる司にゆっくりと近づいてきた。そして空中で司が椅子に座ると、そのまま元居た位置まで降りてきた。


 まるで宇宙空間のような体験をした司は、早まっている心臓の鼓動を必死に抑えようとしていた。

 そしてある程度落ち着いたところで、鬼島が司に語り掛けた。


『いかがでしたか?今のは彼女の超能力によるものです』

『…』

『他にも火を出したり、傷を治したりする超能力者もおりますが、一番手品だと疑われないのが彼女の念動力かなと思い連れてきました』


 確かに鬼島の言うように、目の前で火を出されたりしても、何か仕掛けがあるのかなと疑いたくなる。

 だがこうして何の打ち合わせもなく体を浮かばされたら、もはや疑う余地は無くなる。

 彼女の超能力は本物だと。



『…確かに、超能力というものは存在するようですね…』

『分かって頂けて良かったです』

『まだ頭の整理はつきませんが、ここまでされてしまうとね…』

『整理がつかないのは無理もありません。ですがこの世には超能力は確かに存在し、我々はその超能力を使った犯罪者を取り締まる仕事をしています』


 超能力があり、その超能力で犯罪を行うものが居て、それを取り締まる組織があった。

 司にとっては未知のエリア過ぎて、今すぐ全てを呑み込むのは難しかった。


 しかし、鬼島にとってここまでの説明は本題に入るための前段階に過ぎなかった。

 ようやく、今日ここに来た目的を話すことができるのだ。


『超能力と我々の存在を踏まえた上で聞いてください。まず捜査と申し上げましたが、別にあなたや会社のことに関して犯罪立証などをするためのものでは一切ありません。

 あくまで一般の方向けの方便として使わせてもらっていますので、ご心配されたようなら申し訳ありません』

『ああ、いえ、大丈夫です。そういうことでしたか…』



 司は一先ず安心していた。

 家宅捜索のような物騒な事にならずに済みそうだったからだ。


 鬼島は話を続ける。


『我々が今日ここにきた本当の目的は他にあります。実は我々は超常犯罪の取り締まり以外にも、新たに超能力に目覚めた人間の保護なども行っております』

『保護?』

『ええ。詳細は省きますが、超能力はある日突然目覚めたりします。そういった者たちが犯罪に手を染めたり、一般人へ超能力を流布させることの無いよう、早期に接触をします』

『なるほど…』

『一般人を傷つけない事と超能力の秘匿に同意し、危険性がないようなら元の生活を続けてもらうこともできますし、場合によっては警察へ勧誘したりもします』

『超能力のことは周りには秘密なんですか?』

『そこは絶対順守です。一般人の生活を脅かすことが無いよう、超能力に関することは公開してはならないのです。破れば、重いペナルティが課せられます』


 比較的穏やかだった鬼島の態度が、能力の秘匿に関するところの説明で変わった。

 まるで公開することがどれだけ罪深いかという事を、司に訴えかけるように。

 それは警告のようだった。



 だが司には一つ疑問があった。

 これだけ一般人に超能力を公開することの重さを語っておきながら、当の司にはあっさりと説明していたからだ。なんなら実演付きで超能力の証明を行っていたくらいだ。


 しかしそんな司の疑問は、すぐに最悪の形で解消されることになる。


『接触をするにも例外がありまして、に接触をする際には、まずその保護者に説明をした上で、ご本人、保護者含め意識確認等を行います』

『…! まさか…』

『理解が早くて助かります』


 ここ最近の娘の態度と鬼島の説明で、理解した。

 保護者というのが自分を指していることと、娘の言っていることが真実だったことに。


『我々が今日ここに来た目的は、あなたのご息女、南峯いのりさんに接触するためです』


 そうか…


『あなたのご息女、南峯いのりさんは超能力者です』




 近くにいるのに、まるでオモテとウラのように違う場所にいる。

 変わってしまった父娘の場所。

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