第9話

「蔵之介様」

 次の日、目を覚ますとゼノスに体をゆすられていた。

「ん?」

 起き上がろうとするが体がだるく起き上がれなかった。

「なに?」

「なかなか起きられないのでビアンカ王が心配されいます」

「心配?」

 蔵之介は目をとじると、昨晩の事を思い出し、勢いよく起き上がった。

 した後どうしたか覚えていないけど、今はもともと来ていた寝間着を着ていた。


「ビアンカは?」

 先ほど仕事に戻られました。

「戻った? 今何時?」

「お昼は過ぎております」

 ここに時計はないため、太陽の位置で大体の時間帯が決められていた。日が昇れば朝、沈めば夜、高い位置にあれば昼。それにも慣れていたが、つい何時か聞いてしまう。ゼノスもそれに慣れ、大体の時間を返答していた。


「そっか……」

 すると蔵之介のお腹がぐぅぅと音を立てた。

「お腹すいた」

「ビアンカ様もお腹がすくんじゃないかと心配されていました。サンドイッチを準備しております」

 とゼノスは木箱に入ったサンドイッチを持ってきた。それはお弁当箱の様で、中にペーパーが飾り切りされ綺麗に並んでいた。

 料理人は人間の料理を作るのが楽しいようで本で調べてはいろいろ作ってくれて、盛り付けもどんどん華やかになっていた。


 蔵之介はそれを一つとり、口へ運ぶ。ハムとレタスにトマト。その自然な味が口に広がり、とても美味しい。

「海は?」

 昨日の夜は廊下にいると言っていたが、今もいない。

 ビアンカが居ないなら近くにいると思ったけど。

「海さんは、まだ外にいらっしゃいます。蔵之介様が起きたら買い出しに行くと仰ってました。昨日の事もありますので、今はキーパーの多くは蔵之介様を守るように配置されています。安心してお過ごしください」

 ゼノスはそう言ってにこりと笑った。

 蔵之介はゼノスを見つめ、口の中のサンドイッチを飲み込むと口を開いた。

「ゼノスって、昨日の夜どこにいたの?」

「昨日でしたらこの部屋のドアの所にいました」

「……俺の声、とか、聞いてた?」

「はい、何をされてるのかは分かりませんでしたが。苦しそうでしたが、大丈夫でしたか? 覗きに行こうかと思いましたが、ピーさんに止められてしまい……」

 蔵之介はそれを聞くと、顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。

 そうだ、ゼノスたちはいつでも動けるようにドアの前にいる。とあの両脇のドアの先の部屋は世話役の部屋らしいが、基本的にゼノスたちは室内のドアの前にいる。それに慣れ、聞かれてる可能性を全く考えていなかった。

「だ、大丈夫。ビアンカと一緒の時は気にしなくていいから」

「はい、ピーさんにもそういわれました。あと、このことは海さんには言わないようにとも」

 そうだ、と蔵之介は手を熱くなった頬に当てた。

 海はビアンカ相手でも全力で止めると言っていた。それなのに、海をほったらかしてビアンカと体をつないでしまった。

「そうだ、ビアンカがアダルトはジュブナイルに触れちゃいけないって言ってたけど、ゼノスが俺に触れるのは大丈夫なの?」

「はい、私もジュブナイルですし。なにより世話役が触れてはいけないとなると何もできませんから、その辺はある程度許容されています」

 そう言ってからゼノスは続けた。

「でも蔵之介様もアダルトになったとのことで、ビアンカ王に伺っております。おめでとうございます! 今夜、宴を開くとビアンカ王がおっしゃておりました。おつかれでしたら、それまでゆっくりお休みください」


「宴?」

 精通したからアダルトになったという事だろうか? 精通をそんな大々的に祝われるというのは何とも恥かしい。

「宴は、城の中のモノだけで行われます。しかし、蔵之介様がアダルトになったことは市民にも喜ばしいことなので公開されます。今後は蔵之介様と交接したいという者が毎日のように訪れます」

「毎日……?」

「はい、もちろん全てに対応はできません。王の基準で選別し、蔵之介様のお体に負担にならない人数を受け入れることになりますので、実際に交接できるのはごくわずかです」

 交接。つまりは昨晩ビアンカとした様なことを、顔も知らない誰かとすることになる。それを考えると、目の前の食事がのどをとおらなくなりそうだった。

「昨晩の……ビアンカとの、交接は妊娠するの?」

 蔵之介は恐る恐るゼノスに聞く。ゼノスは首を傾げた。

「ビアンカ王は昨晩交接はしていないと仰っていましたよ」

「え?」

 あれは交接ではない?

 交接は交尾のこと。しかし蜘蛛の交接は、精子を渡すに過ぎない。しかし蔵之介は受け取ったわけではない。保持もたぶんできないし、流れ出る。それをビアンカは交接ではないと言ったのだろうか? だとすると昨日の夜にした行為はいったい……? 卵を生みつけるとも言っていたが、その様子も無かったように思える。


 蔵之介は急に体のことが心配になった。昨日体内に糸を張られた。それに中に精子も出された。あれはどうなったのだろう? 不安がよぎりベッドから降りた。

「どうかされましたか?」

「ちょっ、ちょっとシャワーあびてくる」

「お体を洗うようでしたらお手伝いいたします」

 ゼノスがついてこようとするが蔵之介は両手で止めるように示した。

「あ、あの、必要だったら呼ぶから。今日はちょっと汗を流すだけだから外で待ってて」

 蔵之介に言われ困ったように眉を寄せるが、ゼノスは蔵之介の強い指示に逆らうこともできなかった。

「分かりました」




 シャワーを浴びながら確認したが、後ろは特に何の問題もなくいつも通りだった。いつも通りと言っても穴は少し緩んでいる気がする。指でそこをなぞると、ビアンカにたっぷり慣らされたのを思い出し、顔が熱くなった。それから意識をそらそうと頭を横に振った。

 一息ついて風呂場を出ると、ゼノスを呼んでいつも通り体を拭いてもらい服を着せてらった。

 シャワーの手伝いを断った時ゼノスは少し不満そう、というより不安そうだったが、手伝ってもらうと嬉しそうに体を拭いていた。ゼノスにとってこれは役割であり、関わる行為であり蔵之介が頼ることで存在意義を見出している様だった。やってもらうのを悪いと思っていたけど、ゼノスがしたいことだったり役割だったりするのなら任せるのが良いことなのかもしれない。



 聞くと海はシャワーを浴びている間に買い出しに行ってしまったようだ。なんだか避けられている気がして少し寂しかった。

 ゼノスが言うには外では警戒を強めているらしい。部屋からまた出られない日々が続きそうだった。今は出たい気分でもないからいいけど。

 部屋でゼノスと話をしているとビアンカが部屋のドアをノックした。ゼノスがドアを開ける。

「起きたみたいだね、体の方は大丈夫か?」

 蔵之介が恥かしそうに頷くとビアンカはほほ笑み蔵之介の頭を撫でた。

「何かあったらすぐに言ってくれ。心音で大体のことは分かるけど明確なところは分からない」

「うん、ありがとう。昨日の……その、あれは、子供ができるの?」

 ビアンカは首を横に振る

「卵のうは作っていないから妊娠はしない。昨日蔵之介が寝てしまってからできるだけ体内は綺麗にしたつもり だけど、今は違和感はないか? 痛みや、気持ち悪さが残ることもある」

「大丈夫、さっきもシャワーを浴びて確認したけど。平気だったから」

「そうか」

 不思議と気持ちが落ち着いていた。ビアンカにも言われたけど、ビアンカと話してると緊張してばかりだった。けど、昨日の夜ビアンカとして、ビアンカのやさしさに触れたらそれがなくなった。

 自分でもこの変化は恥かしくなるけど、嫌じゃなかった。ビアンカに見つめられると鼓動が高鳴り、体が熱くなる。


「僕はそろそろ仕事に戻るよ。ゼノスから今夜のことは聞いたか?」

「うん、アダルトになった宴がある。人が多く集まる。ほとんどが君の味方だから安心していい。けど、中には言葉巧みに君を誘う者もいるかもしれない。何かあればすぐに近くの者に助けを求めてくれ」

「宴って、料理とか……」

 そこだけやはり心配になってしまう。

「多くの物に振舞われるのは、ここでの料理だが、蔵之介の分はちゃんと食べれるものを用意してるよ。皆、昨日のこともあるし蔵之介の顔を見れるのを楽しみにしている。無事な姿を見せてやってくれ」

「うん」

 宴は、蔵之介の姿を見せまわりの人たちを安心させる為でもあった。ビアンカはまわりの事もしっかり考えている。その気遣いが、ビアンカのまわりに協力してくれる者を集めているのだろう。





 夜になり、宴の席に向かおうと部屋を出ると丸一日ぶりだろうか、海が居た。

「海、怪我は大丈夫? 部屋に入ってこないから話せなくて心配してたんだ」

「ああ、平気だよ。買い出しにも行けたし。なんの問題ない」

 海は明るく見せるがちょっと元気は無かった。


「本当は肋骨が折れてます」

 ピーが補足するように言った。

「言うなって!!」

「今は貴方には頼れません、それは把握しておくべきです。それでもキーパーとしての仕事はまっとうして抱きますが」

 ピーが言うのを聞いて蔵之介はビアンカを見る。

「海を休ませられないの?」

「休ませるつもりだったが、本人の希望なんだ。今日の宴は人が多いから側に居て守りたいと」

 海はいろんなことを勝手に話され不満そうだったが、蔵之介と目が合うと笑った。

「変な心配はするな。今日の宴は身内だけだし。お目付け役みたいなものだよ」

「そうだな、キーパーが侵入できない糸を張ったって噂は広がっている。昨日のことで海の評価も上がった。海が側にいれば気安く手出しする者もいないだろう」



 宴の席につく前に、ビアンカは蔵之介の方に向いた。

「蔵之介は扇子を使えるようになったか?」

 ビアンカは扇子を広げて見せた。それは城に綺麗な銀と金色の蜘蛛と一匹の囚われた蝶が描かれている。それは、蔵之介が事前に受け取っていた扇子と対になっている絵柄だった。

「ゼノスと練習したけど。開くくらいしか出来なくて」

 蔵之介は、食事前にゼノスに教わった通り扇子を素早く開いて見せた。

「それができれば十分だ。相手との話を終えたければそれを開き口元を隠せば拒否となる。それ以上話しかけてくるものはいない。事前に開いておけば、それだけで声をかけてくるものも居なくなる。話疲れたら開いて持っているといい」

 蔵之介は頷いて扇子を閉じ、帯にさした。



 宴が始まり、挨拶を終えると蔵之介と話したいと蔵之介の前に列が出来た。

 今まで城の中を歩いているときに見たことある人もいた。普段声をかけてこないのは、安易に声をかけてはいけないというルールがあったかららしい。許されるのはこのような宴の席だけで、皆が我先に、覚えて欲しいと贈り物を持ってきた。

 あまりの人の多さに蔵之介は圧倒されるが、海とゼノス、キーパーも間に立ち一定の距離を保ちいろんな人たちと挨拶をかわしていった。


 一通り挨拶が終わるころには、二時間ほどが経っていた。蔵之介は疲れ果て、いったん皆から隠れられる場所へ移動した。

「蔵之介様、全ての者の話を最後まで聞く必要は無いんですよ。扇子を広げ終わらせてよかったんです」

「うん、でも、今まで話せてなかったし。皆も話したかったみたいで、嬉しそうに話しかけてくれるから止められなくて」

 蔵之介は仰向けになり寝転んだ。

「あんなに好意的に話しかけられること無かったからなんだかうれしくて、つい聞きたくなっちゃったんだよね」


 蔵之介は伸びをして、脱力した。

「この後はしばらく扇子広げておいてください」

 ゼノスに言われ、蔵之介は身を起こす。

「どうして?」

 蔵之介は扇子を開いた。

「王がお待ちです」

 ゼノスが言うと、蔵之介は少し黙って「ああ」と納得したような声を出した。

 ビアンカは横で早々に挨拶を済ませていた。区切りのいいところで扇子を広げ各所の挨拶を切り上げていた様に思える。ずっと見ていたわけではないけど、ビアンカが対応できる範囲で上手くかわしていた。それに対して蔵之介は一人ひとりに対応していてなかなか終わらなかった。ビアンカも蔵之介が話し終わるのをずっと待っていたのだろう。


 蔵之介は立ち上がり

「戻ろう」

 と歩き出した。



扇子を広げ席に座ると、本当に声をかけられることがなかった。何人かがちらちら蔵之介を見て話かけたそうにしているのは分かったが、蔵之介は扇子を広げ胸元に寄せていた。


「ビアンカ」

「どうした?」

 ビアンカはそっけない態度で返事をした。待たせていたから不機嫌なのだろうか?

「待たせてごめん」

 蔵之介が言うとビアンカは蔵之介を横目に見てほほ笑んだ。

 蔵之介の頭をそっと撫でる。

「みんな蔵之介と満足するまで話せて喜んでいた。構わないよ」

 ビアンカの蔵之介に触れる手は優しい。

「うーん、でも、アダルトになったのを喜ばれるのはなんだか恥かしかった。人間はどちらかというとからかわれるから」

 蔵之介が言うとビアンカは口元を扇子で隠した。これは話を止めたいという事なのだろうか? と蔵之介は首を少し傾げた。ビアンカは扇子をすぐにどけた。

「誇りに思っていいことだよ。成長した証だ」

 ビアンカに言われ蔵之介は頷いた。

「うん、俺ここにきていろいろ成長できた気がする。ビアンカやゼノスと海がいるおかげで。心強いし、さっきみたいにいろんな人と話すのも怖くなかった。昨日、あんな襲われる様なことがあっても今日こうして安心してられるのはビアンカが側にいてくれるからだよ」

 ビアンカはそれを聞いて再び、扇子で口元を隠した。蔵之介はそれを見てビアンカの顔をのぞき込む。

「ビアンカ、もしかして照れてる?」

 先ほどから顔を隠してるのは何か見られたくない感情があるからなのだろうか? と蔵之介は、扇子内のビアンカの顔を見ようとするが、ビアンカに頬を指でつつかれる。

「じっとしてなさい」

 図星だったのだろう、二人の時は隠さず見せてくれる表情だけど、人前では隠したい所なのかもしれない。

 ビアンカのそんな姿は新鮮で、蔵之介も笑いそうになり口元を扇子で隠した。







 それから数日、蔵之介は毎晩ビアンカと共に過ごした。時折、怖い夢をみて夜中に目を覚ますことがあったが、ビアンカがすぐに気づき抱きしめてくれていた。そして蔵之介が眠りにつけるまで背中を優しくなでてくれるので蔵之介も夜中に目を覚ますことも減っていった。

 海も療養の為にあまり顔を合わせることはなかった。食事の買い出しには行ってくれている様だ。それすらも休んで欲しいけど、蔵之介の食事の問題にもなる為それだけは海自身が行くと言い張っていたらしい。



 怪我がだいぶよくなる頃には蔵之介にも新しい部屋が与えられ、海は部屋に戻ってきた。しかしどこか元気がなかった。声をかけると明るく返してくれるが生返事の様な、心ここにあらずといった様子だった。

「海は大丈夫なのかな?」

 蔵之介はゼノスに小声で問う。

「大丈夫です。でも戦いの後から少しおかしいんです。何があったか聞いても答えてくれませんし。ビアンカ様にも話を聞くよう言われているのですが、何度聞いても話してくれなくて」


 海はそれを聞いてか否か突然立ち上がり部屋のドアを開く。

「ちょっと、ビアンカ様の所に行ってくる」

 それだけ言うとドアを閉めて出ていった。

「ビアンカ様?」

 蔵之介は驚いてゼノスを見る。

「初めて様づけで呼ぶのを聞いた気がします」

 ゼノスは驚いた様に言ったが

「でも今は王をつけるのが正しい呼び方です」

 ゼノスはそれをただす様に言ったが間違えた本人は既にいなかった。




 海はビアンカの部屋のドアをノックするとドアが開いた。

 ピーが現れ、海の顔を見ると「どうした?」と問われる。

「ビアンカ様に話があります」

 海が言うと、奥から「良いよ」とビアンカの声が聞こえた。


 ピーがドアを開け海を中へ通した。

「蔵之介の様子はどうだ? 新しい部屋は気に入ってるか?」

「今は問題ありません。部屋でゼノスと編み物をしたいと話しています」

 ビアンカは、見ていた書類を横に置いた。

「元気そうでよかった。編み物は人間の服を作る方法の一つだったな。本も買ってきていたようだが……。今はその話はいいか。何の用だ?」

 ビアンカは海に体を向け聞く。すると海は膝を付き、腰を折り頭を下げた。今までに見ない礼儀正しい態度にビアンカは少し驚いたが、すぐに笑って見せた。

「俺を鍛えてください。この前の戦いで自分の弱さを思い知りました。ビアンカ様の様に強靭な体にも牙を剥ける様になりたいんです」


 海の言葉を聞いて、ビアンカとピーは顔を見合わせた。

「無理だよ」

 とビアンカが言って

「無理ですね」

 とピーが付け加えた。


「なぜですか!?」

 海は頭を上げた。

「僕は生まれてすぐに、王になる為の子供と決められ食事の管理と、生活の管理を義務付けられた。毎日鍛えて「お前は誰よりも強くなる」と言われ育てられた。二十年以上それが続いた。今から始めても、僕の様になるのは最低でも二十年後だそれでもやろうと思うか?」

 海はそれを聞いて生唾を飲み込んだ。


 二十年もの長い時間、王になることのみを目指し鍛え、今のビアンカの存在がある。

途方もなく長い時間だ。先が見えず折れるのもたやすく想像できた。海は手を握りる。

うつむき目を閉じると、蔵之介の顔が浮かんだ。

「二十年後、蔵之介と一緒にいて、その時守れない自分のままでいることは許せません」


 ビアンカは目を細め、立ち上がった。

「やります。この先何年かかっても鍛えぬきます。ご指導お願いします」

 ビアンカをまっすぐ見て言い放つ。

 するとビアンカは苦笑した。


「困ったやつだな」

 そういってビアンカは海に歩み寄った。

「ならば師をつけよう。僕を鍛えてくれた者だ。僕が王になって引退なされたが、頼みこめばコツくらいなら教えてくれるだろう」

「コツ? だけ?」

「それで十分だろ? あとは海の努力次第だ。僕も同じだった。教えられた以上のことをやったよ」


 海は冷や汗が流れた。今までも十分鍛錬は詰んできた。それでも足りなかった。それ以上何をすればいいのか想像もつかない。

 王の表情は真剣な面持ちだった「たやすく自分の足元と同じ場所に立てると思うな」と言われている気がした。

「はい」

 海は返事をするのがやっとだった。


「良かったです、話がまとまって」

 ピーがビアンカに言う。

「え?」

 海は何のことかと声を上げた。

「そうだな。今回の事で海があまりにも弱すぎて、このまま雇い続けるのはどうかと相談していた所だったんだ。弱い君がこのまま何もせず弱いままで守護を続けようとするなら強制的に修行に出させないといけなと。ちょうどよかったよ。弱い君が強くなろうと決心してくれて」

 ビアンカは意地悪く言って、にこりと笑った。


 くっそ腹立つ!

 声には出さず海は眉間にしわを寄せたが、ビアンカの強さを知って言い返せるはずもなかった。

「あー、その顔、君のその顔大好きだよ。言い返したいけど貴方にはかなわないって顔」

 とビアンカは海を見据えた。海は悔しそうに歯を食いしばる。ピーはそれを見て、ため息をついた。

「ビアンカ王、あまりその様なことは……。私以外にいうと面倒なことになります」

 ピーに言われビアンカはピーに軽くほほ笑んだ。

「ピー、キーパーを増やして蔵之介の守護を頼んで。海にはヴィンター師を紹介してあげて。バナナも忘れずにお持ちしてね、海なら入手は簡単だろう」

 ピーは「はい」と頭を下げた。ビアンカは言うと先ほどまで座っていたデスクへ戻った。

 ピーは前へ出て、海の腕をつかむ。

「海、行きますよ」

「は? え?」

 海はピーに腕を引かれビアンカの部屋を後にした。



 ビアンカは蔵之介の部屋へ向かう。ノックするとドアが開いた。

「ビアンカ様!?」

 ゼノスは声を上げた。

「声も聞かずに開けちゃだめだよ」

「すみません、海さんが戻ってきたのかと思ってしまいました」


「蔵之介は?」

「あちらに」

 ゼノスはソファを示す。

 ビアンカが部屋に入ると、蔵之介はソファに座って本を持っていた。ビアンカを見るとその本を閉じテーブルに置いた。



 ビアンカはその横に座り、蔵之介の頭を撫でた。

「蔵之介、海は強くなりたいそうだよ」

 蔵之介は、顔を上げビアンカを見た。

「君を襲った男の体の皮膚は特殊でね。固く通常の力では牙を食い込ませることはできない。しかし僕はそれをやってのけた。それを見て、鍛えて欲しいといってきたよ。そして今、昔僕が指導を受けていた師の元へ向かっている。きっと次戻って来た時には今までとは違う海になってると思うよ」

ビアンカが言い終えると、蔵之介はうつむいた。

「そっか、俺も何かしたいな。あの時何もできなかった。怖くて立ち上がることもできなかった」

 蔵之介は当時の事を思い出し、涙をぬぐった。あの日から二週間はすぎた。しかしそれで心の傷が完全に消え去るものでは無かった。

 ビアンカが居なかったら……、どうなっていたのか想像したくもなかった。


「怖い思いをしたんだ。ゆっくり回復させるしかない、仕方ないことだ」

「仕方なくなんてない。ビアンカが傍にいてくれるから安心できるんだ。だからもっとなにか、できるようになりたい。あの時逃げ出せてれば何か違ったかもしれない。皆みたいに糸は出せないし、力も能力もない。なのになんで……」

 蔵之介はぎゅっと握り拳を作った。

「なんでビアンカは僕に優しくしくれるの? なんで大切にしてくれるの?」

 蔵之介は泣きながらビアンカの服を掴んだ。

 ビアンカといれば安心できたけど、心のどこかでずっと不安だった。弱い自分がいつまで守ってもらえるのか。いつか見捨てられるかもしれない。売り飛ばされて居場所がなくなるかもしれない。

 こらえきれず、顔をビアンカの肩に寄せ子供の様に泣きだした。



「俺は何のために生贄にされたの?」

 その答えを知っているが、聞かずには居られなかった。ビアンカに優しくされて、時々それが不安で。そんな事されるはずないと思っていても、離れて行ってしまう気がしていた。

「母さんに捨てられた時のことが何度も頭の中に浮かぶんだ。いつか俺は皆と一緒にいられなくなるんじゃないかって……。生贄でもいい、ずっとビアンカの傍にいたい」

 ビアンカは口を開き言おうとした言葉を飲み込んだ。

 蔵之介の体をゆっくり抱きしめた。


「ゼノス、今から行うことは他言無用だ。あと誰も入れるな」

「はい」

 ゼノスは返事をしてドアの前に立っていた。



 ビアンカは蔵之介の体を持ち上げ、ベッドへと運んだ。蔵之介はビアンカの首に抱きついていたが、ベッドに卸されると離れた。

「蔵之介。君が生贄になった理由を教えよう。生贄と呼ばれる理由も」

 蔵之介は涙目で頷く。ビアンカはベッドのカーテンを引き、二人の姿をゼノスから見えないようにした。

「僕たちの世界にいる生き物は既に人間の世界の蜘蛛とは別の進化を遂げ今の姿をしている。その理由は。人の体から生まれたからだ」

 蔵之介は驚きはしなかった、分かっていたこと……。

「人間の体から?」

「そう、最初人間を生贄として引き渡されていたときは食すためだった。食べればその知恵、生き永らえ方、力を手に入れられると思っていた。しかしそれが無理だと気付き始め、雌は人間の体内に卵のうを作った。卵のうは人間でいう子宮と同等のものだ。そこで受精させた。

 そして奇妙な子供が生まれた。上半身は人で下半身は蜘蛛の姿だった。完全な人の姿でも、蜘蛛の姿でもない。しかしその子供は能力が高く、力も持ち合わせていた。皆驚き、強い子孫を残すため、それを何年も繰り返し続けた。

 そうするうちに、もう聞いているとは思うが僕たちのような無性別に近い個体が生まれ始めた」


 ビアンカはそこで言葉を止め、蔵之介を抱きしめた。蔵之介はビアンカを抱きしめ返した。

「その個体は、一人で精子を作り、卵子をつくり、卵のうを作れる。一人で全て完結する個体だった。その者が人の体内に卵を生むと、さらに能力値が高く、人に近い個体が埋まれるようになった」

 蔵之介はそれを聞いてビアンカを抱きしめた。

「俺は母体なんだね?」

 ビアンカは頷く。

「それが生贄と呼ばれる理由だ。それ以来、人間の体内に卵を生みつけ生ませることで強い個体を生み出し続けている。僕もその過程で生まれた一人だった。

人間並みに長寿となり、知識も能力も備わった。だから、蔵之介にもそれをしてもらう必要があるんだ。

 しかし、生贄と送り込まれた蔵之介は前回の個体よりも幼く。まだ卵を生みつけて耐えられるとは思えなかった、まだ様子をみようという事になった。

 けど、制御を知らないものがいてこの前のような痛ましい事件が起きてしまった。

 僕たちもまた仲間を増やさないといけない。ただ増やすだけなら母体を選ばず、卵のうを作り生めばいい。それですぐにでもできるが、やはり皆強い個体を望んでいる」

 ビアンカはいうと、蔵之介から体を離して頬に手を添えた、二人は見つめ合い蔵之介は自然と目を閉じ、ビアンカは唇を重ね、すぐに離れた。

「この前の成人の宴から早く子供を作る様皆からせかされてるんだ。しかし、蔵之介の心が癒えてからにしたかった。蔵之介は怒るかもしれないが当日の夜の事は皆知っている、アダルトになったため僕の独断で手を出したと。それで出来たのなら問題ないはずだとさらに強く押されている」

「そ、それもみんな知ってるんだ……」

 蔵之介は恥ずかしさでビアンカに抱きついた。

「すまない、しかし話さなければ蔵之介が精通した理由を「強姦されたから」と位置づけされてしまうと思ったんだ。それは避けたかった」

「確かにそれは嫌だな。むしろ言ってくれてよかったかも」

 蔵之介は理由が分かり、ビアンカの背中を優しくぽんぽんと叩いた。

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