第2話:私は音楽を聴きたかった

 奇妙な呪いによって一日一時間、手を繋がなければ死ぬ運命を背負うことになった私たちは、放課後、ノルマをこなす協定を結んだ。

 経緯を説明させてもらうと、高校登校初日において、三柳もといキチガイの策略によりバカップル認定されてしまった私たちは、教室で根掘り葉掘り質問攻めにされることとなった。その中で、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたのである。


 ――――俺の兄貴、あのカラオケボックスでバイトしてるんだけど


 なんという神の悪戯か、私たちがノルマをこなすのに利用していたカラオケボックスの、店前で受付をしていたあの店員こそ、このクラスメイトの長谷川という男の兄だというではないか。


 あの神社、いつかぶっ潰す。


 さて、私よりもよっぽど頭のいいひとなら察しが付くだろう。すなわち、私たちがこの一か月間、きっちり一時間、かのカラオケボックスで二人っきりで居たことがばれてしまったのである。

 それを知ったクラスメイト達の反応といえば、「きゃー」とか「やべー」とか「青春だねぇ……!」とか、到底、高偏差値の高校生が口にするとは思えない低能かつありきたりな反応をしてくれた。

 おそらく、このままではクラスはおろか、学校中に噂が広まることだろう。


 1-Aの水瀬と三柳はカラオケボックスでひたっすら無言で手を繋ぎ続ける、純情無垢なラブラブ♡カップルであるという噂が。


 あの神社、今度必ずぶっ潰す。


 もはや三柳を殺して私は逃げ切るくらいのことをした方がいいのかもしれないと、完全犯罪を頭の中で計画しながら、三柳の方を見やった。


 しかし、その会話は、私の前の席に座るあの男にも聞こえてきたようで、奴はこちらに振り返ってきていた。

 私たちは、自然、目を合わせることとなった。


 ――――あとで話そう。

 ――――了解。


 私と三柳がアイコンタクトで意思を疎通することおよそコンマ3秒。瞬きするには十分すぎる時間を、気持ち悪いことに使ってしまったことに虫唾が走った。




「最終手段をとるしかない」


 三柳は心底嫌そうに言った。

 その日の放課後、誰もいなくなった教室で、私たちは二人だけの会議を開いた。

 こうして文面に起こしてみると、鳥肌が立った。


「どうするのよ」

「………放課後、どちらかの家に集まろう」


 私たちは、お互い共働きの家庭である。それ故の提案だとわかるが、三柳の家にいくことと併せて、こいつを私の家に一緒にいれることを想像して、私の脳内は嫌悪感で満たされた。しかし、私もそれしかないと踏んでいた。


 外でこいつと密会するなんて御免だし、カラオケボックスの件があったように、いつどこで誰に見られているのかもわかったものではない。喫茶店とかファミレスとかは論外だ。何気に、カラオケボックスは金銭的になかなかつらいものがあったということもある。


 ちなみに、なぜお互いの両親が共働きなのかを知っているのかと言えば、私たちの両親は高校生の頃からの友達だから。

 妙なところでも縁で結ばれているのは、もはやそういうものだと、私たちはお互いに諦めの境地に達していた。


「明日からそうしましょう」

「………いや、この際、今日からの方がいい」

「は?」


 このが何を考えているのか、わからなかった。だって、今日はすでにノルマを達成してしまっている。


 こいつと私は嫌でも息があう、あってしまうけれど、今日の自己紹介あたりから、三柳の考えていることがいまいちわからなくなってきた。もしかしたら、平常ではないのだろうかと、少しだけ頭が心配になる。

 こいつの不調は、悪縁で結ばれている私に直接、災いとして降りかかってくるとわかっている。勘弁してほしい。


 そもそもこいつが負けを認めていれば、こんなことにはならなかったのだ。そう思うと、いまさらになって腹が立ってきた。


「寝ぼけてるの?」

「僕はいたって大まじめだ……いいか、物事にはリハーサルというものがある」


 リハーサル。

 言わんとしていることはわかったけれど、しかしそれは、ことこの件に関して必要なのかと聞かれれば、答えはノーであろう。

 ……ごくたまに思うのだけれど、三柳は実は私のことが好きなのではないだろうか―――いや、ないか。ないない。だってこいつ、中二の頃に私のこと振りやがったから。

 今は思い出したくもない、踏みつぶすべき過去でしかないが、私はこいつに告白したことがある。


 ―――好きです、付き合ってください。


 死にたい。

 今となっては、顔を見た瞬間唾を吐きかけたい衝動に駆られるくらいに、こいつのことが嫌いな私にとって、汚点とすべき過去。球磨川先生の『なかったことにする』力があれば、今すぐにでも行使することだろう。

 あの頃の私は、所謂、中二病という病に侵されていた。子供特有の根拠のない万能感に満ち溢れ、周りの人間が馬鹿だと思っていた。


 だって、そうじゃないと、私に友達ができないなんてありえない、と。


 レベルの違う相手を友達とすることがないように、私が天才すぎて周りが合わせられないだけなどと気持ちの悪い妄想をしていたのを覚えている。

 そんな時でも、常に私のそばにいたのがこの男であった。

 普通に会話して、普通に楽しんで、普通に照れくさくなって―――はたから見たら青春の一ページにさえ見えただろう。当時の三柳は、「見えないものが見えてしまう」という幻視病を患っていたこともあってか、私ともよく息が合っていたのだ。


 当時、コミュ障をこじらせていた私は、ちょっと優しくされて、ちょっと息があっただけでコロッと落ちてしまったのである。

 なんとちょろいメスガキだろうか。腹パンしてわからせてやりたい。


「やる必要あるの?」

「考えてもみろ。僕達が手を繋いでから、何かアクシデントが起きたとする。手を繋いだ状態で、それに対応できると思うか?」

「………なるほど、一理あるわね」


 例えば、両親のどちらかが返ってきてしまうパターン。部屋に閉じこもっていればいいという話かもしれないが、それは親が部屋に入ってきた時点で終わる。ちなみに、私たちの部屋には鍵などない。思春期の事情など全く考慮されていない。


 そんな一カバチかの賭けを続けていたら、いつか部屋に上がり込んでいる、あるいはあがりこませていることがバレてしまうだろう。

 そうなれば、友達同士である私たちの両親は、「お似合いね」などといい始めるにちがいない。即ち、インスタント公認カップルのできあがりである。


「わかったか? わかったら、急ぐぞ。もたもたしていたら、親が返ってくる」


 私たちの両親は、早ければ19時前には帰ってきてしまう。今の時刻は、普通に授業をやったせいですでに17時前。帰宅時間を合わせれば、まさにギリギリ。

 リハーサルとしては、よいシチュエーションといえた。


 ――――最後にもう一度言うが、中学時代、私は頭が悪かった。




●●●




 最初は、三柳の家に行くこととなった。私たちはどちらも一人っ子で、祖父母とも別居中。両親以外には誰もいない。

 小中学生の頃はよく遊びに来ていたから、部屋の間取りは何となく覚えている。が、三柳の体臭に包まれているかのようで気持ち悪い。私はせめて中までは侵されまいと、袖で口元を押さえた。


ちなみに、念のため、ここには時間をおいて別々にやってきている。一緒に歩いているところを誰かに見られれば、新たな噂の材料に使われてしまうだろうから。


「こっちだ」

「わかってるわよ」


 私は三柳に前を歩かれるのが癪に触って、自分の靴を回収すると、先行して階段を上がっていく。部屋の配置だって完璧に覚えているのだ、忌々しいことに。


 三柳の部屋は二階に上がってすぐ左にある。扉のプレートに『せんりゅう』と書かれている。兄弟姉妹のいない三柳家の環境で、このプレートは必要なのかと疑問に思うのは私だけではないはず。


 三柳の部屋は、小綺麗だった。部屋の隅には勉強机とベッドが設置され、中央のカーペットの上には丸テーブルが置かれている。

 中学生の頃と全く変わっていない部屋の配置。代わっていることがあるとすれば、ベッドの毛布が白になっていたり、カーテンが青色になっていることくらいだろう。

 窓の外からは、目の前が空き地だったり、坂になっていたりするため、小さく私の家、しいては私の部屋の窓が見える―――流石に、距離的にも中までは見えないが。


「ベランダ借りるわよ」

「勝手にしろ」


 私は三柳の許可が下りる前に、ベランダの窓を開けて靴を置く。

 それからベッドの脇に腰かけると、無言でスマホを弄り始め、一時間のタイマーを設定する。


「……これはリハーサルだ。一応、手は繋いで置くぞ」

「チッ……仕方ないわね」


 本番同様にやらなければ意味がない。私は渋々、同じくベッドに座った三柳の手を握る。

 この時、握り方に注意しなければならない。

 この一か月、カラオケボックスで学んだことは、意外と疲れる、ということだった。

 手を繋いでいるだけと思われるかもしれないけれど、修道女が神に祈りをささげる時のような手の握り方だと、どうしても手首の可動域的に考えて、関節が痛くなるのだ。

 この呪いは、手を握る際、自然と掌の皺と皺をくっつけて、指を絡ませる形となってしまう。だからちょっとつまむ程度の握り方はできないし、握手スタイルも不可能だった。

 結論。私たちが導き出した答えは、腕を交差させ、腰の下で手を握るというもの。


 傍からみたら、本格的にカップルのように見えてしまうこのつなぎ方だが、これが一番楽なのだ。これであれば手首の関節に負担をかけることもない。


 最初こそ戸惑われたこのつなぎ方。呪いをかけらられて一週間ほどは、互いの距離をとるために祈りの手の形をとっていたけれど、腱鞘炎になったり、疲労によって腕があがらなくなったりと、物理的耐久レースのような模様を呈していたのである。


 お互い、これは仕方のないことと割り切って、多少距離感が近くなっても、このつなぎ方がベストだろうという話に落ち着いた。


「………」

「………」


 それからは、ひたっすらに無言。もはや慣れたもので、私たちは互いに反対の手でスマホを弄り始める。

 ただ、こうしていると、嫌でも三柳の呼吸音とか、心臓の音とか、ベッドのきしむ音とか、臭いだとか―――五感が過敏になって、わかってしまうのが苦痛だった。


「消臭剤と防臭剤、それに防腐剤ないの?」

「は?」

「三柳菌が蔓延してるわ、ここにはね」

「奇遇だな。僕も同じことを考えていた」

「は?」

「ここには水瀬菌が充満しつつある。今度来るときは、無菌部屋で全身アルコールシャワーを浴びてから来てくれないか」

「言ってろタコ」

「黙ってろイカ」


 私たちは互いに顔を突き合わせ、にらみ合う。

 私たちにとって、口を開けば暴言の吐きあいになることは自明。故に。


「はあ……話にならないわね。もう話しかけないで」

「言われなくても」


 私たちはそう言い残して、お互いポケットからイヤホンを取り出すと、無造作に耳に突っ込んだ。

 スマホの音量は最大。お気に入りの音楽を流し始めた。


 さて、確認するが、私は中学時代、馬鹿だった。それは、三柳も同じことだと記憶しているし、おそらくそれは間違いない。

 それに付け加えると、私はともかく、三柳は今でも馬鹿だ。いくら勉強ができるようになろうと、地頭の良さは変わらない。

 このリハーサルは、三柳がいいだしたことだ。もう一度言う。三柳が、いいだしたこと、だ。

 リハーサルとは本番に備えて、本番とどうようにやるということ。すなわち、周りに対するケアは行わなくてはいけない。

 そしてそれは、言い出しっぺの三柳がやるべきだったと、ここに宣言しておく。


 ――――ガチャリ。


 およそ3分ほどして、鍵のついていない三柳の扉が、前ぶれなく開いた。


「あ」


 イヤホンをしていて三柳がそう言ったかはわからないけれど、まず間違いなく、私と同じ反応をしたはずだ。やっちまった、という後悔を。

 つまり、この部屋の扉を開けた第三者―――三柳家母と目が合った三柳は、唖然としていたことだろう。

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嫌いなあいつとの悪縁を切りに行ったら、一日一時間、手を繋がなければ死ぬ呪いをかけられた。 一般決闘者 @kagenora

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