第24話 やさしい記憶
「真白は知っているのか…?南峯の能力のことを」
「はい」
昨日の平の話では、能力の事は一般人には秘匿されており故意・事故問わず、明かしたもの明かされたものには何らかのペナルティがあるという事だったハズだ。
であれば、真白が南峯の能力を知って尚両者が無事でいるという事は、真白も能力者である可能性が高い。
しかし、彼女らが家を訪ねてきた時からサーチでチェックをしているが能力者である証の「強いエネルギー」を纏っている様子は見られない。
何か力を隠す術を持っているのだろうか…
「あ、ちなみに私は能力者でもありません」
俺の質問に先回りするように、自ら非能力者であることを告げる真白。
そうなると、なんだ?警察にバレていないとか、そういう話なんだろうか。
「塚田さんの疑問を解消するためには、お嬢様の身の上話をしなければなりません。よろしいですね?お嬢様」
「…」
「休日にわざわざ頼りに来ておいて、何も話さないのは流石に酷ではありませんか?これでは塚田さんは休日のひとときを無為に邪魔されて、気持ちの悪いまま過ごすことになりますよ?」
すごく気を使われていることにむず痒く感じながらも、南峯の話というものがなんとなく気になりだしているので、俺は二人のやり取りを黙って見ていた。
すると
「…わかったわよ」
南峯の方が折れて、真白に自身の話をする許可を出したのだった。
その表情はやや重く、暗い。
それほど話しづらい過去を抱えていたのだろうか。
「さて、許可も頂きましたし、塚田さん」
「ああ」
「これから、どういう経緯でここに来ることになったのか。それを説明するためにお嬢様の生い立ちをお話ししたいと思います。少し時間を頂きますが宜しいでしょうか?」
「ちょいまち」
「え?」
一旦真白の話を切ると、俺は立ち上がりおもむろに台所へ向かう。
そして流しの上の戸棚を開けると、中から
更に冷蔵庫を開けると中から
ちゃぶ台の上にお菓子の皿を乗せると、元居たクッションの上に胡坐をかいて座り真白の話を聞く準備を終えた。
「さて、どうぞ話して」
「…」
真白は何も言わずサワークリームオニオン味のポテチを一つ食べると、南峯の身の上話を語り始めたのだった。
「お嬢様は有名財閥のお家に生まれ、幼少期から大変厳しい教育を受けてこられました。勉強でもそれ以外でも、南峯の人間にふさわしく在るようにと…」
「…」
「まあ、ありがちな話だな」
この国で誰もが知っている財閥の令嬢だ。
かなりの英才教育を受けているであろうことは容易に想像できた。
「お嬢様だけに限らず、お兄様お姉様方も漏れなく厳しい教育を受けて来られました。そして皆さん優秀な方たちへとなられました」
「落ちこぼれはいないってわけね」
「はい」
長男・次男・長女は有名大学を卒業し既に働いているという。
いのりのすぐ上、三男は現在大学三年生で、通っているのはこれまた有名な大学だった。
ここまで全員エリート街道まっしぐらだ。
…ということは、いのりと親父さんの折り合いが悪い原因ってもしかして…
「…? 何よ?」
俺は思わず南峯の顔を見てしまっていた。
慈愛のまなざしで…
もし俺の読み通りなら、南峯はきっとこれまで辛かっただろう。
なまじ厳格な家庭に生まれちまったばっかりに。
優秀な兄姉を持っちまったばっかりに。
バカで親父に見限られちまったんだな…
「…!」
多分能力で俺の心を読んだであろう南峯は、察したような表情になる。
確かにこれなら話したくない理由も分かる。
「ふんっ!」
「ぐぼあ!」
ベッドに腰掛けている南峯が床に座っている俺の顔面に蹴りを入れてきた。
「ちょっ!まっ!オイ!」
一度だけでなく何度も蹴りを入れてくるので、たまらず俺も腕でガードする。
あまり自身を硬化しすぎると南峯の足が痛いだろうから、程よく行使した。
それにしても衝撃が強い。結構マジ目な蹴りだった。
「八つ当たりはよくないぞ!痛て!あとパンツ見えてるぞ!」
「うるさいバカ!」
すごい蹴りが繰り出され続けている。
これは世界を狙える…
俺がアホなことを考えていると、真白がさらっと口を挟んだ。
「言っておきますが、いのりお嬢様も非常に優秀ですから」
「え…?」
「むしろポテンシャルで言えば、上の4人よりも上だと私は思っております」
「えー…」
先に言えよ。
めちゃくちゃ誤解で蹴られまくっちまったじゃねーか…
先ほどまでガンガン蹴りを繰り出していた南峯は、照れなのか気まずさなのか足を元に戻しベランダの方を向いていた。
「真白が早く言わねーから蹴られちまったじゃねーか」
「失礼しました。でもお嬢様のパンツが見えたならプラスでしたね」
「だな」
「ちょっと!」
この世話係、ノリがいいな。
まあ冗談は置いておいて。
「話を続けますね。お嬢様含めご兄妹はみな幼少期から優秀でした。なのでお嬢様がご当主様と折り合いが悪かったのは出来不出来の話ではないのです。悪かったのはタイミングと順番でしょうね」
「タイミングと順番…」
「ご当主様はお嬢様が小学校に上がったくらいの頃からは特に多忙でした。月の半分は海外に行かれていたり、日本にいる間もあちこちの拠点に出張に行かれておりましたので、家に帰ってくることは滅多にありませんでした」
国内外問わず様々な場所に支社を持つ財閥のトップだ。
社長室でふんぞり返って部下に全てやらせる、というのも難しいのだろう。
「家にいるときも、ご兄妹の近況を少し聞けるかどうかという程度でした。だから幼い日のお嬢様が褒められたくてテストで満点を取っても、帰ってくる反応は非常に淡白でした。テストの点に限らずピアノや書道、バレエなどで良い結果を出せても、お嬢様が望んだ反応が返ってくることはありませんでした…」
「なるほどな」
上の四人が同じくらい優秀な上に多忙な状況も重なって、兄姉と同じ満点・同じ優勝じゃ親父さんには響かなかったんだな。きっと教科とか競技の問題じゃなく、例え上の四人がやっていなかったスポーツで結果を残せたとしても、親父さんの寵愛を受けることは無かっただろう。確かにこれはタイミングと順番、もっと言えば運が悪かったとしか言いようがないな。
「もしかして、長男・次男・長女あたりまでは比較的愛情を受けて育てられてきたのかな」
「はい、その通りです。私も幼かったので実際に見たわけではありませんが、上の四人に付いている世話係が言うには、そのお三方は結構褒められてきたそうです」
「三男はどうだったの?」
「状況はお嬢様とあまり変わりませんでしたが、滅多に家にいないご当主様よりも奥様の方に懐いておられましたので、それほど気にはしていなかったようですね」
小さい頃は男の子は母親に、女の子は父親に懐くって言うしね。
三男は母親の愛情だけで満足したんだろう。
この娘は…かわいそうにな。
「しかし、ここまでだと父親の愛情に飢えてはいても、"こじれる"ってほどじゃないよな」
「そうですね、ここまでならまあよくある話ですね。問題はこの後です」
「問題ねぇ」
「お嬢様が10歳のころ、突然超能力に覚醒しました」
「あー…」
「ご存じだとは思いますが、お嬢様は他人の心が読めます。また、声に出さなくても相手に自分の心を発信することができる、いわゆるテレパシー能力を使うことができます」
「ああ、知ってるよ」
「ちなみに、一度交信した相手にはピン留めができるようで、現在どこにいるかが分かるそうですよ。今日塚田さんのお宅に来られたのも、それのおかげです」
「それは知らなかった」
ストーカー気質のやつがその能力に目覚めたら完全にヤバいやつじゃん。
ゴシップ記者とかにも絶対に持たせちゃいけないやつじゃん。
俺が南峯の顔を見ると「位置を把握できるのは同時に一人までよ!」と何の安心材料にもなっていない事を言われた。
昨日は彼女がテレパシストだと聞いても、別段脅威には感じなかった。
でもリアルタイムで場所が割れているってのは若干嫌だな…
そんな俺の恐怖など意にも介さずに、真白は先を続けた。
「能力に目覚めたお嬢様は、以来その能力を使ってご当主様の望みを叶えてあげていました」
「望み?」
「はい。例えばご当主様がコーヒーを飲みたい時にはすぐに用意したり、何か調べものをしている時にはその手伝いをしてあげたりと。大きいことから小さいことまで、ご当主様が心の中で望んでいることを適切かつ迅速に叶えていました」
「ほー」
南峯は親父さんがやろうとしていることの最優先事項ではなく、第2第3のタスクに必要なことを先回りしてこなし、親父さんに成果を提供していたらしい。
小学生ができるサポートなんてたかが知れていると思ったが、南峯は持ち前の頭脳と要領の良さで自身にできることを最大限発揮し、親父さんをフォローしていたという。
親父さんもかなり忙しかったそうで、娘のフォローには相当助けられたと大層喜んでいたそうだ。
「ご当主様も当時は『秘書よりもよっぽど有能だー!』なんて言っておりました。お世話係としてそばでお嬢様を見ていた私としても、努力が認められて
「…」
きっと、南峯にとっては初めての父娘らしいひと時だったんだろう。
過去を語る真白の表情が、当時の幸せで穏やかな時間を物語っていた。
でも…
「でも…そんな幸せな父娘の時間も長くは続きませんでした。南峯にあの人たちが来たことで、お嬢様とご当主様の関係は一変してしまいました…」
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『はい、おとーさん!調べものおわったよ!』
『おー!いのり!またお父さんの仕事手伝ってくれたのかー?』
『うん!』
『偉いなーいのりは。それと、愛もいつもありがとう』
『いえ、お嬢様が習い事の合間におひとりで調べておりましたので。わたくしは何も…』
『私の手伝いをしてくれるいのりの世話をしてくれてありがとう、ということだよ』
『! 勿体ないお言葉でございます…』
『えへへー愛照れてるー!』
『お、お嬢様…!』
『ハハハ』
『あははは!』
『ふふ…』
『しかし、いのりはどうしてこうもお父さんが欲しいものが分かるんだろうなー?』
『だからー!わたしにはおとーさんの考えてることがわかるんだってー!』
『お嬢様はご聡明ですからね。きっと何でも分かってしまうんでしょうね』
『そうかそうか、いのりは賢いなー』
『もー…。えへへ、まあいいや』
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10歳の私はまだまだ幼くて、全然深く考えてはいなかった。
能力も不安定で、本当に超能力に目覚めたことを証明する事が出来なかった。
もっと早くに伝えることができていたら、こんなことにはならなかったのかな…?
そんなことを思う時もあった。
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