邪神官、弟子をとる
ささがせ
第1話 邪神官、弟子をとる その1
冒険というものには、大まかに分かれて3つの終わりがあるという。
一つ。無事目的を果たし、ヒロインと抱き合ってキスして終わる。
二つ。道半ばで倒れ、そのまま暗転。
そして、三つ―――…
「続くッ!?」
「ああ、そうだ」
「馬鹿じゃない? 馬鹿っじゃない!? いやほんと馬鹿じゃないの!? もうこれで契約終了でしょー!? さっさと恩赦でウチを解放しなさいよ!」
かつて一つの巨大な”珠”であったというその世界は、度重なる神と竜と魔の争いによって引き裂かれ、幾重もの欠片に分かれ、今なおも断たれ続けていた。
”珠”の名前はとうに忘れ去られてしまったけれど、その一つの大きな欠片には、真なる竜を名乗る者が、ヴェルエルムという名前をつけていた。
ここは、ヴェルエルムを名付けし真竜が治める国。
その貴族街にある屋敷―――の、地下室。
外に音が漏れないという構造の、仄かに血の匂いがする部屋だった。
内装はシンプル。暗い色の漆喰で塗り固められ、赤い花が一房描かれた絵が掛かっている以外には、ふかふかとは程遠いガッチリした作りのソファと、やたら硬い机。そしてパズルのピースをぶちまけたように乱雑に散らばった酒瓶が転がっている。
大小様々彩り豊かな酒の数々は、片端から順に白髪の小柄な女がラッパ飲みした結果だ。
そしてキーキーと喚き散らすこの大酒飲みの声もまた、部屋の外へ漏れることはなかった。
全ての罵詈雑言は、女の目の前に座す男が吸収することになる。
「残念ながら、この契約は継続中だ」
「話がちがーう!!」
「なら牢に戻るか? 邪神官」
「うっ、ぎ……ぎぎ……」
邪神官、と呼ばれた白髪の小さな女性は、白絹のローブを纏い、頭には鋭角の多い帽子を被っていた。胸元には複雑な意匠のアミュレット、そして右手にも同じ意匠のブレスレットをしていた。
酒瓶を握った右手が、怒りに震えている。
「貴様がこうして仮釈放されているのは、我々に協力することを承諾したからだ。それを拒否するのなら、牢に戻ってもらう」
「で、でも! 最初と話が違うのは契約違反だって! あの狂竜をぶちのめしたら恩赦で開放してもらえるって話だったじゃん!?」
「ああ、そういう契約だ。だが一匹だけとは言っていない」
「詐欺だーッ!!」
「これからは契約書の内容をよく読んでからサインすることだな」
「このクッソ大変な仕事はいつ終わるのよ!?」
「我らが悲願を達する時――…全ての狂える竜を討ち果たすその時まで続く」
「それって実質ウチが死ぬまでってことじゃないの!?」
「そうとも言える」
「そうとも言える、じゃあねーよ! ふざけんな!」
女の握っていた酒瓶が、ついに耐えきれずパリンと割れた。中身がすべて床に撒かれる。
「どっちが邪悪なのよ! このクソ堅物強面チンカス騎士っ!」
「なるほど、牢に戻りたいと」
「言ってないわよ!」
「なら口の利き方に気をつけることだクソビッチ邪神官」
「うぎぎぎぎ…ッ」
クソビッチとまで言われて怒り心頭の邪神官は、激しく歯軋りしつつ、目の前の男を呪い殺さんと、憎悪を沸き立たせながら睨んだ。
対する男の顔は、まさに強面という評価に相応しいものだった。小柄な邪神官の女と比べれば、その迫力は天と地の差がある。
浅黒い肌には、壮年らしい彫りの深いパーツが均整に並び、それらには岩をツルハシで削った跡のような荒々しい傷跡が幾重にも刻まれていた。
今はゆったりとした高級そうな生地のシャツを着ているが、騎士と呼ばれたこの古強者が鎧を纏ったならば、それだけで低級妖魔は尻尾を丸めて逃げ出すように思える。
「本来、治療魔法の使い手が他にいるのなら、貴様などに恩赦を与えたりしないのだ。我々も妥協して貴様を雇っているということを忘れるな」
「何よ恩着せがましく! ウチが居なきゃアンタ達なんてもう5回は全滅してるくせに! そもそも、治療魔法の使い手がいねぇ? いるわけないわよねぇ! その治療魔法を使える連中を弾圧して追い出したのはアンタ達なんだから!」
「………。確かに…そうだな」
邪神官と向かい合ってソファに座っている巌の古騎士は、邪神官の女からは視線を外すことなく、まるで睨み付けるようにしていたが、やがて同意を示した。
「………」
「な、え、きゅ、急に黙るんじゃないわよ…!? あとなんでウチをジロジロ見るわけ…?」
「………」
「はっ!? え!? もしかしてウチ、貞操の危機…!? ここ音も漏れないし……魔法も封じられてるし………わっ…や、やだやだ! こんな筋肉マウンテンバスター男に手篭めにされるなんて! ウチにも選ぶ権利はあるわよ! 魔法が封じられてたって最後まで抵抗して――」
「貴様のような下劣で貧相な女に欲情などするか」
「あ”ぁ”ーッ!? じゃあ試して見るゥーッ!? アンタなんて5分で搾り取って情けない姿を晒してやれるんですけどォー!?」
自分の胸を下から持ち上げて、何やらアピールをする邪神官だったが、古騎士の表情一つ変えさせることはできなかった。理由は、そのボリュームがあまりに小さいからというだけが理由ではないだろう。
「そんなことよりも貴様。神官階位は? 邪な神を奉じていようと、神官である以上は階位を持っているはずだ」
「はぁ? 今更そんな事訊く? ボス倒してからメンバーのステ確認するとかアンポンタンの極みじゃん」
「訳の分からんことを言ってはぐらかすな」
「………。い、一応、《司教》だけど?」
「…ほう、思った以上だな」
「え……ふ―――ふふん! そうよ、こう見えてもウチ、エリートなのよねっ! ちょっとは見直したかしら? もっと褒めてもいいわよ?」
「《司教》ほどの技量ならば、他人に己の術を授けることもできるな?」
「ん? まぁ、才能のあるやつならね~」
「そうか。なら、契約を変更してやろう。約束通り、貴様を保護観察付きで釈放してやる」
「お!? マジ!? やったー! これでこのカビ臭い部屋ともオサラバね!」
「その代わり」
古騎士は目を細め、邪神官に向かって言った。
「貴様、弟子をとれ」
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