第21話 闇夜の襲撃者
「仲間…というのはどういうことですか?」
俺は平に、仲間になる、という言葉の真意を確認した。
まさか月一で顔出すだけの関係が仲間なわけがないだろうから。
このNeighborという組織に所属することが、どこまで縛られるのか、そこを聞かない限りはYESともNOとも言えない。
俺の質問に対し、平も確認をしてきた。
「塚田君は、今は社会人だよね?」
「ええ、一般企業でサラリーマンをしています」
「そうか。我々Neighborに所属してもらう場合、今の会社は退職してもらう事になる」
そうきたか。
「と、いきなり言われても困っちゃうよね。生活のこととかどうするんだって。ウチの組織がどういう活動をしているかをそもそも話さないとね」
平は俺の疑問を先回りするように、詳細な説明をし始めた。
仕事を辞めさせるからには、当然収入の確保をさせなければならない。
そのあたりはどうなっているのだろう。
「まずこのオフィスの会社だが、これはダミーだ」
それは知っている。
調べてもヒットしなかったからな。
「しかし、Neighborの仲間になる人には、ここの会社の社員になってもらう」
「ダミー会社の?」
「ああ、ダミー会社と言ってもちゃんと給与も出るし、税金等維持費も払っている。情報収集のためのPC周りの環境も整っているし、決算だってちゃんとする。一般的なイメージの、実態の無い節税のためのペーパーカンパニー・ゴーストカンパニーとは少し違う」
そうなのか。
完全にソッチだと思っていた。
利益を分散させたり、交際費を増やしたりして、法人税や消費税を減額させたりする法のスキマを突いたアレ…
でもよくよく考えてみれば、じゃあ本体の会社はどこだって話だ。
節税をするからには、後ろに莫大な利益を生み出している会社があればこそってことだ。
この組織には当てはまらない。
「ダミーと言うのは、Neighborという組織の活動の、という意味だ。そして、Neighborは何をしているのかというと、メインは警察からの業務委託だ。だが当然【能力者集団】という看板をぶら下げて活動するわけには行かないから、一般企業のフリをする必要があるんだ」
ようやく話が見えてきた。
Neighborは警察から来る依頼をこなし、その報酬はこのダミー会社に支払われる。
そして従業員はその報酬の中から給与が支払われ、他にも通信費やオフィスの賃料がその報酬からまかなわれているということだ。
もしかしたら警察からの任務以外に、適当な業務も行っているのかもしれないが。
しかし、消費税や法人税などは特殊なルートで申告しているのだろうか。
警察からの業務委託収入の証憑で計算書類を作っても、まともな方法じゃ通らなさそうなもんだが…
それは今はどうでもいいか。
「警察からの任務は能力者絡みはもちろん、一般の事件の捜査にも協力している。ウチにもそれなりの数の能力者を揃えているから、捜査の難航しているオモテの事件でウチのメンバーの能力で適性がある場合は手を貸している。手柄は警察に全て渡す代わりに、ウチにはそれなりの報酬が入ってくる、という仕組みだ」
「ということは、Neighborの能力者の能力は全て」
「警察に通知済みだ。我々は警察公認の組織だからね。何人所属していて、それぞれ誰がどういった能力を使えるかは事前に伝えたうえで、捜査に必要な能力に依頼がかかるという流れになっている」
警察の裏と表の案件で依頼が来て、Neighborは依頼に応じて能力者を派遣して事件を解決させる。
それなりの数の能力者がいると言っていたが、それら全員を食わせるだけの報酬を得ているのだから、大したものだ。
始めは胡散臭い組織だと思っていたが、警察公認だし、ちゃんと報酬も貰えるしかなりしっかりしている所っぽいな。
「東條君なんかはまだ学生だから、本所属ではないんだ。アルバイトみたいな感じで学校が無い日や放課後にお手伝いに来てくれているんだよ」
「はい、Neighborには私が能力に目覚めて困っていた時に助けてもらった恩がありますから助けになりたいんです」
「そういってもらえると有難いよ。東條君にはしょっちゅう手伝ってもらっているからね」
二人の間には信頼関係が見て取れた。
東條にとってのNeighborは、俺にとっての女神さまだと当てはめてみれば納得だ。
彼女が居なければ困っていたどころか、今ここに俺は居ないのだから。
「俺みたいに何の能力もない、ただ気泉が開いた段階の人間でも所属できるんですか?」
「もちろん。ウチにも開泉状態の人はいるよ。東條君だってそうだ」
「…」
話を振られた東條は、何も答えずただ笑っているだけだった。
てっきり「そうなんですよ!安心してください!」とでも言うのかと思っていたから少し違和感があった。
後ろめたさでも感じているかのような、そんな反応だ。
「だが別に、気にする必要はない。別に完醒に至らなくても、戦力にはなる。先ほども言ったように、開泉だけで一般の人に比べればかなりのアドバンテージとなる。実際の依頼でも【開泉者5名】なんて条件はよくあるし、需要はあるんだよ」
なるほどな。
言ってしまえば、将棋の"歩"みたいなもんで、特殊な動きはしないが必要なコマってワケだ。
理解した。
「あともう一つ大事な点は、人間関係にある」
「人間関係?」
「さっき説明したように、一般人への能力開示は罪になる。気を付けなければ命の危険さえあるんだ。そうなると、一般人の中で生活をしていると段々と疲れてきてしまうんだ。隠そうと思っても咄嗟に強い力が出てしまったらどうしよう…とか」
確かにそうだ。
能力を使わなくても、ボールペンを指でへし折ることくらい造作もない。
そんなのがキッカケで、最終的にはバレてしまう可能性だってあるんだ。
普通なら非能力者と接するのだって、ノイローゼになりそうだ。
「あと一度仲間入りを断ったけど、結局はウチに入ったなんてケースもあるよ」
ルールを知ってから日常に戻ったら、辛かったんだな。
もう友達や恋人とは今まで通りの関係ではいられないし、ヘタしたら会社なんかにもいられない。
住む世界が変わってしまったんだろう。
俺だってそうだ…
時計を見ると、時刻は22:30を回っていた。
基本的な説明だけでもかなりの時間を要してしまったようだ。
もうそろそろ帰りたいと思っていたところに、平は再度同じ質問を投げかけてきた。
「それで、塚田君。我々の仲間に入らないかい?悪くない話だと思うよ」
俺は…
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時刻は23時少し前。
Neighborのオフィスの一室で、男が二人会話していた。
「それで平さん、どうでしたか?新入りは」
「ああ、断られてしまったよ…残念だなぁ」
「そうですか」
平は、本心から残念そうにしている。
もう一方の男は、特に感情も見せずに相槌を打った。
「大丈夫かなぁ。少し話しただけだったけど、彼いい子そうだったし。東條君や
「あの南峯がですか?」
男は初めて驚きの感情を見せた。
それほどテレパシー少女は、組織内でも気難しいことで有名だったのだ。
しかし、すぐに男から感情は消えてなくなり、話を続けていた。
「でも大丈夫ですよ、平さん。あの男はすぐに戻ってきますって。周りに能力を隠して暮らすのがどれほど大変か、まだ分かっていないだけですって」
「そうかなぁ…」
「そうですって」
平は、まあそうだよねと答えたいところだったが、断った時の塚田の態度が、高をくくっているようにはとても見えず、困惑していた。
彼なら日常でも平気で過ごしてしまいそうな、そんな空気を感じていた。
「そういえば平さん」
「ん?」
「今日の当直って、
「ああ、そうだね」
男は突然、Neighborの本日の当直係の確認をしてきた。
当直とは、一晩中オフィスに在中する当番の事を指すがNeighborで当番をするのは、必ず治療系能力者と決まっていた。
なぜなら、警察からの依頼で従業員は場合によって真夜中行動していることがあり、犯罪者との接触で急な負傷をした場合の配慮として、24時間回復ができるようにしていた。
Neighborには現在回復系能力者が3人在籍しており、中でも関という女性は最も優れた能力者と評判だった。
能力の精度もさることながら、元看護師ということもあり知識が豊富なのだ。
かつて足を切断された従業員を適切な応急処置と能力で、1時間で完全回復させてみせた。
「じゃあ平さん、俺はこれで」
当直を確認した男は、オフィスをあとにした。
「ああ、ごくろうさま」
関に用事があって確認したのかと思えば、そのまま帰ってしまった男を不思議に思いながら、平は見送ったのだった。
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「…」
「…」
オフィスを出て10分弱。
俺は神橋駅には行かず隣の
そして俺の後ろには、隣駅まで歩くから見送りは要らないと言ったのに無理矢理付いてきて一言も言葉を発さない東條が歩いていた。
俺はもう用事もないので黙っていたが、東條は何かを言いたそうにこちらをチラチラ見ている。
何かを言いかけては呑み込んで、またこちらを伺っては止めて。
それの繰り返しが5分以上続いていた。
いい加減こちらも気になるので、話を振ることにした。
「なあ東條?」
「…」
「言いたいことがあるなら、ハッキリ聞いてくれないか?さっきからチラチラと見られて気になるんだけど」
まだるっこしいのは嫌なので、ストレートに質問した。
すると、東條はおずおずと口を開いた。
「…して…ですか?」
「え?なんだって?」
「どうしてNeighborに入ってくれないんですか!?」
「ああ…」
まあそんなことだろうと思っていたけど。
しかし、東條が何故そんなところに拘るんだろう。
別に良いじゃないか、入らなくたって。個人の自由意思なワケだし。
でも「お前には関係ない」と断ずるのも感じ悪いので、俺は東條に入らない理由を答えた。
「日常の生活を手放したくないから、かな」
「日常…」
これは俺の本心だ。
今の会社、昔からの友達、家族。
これらをいきなり捨てて、俺は異世界に自ら入ろうとは思えなかった。
それくらい俺は今の日常を気に入っていた。
いや、正確には気に入っていることに気づいた、だな。西田のおかげで…
うっかりバレてしまうリスクに関しても、俺の能力があれば身体能力を常人の範疇に留めておくことは容易いと思うし、先ほどの気泉の話を聞きあとで試してみたいこともできた。
この試しが上手くいけば、俺は完全なる一般人のフリをすることもできるんじゃないかと思っている。
もちろん能力は秘密なので、そのことを東條には決して話さないが。
「バレたら殺されちゃうかもしれないんですよ!?」
「それは気をつければ平気」
「ついうっかりって事だって」
「大丈夫だって」
「うー…」
中々引き下がらないな。
きっと俺の選択に対して、東條には思うところがあるのだろう。
その本心を東條からは引き出せていない気がする。
だから先ほどから分かり切ったことしか聞かれず、ともすれば「お前には関係ないだろう」で終わってしまう会話を繰り返している。
それは、どちらも引くか、どちらかが踏み込まねば終わらない会話だった。
少し考えてみた。
何故俺がNeighborに入らないことが、東條にとって納得いかないのかを。
自分のことを良くしてくれた組織に貢献できないから。
俺のことが心配で心配で堪らない。
実は勧誘ノルマがあって、俺が入らないと達成できないから。
どれも違うな…
最後のやつ以外は、まあそれなりに感じていることだとは思う。
オフィスへの行きに話している内容から、東條が組織にどれだけ救われたかが伺えたし、俺のことも多少なりとも気遣っているのだと思う…思いたい。
では何故納得いかないのか。
もっとネガティブというか、自分本位な発想だとどうだろう?
『自分は入ったのに、どうしてお前は入らない?』とか
Neighborのことは好きみたいだから、ちょっとズラしてみると。
どうして自分は日常を捨てたのに、お前は捨てない?
この辺かな…?
まだまだ大学生で遊びたい盛りだし、家族や高校までの友達と距離を取らなければならないのは多感な時期の女子からしたらかなり悲しい事だろう。
それでも相手の為、自分の為に授業を受ける時以外はNeighborに通い、卒業すれば家族ともあまり親しくできないかもしれない。
自分はそんな選択をしたのに、お前は日常に戻るだって?
的なことを少し思っていると見た。
じゃあ早速、本心を引き出してみるとするか。
「なあ東條」
「…なんですか?」
「隠し事があると、本当の家族や友達にはなれないって思っているか?」
「!?」
「俺はそうは思わないけどな」
「なん…で」
表情から察するに、俺の考察は東條にヒットしたみたいだ。
彼女は能力開示の罪を恐れるというよりも、決して他人には明かせない秘密を持ってしまったことに壁を感じている。
決して共有できない秘密。自分だけが持ってしまった秘密。
この分厚い壁のせいで、家族や友人とこれまで通り接することができなくなってしまったのだろう。
自分だけが皆と違ってしまった、輪から外れてしまったと。
「俺はこの能力のことがあっても、家族は家族、友人は友人だと思っているぞ。何なら、信頼できるやつには能力のことを話してもいいとさえ思っている」
「そんなことをしたら相手や自分が…」
「もちろんバラすようなやつだったら、自分の見る目が無かったってことだし、処罰も受け入れるよ」
もちろんそんな可能性のあるやつには、絶対に喋らないけどな。
「私にはそこまでできません…」
「俺もまだ話す気はないけどね。でも俺は日常生活も能力者としての生活も両立させるつもりだよ。家族も友人も結構好きだしね」
「…」
前の俺はそんなこと言わなかったと思う。
割とすんなりルールを受け入れて、周りと距離を取っていただろう。
でも今は自分も周りも大切にしたいと思えるようになった。
そして、本当の俺はけっこう欲張りな奴かもしれない、ということに気づいた。
そして東條はと言うと、少しの沈黙の後、自分の気持ちを話し始めた。
「私も、家族や友達のことは好きです。好きだからこそ守ろうと思って、距離を取らなきゃと思っていました。でも本当は離れたくなんてなかった…アナタの選択に嫉妬している自分に気づいて、初めてその大きさを分かりました」
「ま、誰だって離れたくはないだろう。それにいつかは離れなきゃいけない時が来るかもしれない。でも俺はそれまではやるだけやってみようと思ってるよ。家族付き合いも、友人付き合いもな…。それに家族や親友なら、人の秘密を話さないと思うぞ?向こうもコチラを大切に思っているのなら」
本当に信頼できる人間を探すのは難しい。
血が繋がっていたって、殺したり殺されたりする世の中だ。
だから能力の秘密を誰にも話さないで離れるのは、良い選択だと思う。
もし誰かに話すとしても、後悔しないように選ぶしかない。
「塚田さん、ありがとうございます」
「何がだ?」
「なんか、塚田さんに話せたおかげで、気持ちが楽になりました」
「そうか、そりゃよかったね」
「それにしても、私の引っかかっていることがよくピンポイントで分かりましたね?」
「ああ、実は俺"東條検定2級"なんだ」
「なんですか、ソレ」
どうやら俺の鉄板ネタは彼女にもウケたようだ。
先ほどまで不機嫌だった彼女が、すっかり笑顔を取り戻していた。
まあこんな世界に急に放られて不安だろうけど、心身ともに健やかにお互い頑張ろうや。
気づけば遊楽町駅までもうすぐのところに差し掛かっていた。
今は周りに飲食店などがほとんど無い、静かな路地に来ている。
繁華街駅の間の道とは思えないくらい落ち着いたところだった。
俺たちはひとしきり笑いあうと、東條が俺にぽつりと聞いてきた。
「塚田さん、実はですね…私まだNeighborの皆さんにも言ってないことが…」
「ん…?ーーー!」
彼女が話し始めた直後、こちらに殺気が向けられていることに気づいた。
俺はすぐさま殺気の元である路地の先を見た。
するとそこには黒いフードを被った人間が3人、こちらを向いて立っていた。
暗がりでよく見えないが、目出し帽までかぶっており顔が全く確認できない。
殺気を放っているのは、真ん中のやつに間違いない。
俺は以前にも感じたものを思い出していた。
西田の影人形。
あの時も強烈な殺気だったが、それに比べるとアイツは大したことないと思う。
単に実力の差か、それとも別の何かか。
「どうしたんですか、塚田さ…!」
東條も遅れて気づいたのか、驚いた様子でいた。
「誰ですか、あれ…」
「さあな、東條の大学の友達じゃないのか?」
「あんな人見たこともあり…いや、サークル勧誘にいたカモ…」
いたのかよ!
いや確かにどこの大学にも変な格好のやつはいるけども!
「自分で言っておいてなんだが、大学生では絶対ないと思う」
「ですよね…」
俺たちが軽くふざけていると、真ん中の男が右手を前に突き出した。
すると瞬間、殺気が強まり、辺りに風が吹き始めた。
(来る…!)
大きい音を立てて、突風が俺たちの周りに吹き荒れた。
何かが来ると感じ、俺は咄嗟に左隣にいた東條を突き飛ばした。
東條は俺に突き飛ばされ、道路の端に尻餅をついて倒れた。
そして突き飛ばした俺の左腕は、肘から先が綺麗に切断されていたのだった。
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