17 会いたいと思っていたんです!


「えっと、真っ直ぐ行って、二つ目の角を右に曲がって、三つ目を……。あれ? 三つ目だっけ? 四つ目だっけ? って、あれ? 私、いくつ角を……?」


 禎宇に教えてもらった道順をぶつぶつ呟きながら、棟と棟をつなぐ渡り廊下を歩いていた鈴花は、はたと立ち止まって小首をかしげた。


 振り返ってみるが、いま自分が通ってきたはずの廊下なのに、まったく覚えのない場所にしか見えない。


「……ここ、どこ……?」


 またやってしまった。ここがどこなのか、さっぱりわからない。


 禎宇に教えられた道順を思い返そうとするが、右か左か、いくつめの角だったか、思い返そうとすればするほどあやふやになる。


 誰か通りかからないかと、一定の間隔で蝋燭ろうそくが灯された廊下を見回して。


「あっ! 博青様!」


 渡り廊下の向こう、夜の闇が沈む庭に、薄青い《気》を見つけた鈴花は、思わず大声で名前を呼んだ。驚いたように博青の肩がびくりと震える。


「あ……。鈴花、だったかな?」


「はい! よかったぁ! 私、博青様に会いたいって思っていたんです!」

 庭へ降りるきざはしを見つけ、博青に駆け寄る。


「博青様は見回りをなさってたんですか?」

 片手に灯籠を持つ博青に尋ねると、


「ああ。昨日起こったばかりだが、念のためにね。そういうきみは、どうしてこんなところに?」

 といぶかしげに問い返された。


「私ですか? 掌食にお茶の葉をもらいに……」


「掌食? ここからは遠いけれど……?」


「えぇっ!? そうなんですか!? 禎宇さんに道を教えてもらって出てきたんですけれど……」


 いったい、どこでどう間違ってしまったのだろう。


「あ、あの! それよりも! 私、博青様に聞きたいことがあるんです!」

 ぐっと両の拳を握りしめて身を乗り出す。


「二か月前、菖花姉さんとどんなことを話されたんですか!? 私、行方不明になった姉さんを捜しに、奉公に来たんです!」


「菖、花……っ!?」


 尋ねた瞬間、博青の目が驚きにみはられたのが、夜の闇の中でもはっきりわかった。


「博青様は姉さんのことを知っているんですよね!? いったい、姉さんとどんなことを話したんですか!? どんなささいな手がかりでも欲しいんです! 教えてくださいっ!」


 すがりつきたい気持ちをこらえ、身を二つに折るようにして頭を下げる。博青の気配がためらうように揺れた。


「その……。きみは姉さんに、《見気の瞳》のことを話していたんだろう?」

 博青の問いに、戸惑いながら頷く。


「え? はい……。《見気の瞳》って呼ぶというのは、夕べ、泂淵様に教えていただいて初めて知ったんですけれど……。姉さんだけなんです。色が見える人がいると私が言っても、馬鹿にせずに信じてくれたのは……」


 たった一人とはいえ、菖花が信じてくれたことで、鈴花の心はどれほど救われただろう。


 両親でさえ、「見えないものを見えると言うなんて、不気味極まりない。どうせ、かまってほしくて嘘をついているんだろう? 忌々しい子だよ」と、信じてくれなかったのだ。


 もし菖花がいなかったら、両親や村の人々が言う通り、自分はどこかおかしい化け物なんだと、世を儚んでいたかもしれない。


 鈴花の言葉に、博青が申し訳なさそうに吐息した。


「申し訳ないが……。菖花と話したのは大したことじゃないんだ。妹が人に色がついて見えると言っている。宮廷術師のわたしなら、その原因がわかるんじゃないかと相談されてね……。その、わたしもまさか《見気の瞳》の持ち主だとは思いもよらなくてね。本人を見てみないことには何とも言えないと答えるだけになってしまったんだが……」


「姉さんがそんなことを……っ」


 奉公に来てまで、故郷の妹のことを気にかけてくれていたと知って、じんと胸が熱くなる。


 後宮を出た姉が故郷へ戻ってきていないなんて、やっぱりおかしい。絶対、姉の身に何かよからぬことが起こったのだ。


「あのっ、博青様は姉さんがどこにいるのか知ってらっしゃいますか!?」


 わらにも縋る思いで尋ねると、「いや……」と首を横に振られた。


「まさか菖花がいなくなっているとは、今、きみに聞くまで知らなくて……。話したのも、ほんの数度なんだよ。そうか、きみが菖花の妹なのか……。確かに、言われてみれば、姉妹だけあって顔立ちが少し似ているね」


「い、いえっ! 私なんて、姉さんにまったく似ていない役立たずなんです……っ」


 とんでもないとかぶりを振るが、博青は信じてくれない。


「《見気の瞳》を持っているのに何を言うんだい? けれど、姉が行方知れずだなんて、心配なことだろう。無事に見つかることを祈っているよ」


「ありがとうございます……っ」

 いたわりに満ちた言葉に、もう一度、深々と頭を下げる。


「あの……っ。もし他に姉さんについて、何か思い出したことがあったら、教えていただけますか?」


「ああ、かまわないよ。ただ……。あまり期待はしないでくれると嬉しい。わたしも『十三花茶会』の準備やら何やらで忙しくてね」


「はいっ、それはもちろん……っ。お忙しいのに、夜も見回りされているなんて、博青様は本当にすごいですね!」


 こくこくと頷いた鈴花は、照れたように笑う博青をおずおずと見上げた。


「ところで、もうひとつお願いがあるんですけれど……。あの、掌食の棟にはどうやって行ったらいいんでしょう……?」


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