戦場の魔王

藤色緋色

第1話 魔王降臨 前編

◆◆◆


――連邦標準暦221年12月22日

  連邦標準時15時25分


「やっと帰って来られた……」


 恒星間武装輸送艦リーラの展望デッキから望む宇宙。

 その行く先に浮かぶのはツェンタオア・アルファ星系にある3つの恒星の内、A星リギル、B星トリマン。C星プロキシマは既に通り過ぎた。


 私はシア・リーラパラスト。階級は少尉。


 ゾンネ星系第3惑星エールデを発祥とするミルヒシュトラーセ銀河連邦の軍に所属している。


 現在私は、第11エルフト特務スペツィエル機械化マシーネン装甲歩兵リュストゥング小隊プラトン第1エアスト分隊グルッペで戦闘管制官の任に就いていて、今は長期遠征任務を終えて我らが部隊の拠点がある惑星セルタラルトに帰ってきたところだ。


 私達の任務は新規開発された機械化装甲服、マシーネンリュストゥングとその装備の実戦テストと運用データの収集。

 MRとは、人間が着込んで身体能力と防護能力を向上させる機械化された鎧の事で、様々な環境での人間の生存性と戦闘力を飛躍的に高めてくれる。


 我々人類が超光速航法を確立させ、ゾンネ星系から外宇宙へと進出して200年余り。

 様々な星系のエールデ型惑星に入植し版図を拡大していくと、当然の事ながら、我々とは発祥を異にする知的生命体勢力と接触する事になった。


 彼らはPan銀河Galaxy星系Starsystem同盟Allianceを名乗り、ミルヒシュトラーセ銀河中心部を挟んで我々とは反対側を勢力下に置いていた。

 接触当初は勢力境界線を話し合いで穏便に決めようとしていたが、結局交渉は決裂し、戦争状態へと突入してしまっていた。


 宇宙での戦闘は主に恒星間航行戦闘艦による艦隊戦になる為、機械化装甲歩兵の出番は殆どない。

 なので殆どの装甲歩兵隊員は戦闘管制員や衛生兵としての訓練も受けていて、私のように専任の戦闘管制官は少ない。


 何故私が専任なのかというと、MRでの戦闘訓練の成績が芳しくなかったからだ。

 隊の副長曰く、『前の敵より後ろのお前の方が恐い』だそうで……


 でも私は諦めない!


 だって私がこの隊に志願したのは、この隊の戦隊長、フォルク・グラープ大尉の隣に居たかったから。


 動いていく星々を見ながら初めて大尉に出会った時の事を思い出す……


◆◆◆


 私が大尉を知ったのはエトヴァスヴァイト星系第4惑星フォルトゥナでの基地防衛戦での事だった。


 恒星間を航行出来る戦闘艦も、補給や整備、修理は必要になる。

 それをエールデから一々輸送していては戦線を維持出来ない。

 なので最寄りの星系のエールデ型惑星に補給、整備の拠点となる基地を築く訳だけど、当然そこは敵にとって重点攻撃目標となる。


 当時第4補給旅団第3大隊に軍曹として所属していた私が補給物資運搬任務でその基地に来ていた時、敵からの基地への大攻勢が始まった。


 元々の基地の防衛戦力は1個大隊。

 対して敵の戦力は4個大隊、つまり1個旅団。


 拠点に対しての攻撃は防衛戦力の3倍以上で望むのが定石と士官学校で習う。

 なので、元々の防衛戦力に対してなら充分過ぎる戦力差だった訳だけど、こちらには運良く、敵には運悪く、私達の大隊が来ていた。


 補給部隊だから戦闘は専門ではないにしても、それでも半個大隊くらいの働きは出来る。そして補給もし終えた直後だ。

 そのお蔭で何とか凌ぐ事は出来ていた私達だったが、戦力差は如何ともし難く、このままではジリ貧だった。


 当然、交戦当初から援軍の要請はしていた訳だけれど、敵だってそのくらいの想定はしている。この惑星ほしの衛星軌道上で大規模な艦隊戦になっていると連絡があった。


 近付く死の予感から焦りばかりが募っていく私達。


 だけど転機は唐突に訪れた。


 衛星軌道上で戦闘中の艦隊から1隻の強襲降下挺が大気圏に突入してきたのだ。


『こちら11.エルフトSMRP強襲降下挺パンデモニウム。私は戦闘管制官のゲンティアーナ少尉です。これより我が隊は基地北側及び東側の敵部隊に対して攻撃を行います。こちらの攻撃に同調し基地よりの支援砲撃を要請……ちょっと大尉! 何やってるんですか!? えっ? 『小隊の指揮は副長に任せる』って? ……あー、支援砲撃は東側だけでいいです。大尉がやる気満々で飛び出して行きましたので、北側は直ぐに終わると思います。北側啓開後、防衛部隊は西側の敵部隊へ攻撃を願います』


 その通信の直後、未だ降下中のパンデモニウムから1機の漆黒のMRが離脱、降下挺よりも高い速度で向かってきた。

 MRはあくまで陸戦兵装であり、姿勢制御と跳躍用の推進器トゥリープクラフトはあっても飛行出来る訳ではない。このままでは地面に激突してしまう。


 しかし次の瞬間、更に目を疑う光景が繰り広げられる。


 全高3メーターにも満たないMRが戦闘艦の主砲もかくやという光芒を放ったのだ。

 放たれた光芒は北側の敵部隊中央に命中し爆発、衝撃が基地をも揺らしながらその半分を吹き飛ばした。


 そして更に信じられない光景は続く。


 自らの砲撃の反動を利用して減速、着地した漆黒のMRは、更に後方に着陸したパンデモニウムから発進した航空機に向かって跳躍、接合ドッキングし、北側の敵残存部隊へと向かった。


 そして、敵部隊の直前で航空機から分離した漆黒のMRはさっきまでとは姿が変わっていた。


 さっきまでは背部から2本の長大な砲身の伸びる明らかに砲撃戦用の姿形だったけれど、分離した漆黒のMRの姿は機体各所に角張った噴進弾発射器ラケーテンヴェルファーを多数装備していた。


 背部推進器が膨大な光を放つと、漆黒のMRは凄まじい速度で敵陣に迫り、全身から噴進弾ラケーテを発射した。


 敵陣が無数の光の半球で埋め尽くされる。


 あの光の半球は反物質反応弾!?


 反物質反応弾は普通、戦闘艦に装備されている兵器で、命中と同時に陽子の反物質である反陽子を撒き散らし、陽子と反陽子の対消滅反応により莫大な熱量と光を放射する。


 物質を構成している原子の核にある陽子が消滅させられるのだから、どんな物質でも破壊出来、防ぐ方法は反陽子と同じ負の電荷を持った電磁場で弾くしかない。


 戦闘艦ならともかく、地上部隊がそんな防御兵装を持っている筈もない。


 光が収まった後に見たものは……


 無数の半球状に抉られた地面と、かつて兵器だったものの残骸と、かつて人だったものの切れ端だけだった。


 たった1機のMRが敵1個大隊を文字通り殲滅した。


 あり得ない光景。でも現実。

 

 その時、基地司令からの通信が入る。


『フォルトゥナ基地所属防衛部隊と第3補給大隊の全将兵に告ぐ。貴官らも見ただろう。たった1機のMRが敵1個大隊を殲滅した様を。そして貴官らも聞いた事があるだろう。かつてヴァイトヴェック星系戦域にて同様の事があったという噂を。そしてその噂の主、個人識別名ルーフツァイヒン"魔王"エルケーニヒの名を。彼処あそこに佇む漆黒のMR。彼こそがそのエルケーニヒだ! あのエルケーニヒが来てくれたのだ! 我々は勝てる! フォルトゥナ防衛大隊各部隊は装備を確認! 11.SMRPの要請に従い北トーアより出撃し、西側の敵部隊を側面より攻撃する! 補給大隊の諸君は引き続き基地迎撃砲での支援砲撃を頼む! いくぞ! 出撃だ!!』


ォォォオオオオ!!


 基地中から鬨の声が上がる。


 そこからはあっという間に決着がついた。


 東側の敵部隊はパンデモニウムから出撃してきた7機のMRと基地の迎撃砲により壊滅。

 西側の敵部隊は基地から出撃した防衛部隊と基地迎撃砲によりその半数を撃破。

 それを機に唯一大きな損害を受けていなかった南側の敵部隊は撤退していった。


 こちらも決して軽微ではない損害を被ったけれど、間違いのない大勝利。


『全将兵諸君! 我々は生き残った! 我々の勝利だ! よくやってくれた! 11.SMRPの諸君にも多大なる感謝を……待て、大尉! 何をする!?』


 勝利宣言をしていた基地司令の声が驚愕に彩られた。


 防衛大隊が捕虜にして基地に連行しようとした敵兵士達をエルケーニヒが攻撃し始めたのだ。

 他の7機のMRもそれに倣い捕虜を攻撃し始める。


『止めろ大尉! 敵とはいえ人道的配慮は必要だ! 虐殺など私は認めなぁっ!?』


ドオオオン! ドオオオン!


 エルケーニヒの凶行を止めようとした基地司令の言葉が爆発音に因って遮られる。11.SMRPのMRが攻撃した捕虜が爆発したのだ。


『基地司令、大尉に代わり申し上げます。敵は兵士の中に自爆兵を紛れ込ませています。大尉が対処していなければ、吹き飛んでいたのは基地司令の大切な部下達です。戦場にて人道などという甘さは不要です。ご自身と部下達の安全の為にもご配慮願います』


 誰も声が出せない。

 決して油断していたつもりはない。ここが戦地なのは理解していた筈だ。

 だけど目の前で自分達の甘さを見せつけられた。


『11.SMRPよりフォルトゥナ基地へ。次の任務がありますので我々はこれより艦隊に帰投します。フォルトゥナ基地の今後のご武運を祈ります』


 11.SMRPのMRがパンデモニウムへと戻っていく。


 この人達は正しく戦争している。


 強大な力を持ちながら、傲る事なく、油断する事なく。


 私は、彼らの行く先に何があるのか見てみたいと思った。


 だから私は、第4補給旅団第3大隊が任務を終え、物資集積地であるツェンタオア・アルファ星系に戻ってすぐ、11.SMRPへの転属願いを提出した。


 志願倍率229.5倍には愕然としたけれど。


 でも、考えてみれば当たり前の事。

 11.SMRPは状況の厳しい戦地にこそ投入される。

 絶体絶命の状況で颯爽と現れて自分達を救ってくれた11.SMRPは、兵士達にとって救世主であり英雄だ。

 武勲を求める者、その強さに心酔する者が志願するのは当然の成り行きだと思う。


 今回は戦闘があった為、精密医療検査を受けた後、連邦標準暦で1週間の休暇を与えられた。

 丸1日自室でゆっくり過ごした翌日、私がセルタシュタット市街地を散策していた時にその連絡はあった。


 個人用多目的端末PMTに受信したメッセージは、『転属申請を許可する。以下の日時、以下の場所まで出頭せよ。連邦標準暦ーー』だった。


 えっ? うそっ!? ほんとに!? きゃっはーーーっ!!


 思わず歓声を上げてしまい、辺りの通行人から訝しげな視線を向けられたのは私の黒歴史の1つだ。

 

 うきうき気分で休暇を過ごし、指定された通りに出頭した私は、採用された理由を小隊副長ディエミー・グロスケントニス中尉から聞かされて少し気落ちした。


 専任の戦闘管制官って、兵士としては駄目って言われたのも同じだし。

 いや、確かに士官学校のMR戦闘訓練ではぎりぎり不可にならない可だったけれど……


 だってMRって力はあるけど動きが一瞬遅れるというか鈍いんだもの。

 動体射撃訓練の時、銃剣ザイテンゲヴェールを標的に向かって構えたつもりでも、銃口が向ききっていなくて外し、あまつさえ跳弾が返ってきて大慌てした事もあった。


 でも、それなら何故私は採用されたのか?

 グロスケントニス中尉に聞いてみる。


 ちなみにグロスケントニス中尉は綺麗な紅い長髪の超絶美人さんで年は20代半ばに見える。胸は控えめだけどスラッとしていて女性の私から見ても魅力的だ。


 え? 私? 私は銀色の短髪で胸も中尉より控えめ……うわぁーん! ちくしょーー!!


「何か変な事考えてるわね? 貴女の採用理由は、貴女の志願理由を読んだ大尉が、『面白そうな奴だ。採用』って言ったからよ。私も見せてもらったけれど、大尉が好きそうな言葉を書いていたわね。それと、私の事は名前で呼ぶか、副長って呼んでくれるかしら? 実はこの隊に姉が2人いるの。だから『グロスケントニス中尉』だと誰を呼んでいるのか分からないし長いでしょ?」


 私が書いた志願理由は、「11.SMRPの行く先が見てみたい。魔王の視線の先を見てみたい」


「大抵の志願者は自身の武勇自慢だったり、大尉に取り入ろうとしたり、たまに結婚申込の文を書いてきたりするのよ。もちろん、即廃却だけどね。軍隊に何しに来てるよの?って思うわ」


 同感です、副長。


「まぁ、心配しなくても、私達がみっちり鍛えてあげるから。でも、お嫁に行けなくなったらゴメンね?」


 な、なんて事言うんですか!?


「だって、敵を簡単にプチプチ潰して回る女を嫁に貰ってくれそうな男、いる?」


 う……確かに……


「まぁ、冗談はさておき、これが隊の徽章ね。失くさないように。それじゃ大尉のところに行きましょうか」


 副長、その冗談は乙女にはキツいです……

 それはともかく、私は副長に連れられて小隊執務室へと向かった。


「いい? リーラパラスト曹長。大尉の個人情報は最高軍事機密なの。名前、容姿、声、口調その他、絶対に外で話題にしない事。破ると重営倉に放り込まれるわよ」

「りょ、了解です、副長! 大尉の事は絶対に口外しません! って、曹長?」

「あら、言ってなかったかしら? ここに配属された時点で曹長に昇進、戦闘管制官の訓練が完了したら少尉に昇進させるわ。普通なら高等士官学校に行かないと尉官にはなれないけど、我が隊にそんな暇はないから、大尉が任官すれば中尉までは昇進出来るわ。大尉は軍功によってその権限を認可されてる訳ね。さぁ、ここよ。グロスケントニス副長、入ります!」

「リーラパラスト軍……じゃない、曹長、入ります!」


 副長が扉の開閉パネルに触れると、少し間があってから、カシューッ!と音を立てて扉が開いた。

 確か、指紋と生体電流の波形を照合して開く筈だ。登録されてない者が触るとカメラで撮影された上で中にいる者に通知され、中の者が開ける操作をしないと開かない仕組みになっている。


 部屋の中は、正面奥に隊長の執務机、その手前の左右に隊幹部の執務机が並んでいて、幹部の机の間を通って隊長の前まで行く形になっている。


 現在、左右にそれぞれ机が3つ。左側に座っているのは1人だけで、右側は3つ共埋っている。

 それぞれが空中投影画面ルフトプロイェクシォーンビルドシルムを起動して、何からの業務を行っているみたいだ。


 そして正面、隊長の執務机の前に私は連れて行かれる。

 ビシッ!っと敬礼した後、副長が報告を始める。


「大尉。新規入隊員を連れて参りました。彼女が新任のシア・リーラパラスト曹長です。曹長、この方がこの隊の隊長で個人識別名ルーフツァイヒン"魔王"エルケーニヒ、フォルク・グラープ大尉。大尉、彼女には予定通り戦闘管制官の任に就いてもらうべく訓練を施します。彼女の教官はイーリス・ゲンティアーナ少尉に当たらせます。曹長、大尉に挨拶を。曹長?」


 私の目は大尉に釘付けになっていた。


 艶のある自然な感じに切り揃えられた黒髪。

 深い知性を感じさせる茶色の瞳。

 引き締まった口元。

 そして何よりその若さ。どうみても10代半ばティーンエージャー


 イケメン年下上司サイコーーー!!(サイコーーー!! サイコーーー!!)


ドスッ!


「ぐふぅ!」


 妄想を爆走させていた私の脇腹に鋭い痛みが走る。副長に肘を打ち込まれたらしい……


「また変な事考えていたわね? 曹長、挨拶しなさい! あ・い・さ・つ!」


 副長の怒気の籠った言葉にハッと我に返った私。

 しまった! こういうのは第一印象が大事なのに!

 

「た、大変失礼しました! シア・リーラパラスト曹長であります! よろしくお願いいたします! って、え? 『面白そうな奴だとは思っていたが、本当に面白いな』ですか? お褒め頂きありがとうございます!」


 大尉がクックックと笑っている。笑った顔もサイコーーー!!(サイコーーー!! サイコーーー!!)

 

「『予定通り教育訓練を頼む』ですか。了解しました。では、失礼します。曹長、行くわよ」

「了解です! 大尉! 失礼しました!」


 大尉に向かってビシッ!と敬礼した後、退室する副長と私。

 カシューッ!と扉が閉まってから、副長が口を開いた。


「分かっていると思うけど、軍務規定により、軍務中の恋愛や男女の交渉は禁止よ。いいわね?」

「分かっています! 軍務中でなければいいんですよね!」


 溜め息をきながら歩き出した副長に追従するように私も歩き出す。


「まぁ、そうなんだけどね……男女が別々の隊に配属される連邦軍において、大尉と私達が一緒の隊にいる意味を考えてから行動に移しなさいね」


 実は連邦軍は男女別々の隊に配属される決まりになっている。

 これは常に生命の危険に曝されている前線において、男女を一緒にしておいて色々問題が起きた為だ。

 なので、男性である大尉と私達が同じ隊に配属されているのは非常に異例な事だ。

 あ、もしかして大尉、そういう趣味な人?


「貴女が考えている事が大体分かるわ。違うかどうかは分からないけど、大尉はそもそもそういう事自体に興味がない様子なのよね」

「え? 一番盛りそうなお年頃なのにですか?」

「盛りそうって……まぁ、見た目は若いけど、見た目に惑わされないように。とにかく、軍務規定にも抵触するんだし、任務中に大尉にその手の話を振ったり、色目使うのは禁止。分かったわね?」

「りょーかいしましたふくちょうどの」

「思いっきり棒読みね……まぁいいわ。精々頑張りなさい」


◆◆◆


 あれから1年。

 人数も増えて11.SMRPは分隊単位で活動するようになった。


 第1分隊1.Gは、戦闘要員が大尉とゲンティアーナ中尉、私より後に転属してきたレミアとレイラの一卵性双生児そっくりふたご姉妹少尉の4人に戦闘管制官の私。非戦闘員の通信や整備、衛生を担当する者を加えて総勢24名。第2分隊2.Gは戦闘要員が副長以下9名いる分もっと大所帯だ。


 戦闘管制官の任務にもようやく慣れたところでの長期遠征は大変だったけれど、有意義な経験も積めた。


ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!


『艦内各員に緊急連絡。11.SMRP小隊長より緊急出撃命令。第1種戦闘配備発令。繰り返す。11.SMRP小隊長より緊急出撃命令。第1種戦闘配備発令』


 物思いに耽っていた時間は警報と共に終わりを告げた。


 こんなエールデから目と鼻の先で第1種戦闘配備!? 一体何が!?

 戸惑っている暇はない。全速力でパンデモニウム・アインスへの向かう。


 接続された与圧通路を抜け、パンデモニウム・アインスと乗り込み、与圧服保管室でMR装備者クリーガー与圧服アンツークを身につける。


 専任の戦闘管制官とはいえ戦闘要員。もし、何らかの理由で大尉達が突破されてパンデモニウムに敵が迫った場合、予備のMRを使って私がパンデモニウムを直掩しなければならない為、大尉達と同じ与圧服を身につける。


 着替えた私はパンデモニウムの艦橋に飛び込むと、戦闘管制官の席に着き、与圧服の通信装備をパンデモニウムの管制装置に無線接続する。


「遅くなりました! リーラパラスト少尉、管制開始します! 大尉、緊急出撃命令の理由を……PGSAの大規模テロが起きる!? こんな内地でですか!? ……了解しました。整備班。大尉の指示に従い、各MRに必要装備を装着。各MR装備者クリーガーは出撃準備して下さい」


 ツェンタオア・アルファ星系はゾンネ星系のすぐ隣。普通ならあり得ない話。


 だけどこの1年で分かったのは、大尉は未来予測じみた能力か何かを持っているという事。

 それがこの小隊の損耗率を0にしている事。

 だからこの小隊の者は、大尉が下した命令には絶対に服従する。


 規律だからでない。それが間違いなく最善だからだ。


『イーリス・ゲンティアーナ、"魔王妃エルケーニギン"4番機フィーア砲撃装備テュープ・カー、準備良し』

『レミア・ノスフェラウ、"悪魔トイフェル"6番機ゼクス殲滅装備テュープ・エル、準備よーし』

『レイラ・ノスフェラウ、"悪魔トイフェル"7番機ズィーベン殲滅装備テュープ・エル、準備よーし』


 エルケーニヒ以外の出撃準備は完了。後は肝心の魔王エルケーニヒだけど……


「大尉! それ! 大気圏降下装備テュープ・ファルシルムですよね!? 単独降下する気ですか!? 武装もザイテンゲヴェールしかないのに……『問題ない。敵は1個小隊規模だ』って……分かりました。大尉を信じます」


 衛星軌道上からMRが単独降下する為の大気圏降下装備を装着していた。

 MRでの単独降下は非常に危険度が高い為、普通はやらない。だけど大尉がそれを選んだという事はそれが必要なのだ。


 そして大尉より指示が出される。

 大尉は単独でセルタシュタット市街地へ直接降下、過激派テロ組織を装うPGSA特務部隊を殲滅。パンデモニウム・アインス及びMR3機はリーラから離脱後、セルタシュタット北東ヴェー017デー026KMカーエム地点に潜伏中と思われるPGSA特務降下挺を索敵、発見して撃滅する。


「パンデモニウム・アインス、リーラよりの離艦手順ズィークエンツ開始アンファング。離艦後、エルケーニヒ・テュープ・エフ、出撃アインザッツ。パンデモニウム・アインスは降下手順ズィークエンツに入ります。大尉、ご武運を」

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