第20話 異世界のすゝめ

 JR 神橋駅

 神多から緑の電車で3駅進んだ先にあるここは、様々な在来線・地下鉄の駅がありさらにモノレールまで通っているという非常に交通の便が良い場所だ。

 また駅周辺には多くの飲み屋が点在しており、サラリーマンの街なんて呼ばれたりもする。

 駅前のSL広場ではよくテレビのインタビューなんかもしており、とにかく人が多い駅である。


 駅に着いてからは、軽く雑談をしながら東條にひたすら付いていくだけだった。

 メイン通りを女子大生に引き連れられて歩くサラリーマンは絵的に大丈夫だろうか?

 途中いくつもカフェや飲食店やパチンコ屋をスルーし、歩くこと約15分。

 一棟の雑居ビルに到着した。


「ここの2階が私たちの拠点の一つです」

「一つってことは、他にもあるのか?」

「はい、私が行った事あるのはここともう一つだけですが、いくつかあるそうです」



 どうやらNeighborという組織は。結構色々な場所に展開しているようだった、

 収入源とかはどうなっているのだろうと思って、俺はなんとなくビルに目をやった。

 するとビル1階にある社名のプレートが飾られているスペース、その中の2階部分には全く聞いた事の無い社名が記載されていた。


 これはダミー会社なのだろうか。

 一見すると、中小企業のオフィスが入っているだけのようにも思えるが、この会社名を検索しても出てくるのは場所の全然違う会社だけだった。

 会社名 スペース 神橋と入れてもヒットしなかった。


 怪しさをひしひしと感じながらも、もうここまで来てしまったし一先ず中に入ることに決めた。

 エレベーターではなく階段を使い2階に上ると、黒い扉に社名プレートが飾られているのが見えた。

 当然、外から中は一切見えないようになっている。

 これなら間違っても中に入ろうなんて人間はいない。


「さぁ、中へどうぞ」


 東條は扉を開けると、俺に中へ入るよう促した。

 扉をくぐると、中は意外と明るい感じだった。

 電話機だけが置いてある入り口と、少し先に二人掛けの椅子が机を挟んで向かい合うように2脚置いてある。

 ちょっとした待合スペースとなっていた。

 その先にもう一つ扉があり、奥のオフィススペースへと通じる出入り口になっている。


 その扉に向かって歩く東條に付いていくと、待合スペースに男性が一人座っているのが見えた。

 その男性はこちらに気づくと、声をかけてきた。


「やあ、東條さん」

「あ、青柳あおやぎさん、こんばんは」

「こんばんは」


 俺もつられて軽く挨拶をした。


「こんばんは。東條さん、こちらの方は?」

「はい、新しく能力者になられた、塚田さんです」

「塚田です。今日は東條さんの計らいで説明を聞きに参りました。宜しくお願い致します」

「こちらこそよろしくね、塚田くん」


 ビジネスモード全開の挨拶に、向こうも丁寧に挨拶を返してきた。

 アオヤギと呼ばれたこの男は、初対面の俺に対して訝しむでもなく、物腰柔らかく対応してきた。

 年齢は30代半ばくらいだろうか、落ち着いた雰囲気で非常に印象が良い。


 先ほどの東條の説明だと、組織全員が能力者だというから、この男もそうなんだろう。

 争いとは無縁のような見た目をしているが。

 ただ能力者だって戦うだけが能じゃない。

 癒しの力だとか、ものづくりの力かもしれない。

 まあ機会があれば知ることになるだろう。


 挨拶もそこそこに、俺と東條はリーダーのいる部屋へと向かうことに。

 途中廊下を歩いていると、パーティションの向こうからたまに話し声が聞こえてきた。

 仕事の話と言うより談笑に近いそれは、この会社がちゃんと機能しているのか疑問を深めることになる。

 まあ時刻は21時近いので、就業時間後ということも十分あり得るのだが。



 ある部屋の前に来たところで東條が立ち止まり、俺に中に入るように促した。


「すみません塚田さん、リーダーに少し話をしてからお呼びしますので、この中で待っていてもらえますか?」

「ここは?」

「会議室です。5分もかからないでお呼びできると思いますので」

「わかった」


 扉を開けてもらい、俺は中に入る。

 東條は扉を閉じると、リーダーのいる部屋へと向かっていった。

 俺は適当な椅子に座ろうと中に進むと、そこには先客が居た。


「……」


 東條よりもさらに若い女の子が奥の席に座っていた。

 俺の存在には気づいているのだろうけど、こちらを少しも見ず一言も言葉を発しない。

 長い黒髪と、おそらく中学生くらいの小さい体に整った顔立ち。

 着ている服装や雰囲気から、かなり良いとこのお嬢さんっぽい印象を受ける。


(こんな時間にこんな可愛らしいお嬢さんがこんなところに…誘拐でもしてきたんじゃ)


 いよいよ怪しさが限界突破しそうな俺に、とても意外なところからストップがかかった。


(別に誘拐なんかされていないわよ)

(!?)


 突如頭の中に声が響いた。

 しかも、先ほどの俺の脳内の呟きに返答するように。

 まさかこれは。


(テレパシー…)

(正解よ。声に出さなくても、アナタの声は聞こえているわ)

(なるほど…)


 チラッと本人を見るが、まるでこちらを見ている様子はない。

 本当に俺の声が流れ込んでいるのだろう。

 ある意味、非常に超能力らしい超能力だ。


 俺の声がどういう風に伝わっているかは不明だが、向こうの声は電話くらいハッキリと脳内に伝わってきている。

 分かりやすく、便利な能力だなと思った。

 相手の思っていることが分かれば、日常生活でも強いアドバンテージになる。

 俺だったらプロ雀士でも目指しちゃうかもしれないな。


(ちなみに私は、中学生じゃないわ。今年から高校生よ)

(そうだったのか、それは済まなかったな)

(…)

(どうかしたか?)

(アナタ、順応するの早いわね)

(そうか?)


 俺はこの子がテレパシーを使えると分かった段階から、声を出すのは止めてずっと心の中で会話を続けている。

 それを指して驚いているのだろう。

 先ほどまではまるで興味ないといった態度で他所を向いていた彼女の視線は、すっかり俺の方を向いていた。


(…アナタは私の力が怖くないの?)


 彼女は恐る恐るといった様子で質問をしてきた。

 この部屋に入り彼女が感情らしい感情を見せるのは初めてだった。

 だから俺は


(別に?)


 と即答した。

 これが商談相手とか、上司とか、ゲーム相手であれば心を読まれることはかなり辛いだろう。

 だが現状そういった相手ではないなら、さして問題は無い。

 ましてや1対1の直接戦闘においてはまるで脅威にはならないだろう。


 そういう意味で、俺は怖くないと答えた。

 きっと、彼女が聞きたい内容とは違うだろうけれど。


(…アナタ、名前は?)

(塚田卓也だ、君は?)

(私は…)


 彼女が名前を言いかけた時、会議室の扉が開かれた。

 先ほどまで俺に同行していた東條だった。


「おまたせしました。リーダーに会いに行きましょう…ってあれ?」


 東條は、無言で見つめ合う(ように見えている)俺とこの子を見て困惑しているようだった。

 テレパシーのみで会話をしているのがアダになったな。


「どういう状況ですかコレ?塚田さん、いのりちゃん」


 いのり…

 それがこの子の名前か。いや、名字の可能性もあるな。

 自己紹介の途中でカットインされてしまったから、やはりちゃんと確認する可能性がある。

 が、今はこの状況を説明するのが先だ。


(彼女がテレパシー能力者だって言うから、心の中で会話していたんだ)

「私のテレパシー能力で会話をしていたのよ」

(だから別に無言で見つめあっていたワケじゃない)

「無言で見つめあっていたわけじゃないわ」

「なるほど…」

(分かってくれたか?変な誤解をするんじゃないぞ)

「分かった?変な誤解を…って、なんで私が通訳してるのよ!!」

「HAHAHAHAHAHAHA」


 少しからかってみれば、この子も普通の年相応な女の子だった。

 最初はどこかとっつきにくい印象だったが、それは誤解だったようだ。

 もしかしたら、マンガとかでありがちなテレパシストの悩みを抱えていた時期もあったかもしれないが、この様子なら大丈夫かもな。


 横目でチラリといのりの方を見やると、目が合った。というより、こちらを見ていたようだ。

 その表情は驚きのような、関心のような、発見のような…

 正直、よく分からなかった。

 テレパシーの使えない俺は、直接いのりにどうかしたのか?と聞こうと思った。

 しかし、またしても東條のせいでそれは叶わなかった。


「…早くないですか?」

「は?早いって、何がだ?」

「いのりちゃんと仲良くなるのがです!!」


 東條は、先ほどの漫才みたいなやりとりを見て、俺らが東條の居ない数分の間にとても仲良くなったのだと勘違いしているようだった。

 別に東條がジェラシーを感じるような親密度にはなっていないので、俺は東條に説明をしようとした。


「いや、別にそんなに仲良くなったワケじゃ…」

「私なんて仲良くなるのに半年以上かかったのに!」

「いや、だから…」

「なにがあったんですか!?」


 ウザい…

 話を何度も切られ、いい加減俺もストレスが溜まっていた。

 聞く耳持たない東條をどうしようかと思ったところ、一つ面白い事を思いついた。

 早速俺はその面白い仕返しを実行に移した。


「え?ふむ…うんうん…あー…」

「「?」」


 突如俺が一人で相槌を打ち始め、東條だけでなくいのりまで様子を伺っていた。

 注目が集まっているうちに、俺はすかさずある一言を発した。


「いのりは別に東條と仲良くなんてなっていないってさ」

「ええっ!?」

「なっ!!」


 これはもちろん嘘だ。

 だが、テレパシストであるいのりだからこそ、この嘘の真実味は上がる。

 東條からしたら、もしやテレパシーで裏で俺に言っているのでは…?と懐疑的になる事だ。

 先ほどの一人芝居はその伏線だった。


 冷静に考えれば、先ほどまで無言でテレパシーを行っていた俺が急に「ふむふむ」なんて言い出すのはおかしいと分かるが、今の冷静を欠いている東條なら気付くまい。

 いい加減落ち着け。


「本当なんですか!?いのりちゃん!」

「そんな事言ってないし思ってもいないわよ!ちょっとアンタ!適当な事言わないでよ!」


 自分をダシに使われたいのりは当然ご立腹である。

 だが面白いので、俺は追加の燃料を投入した。


「あ、言っちゃダメなやつか?」

「い"の"り"ち"ゃあ"ん"!」

「----!!!」


 それから、いのりが東條の誤解を解き、東條が冷静になるまで5分強かかった。

 東條をなだめるいのりの姿は、妻の浮気の誤解を必死に解いている旦那の様で面白かった。

 途中で俺があっさりと嘘をついていたことをバラしたのも、誤解を解く助けとなった。

 そこは感謝してほしいくらいだ。


「感謝なんてするワケないでしょ!何考えているのよアンタは!?」


 本人は相当怒っているが、迫力不足だ。むしろプリプリと可愛らしく見える。

 だがまあ、このままではリーダーに会いに行く時間が遅くなるので、そろそろ収拾をつけなければなるまい。


「何考えてるって、テレパシストが言うセリフか?ソレ」

「っ!?」

「心の声が聞こえたって、それで相手の事が全て分かるワケはないよな。むしろ俺みたいに利用することだってできちまう。みんながみんなテレパシーを使えるならまだしも、やっぱり本当に大事なことはさっき東條を説得した時みたいに言葉に出して伝えないとなぁ?」

「…」


 思うところがあるのか、あれほど怒っていたいのりはすっかり黙ってしまった。

 俺のの説得はまずまずの効果を上げていた。

 ここらでダメ押しだ。


「だからいのりのテレパシーは便利だとは思うけど、全然恐れるに足りないね」

「…!」


 先ほどいのりは自分の能力を「怖くないのか」と聞いてきた。

 それは多分、昔彼女が力の事を知った誰かに酷く恐れられた事があるからだろう。

 もしかしたら酷いことを言われたのかもしれない。

 とても大切な人が離れていったのかもしれない。

 それは分からない。


 口では全然怖くないと言っても、本当にそう思っていなければ心の読める彼女には通じない。

 そういう意味で東條は本当に怖くないと思っていて、そばに居られる・友達になれる、いのりにとって稀有な存在なのかもしれない。


 そして俺も本当にテレパシーは怖いと思っていない。

 でもその理由は彼女の求めるものとはちょっとズレていると自分でも思う。

 だから今度はハッキリと、言葉で、「心が読める事なんて大したことじゃない」「全然恐れるような能力じゃないって分かってる?」と彼女が求めているものに微修正して伝えてあげた。


 テレパシーで俺の目論見がどこまで伝わっちゃっているかは分からないが、言葉で伝えるのが大事というくだりも併せて、俺のいいセリフ風が刺さっていると良いのだが…


 いのりの顔を見ると、何かを考えているようで、俺には意識が向いていなかった。

 彼女の心の声も聞こえない。

 これ以上はここに居ても仕方ないので、東條を促してリーダーのもとへ向かう事にした。

 というか、当初の目的はソッチだ。


「東條、リーダーのとこへ行かなくて良いのか?」

「あ、そうでした。いのりちゃん、私たちは行きますね!また後で」


 いのりからの返事は無かった。

 俺は心の中で「頑張れよ」と呟くと、リーダーの居る部屋へと向かった。






 ______________________________________








「ここです」


 東條に案内され到着した扉には【社長室】と書かれたプレートが飾られていた。

 Neighborのリーダーと呼ばれる男は、この会社の立場上も社長ということだった。

 東條は扉を3回ノックすると、中から


「はいどうぞ」


 という声が聞こえてきた。


「失礼します」


 東條は扉を開けて中に入ると同時に、俺に中に入るように促した。

 社長室の中に入ると、50代くらいの男性が社長室の奥にあるデスクの椅子に腰を掛けていた。

 白髪まじりの頭髪に、眼鏡の奥の穏やかな瞳は、およそ能力者たちをまとめている組織のリーダーには見えなかった。


「君が塚田君だね?ようこそNeighborへ」

「初めまして」

「まあ一先ずそちらにかけてくれ」


 俺は言われるまま入り口横にあるソファの下座に腰を掛ける。

 続けて東條が俺の隣に、リーダーは俺の向かいに腰を掛けた。


「まずは東條君の急なお願いにも関わらず、来てくれてどうもありがとう。私はこのNeighborで一応リーダーをさせてもらっている たいら 五郎ごろうだ」

「平さん、よろしくお願いします。改めて、塚田卓也です。私も自分の身に起きたことについて知りたいと思っていたので、渡りに船でした」

「それはよかった。不安だっただろう、心中察するよ」


 俺たちは改めて簡単に自己紹介をした。

 リーダーは平 五郎と言うのか。

 平は、俺の率直な気持ちを伝えると俺を憐れんだ。そこに嘘偽りは無いと思われる。


 隣の東條が、平の「不安だっただろう」のところで「えー…」と小さい声で呟いたのを聞き洩らさなかった俺は、素早く東條の脇腹を小突いた。

 そして声が漏れそうになるのを我慢するも、平に心配され誤魔化すのに必死な東條を見て俺は満足したのだった。

 なので話を先に進めることに。


「それで、一体この力は何なんですか?」


 なるべく、何も知らない一般人の感じで聞く。

 まあ実際何も知らないんだが、不安では無い。


「塚田君は、超能力っていうものを信じるかい?」

「…子供の頃、あればいいのに、と思ったことはあります」

「ふむ…」

「でも、本当にあると思ったことはありませんでした」


 先々週というのは嘘だが、これは本心だ。

 マンガとかゲームとかアニメが好きだから、そういう超能力に憧れが無いかと言えば嘘になる。

 しかし、本気で超能力者を目指そうとしている人間は俺も含めてほぼいないだろう。

 あらゆるファンタジーにある覚醒方法を片っ端から試してみたやつがいるとしたらそいつは正気じゃないと思われるだろう。


「まあ、たいていの人はそうだろうね。でも」


 俺の言葉に同意する平。


「この世界には、超能力と言う存在は、ある」


 ハッキリと力強く、まだ世界と異世界の狭間にいる(と思っている)俺に、超能力の存在を肯定した。

 "きっといる"とか、"いると思われる"なんて生易しいものではない、100%全肯定。


「まずどこから話そうか迷うところだけど、とりあえず、塚田君」

「はい」

「君の身に起きた異変と言うのは、具体的にはどんな感じなんだい?」


 平は、俺にどんな変化が起きたのかを聞いてきた。

 これは俺に「どんな能力なんだ」と聞いてきているのと同義だ。


「そうですね…まず力がすごい強くなったのと、色々と変なものが見えるようになったという感じですね。空を飛ぶ変な鳥とか」

「力が強くなったというのは、具体的には?」

「えーと、コップとかガードレールが、力を入れて握ったら壊れたりとか、ですね」

「変なものが見えるというのは、いつも?」

「いえ、目に力を込めた時にですね。こう、じーっと…」

「なるほど…」


 俺は正直に自分の能力を話さなかった。

 まだ会って間もない、信頼できるか分からない相手に、自分の能力を話すのは流石に異世界新入生でもありえないというのは分かる。


 だから自分の能力でも再現できる程度に、嘘の能力をでっち上げた。

 平には、俺は「身体能力を強化する能力」くらいに伝わっていれば幸いだ。

 そして平は少し考えると、再び話し始めた。


「実は能力覚醒には段階があってね、開泉かいせん完醒かんせいと呼んでいるんだ」

「カイセンとカンセイ…」

「そう。カイセンは開く泉と書いて開泉だ。君はこの状態にある可能性が高い」

「どういう状態を指すんですか?」

「体の中の、丁度みぞおちの辺りにある気泉きせんと呼ばれる器官が開いて、大量の生命エネルギーがそこから溢れて体中を巡り、常人よりも身体能力が上がるんだ」


 平曰く、この状態はスポーツに打ち込んでいる人間や、武術・美術など何か一つのことに打ち込んでいる者が、極限の集中の先に辿り着くこともあるのだと。

 或いは、事故などで体が命の危険に対する防衛策として開泉する例もあるのだという。

 俺の場合はどちらも当てはまらないが。


「塚田君は、スポーツに打ち込んでいたり、最近事故にあったりしたかい?」

「そうですね、1か月前に起きた神多でのビル倒壊事故ってご存知ですか?」

「ああ、ここから近いし、ニュースで大きく取り上げられたからね、知っているよ」

「実は、私は事故当時そのビルに居まして、瓦礫の山に潰されて死にかけました」

「! …なるほどそうか、であれば、それが原因かもしれないな…」


 本当は、それで開泉したわけではないのだが、丁度良い理由なので使わせてもらう。

 それにここで言わなくても、どうせ調べればあとで分かる事だ。

 誤魔化す理由としては、むしろ最適解と言える事故だと言える。

(本当に死にかけたのだけど)


「開泉は、事故やスポーツ選手など以外にも、本当にある日突然なる人もいるんだ。だからまだまだ未知の要素が多いんだ」

「そうなんですね…。それで、もう一つの完醒というのは?」

「ああ、こちらは超能力を身に着けた状態を指すんだ」

「超能力…」

「完醒に関しては、実は原因がほとんど分かっていない。臨死体験だったり、突然だったり。開泉以上に未知の要素が多いんだ。しかも、開泉したものが次になるというわけでもなく、いきなり超能力を身に着けるという事もよくある」

「本当に、突然、何の脈絡もない力が身につくんですって。いのりちゃんが言っていました」


 東條が初めて補足に入った。

 そしてどうやら本来の俺はこっちのパターンに該当するみたいだ。

 突如ピキーン!ではないものの、招間殿に呼ばれ命を助けられると同時にこの能力を貰った。

 もしかしたら隠しているだけで、俺と同じような境遇の人間が他にもいるかもしれない。

 是非とも確かめたいが、そう簡単に教えてくれそうにはないだろうけれど。


「自分の置かれている状況については分かりました。私は先日の事故がキッカケで体の中の気泉という器官が開いて、人よりも強い力が出せるようになっている。そして今後、さらに超能力が身につくかもしれないし、そうじゃないかもしれない、それは分からない、という事ですね」

「ああ、その通りだ」

「ありがとうございました、とても為になりました」

「それともう一つ、塚田君に最低限知っておいてほしいことがある」


 平は、まだ話は終わっていないと言わんばかりに先につなげた。

 無論、俺もまだ聞きたいことがあったので、ここで切り上げるつもりは無かったのだが。


「もう一つ?」

「この業界のルールについてだ」


 これから平の語るもう一つの話と、俺が聞きたかったことは一緒だったようだ。

 俺は何も言わず平の言葉に耳を傾けることにした。


「ところで塚田君、能力者でない人間はどうしてこれまでその存在を知らなかったと思う?」


 唐突にクイズ大会が始まった。

 テレビのクイズ番組は結構好きだが、この話題に関しては普通に話してくれた方がありがたいのだが…

 まあこれも勉強だと思って付き合うことにした。


「普通の人間には徹底して隠されていたから、ですかね」

「その通り。ではなぜ能力者は一般人にその能力を隠す?」

「えーと…隠して使うことで、普通の人よりも有利に暮らせるから、とか」


 マジシャンのJ・マイナードがそうだ。

 彼は自身が能力者であることを隠して能力を行使し、世間から天才マジシャンと称えられている。

 能力が無くても、気泉が開き人より身体能力が上がれば、スポーツの分野などで活躍し富と名声を得ることができるかもしれない。非能力者の間では、だが。


「表の世界で有利に立ち回れるから能力を公にしない、それもあるだろうね。他には?」


 正解ではないのか…

 何だろう、他に理由があるとすれば。


「能力がバレたら、人体実験に使われそうだから、とか」

「あーいいセン行ってるね。人体実験されたという話は今まで聞いたことがないけれど」


 これも外れか。

 マンガとかじゃベタな話なんだけどな。

 しかし、これがいいセンなのか…

 ということは、考え方を「どうしてバラさないのか」ではなく「どうしてバラせないのか」で詰めたほうがいいということか。


 バラせない理由、言いたくても言えない。それは何故か。

 バラすと危険だから。

 危険…口封じ…バラすと消される。


「バラすと自分の身が危ないから?」

「どうして危ないんだい?」

「非能力者に能力を喋ると誰かに消されるから」

「バレるというのは、喋ることだけなのかな」


 つまり非能力者に能力を行使すると、消される。

 どうして行使すると消されるか…そりゃあ、守るためだろ。

 誰を…?非能力者、一般人を能力者から守るため…

 そんなことをするのは誰だ…

 一般社会では警察がその役目だ。

 そういうことなのか?


「…一般人に能力を行使すると、警察的な組織が一般人を守るために出てくるから?」

「! 素晴らしい、正解だ。厳密には警察的なではなく、警察だ」

「へ?」


 てっきり、秘密結社みたいなのが存在するのかと思いきや、警察そのものだった。

 流石に予想外だ。


「みだりに能力を行使すると、警察の中の対能力者組織の人間がすぐに駆けつけてくるんだ。程度にもよるが、一般人を傷つけようものなら逮捕なんてしない。即消される。塚田君は確かサーチを使えるんだよね?」

「ああ、はい」

「サーチを使ったときに、そこら中に変な生物が見えただろう。全てではないが、あれは警察の監視カメラみたいなものなんだ。生物を模していたり、機械だったリ、その形状は様々だけどね」


 この世界では、街は常に警察に監視されており、能力者は下手に能力を使えない。

 それどころか、一般人に危害を加えると命の危険さえある。

 だから一般人には能力を行使しないし、話さない。

 何が危害と判断されるか分からない以上、余計なリスクは背負わない。


 故に、一般人には能力の事が明かされず今日まで来たんだそうだ。


「それでも、堂々と能力を行使する輩が出てくるんだ。大抵は警察官だけで対処されるんだが、それでも手が足りなかったり、捜査が進まない事がある」

「なるほど」

「今度、サーチで近くの交番を見てみるといい。能力者にしか見えない手配書が見られるよ」


 交番には通常の手配書の他に、特殊な手配書が貼ってあり、それはサーチでしか見られないのだという。

 まさに能力者だけに出された捜査協力だった。

 今度見てみよう。


「そういえば、J・マイナードはいいんですか?」

「おお、東條君から聞いたのかい」

「はい。彼はメディアの前で堂々と能力を使ってますよね?」

「ああ、それはね…」


 J・マイナードにもアメリカ警察の手はとっくに伸びていた。

 しかし、一般人に危害を加えない事、自身の情報を能力者に全て開示する事を条件に、彼は公での能力行使を許されたのだ。

 それはこれまでの行いが営利だけでなく、社会貢献性の高いものだと判断されたことも大きく影響していたのだという。

 かくして、J・マイナードの能力から生い立ちまでが、能力者の間で広く知られることとなった。



 ここで新たな疑問が生まれる。

 何故各国警察がそんなにも能力者に対しての力を持っているのか、

 そしてこの組織Neighborはどうして存在しているのかだ。

 しかし、俺の疑問がここで解消されることは無かった。


「さて、他にもまだまだ説明したいことはあるんだけど、その前に」

「何ですか?」

「塚田君、我々の仲間になる気はないかい?」



 なるほど。

 無料で受けられるガイダンスはここまでということか…

 続きが聞きたければ、仲間になれと。


 俺は…


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