第1章 旅立ち ①

「……あのな? 勇者になった覚えとかじゃなくてな? ルチア様がそなたこそ勇者だって。いにしえの勇者の生まれ変わりだって」


 王様のターン! 勢いはない! たじたじだ!


「王様。そもそも王様はいにしえの勇者の直系――勇者というなら俺より王様が相応しいのでは? なにしろ血を引いてるわけですし」


 ジェイクの口撃! 正論だ!


「ぐっ……確かにな? アストラ王家は勇者の直系である。あるよ? だけどそなたの父ルーカスもな? 何代も何代も王家に仕える兵士の家系でな? そしてこのアストラ王都には勇者の傍系も……つまり血筋で言えばアストラ国民はみな勇者の血をひく末裔であるっていうか」


 王様のターン! なんとか踏みとどまっている!


「……血筋のことは一先ずおいておきましょう。で? 俺が勇者で、魔王を倒してこいと? 農民で兵士ですらない俺に? 父さんたち腕利きの兵士たちが隊を組んで敵わなかった――それどころか国を挙げて戦線を敷いても侵攻を遅らせるのが精一杯の魔王軍相手に、剣も握ったことがない俺を派遣すると。さすが王様、ご冗談が上手い」


 ジェイクの畳みかけ! 王様の目が泳ぐ!


「えー、あー……そなたの一族は優秀な兵士だ。きっとそなたにも戦いの才能が……ほら、そなた体も引き締まっておるし。聞いておるぞ、兵士顔負けの力自慢なのだろう?」


「七つの頃からこの十年毎日鍬振ってますからね。農筋もつきますよ……あー、嫌味じゃないですよ。本当に心から感謝してます、王様。殉職した父を国葬してくれただけじゃなく、王城のすぐ傍に家と農地を賜りました。お陰で仕事に困る事もなく、母と暮らせています」


「……ルーカスは優秀な兵士というだけでなく、儂の一番の友でもあった。本音を言えば奥方と息子であるそなたにはもっと手厚い恩賞を下賜したかった。だがあの当時の被害は大きく、殉職した兵士もルーカスだけではなかった……あれが精一杯だった」


「いえ、できる限りのことをしていただいたと思っています」


 ジェイクは姿勢を正すと、アストラ王――そして国に対して深々と頭を下げて感謝の意を示した。


 ――王様は今ならイケると踏んだ!


「さあ勇者ジェイクよ! 父ルーカスの無念を晴ら」


「ヘイ王様、待って? 感謝してるけど俺が勇者ってのはまた違う話だから待って?」


「はい……」


 王様はジェイクの勢いに負けてしまった!


「――……大体ですよ、いくら王様から勇者だから旅立てと言われても、はい行ってきますとはならないでしょう常識的に考えて。俺がこのまま魔王討伐の旅に出るとか思ってたんですか」


「……そなた、かのいにしえの勇者ジェイク・アストラと同じ名前であるし」


 王様のか弱い反撃! ジェイクは溜息をついた!


 そして息を吸い、大きな声で尋ねた!


「この中にジェイクさんはいらっしゃいますかー?」


 ジェイクの問いに、鼓笛隊、兵士、大臣――大勢が手を挙げた!


 ――なんと王様も手を挙げている!


「英雄王の名を継ぐ王様こそ勇者王! ジェイクリッド・アストラ様、今こそ魔王を討つべく旅立たれる時です!」


 ジェイクの口撃! 王様は泣きそうだ!


「ちょっとジェイク、お父様を虐めないでよ」


 シャルロットが割って入る! シャルロットは小声でそう言いながらジェイクの脇を肘で小突いた!


「ロッテ――」


 ジェイクはシャルロットの肩に手を置き、にっこりと笑いかけた。


「俺は寝不足のまま無理矢理引っ張って連れてこられた挙げ句、理不尽に魔王を倒せとか言われて少しだけ怒ってる。ちょっと黙ってろな?」


「あっはい」


 シャルロットはジェイクの額に浮かぶ青筋を見逃さなかった!


 ジェイクはアストラ王に向き直ると、溜息混じりに告げた。


「……国民にどれだけジェイクくんがいると思ってるんですか。かの英雄王の名前ですよ? 王都じゃあやかって名付けられるジェイクくんでいっぱいです。石を投げればジェイクに当たるって言われてるんですから」


「……そうだね。いっぱいいるね」


 王様に宿る威厳が消し飛んだ! 劇画調だった王様が今や見る影もない!


 謁見の間が静寂に包まれた!


「……え、なんですかこのお通夜みたいな空気は。もしかして本気で俺が旅立つと思ってたんですか?」


「……ルチア様のお告げが下ったとき、儂の目の前には希望が広がった。さっきも言ったように魔王軍は強く、押し戻すことはできない――今やアストラ大陸の北半分は魔王領と言える。魔王軍の魔の手がこのアストラ王都へ伸びる日は近い。世界を、国を、民を守る力は儂にはないのだ」


 力なくそう言うアストラ王が手を挙げると、兵士の一人がジェイクに近づき布にくるまれた何かを差し出した。促されて布をめくると、そこには荘厳な造りの中盾があった。


「それは《運命に抗う盾リジステレ》――アストラ王家に伝わる秘宝で、かつてルチア様がいにしえの勇者に授けたとされる聖盾である」


「……聞いたことがあります。これが……」


 ジェイクは王の言葉に答え、その見事な盾に触れる。


 ――その時、ジェイクは不思議な感覚に包まれた!


 そして――


(……ますか。聞こえますか、勇者ジェイクよ……私は精霊ルチア。今あなたの心に直接語りかけています)


 ――ジェイクにルチアのお告げが下る! ジェイクは嫌な気分になった!


(失礼な勇者ですね……まあいいでしょう。ジェイク、盾を手にしなさい)


 仕方なしにジェイクは兵士から《運命に抗う盾リジステレ》を受け取った! 盾が持つ聖なる力の鼓動を感じる!


(あなたの中に眠るいにしえの勇者の力が今、目覚めました……さあ勇者ジェイクよ、魔王を討ち滅ぼすべく今こそ旅立つのです)


「王様と精霊が結託して俺を殺しにかかってる。辛い」


(……あの勇敢だったジェイクの生まれ変わりがこれ。キツい)


「やかましい」


(いいでしょう、ジェイク――あなたが勇者として魔王に立ち向かわない――その未来がどうなるか少しだけ見せてあげましょう)


 ジェイクの頭にルチアのそんな言葉が響き――そしてジェイクの頭の中に見た覚えのない光景が広がった!


 その光景にジェイクは絶句した。見知った町、家、そして母の姿。それらを血の色で染める数々の魔物。


 魔物たちは城へ進み――そしてシャルロットの姿が見える。


 頭の中に広がる光景の中でシャルロットは殺されなかった。代りに魔物に連れ去られ、魔将軍だろうか、一際大きな体躯の魔物に差し出され、そして――……





「――イク、ジェイク! どうしたの、しっかりして!」


 気がつくと、ジェイクはシャルロットに肩を揺さぶられていた。


「……ロッテ、俺――」


「大丈夫? 盾を持ったら急に目の焦点が合わなくなって――私、どうしたらいいか」


 目に涙を浮かべたシャルロットが心配そうにジェイクの顔を覗き込む。彼女の瞳に映る呆然とした自分を見て、ジェイクは我に返った。


(……聞こえますね、ジェイク。今見た光景は運命の片鱗です。あなたが魔王軍と戦わない未来の運命です)


 最早疑う余地はない。ジェイクは心の中で念じた。


(……気分の悪いものをみせてくれたな、ルチア様……俺だってアストラ国民だ、あなたを信仰していた。毎日祈りも捧げていた。こんなことをするなんて)


(……よほど嫌なものを見たのですね。私にはあなたがどんな運命を見たかわかりません。あなたが立ち向かわなければどんな未来が待っているか……その運命を見せただけです)


(……そうかよ)


(ジェイク。旅立ちなさい。その盾は《運命に抗う盾リジステレ》。運命に抗うことができます。そして《運命を切り拓く剣イアクリス》を手にしなさい。運命に抗い、自らの手で切り拓くのです。あなたが見た未来を実現させてはなりません。いいですね、ジェイク――魔王軍と戦い、世界を救い――そしてあなたが望む未来を手繰り寄せるのです。あなたにならそれがきっとできます……)


 そんなルチアの言葉。そしてジェイクを包んでいた不思議な感覚が消えていく。


「……ねえ、ジェイク。本当に大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」


 自分が倒れてしまわないように支えていたシャルロットにそう答えるジェイク。にわかに起きたジェイクの異変に謁見の間は不穏な空気に包まれていた。


 ――そんな中、ジェイクは自分を支えるシャルロットを見て……目の前の少女は決して失ってはいけないものだと心に刻んだ。


 ジェイクは決意を固めた!


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