邪霊喰い<イビルイーター>
黒木屋
第1話 邪霊(イビル)
気が付くと森の中にいた。
ここがどこなのか、なぜここにいるのか、全く分からない。周りには高い木々が鬱蒼と生い茂り、足元にも一面に草が広がっている。時折鳥の鳴き声がする以外は何も聞こえない。近くに人の気配はなく、一人で草いきれのする森の中に佇んでいる。
「何だ、これは……?」
独り言ち、ぼうっとする頭で考える。何でこんなところにいる?いつから?いや待て、そもそも……
俺は一体誰だ?
ゾッとした感覚が全身を襲い、自分の掌を見つめる。何も思い出せない。黒っぽいシャツにカーキ色のズボンを穿いている自分の姿を見て男であることは分かる。だが名前も歳も何もわからない。出身は?家族は?……ダメだ。頭の中に
訳が分からず混乱する頭を抱え、ふらふらと歩き出す。とにかくここでぼうっとしていても仕方がない。とりあえずはこの森を出て人里に行かなければ。
ガサッ
しばらく歩いたところで草が動くような音が響き、ギクッとして足を止める。耳を澄まし辺りを見渡すと、前方の腰くらいの草が生い茂ったところから音は聞こえてくるようだ。息を呑み緊張しながらそちらを凝視する。
ぶわっ!
いきなりそれは姿を現した。自分の倍以上はある巨大な黒い物体。体全体は楕円形をしており、周りに細い腕のようなものが何本も生えている。少し距離があるのではっきりとは分からないが、体はまるでガスか何かのようなもやもやとした物質で出来ているように見え、普通の生物とは思えない印象を受ける。漆黒の体の中心だけが白く光っており、それが一つ目のように見えた。
「何だ、こいつは!?」
あまりにも異様な物体に一瞬体が硬直するが、それが自分に向かって動き出したのを見て反射的に駆けだす。あれはいけないものだ!直感がそう告げる。逃げなければ。
必死に森の中を駆ける。しかし後ろを振り向くとそれは自分を追いかけてきており、しかも確実に距離を詰めつつあった。まずい、このままでは追い付かれる。恐怖で総毛立ち、足が震える。こんなところで自分が何者かも分からずに死ぬのは嫌だ。叫びだしたい気持ちを押さえ必死に足を動かす。
「うわっ!」
焦っていたせいか下草に足を取られ転倒してしまった。慌てて立ち上がろうとするが足首に鈍い痛みが走り上手く動けない。くじいたか。
「くそっ!」
手を付き何とか立とうともがく。と、背中に悪寒が走り、反射的に振り向いた目に黒い怪物が迫ってくるのが見えた。
「っ!」
声にならない悲鳴が喉から漏れる。もうダメか、と思ったそのその時、
「
叫び声が聞こえ、黒い怪物に光る何かがぶつかる。その勢いで怪物が弾き飛ばされ木に激突した。
「大丈夫か!?」
続いて声が聞こえ、数人の男女が駆け寄ってくる。驚いて見上げると剣を持った金髪の若い男、ローブを纏った銀髪の若い女、がっしりとした体格の髭を蓄えた中年男と青い髪をした少女が俺を庇うように前に立った。
「やっぱり普通の浄化魔法じゃ消滅させられないわ」
銀髪の女がのそりと動き出した怪物を睨みながら言う。
「てことはやっぱり
金髪の男が剣を構えながら舌打ちをする。
「おい、君、動けるか」
金髪男の問いかけに足をくじいたらしいと答えると、銀髪女が跪き俺の足に手を翳す。
「すぐに治癒します。このまま逃げて下さい。ダンテ、付き添ってあげて」
女の言葉にダンテと呼ばれた髭男が頷く。
「
銀髪女がそう唱えると温かい光が足に注がれ、痛みが引いていく。治癒魔法というやつか。……なぜ俺はそんなことを知っている?
「治りましたか?」
「あ、ああ、はい。ありがとうございます」
「じゃあ立って。ダンテ、お願いね」
考え事をしている場合ではない。俺は慌てて立ち上がり、ダンテという男の後について走り出す。その後ろで爆発音が轟いた。
「何とか足止めするぞ!町で落ち合おう」
金髪男の声にダンテが振り向き親指を立てる。しばらく走り続け息が上がってきたので、ペースが落ちてきた。それに気づいたダンテが足を止め、周囲を警戒しながら少し休むと言ってくれた。
「本当にありがとうございました。あの、あなたたちは……」
「見ての通り、冒険者のパーティさ。お前さんこそなんでこんなところにいた?見た感じ同業者とも思えねえが」
怪訝そうに尋ねるダンテに俺は顔をしかめる。何でこんなところにいるのか、こっちが教えてほしいくらいなのだ。何もかもが不明なこの状況を誰かどうにかしてもらいたい。
「うおっ!」
返事に窮していると、突然轟音がして木々が震えた。振り返ると巨大な火柱がさきほどいた辺りで立ち上っている。
「ミルテの奴、やりすぎだ。森ごと焼き払う気か」
ダンテが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。あれは魔法によるものなのか?
「あの分じゃやはり
ダンテの言葉に頷き再び走り始める。どれくらい走り続けただろうか。足が棒のようになりもう動けないと思った矢先、木々が途切れ視界が開けた。
「よし、抜けたぞ。この坂を降りればもう大丈夫だ」
今いるところは坂道の上だった。眼下に赤い屋根の家が並んだ町が見える。どうやら助かったようだ。
「とりあえず俺たちの定宿へ行く。そこで話を聞かせてくれ」
ダンテの言葉に頷くものの、俺は改めて不安を覚えていた。記憶が全くない自分のことをどう話せばいいのだろう。坂道を降りながら俺はこれから自分がどうなるのかを考え、
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