第2話 はじまり。魔術のカードを操る冒険者
「ねえ、本当に大丈夫そ?」
「はい。お姉さま、こんな言葉を知りませんか。井戸の中の
「そんなパワーワード初めて聞いたそ?」
「お姉さま」
「そのお姉さま言葉やめてよ。えぐいって」
「え、お姉さまはお姉さまですよね?」
「そんなん定期(繰り返し言う)しなくても分かってるって」
朝のまばゆい景色に周りを木で囲まれたログハウスの近場で、私は偏頭痛を指先で和らげながら、この美少女の言うことを否定する。
この女の子の名前は『ギンガネヒナ』ことヒナ。
日本では馴染みのないカタカナのような呼び名。
金の瞳に灰色のセミロングの髪型の見た目からして異国人と思わせる。
身長は私とほとんど変わらない百四十台。
いや、多少は私が勝っているかな。
「で、ヒナぽよ。あっこの井戸まで運ぶそ?」
「はい。お姉さまは彼の足の方を持ってくれませんか?」
「オケ。任せてンゴ」
私はヒナの言う通りに見た目が高校生くらいの彼の両足を掴む。
「ごめんね。ひっ君」
ヒナと一緒に若返ったひっ君の体を運ぶ。
この子の話ではいくら問いかけても反応がないから近くの井戸に落としてみるらしい。
高い所から落下させたら弾んで跳び跳ねるゴム
「ねえ、高さ的にヤバみじゃね?」
「いえ、下には水が張ってありますし、その反動で目を覚ますかも知れません」
井戸の底は深くて見えづらいが、光の反射で水があることは分かる。
距離的に十メートルくらいの深さか。
「ヒナぽよ。ヤバみだって……」
「キノミは心配し過ぎなのですよ。彼も男の子です。危機的状況を発すれば、こんな障害なんともないですよ」
キノミと呼ばれた私は顔を背けながら、ひっ君を井戸に突き落とそうとする。
その時、彼の体がグラリと揺れ動いた。
****
「お前ら、どさくさに紛れて何をやってるんだよ‼」
僕は二人の少女に対し、完全に怒っていた。
一人は銀髪で胸スットーンな灰色のワンピースのロリータな中学生のような少女、ギンガネヒナ。
もう一人は巨乳でピンクのロングヘアの高校生くらいの顔立ちの猫耳少女に向かってだ。
猫耳の方は瞳は深い緑で、セクシーなサンタ服を着ていて僕の記憶に新しい。
あの飲み込まれたキノミノコのイラストにそっくりだったからだ。
「──で、この殺人未遂の原因の発端は全部ヒナにあるんだな。
「とりま、そーゆうこと」
「ちょ、ちょっと裏切る気ですか、お姉さま!?」
そのお姉さまの呼ばれ方の箇所に耳をピクリと反応した僕はキノミを路地裏へと引っ張りこむ。
『きゃっ、やばたん?』
『ちょい、質問していいか?』
『なん、激おこ!?』
僕ら二人はヒナに聞こえないように小声で話し、慎重に事を構える。
もしも推しのキャラが同性愛好者と知った時、僕の心は傷ついてしまうかもと思ったからだ。
『なに、かまちょなお年頃?』
『美羽……いやキノミのことをお姉さまと呼んでいるが、ヒナとは百合な関係に発展したのか?』
『あーね。何となく察したんだ。でも違うよ。この世界で初めてできた尊い友達』
『何だ、焦らせるなよ』
『んっ、めっかわ。きゅんとした?』
『まあ、動揺くらいならな』
僕らは再びヒナの元へ戻る。
ヒナの顔が異様なほどにニヤニヤしていた。
「お二人さん、やたら仲良しさんと思いきや、すでにできていたのですね」
満更でもなく、いやらしそうに舌をペロリと舐めるヒナ。
「だっ、誰がこんなヤツと!」
「こんなKSな男と!」
僕とキノミの声が綺麗にシンクロする。
でもキノミ、いくら何でもカス(KS)は酷くないか?
「そうなのですか。少々残念です」
「少々とは?」
「そ? お塩の分量のことだよ」
キノミたちの言っていることがうまく把握できない。
僕の偏差値も落ちたものだ……。
****
「──ということですが、ここの世界のルールは大体把握できましたか?」
「わけが分からんでパニクるわ」
「待て、また重傷者が出た」
若干、一名様の犠牲者が出た模様。
絵師には特別な能力があり、モンスターを操り、敵として出現した絵師を倒して仲間にするとカードとして封じ込まれ、能力を魔術にして使用できること。
その魔術のカードの効果は様々でカードによって多用な魔術が使えること。
「ちょっと待って、本当に頭の中がヤバいって……」
キノミには難し過ぎたか。
これでどうやって大学まで卒業できたのやら。
「でもそれならキノミとヒナとは敵対する関係になるんだけどな」
僕は腕を組み、あれこれと頭を悩ます。
「ほら、これが軍隊アリの子供なのですよ」
「うわー、めっかわ。現実世界に持ち逃げしたらダメンゴ?」
「駄目というか、ここの世界の物は持って帰れない仕組みになっていますから」
「けちンゴ」
当の本人はヒナと座り込んで何やら棒切れで虫を観察していたが……。
「お前ら、僕が優しく説明してあげているのに無視するとは何ごとだ?」
「だって内容が理屈っぽくて頭に入らないんだもん。虫だけにね」
「あのな、僕はキノミのためを思って分かりやすく解説してるんだぞ!!」
「そんなんイキらんでよ。ひっ君こわたんだわ」
キノミが立ち上がり、『はいはい、降参でーす』と言いながら僕の
ヒナもお姉ちゃんの言うことに素直に従っているようだ。
あんな可愛い妹、僕もほちい。
「あーね。と言うことはヒナぽよと闘わないといけないんじゃ? かなしみ」
「その心配なら入りません。自分は初期装備の内に入りますので」
「えっ、食器とソーセージ?」
「そりゃ、バイキング料理だろ。初期装備だよ。俗に言うファンタジーの鉄則だな。某有名ゲームではひ○きのぼうみたいな」
ヨダレを垂らして呆けている情けない美少女相手に僕がフォローを入れる。
「自分の属性は『風』です。装備すると風を操る魔術が使えます。さあ、自分の両手を握ってカード化して下さい」
ヒナが目を閉じて、両手を広げ、銀の魔法陣の描かれた地表から吹き出した風に流れるままに身を預ける。
「女の子の手を掴んでだって。ムッツリエチエチで二次コンなひっ君の出番だね」
「お前はいつも一言余計だよな」
僕はヒナに近づき、手を繋ぐ。
その瞬間、様々な情報が頭に紛れ込む。
──荒れ果てた大地で涙を流してひざをつくヒナ、その地面に転がった一人の人間。
その相手にヒナが泣きながら何かを叫んでいる。
次の瞬間、ヒナの体がバラバラに吹き飛んだ……。
「──うわあああー!?」
「そんなに
「はっ……」
──僕は周りの気配を探る。
辺りにはゼリー状のモンスターが鋭い牙を光らせながら待ち構えていた。
「RPGの定番モンスターのスライムか。どうやら初任務(初バトル)といきそうだ」
『旦那様』
「えっ、キノミ、今なんて言った?」
「私は何も言ってないそ?」
「じゃあどうして?」
『旦那様、ギンガネヒナです。今、旦那様の頭に直接話しかけています』
「のわあああー!?」
「さっきから何なん? ヤバみだって」
キノミにはこのヒナの声は聞こえてないらしい。
「何でヒナの声が?」
『説明不足で申し訳ございません。旦那様と契りを結び、カード化されると思念で会話することが可能なのです。ですから旦那様も思念でどうぞ』
『なるほどな。それで目の前にいる山の数のスライムは退治できるか?』
『旦那様、自分は
『一網打尽というわけか』
僕はいつの間にか腰に巻きついていたカードフォルダーから一枚のカードを取り出す。
「風のカード、ギンガネヒナ。その想いを風に託せ!」
「サイクロン!」
僕の足先に銀の魔法陣が記され、大きな竜巻の固まりが浮かび上がる。
その竜巻はあっという間にスライムの軍勢を吹き飛ばしていった。
竜巻に裂けて消滅する度に出てくる一枚の金貨。
どうやらこれはこの世界のお金のようだ。
『旦那様、それはちょっと違いますね』
『人の心を勝手に読むなよ』
『失礼しました。それは課金となるアイテムです』
『課金というと、ネットゲームとかで使われるあれか?』
ヒナの話によるとカードで魔術を使う時には別の力も必要らしくて、それがこの金貨らしい。
ゲームでよくある魔術を使うのに重要なマジックポイントでもあるとか。
「確かにそれならバンバン強力な魔術は使えないよな。良くできた世界だぜ」
「みてみて、どちゃくさ大量のお金ー卍卍」
スライムからの金貨を布袋に詰めこみ、これでもかと見せつけるキノミ。
「キノミは何もしてないだろ?」
僕はキノミから袋を奪い取る。
「あっ、それでピープス(原宿)なコーデでもゲットしようかと思ってたのに」
「この世界に原宿ファッションとかないぞ」
「えー、それはつらみ……」
「まあ、夢を持つのはいいことだ。こんな世界だからあるかも知れないけどな」
「ほんと?」
「ほんとにほんと。だからその金貨は僕が預かるよ」
なで肩をガックリと落とすキノミを励ましてあげる。
その振りをして金貨を物にする作戦。
ああ、人間とは何て腹黒い生き物なんだ。
「しかしさっきはポイントがなかったのに何で魔術が使えたんだろう?」
『初期所持の百ポイントからですね。試しにすべてのポイントを使わせてもらいました』
『お前も僕に負けじといい性格してやがる』
『それは褒めてくれているのでしょうか?』
『まあ、深くは詮索するな。好きに受け取ってくれ』
『はい、かしこまりました』
こうして僕は初のカードをゲットして、モンスターも倒した。
でも気になる部分もいくつかあった。
(キノミの存在は何だ? 彼女はカードにはならないのか?)
その一つとして、ギンガネヒナと同じ絵師としてのキノミノコの存在意義。
出会ったばかりとは言え、中身はあの美羽。
彼女は絵師なのか、それとも僕と同じ絵師のカード使いで冒険者なのか。
僕はキノミの素性が分からないままだった……。
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