第5話



 ミサキはしばらく何も話さずに黙っていた。僕のことをじっと見て、何も見定めることなく、僕の目の奥を見つめるように見ていた。僕は視線を逸らしてはいけない気がして、じっと彼女のことを見つめ返す。


 そうすると、ミサキがふっと息を吐き出して笑い始めた。


「あっはっはっ!! もうー真面目な顔しちゃって! 照れちゃうよ!」


 ふざけているのか、気が狂ってしまったのか、普段のミサキの様子を思い出すと、全くわからない。それでも再び真面目な顔して少し微笑むと言った。


千代田ちよだ千歳ちとせさん。改めまして、ソロモン計画研究機関の特別観察官、三崎みさき美優みゆです。同じソロモンの子供として、あなたの経過観察結果を機関に送り、あなたの成長を見守っていました」


 僕はその言葉を聞いて、何故なのか納得してしまったのと同時に寂しい気持ちになった。


「私の任務はソロモンの指輪である子供たちに近づき、その能力の発現、心の変化、社会的態度を観察していました。実はあなた以外のソロモンの指輪にも接触し、観察結果を確認しています」


 まるで他人行儀。僕が今まで仲良くしていたミサキの姿がそこにはなかった。


「なるほどね。あのクラスには僕以外にもソロモンの子供がいたのか。やはり、ソロモンの指輪とはそういう意味だったか」

「おや? 実はソロモンの指輪は知らなかったのですか? 知らなくてあのハッタリ。やはり、あなたはとても聡明ですね。私が気にかけていただけあります」


 気にかけていた。その言葉に僕が能力を発現していることに気が付いているのか気になった。


「僕についてはどれくらいわかっているんだい?」

「それは能力の話ですか?」

「ああ、そうだ」

「それについてはあまりですね。知識系の能力か、テレパス系の能力、あるいは予知系の能力が発現しかけていると思ってます。しかし、あなたが水平みずだいらの双子と仲良いことを考えると予知系の能力でしょうか」


 ミサキは今まで見せたことのない静かな笑みを浮かべる。彼女の推測の過程は不明であるが、当たっている。


「まったく、どうやって当てたんだい? それに双子のことも知っているんだな」

「ふふ。あの双子はデータベースに登録データがありますから。それに当てたのは半分勘です」

「そうかい。双子がテレパスだから除外して、二分の一を当てたのかい?」

「そんなところです」


 あんなにすんなりと二分の一を言ってしまうあたり度胸がある。ミサキらしいと言えばミサキらしいが、秘密を打ち明けたミサキが僕の知っている彼女なのかは怪しい。


「それで、ソロモンの指輪について、どういう見解ですか?」


 ミサキが尋ねてくる。それは僕がどう考えているのか彼女の好奇心で聞いているように思えた。


「僕の見解だと黒髪のソロモンの子供だね。それにさっき言っていたデータベースとやらに載っていない。つまり、観察派だけしか知らない、本人もソロモンの子供だと知らない子供たちだ」


 僕がそういうと彼女はニッコリと笑う。


「さすがです。正解っ! 保護派と過激派は知らない、観察派だけ知っている、ソロモンの子供。ドキッ! 普通の子だらけの中にソロモンの子供がいる! です」


 ミサキは人差し指を立てて楽しげにおかしなことを言う。今はそういうテンションではなかったはずだ。


「……そろそろ敬語やめたらどうだい? ふざけはじめただろ?」


 なんとなく、気がついた。真面目そうな態度は彼女が作っているものだ。……悪ふざけし始めている。


「……コホン! まあ、観察派しか知らないから過激派はソロモンの指輪の存在を知りたがり、保護派ですら対処できない存在に怯えています。なので、ソロモンの指輪はソロモンの子供の中でも『特別』です」

「ほーう。そうなのかい。一般人と同じように育ったソロモンの子供の観察が目的かい? それに暴走した際に対処できないから保護派も見逃せないのか。なかなかスリリングな存在だな」


 過激派はソロモンの子供は殲滅なので、指輪も殺したい。保護派は子供を見守りたいが、暴走した際は対処しないといけないため、指輪の存在は知りたい。観察派は邪魔されずに一般人に紛れた子供を観察したいから教えたくない。


 なかなかそれぞれの派閥のエゴが出ている。お互いに相容れない存在がソロモンの指輪なのだとわかった。それが僕だとはまた面倒なことに巻き込まれた。


「まあ、私たち観察派としては観察以外は興味ないので、邪魔されたくないですね」

「とは言っても僕は君に接触しているのだけど、観察官としてどうなんだい? 観察する側が手を出しているように見えるぞ?」

「これも社会的行動の一部です。それに私もの能力を持つソロモンの指輪ですので、観察対象でもありますから」


 ソロモンの指輪同士で仲良くするのも社会形成として観察対象なのである。


 お互いに能力持ちとは知らずに接して、親密になったタイミングで能力持ちだとお互いに知る。その後に二人がどのように社会に関わるのかを観察するのだろう。


 ……一体、何が楽しいのだろうか。


「まあ、さておき。もう、その真面目な態度はミサキが照れちゃわないかい?」


 僕はそう言ってミサキを見る。彼女は涼しい顔で笑みを作る。


「僕は君が友達だと信じていいのだろう?」


 そういうと、彼女の表情が崩れた。目を大きく開けて、口をわずかに開いた。そして、少し頬を赤くして笑う。


「ちーにそんなことを言われる方が照れちゃうなぁー」


 これこそが三崎美優。この砕けた喋り方こそが僕の知っているミサキだ。

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