第7章 運命を切り拓く剣 ④

 魔人の斬りかかり! 雷の様な身のこなしでジェイクに迫る!


「くっ――!」


 その動きをジェイクは見切れない! しかしがむしゃらに掲げた剣が魔人の剣撃をかろうじて受け止めた!


 打ち付けられ強大な圧力に抗い切れず、ジェイクは体勢を大きく崩された。


「そんなものか、勇者!」


 魔人の追撃! 必殺の斬撃がジェイクを襲う! ジェイクは必死に身を捩って盾を掲げた! 《運命に抗う盾リジステレ》が光り輝き、不思議な力が魔人の体を押し戻す!


「ぬおっ――」


 不意を突かれた魔人は驚いてたたらを踏んだ。ぎらりとジェイクが掲げる盾を睨み、


「これが話に聞く精霊の盾――俺の剣を阻むのか。なるほど、これはかの精霊の剣が揃えば魔王軍の脅威となろうな」


 しかし険しい目つきに反して楽しそうに呟く。


「だが、剣は俺が封じているし、その盾も俺の攻撃を盾で防がなければその力は発動しないみたいだな。さて、いつまで保つかな、勇者」


 魔人の更なる追撃――しかしシャルロットがそれに先んじた!


「させない――ファイアランス!」


 渦巻く大火が魔人を襲う!


「ちぃっ――ファイアボルト!」


 魔人も足を止めて迎撃せざるを得ない――魔人は初級魔法で小さな火球を生み出し、シャルロットの魔法攻撃を相殺する。


 魔法同士が激突・爆散し――


「――娘、邪魔をするなと言ったはずだ!」


「誰が魔人の言うことなんか!」


「よく言った! 娘の身でも勇者の血統というわけか! だが――」


「!!」


 魔人が強烈な殺意をシャルロットに向ける! シャルロットは再び身を竦ませてしまった!


「本能には抗えまい。女は男より防衛本能が強い――恐怖で取り乱さないのは褒めてやってもいいだろう――だがこの程度で竦むようでは俺の前に立ち塞がる資格がない。また邪魔されては敵わん。お前から先に死ね」


 言って魔人は手にした剣――その切っ先をシャルロットに向ける。


「お前ら人間は極大魔法など目にしたことがないだろう? 冥土の土産に見せてやる。リィンフォース・ファイア――」


 魔人の極大魔法! しかしジェイクがそれを阻む!


 ――ジェイクの不意打ち! 渾身の一撃!


「お前の相手は俺だ、魔人!」


「――なに――」


 空をも貫く穿撃せんげきが魔人を襲い――血飛沫が舞う。魔人の青い血の滴がジェイクの眼前に飛ぶ。


 ――しかし。


「くっ……俺に血を流させるか、勇者よ――」


 その切っ先は魔人の体に届かなかった。その肌を貫く寸前で魔人はジェイクの剣を素手で掴んで止めていた。指が、手のひらが裂けて刃を蒼く濡らしている。


「――くくく。これこそが闘争――雑魚をいくら嬲ったところで敗者を蹂躙する悦びは味わえん。強者の膝を折らせてこそ勝利。さあ勇者よ、もっと抗え。そして俺を愉しませて殺されろ」


「~~~~っ!」


 魔人の禍々しい激情に当てられ、ジェイクは咄嗟に間合いを離そうとした。それは、アネット家で継承した勇者の剣の記憶に頼り、急激にレベルアップしたことで戦闘経験が不足していることからくる悪手だった。退き際、魔人に剣を強く握られてジェイクは剣を手放すか否かを迷ってしまう。


 その隙を魔人は逃さない! 掴んだ剣を振り回し、ジェイクを床に叩きつける!


「がはっ……!」


「避けろよ、勇者――でないと死ぬぞ!」


 魔人の斬り下ろし! 仰向けに倒れたジェイクの頭に魔人の剣が振り下ろされる!


「くぅっ!」


 際どいタイミング――それでもギリギリのところで身を捩り、ジェイクはその一撃をかろうじて躱した。そのまま立ち上がろうとするが、動きが止まったところを狙って魔人が追撃の蹴りを放つ。


「がはっ――!」


 まともに蹴飛ばされたジェイクは石畳を転がる。


「――ジェイク!」


「ぐぅっ……」


 それでもジェイクは剣を手放さなかった。シャルロットの悲鳴に応えるように立ち上がろうとするが、しかし魔人の圧倒的な膂力での蹴りをまともに食らい、立ち上がれずに膝をつく。


「――どうした? その程度か勇者――俺に血を流させたのは会心撃だったが、それでもまだ俺の十年には足らんぞ」


 そう言って膝をつくジェイクに歩み寄る魔人。己の左手から流れる血を舐め、右手に握る剣を引きずって歩くその姿はまさしく悪鬼羅刹のものだ。


 ――そして、弟分で想い人の危機に、シャルロットが動く。魔人より先にジェイクの元へ行こうと駆けながら、魔人に攻撃を仕掛ける。


「――ファイアランス!」


 何度打ち消されようと、自分にはこれしかない――そう思いながらシャルロットは渾身の力で魔法を放つ!


 しかし――


「ふむ」


 魔人は相殺の為の魔法を放たなかった。代わりにジェイクによって傷つけられた左手を迫る火炎の渦に向ける。


 ――なんと、魔人はファイアランスを素手で受け止めた!


「このタイミングでファイアランスとは――なんとも都合がいいことよ。止血に丁度いいな」


「……っ!」


 ダメージを与えられなかったことに驚きはない。初級魔法で中魔法を相殺する出鱈目な相手だ。足止めができただけで十分――シャルロットは唇を噛んでジェイクに駆け寄り、そして懐から魔法の小瓶を取り出す。


「ジェイク、これを――」


「――ほう、エルフの傷薬か。この大陸にエルフはいなかったはずだが。人間にしては大層なものを持っているな」


「――!!」


 ジェイクに薬を使おうとした途端、足止めしたはずの魔人がすぐ傍にいることにシャルロットは戦慄した。それでもジェイクにそれを使おうとするが、魔人はそれより早く彼女の手から小瓶を取り上げる!


「あっ――」


「……こんなものがあるなら止血の意味はなかったな」


 そして魔人は封を開け、中身を己の左手にかける――止血の為に負った火傷がみるみる回復していくその姿に、シャルロットは目を見開いた。


 しかし、それも一瞬――シャルロットは強く噛みすぎて切ってしまった唇から一筋血を流し、ジェイクをその背に隠すように魔人の前に立ち塞がった!


「……娘、なんのつもりだ?」


 震えて――それでも両手を広げて己を阻むシャルロットに魔人が問う。


「見ての通りよ。ジェイクはやらせない」


「唇をかみ切ってまで竦む体を奮い立たせるか――俺の前に立ち塞がる資格がないと言ったのは撤回しよう。己の身を挺して仲間を庇おうとするその高潔な覚悟――この手で手折ったらさぞ愉しいだろうな」


「何してるんだ、ロッテ――」


 嗤う魔人。そして未だ立ち上がれないジェイクが叫ぶ。


「とっとと逃げろ、馬鹿妹――」


「酷い! 馬鹿って言った!!」


「言ってる場合か! 早く逃げろ――」


「言ったでしょ、私が守ってあげるって――弟を見捨てて逃げる姉がどこにいるのよ!!」


 シャルロットが叫ぶ。その叫びに、ジェイクは王都を旅立った日のことを思い出す。


「お前――」


「気が利かないんだから! 最期くらいマシなこと言ってくれてもいいのに!」


 その言葉に魔人の口元がいびつに歪む。


「――最期。娘、その覚悟ができてるというのだな?」


「覚悟じゃない、確信よ――ジェイクがあんたを必ず倒す。私はその手助けをするだけ」


「いい。実にいいぞ――お前を手折れば、勇者はまた一段と俺を愉しませてくれるだろう。娘よ、お前の名を聞いておこうか」


 魔人のその言葉に、シャルロットは毅然とした態度で告げる。


「シャルロット――シャルロット・アストラ。いにしえの勇者の末裔で、勇者ジェイクの一番のお供よ」


 シャルロットの名乗りに、魔人は頷き――


「シャルロット――勇者と共に俺を愉しませた娘の名として記憶に刻んでやろう。光栄に思え」


「待て、魔人――お前の相手は俺だ!」


 不穏な会話に、ジェイクは気力を振り絞って顔を上げる。


 その目に映ったのは、自分を庇うシャルロットの背中――そして、そこから生える魔人の腕と滴る彼女の鮮血だった。


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