第2章 漁村とシーサーペント ①
「ねえ、ジェイク?」
シャルロットがジェイクに尋ねる。
「あん?」
不機嫌そうなジェイク。
「私たち、魔将軍討伐の旅に出たのよね?」
「そうだ」
「そっか」
シャルロットはそう呟いて――そして強い疑問を投げかけた!
「じゃあ私、なんで海で漁船に乗って投網漁をしてるわけ?」
「それはな、ロッテ――お前が王都で有り金全部落としたからだ!」
ジェイクの口撃!
ジェイクにルチアのお告げが下りて二週間――二人は王都の
「まったく――食料の買い出しは私に任せて、なんて言うから財布預けたら五分とかからず財布落としやがって……当面の路銀を稼ぐまではここでアルバイトだからな。ほら、手が止ってるぞ。早く引け」
「うう、手が痛いよー……潮風で髪がベタベタするよー……おばさんに頼んで少し貸してもらおうよー」
シャルロットの弱音! ジェイクは聞く耳を持たない!
「旅立ったその日に財布なくしたんでお金貸してくださいってか? できるかそんなこと!」
言い合う二人に、二人の雇い主――村の中年男性、漁師リドルが申し訳なさそうに言う。
「いや、それにしたってオラの仕事を勇者様と王女様に手伝ってもらうなんて、ほんと申し訳ねえことです」
「いいんですよ、リドルさん。
「――ジェイク、きた!」
と、半泣きで網を必死に引いていたシャルロットが叫ぶ。ジェイクは床においていた弓を拾い、素早く矢をつがえた。
「――リドルさん、伏せて! ロッテは死んでも網を手放すな!」
「要求が高い!」
シャルロットは泣き叫んだ!
「大事な国民の大事な仕事道具だ、なくしたらリドルさんが仕事できなくなっちまうぞ!」
「それは困るー!」
必死になって網にしがみつくシャルロット。同時にジェイクたち三人が乗る小さな漁船の目と鼻の先で海面が盛り上がる。
――海に棲む魔物、半魚人が現れた!
「キシャァアアアアアアッ!」
魔物の咆哮――しかしそれに臆することなくジェイクはつがえた矢を放つ。放たれた矢は吸い込まれるように半魚人の目に突き刺さった。
――会心の一撃!
「ギャァアアアアアッ!」
「もう一発!」
再びジェイクは矢をつがえて射る。二射目も半魚人の残った目を射貫く。暴れのたうつ半魚人――そしてそれはしばらくもがいた後、腹を上に海面に浮いた。
ジェイクはしばし弓を構えたまま残心――骸となった半魚人がピクリとも動かないことを確認し、ふぅっと息を吐く。
「――よし。リドルさん、もう起きて大丈夫ですよ」
ふいーっと息をつくシャルロット。そしてリドルがこわごわと顔を上げる。船縁に手を置いて、死体となった半魚人に目を向ける。
「……何度見ても鮮やかなもんだ。オラたちじゃ逃げることも難しい魔物を弓で――勇者様はすげえや」
「初日は船の揺れに慣れなくてみっともないとこ見せましたけどね――もうコツは掴みましたよ。この距離じゃ外しません」
ジェイクはそう言って感嘆の声を上げる。
「こうして漁に出れるのも勇者様のお陰です……今まではそう悪さをしなかった海の魔物たちが、近頃は魔王軍のせいかこうして船を襲うんで漁に出ることができなくて困ってたんですよ」
「俺たちの方こそ助かってます。あんまり役に立てない漁より、護衛の方が役に立てそうですから。漁の手伝いで足を引っ張っていないか心配なくらいです」
「そんなこと――」
「ジェイクー……魔物退治終わったなら手伝ってよー」
しくしくと泣きながら網を引くシャルロット。ジェイクは彼女の言葉に嘆息し、手を添えるように網に手をかけた。
◇ ◇ ◇
「雨ね……」
それから更に二週間が経った!
「そうな」
雇い主であるリドルの家に間借りしている二人は、雨で漁に出られず、リドルの家で出かけたリドルの帰りを待って留守番をしていた!
「もう三日ね。そろそろ網を打たないと体が固まっちゃいそう」
「体力ゼロマンが言うじゃねえか」
ぼやくシャルロットにジェイクが軽口を叩く。
しかし実際のところ、ジェイクの鬼監督のもと毎日毎日網を打ち、引き続けたシャルロットは人並以上の体力を手にしていた!
「明日は晴れるといいわねー」
「そうな」
「生返事やめてよ。ジェイクだって家の中でじっとしているより、海に出て体動かしたり、鳥を獲ったりした方がいいでしょ?」
「まあな」
「よく飛んでる鳥を矢で射れるわね。城の弓兵より腕がいいんじゃない?」
「自分で言うのもなんだが多分俺より上手い奴は城にはいないんじゃねえかな。元々ちょっと自信あったけど、リドルさんの船に乗るようになってさらに上達したからな。今の俺なら陸(おか)では狙いを外さないぞ」
「あんたほんとにいにしえの勇者の生まれ変わりなの? 勇者ジェイクが弓を使っただなんて話、聞いたことがないわよ?」
「俺も勇者ジェイクだけど?」
「ややこしいわね……」
「うるせえな――暇なら魔道書でも読んで新しい魔法の勉強でもしてろ」
「……そうね。漁で魔物が出た時に役に立つし」
シャルロットは頷き――そして自分の言葉に違和感を覚えた。
……………………
「私たち、魔将軍討伐の旅に出た勇者パーティだよね!?」
「そうな」
「いつまで漁村で投網漁してるつもりなのよ! このままじゃ魔法使いじゃなくて漁民になっちゃうわよ!」
「や、お前って魔法使い歴二、三日だったじゃん。それからずっと船で網打ってたじゃん。もう立派な海の女だよ」
「おバカ!」
シャルロットの脳天唐竹割り! 彼女の手刀がジェイクの頭頂に炸裂する!
「痛っ――生意気にも痛いじゃねえか。立派な漁筋つけやがって」
「力もつくわよ! 私のか弱い指が逞しくなっちゃって……」
シャルロットが悲しげに自分の指をさする。ジェイクの目には、変わらず白魚のようなそれに見えていたが。
「や、そんな変わってねえよ。人並以下から人並以上になっただけだ。成長できて良かったな? じゃあお前も人並以上の体力を手に入れたみたいだし、そろそろ旅に出るか」
「――え?」
「俺自身、俺が勇者だってのを忘れたことはねえよ――路銀が稼げて体力もつく。北から東へ進路を変えて漁村に来たのは正解だったろ? まああれだけ働けるんならそろそろに出てもいい頃だな」
「……もしかして、私を鍛えるためにずっと網打たせてたの?」
「そればっかじゃねえよ? お前じゃ魔物が出ても相手できないだろ? だからお前が網担当、俺が魔物担当。魔物退治したあとは手伝ってやったからいいだろ?」
そう告げるジェイク。シャルロットは不満そうだ!
「私が体力つかなかったらどうするつもりだったの? 魔将軍をうっちゃってずっとこのままってわけにはいかないでしょ?」
「もう何週間か様子見て見込みなさそうなら城に返品するつもりだった」
「返品て」
「そうならないために心を鬼にして網打たせたんじゃねえか。むしろ礼を言って欲しい」
「……ありがとう」
「おう」
「……や、やっぱ私がお礼を言うのは違うと思う!」
「ドンマイ」
「どんまい違うし!」
ぽかぽかとシャルロットがジェイクを叩くが、ジェイクの方は片手でそれを全てあしらう。
「……やっぱもう少し鍛えてくか?」
「冗談言わないでよ! 今だって中部地帯じゃ兵士たちが防衛戦を張って魔王軍の侵攻を遅らせてくれてるのよ? 早く私たちがなんとかしないと」
「それはそうだけど、今すぐ俺たちが行ったって返り討ちに遭うだけだ。謁見の間でお前が言ったように、力をつけないと」
「正論!!」
シャルロットはぐうの音も出ない!
「けどまあロッテの言う通り早くしなきゃってのも事実なんだよな。多分もうロッテもその辺の魔物にさくっと殺されるようなことはないだろうし、マジでそろそろ出発するべきだな。リドルさんが帰ってきたら話して、雨が止んだら出発するか」
「そうだね――リドルさんにお礼言おうね。間借りまでさせてくれて、随分良くしてくれた」
「だな」
シャルロットの言葉に頷くジェイク。丁度タイミングを計ったように、表から雨に濡れた地面を駆ける足音が聞こえてきた。
「お、帰ってきたかな」
ジェイクの呟きと同時に、慌ただしく家の扉が開け放たれる。
「勇者様、王女様――大変だ!」
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