勇者はNOと断った!! ―NOを選べる新米勇者と幼馴染みのぽんこつ王女―

枢ノレ

プロローグ

「さあジェイクよ――勇者ジェイクよ! この大陸を脅かす魔将軍の討伐――ひいては魔王を滅するため、今こそこのアストラから旅立つのだ!」


「嫌です」


「!?」


 勇者はNOと断った!! 王城・謁見の間に衝撃が走った! 一同は凍りついてしまった!



   ◇ ◇ ◇



 アストラ大陸の南端に位置するアストラ王国、王城――そのすぐ近くにあるとある農家。


 その一室で、少年ジェイクは日が昇ってもまだベッドの中でまどろんでいた。


 朝餉の時間はとっくに過ぎている。もうじき昼餉の時間だという頃、そんなジェイクの部屋の扉が勢いよく開け放たれた。長い栗毛を左右に結わえた、この春十九才になった元気のいい少女が飛び込んでくる。


「ジェイク――え、まだ寝てるの? 起きて!」


「あぁ……」


 怒鳴り込んできた少女――アストラ王国の王女で、ジェイクとは姉弟のように過ごしてきた少女、シャルロット・アストラの剣幕ジェイクは眠い目をこすって、


「……なんだよシャルロットロッテ、また城を抜け出してきたのか?」


「ちょっと、せめて目を開けてしゃべりなさいよ」


「うるさいな、昨日夜中に向かいん家の馬が産気づいて、初産だからって手伝いに駆り出されたんだよ……朝まで様子みてベッドに入ったのはさっきなんだ。後にしてくれ」


 どうせいつだって城から抜け出してこれるだろ――ジェイクがそう言うとシャルロットは彼が被っていた毛布を引き剥がす。


「なにすんだ……」


「それどころじゃないのよ、ジェイク! いいから私と来て!」


 言いながらシャルロットはジェイクをベッドから引きずり出す。下着一枚のジェイクの下半身が露呈した。


「なんて格好してんのよ、バカ!」


 シャルロットは反射的にジェイクの頭を叩き――


「――痛い!」


 悲鳴を上げた。


「自分で叩いてダメージを受けるとは可哀想な奴だ」


「あんたの体が無駄に頑丈なのよ」


「お前が体力なさ過ぎなだけ」


「もう……それでいいから何か穿いて」


「はいはい……」


 涙目で痛がるシャルロットに返答し、ジェイクは諦めたようにチェストから革のパンツを取り出して身につける。


「もう……王女の私に下着姿を見せるなんて本当なら不敬罪で死刑なんだからね」


「夏は下着で寝てるの知ってるだろ……勝手に見たくせになに言ってんだ。こっちが慰謝料請求したいくらいだよ……で、何が大変だって?」


 簡単に身支度を調えたジェイクが尋ねると、シャルロットは思い出したように叫んだ。


「そう、大変なのよ――お父様にルチア様のお告げがあったの!」




 精霊ルチア――かつてこの世界を地獄に還さんと地の底から現れた魔王――その魔王をこの世の果てに封じて世界に希望と救いをもたらした、いにしえの勇者。そのいにしえの勇者を導いたと言われる精霊ルチアは、今は世界中で祀られ、崇められている。




「お告げ――さもありなん。今はこんな世の中だし、アストラ王家はいにしえの勇者の末裔だもんな。お前にいにしえの勇者の血が流れてるとか信じられないけど。まあ王様にルチア様の導きがあっても全然不思議はない」


「失礼ね――いや、今はいいわ。とにかく急いで!」


「?」


「お父様がジェイクを呼んでるのよ!」


「!?」


 シャルロットの叫び声! ジェイクはルチアのお告げと自分の関連性がわからずに混乱した!




   ◇ ◇ ◇




 シャルロットに手を引かれ、訳もわからぬまま王城――謁見の間に連れて行かれたジェイクは目に飛び込んできた光景にたじろいだ。


 玉座に座るのはこのアストラ大陸を統治するアストラ王国の国王。しかし十年前から王女シャルロットの遊び相手として王城の出入りを許されていたジェイクにとって、敬意を払うべき対象であっても畏怖することはない。


 初老を越えなお精悍な体躯、賢王として知れた彼の英知を感じさせる鋭いまなざし、立派なおヒゲ――いにしえの勇者の末裔であることに疑う余地はない……そんな傑物も、ジェイクにとっては幼馴染みのお父さんである。


 隣に立つ貴婦人――王妃もまた老いを感じさせぬ美貌の持ち主だ。国王が隣の大陸のとある国から妃として後の王妃を連れ帰ったとき、国民の誰もが跡取りは絶世の美男か美女になると噂し――それは違わぬものとなった。アストラ王国一の美女と言えば誰もが口を揃えてアストラ王家の一粒種・シャルロットだと言い、次席は誰だとくれば王妃の名が上がる。


 しかしやはりジェイクにとっては幼馴染みのお母さんだ。さすがにおばさんと呼んだことはない。王様、王妃様――母一人子一人の生活で七つの頃から鍬を振るジェイクだが、そのあたりは心得ている。


 なので、ジェイクをたじろがせたのは謁見の間で厳めしい表情で玉座に座る王様でも、その隣で苦悩の表情を浮かべる王妃様でもなかった。


 部屋の入り口から玉座まで敷かれた靴底が沈む絨毯――その両脇に剣を、槍を掲げて整列する、ざっと百名以上はいそうな王国兵。王様の後ろには国の大臣たちが並び、王妃様の後ろには大勢の女中(メイド)さんたちが下を向いて整列している。よく見ると、兵士たちの後ろにはラッパと太鼓を持った鼓笛隊までいた。


 王城で働くすべての人が集まっているのではないか――そう思わせる光景にジェイクがすわ何事かと目を瞬かせていると、シャルロットとジェイクの登場を待っていたかのように謁見の間にラッパの音が高らかに鳴り響いた!


「!?」


 更に太鼓のドラムロール! ジェイクは戦いた!


「――ジェイクよ! 勇敢な兵士ルーカスの息子、ジェイクよ!」


 ドラムロールの音が止むと、今度はアストラ王の声が響いた。


「は、はい」


「……そなたはいくつになった? いや、聞かずとも知っている。今年の誕生日に同じことを聞いたのを憶えておる。だがそなたの口から今一度聞きたいのだ」


 真剣な王の表情に、ジェイクは息を飲んで答えた。


「その節は祝いの言葉を賜り、この身に余る光栄です――今年の春、十七になりました」


 ジェイクはアストラ王に対し、普段からかしこまった態度で接しているわけではない。王と農民とは言え、普段はもう少し砕けた関係だ。だが王の態度、場の空気――ただごとではないと察して言葉を選んで答える。


「うむ。立派になったな。亡き父ルーカスも、そなたの成長を誇らしく思っているだろう。ときにジェイク、そなたは今このアストラ大陸――いや、世界を脅かす魔王、そして魔王軍のことを知っておるな?」


「はい、王様」


 ジェイクは答える。


「――……十年前、いにしえの勇者が命を賭して封じた魔王が復活し、六人の魔将軍をそれぞれの大陸に放って世界を再び地獄へ還そうと人の世に侵攻をしています。われらがアストラ大陸にも――」


 十年前、いにしえの勇者が封じた魔王が復活した。原因は定かではない。しかし魔王はみずから動くことなく六人の魔将軍を生み出し、それを人の世に放った。


 六つの大陸はそれぞれ魔将軍とそれに率いられた魔王軍に襲われ、ある国は抗い、ある国は滅ぼされ――……


 このアストラ大陸――アストラ王国は、いにしえの勇者がかつて英雄王として治め、そして繁栄した国だ。そのいにしえの勇者の末裔であるアストラ王は、この魔将軍にいち早く対応した。腕利きの兵士を集めて討伐隊を結成し、魔将軍に制圧された大陸北部にある精霊ルチアを祀るルチア聖殿に送り込んだ。


 ……しかし、魔将軍の討伐はならず――そして帰ってきたものは半分にも満たなかった。


 ジェイクの父、ルーカスは勇敢な兵士でこの討伐隊に一番に名乗りをあげた。しかし、ジェイクにとって仲間とともにアストラを旅立つその背が父の最後の記憶となった。


「うむ。今もなお魔王軍との戦いは続いている。ここ南部は魔物の被害はほとんどない。それはそなたの父ルーカスをはじめとする討伐隊の働きも大きいだろう……だが、今も魔将軍は大陸北部の山稜地帯――ルチア聖殿に陣を敷き大陸を手にいれんと魔物を使い侵攻している。彼奴の手はもう中部にまで伸びてきている。我らも応じているが、この王都に魔物の手が伸びるまでいくばくも猶予はない」


 王の言葉は王都に住むものにとっては周知の事実であった。北部、中部からの避難民で王都の人口は増え続けている。


 そういった事情もあり、母と二人で細々と続けている農業で食べていけるのも事実だが。


「さて、ジェイクよ。今朝、儂にルチア様のお告げがくだった」


「……はあ、ロッテ――いや、シャルロット様から聞きました。王様はいにしえの勇者の末裔――魔将軍、いえ、魔王を討ち滅ぼすルチア様のお導きがあったのではないかと、一国民として胸をなで下ろす思いです」


「うむ」


 王は頷き、立ち上がって大仰に手を振った!


 テテターチーターテー! 謁見の間にファンファーレが響き渡った! ジェイクはびくりと体を震わせた!


「ルチア様のお告げにより、アストラ王家の名において勇敢な兵士ルーカスの息子、ジェイク――そなたを新たな勇者と認める! ジェイクよ、これからは勇者ジェイクと名乗るがいい!」


 アストラ王の宣誓! 鼓笛隊がこれでもかと盛り上げる! 兵士たちは敬礼だ!


 ――ジェイクは訳がわからない!


「……仰る意味がわかりませんが」


「うむ、ならば一から説明しよう――鼓笛隊、止め。ジェイクも楽にするがいい」


 王の号令で鼓笛隊の演奏が止る。玉座に座りながら王が言い――ジェイクも体から力を抜く。


 そして王はゆっくりと語り出した!


「今朝、儂は目覚めるとどことなく体が気持ち悪くてな――どうやら寝汗をかいたらしい。儂はお付きの女中(メイド)に頼んで湯を沸かして貰った。湯浴みをしながら儂はそろそろこのおヒゲを短くするか悩んでおった。食事の時に不便なのだ。威厳はあるのだが」


「や、そういうのはいらないです」


「そ、そうか? うむ、ともかく湯浴みをしているときにティンときた」


「ティンと」


「うむ」


 王は力強く頷いた! ジェイクはすごくどうでもいいと思った!


「それこそがルチア様のお告げだ。ジェイク――そなたこそがいにしえの勇者にしてアストラ王国の初代王、後に英雄王と語り継がれる勇者ジェイク・アストラの生まれ変わりであると!」


 再び響くファンファーレ!


「そしてルチア様はこうも仰られた。勇者ジェイク――そなたこそが人類の希望! 魔王を滅する存在であると!」


 ファンファーレは最高潮! 兵士たちの拍手! ジェイクは頭を抱えた!


「さあジェイクよ――勇者ジェイクよ! この大陸を脅かす魔将軍の討伐――ひいては魔王を滅するため、今こそこのアストラから旅立つのだ!」


「嫌です」


「!?」


 勇者はNOと断った!! 王城・謁見の間に衝撃が走った! 一同は凍りついてしまった!


「――……っ、ファンファーレの音で聞き取れなかった。さあジェイクよ――勇者ジェイクよ! この大陸を脅」


「嫌です、王様。俺は勇者になった覚えはないし、魔王を倒す旅にはでません」


 ジェイクは力強く断言した! 一同は益々凍りついた! 氷像のようだ!!


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