第8話・黒騎士との邂逅
二度目の戦場は確かに一度目とは違っていた。少しの余裕を手に入れたラックの目に写ったのは混沌だった。誰がどちら側か、判断できるのはマイカードゥリアンの騎士の装備が揃っているからでしかない。
それでも混沌は混沌だ。俯瞰してみればごちゃごちゃと散乱する、人形の群れが見えるだろう。全体としては一つの流れを作っているのだが、ラックにはまだまだそこは読めない。
「付いてきとるか、お前さん」
「はい。指揮官がどうして馬に乗ってるのか、ようやく分かってきましたよ」
ラックは片手に自身の錆剣を、もう片方にサー・ハルの武器を担いでいる。横で首を切られた敵の血が舞い散り、ラックの綺麗な黒髪を台無しにした。
とりあえずラックがここまでで理解したことは2つ。
1つは地上での戦いは糞みたいなものだということだ。ラックもここまでの道中に敵の従卒を何人か撲殺しているが、どちらかと言えば死にかけの味方が足を掴もうとしてくる方が厄介だった。
ついでに言えば主人に遅れると、とんでもないことになる。騎兵や騎士から時折浴びせられる馬上からの斬撃は信じられないぐらいに重かった。
2つめは視界が低いことだ。馬に乗っている人はある程度周囲が見えているのだろうが、従騎士にとっては馬のせいで全く見えない。常に四方八方を警戒する羽目になった。
「そうれ、
「どうぞ!」
そして意外なことが1つ。サー・ハルが思わぬ強者であることだった。
サー・ハルは受け止めた長剣をスナップさせるようにくるくると回しながら、時に騎士を、時に兵士を刈り取っていく。
ラックにも段々と飲み込めてきたが、サー・ハルは騎馬の速度を使っているだけだ。そして、鎧の隙間に剣を置いてすれ違うと敵の血が吹き出す。
見た目の印象通り、サー・ハルに腕力は無いだろう。だが巧みであった。まるで人を殺すのに鍛え上げた肉体など不要だと物語っているようだ。
「ほっほー! やるのう、お前さん」
「恐縮です」
一方でサー・ハルの側もラックに感心していた。剣の腕が立つことや外見が目立つことではない。切り替えと学習が早いところだ。
1回目は大抵失敗するが、2回目からはほとんど合格点を採っている。最初は真面目に出くわした敵を殺そうと力んでいたが、今では一発でも食らわして視界から外れた相手は無視している。生き残る戦い方を学んでいるのだ。若者らしい、血気盛んなところが見当たらない。
一歩間違えれば異常と呼べる綱渡りだと感じなくもないが……ともかく、この場において足手まといには決してならない。
ラックは相手の従卒の足を錆剣で打ち据えて、低い姿勢から頭を殴打した。どうにもソウズ老人の教えてくれた剣技は風変わりらしいと気付き始めていた。
それが早々に判断できる機会が訪れるとは思っても見なかったが……サー・ハルに黒騎士が近づいて来たのだ。黒騎士とは通常は主を持たない騎士を指すが、この黒騎士は黒騎士としか呼べないような真っ黒の武具に身を包んでいた。
巧みな動きでここまで進んできたサー・ハルだったが、この相手は一味違った。最初からサー・ハルの動きを見切っていたのだろう。自身も馬に拍車をくれながら、剣の位置を巧みに調整しているのが見えた。
すれ違った刹那に、サー・ハルの剣は虚しく地面に落ちた。自身も相当な衝撃を味わったのか、一瞬元の老体に戻ったサー・ハルめがけて黒騎士は容赦なく反転して襲ってきた。
――このままでは、親しい人が、死ぬ
「ぅ……ぅ……うおおおおおぉっ!」
初めてあげた咆哮は不格好なものだった。何をしている生き汚い死にたがり。相手は馬に乗っていて、剣の腕も装備も違う。やめろ、という内心を無視してラックはサー・ハルの前に立った。
来るのは下からの切り上げだ。本能とも理性とも違う声が聞こえ、それに従った。
黒い剣が迫り、錆剣を固定するかのように踏ん張る。まるでこの剣が折れないと知っているように。
果たして黒騎士の攻撃は予想通りであり、勢いのついた一撃がラックを襲った。踏ん張る。踏ん張る。自身の錆剣が押されて胸甲に食い込んだ。
時間にすればほんの一瞬だろう。まぐれか奇跡のようにラックは生きていた。
「……なんだと?」
不思議と周囲には誰もいなかった。用意された舞台のように黒騎士とラックだけの戦場が形成されていた。穏やかでゆったりとした空気は、ラックにとって沼にしか感じられなかったが、ここに奇妙なひと時が訪れる。相手の声さえ聞こえてくる。
黒騎士が軽く馬で近づいて来る。上からの斜め一閃だ。ラックはそれを柄で受け流すようにして防いだ、そうしなければ
「まさか、こんな国でお目にかかろうとはな」
正気とは思えないことに、黒騎士が下馬した。それだけでなく兜を上げた。
……神に愛された顔立ちだった。鍛錬でこわばった頬さえ様になっている。くしけずった金髪が黒の鎧にアクセントを添えている。
「行くぞ、従卒」
「……そこまで若くはないです」
なにを返事しているのか分からないまま、今度は地上戦が始まった。1合目、足を狙う低い攻撃だ。剣を地面に突き立てるようにして防ぐ。
2合目、切り上げがこちらの剣を滑っていくと同時に、3撃目の見惚れるような回転の剣が舞う。全く同じ動きで対応する。
続いて、続いて、夢のように強敵とマトモに渡り合えていく。10合目が終わったところで剣の回転が止み、黒騎士は笑い出した。
「カーヴィル正統剣術、南方派か。くくっ。お前、その剣、どこで手に入れた?」
「先生から……」
動きによるものと、圧迫感で汗にまみれながら答える。黒騎士との戦いで生きていることが不思議でならない。そう。理屈はわかるが、不思議でならない。
「なるほど。なるほど。私が使うのは北方派だ。あの老人め、隠していたな。名を聞いておこう、従騎士」
「……ラック」
「従騎士ラック。そういうわけだ。どうやら我々は何の因果か。兄弟弟子であるらしいな……もっとも敵味方ではあるが」
ラックが名のある騎士を相手にマトモに戦えていた理由。それは見知った動きだったからだ。
黒騎士は兜をラックへと放り投げた後、馬に乗りなおした。
「生き残れたら、さらに技を磨き、その剣の錆を落とすと良い。まったく、今日は愉快だ。礼に兜をくれてやる。殊勲にするといい」
「錆のことまで……先生はお前にも……」
「ではな、弟よ。再戦を楽しみにしている」
黒騎士は金髪をたなびかせて去っていった。あとに残されたのは意識を取り戻したサー・ハルと、立ちすくむラックだけだった。
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