第37話 エナジー ―愛―
ワカナ襲来というはた迷惑極まりない日から翌日、エンジ君の報告を受けた王宮からはレフトン殿下と余計な人が二人で来てくれました。……何でカーズが一緒に、とは言えませんけどね。
まあ、とにかく。私とエンジ君は元コキア領地でワカナが現れて何をしたのかを細かく伝えます。すると、
「そうか。そんなことが………」
「すまん! そっちに行くとは失念していた。俺のミスだ! 本当に申し訳ねえ!」
カーズは驚きレフトン殿下が頭を下げて謝ってきました。ここでも兄弟でだいぶ性格の違いが明確になります。カーズは王族なのに、弟がすぐ隣で謝罪しても動じる様子がないのですから。
おっと、そんな話はいいのです。重要なのはワカナがここまで来て経緯でした。
レフトン殿下たちの話だと、ワカナは見張りが交代している時に取り巻きの男の手を借りて逃げたらしく、その男に私が原因だと吹き込まれたらしいのです。あの女を狂信的に慕う男が余計なことをしたせいで面倒なことになった。それがこの件の真相のようです。
……私を殺すために、脱走してから一週間もしないうちにコキア領地に来るなんて、本当にろくなことをしない女ですね。私の素性を知ったからと言うのもあったのでしょうが、私も運が悪いです。
目の前の王子たちもワカナが逃げ出して大変だったでしょうに。
「ご安心ください。私は無傷で済んでいますし、無事に彼女を捕らえたのは良かったではありませんか。それに私の頼もしい婚約者が駆けつけてくださったのですから殿下が頭を下げる必要はありません」
カーズは頭を下げるべきですがね。
「そうだぞレフトン。お前は王族なんだから軽々しく頭を下げるなよ」
「しかし……」
この人は本当によくできた人ですね。王族としての責任感が高い。隣の兄と違って。
「いい加減頭を上げていただかないと、私の方が申し訳なく思います。仮にも王族の方ですし」
「……そうか、それもそうだな。考えてみりゃあ襲ったあの女が一番悪いしな」
やっとレフトン殿下は頭を上げると苦笑します。ん? カーズが私を不思議そうに見ます。何でしょう?
「それにしても、エンジが来るまでよく無事でいたものだ。あんなに気性の荒い女を相手に。しかも聞けばナイフも持っていたそうじゃないか」
ああ、そういうこと。正直に言ってやりますか。
「ふふふ、私ほどの侍女となれば護身術くらい身に付けていて当然なのです。貴族から平民になった身の上ゆえに、何としても生き残るため多くのことを率先して学んだのですから」
それが私の誇りでもあります。それがサエナリアお嬢様をあの悪夢のような境遇から脱する助けになったのですからね。
「ははは、護身術、か。そんなもんを身に付ける侍女はあんたくらいだよ」
いえ、いますよ? 確かに少数ですけども。
「まあ何にせよ、あの女と協力した馬鹿を取っ捕まえることができて良かったよ」
本当にそうです。今度は殺人未遂ですから思い刑をお願いしたいですね。
「彼女と協力者の男はどうなりますの?」
「謹慎中に抜け出したんだ。しかも、その後で殺人未遂の罪。今度は謹慎どころではすまないだろうな」
おお、謹慎ではなく処刑でお願いします。
「修道院行きも生温いと判断されんだろうぜ。なんせ殺人をしようとしたんだからな。よくても数十年牢屋で過ごすことになるが、今のミルナさんは貴族に戻ったんだ。最悪死刑になるのは間違えねえな」
死刑。あの女、ワカナ・ヴァン・ソノーザを死刑。それをどれほど望んだことでしょうか。
「そうですか。期待はできませんが彼女が更正できるといいですね」
更正できると言いつつも私は死刑を望まずにはいられませんね。あの女はそれだけ救いようがないのですから。両親と同様に。
「よし。後は俺達に任せてくれ。君達はこれから大変だろうしな」
「そうだったな。お二人さんよ、改めて婚約おめでとう! 結婚式楽しみにしてるぜ!」
結婚! そうです! 多分エンジ君が卒業したら結婚です!
「! ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
結婚を祝ってもらえる。こんな日が来るなんて本当に喜ばしいです。……ここにカーズがいるのは余計ですがね。
◇
ワカナと取り巻きの男の処遇を聞いてひとまず一安心ですね。ここまでソノーザ家との因縁が降ってわいてくるとは予想外でしたが、それも今度こそ終わりです。
「……こんどこそ終わりました。ソノーザ家との因縁は」
「……ああ、そうだな」
ワカナは終身刑になると聞いても素直に喜べませんでした。死刑にならなかったことが許せないという気落ちの方が大きい。サエナリアお嬢様のことを思うと。それでも、もうそんなソノーザ家とも関わることがないだけでも、救いになったと思います。
「サエナリアお嬢様を苦しめた家は今度こそ終わりました……」
「ミルナ?」
「……エンジ君、サエナリアお嬢様のことはお聞きしないのですか? 彼女はどこにいるのか、とか?」
エンジ君はレフトン殿下の側近、そして貴族。立場からして行方不明になった公爵令嬢のことが気になるはずですが、本心はどうなのでしょう……?
「君は言ったじゃないか。『お嬢様は幸せにしています』と。俺はその言葉を信じるだけだ」
「エンジ君……」
……彼の笑顔を見るだけで安心感が溢れます。前世と合わせて人には言えない年月を生きた私にはこの気持ちがよく分かる。ふふふ、前世の記憶があっても私も恋する乙女なのですね。
「ミルナ。俺達の結婚は俺が学園を卒業してすぐに行うことが決まったよ」
「! 決まったんですね!」
「ああ。父上と母上も納得して喜んでいる。俺は昨日で三年になったばかりだから一年後になってしまうがな」
やはり、エンジ君との結婚は成人してすぐになる。まあ、あのご夫婦ならそう決めるでしょうね。その後で私達はコキア子爵夫妻としてコキア領地を治めることになる。本当に夢のようです。
「それまでに私は立派な貴族夫人になれるでしょうか? まだまだ勉強しなければならないことはありますし……」
「君なら大丈夫さ。必要ならば俺が力になるさ。まだ夫婦じゃないが恋人で婚約者なんだしな」
ああ、その言葉で胸が熱くなってしまいます。
「エンジ君、ありがとうございます。……大好きです」
「俺もだ……」
照れくさかったけど互いに好きだと告白、私達が確かな愛で結ばれた瞬間です。
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