絵師の描いたキャンバスボードに飲まれた先の空間ではカードスキルを巡る異世界だった

ぴこたんすたー

第1章 絵師も三人寄れば賑やかである

第1話 きっかけ。それは絵師が好きなゆえに

「それはどういう意味だ?」


 暗黒に染められた空間の中、僕は目の前の巨大なじいさん、そう、世界樹の威圧感のような魔王に疑問をぶつけていた。


「どうしたもこうしたもない。こやつの力はワシがもらった」


 魔王は魔術で眠りこけた猫耳の少女を痩せこけた体に抱き寄せていた。


「やめろ、彼女はここに迷いこんだだけで関係ないだろ?」

「関係なくもない。こやつがここの世界にやって来れたのもそれなりの理由があってのことだ」

「何だって。言っていることが意味不明だぞ?」

「まあ、分からずともよいわ。こやつの能力は遠慮なくいただくぞ」

「やめろー‼」


 僕の叫びも空しく、砂と化した猫耳の少女の胸から光の玉が抜け出し、魔王の手のひらに収縮され、一枚のトレーディングカード(トレカ)へと変化する。


「わっはっはっ。キノミノコの『無垢』の属性、確かに頂いたぞ。これでワシは八属性の『絵師えし』の力を得たことになる」


 魔王に生えていた白髭が墨汁のシミのように混じり、顔つきが中年くらいのおじさんの風格になる。

 老化によってしわくちゃだった肉体にも潤いが増す。


 僕は魔王から大好きだった絵師を奪われた。

 だけどいざ吸収されてもなぜか相手を憎めない。

 これがキノミノコによる純粋『無垢』の力の由縁ゆえんか……。


「さすが人気のある絵師のカードだけはある。内から考えただけでパワーがみなぎってくるぞ」

「くっ、美羽みわ。せっかく居場所を突き止めたのにそりゃないぜ……」


 僕の好きだった絵師、キノミノコ。

 この世界では幼馴染みの女の子がその絵師の正体で、ようやく見つけたと思ったら目の前で消滅したんだ。

 元から情熱家だった僕が冷静さを保てるわけがない。


 ──僕は美羽を助けようと、この異世界にやって来て、七つの絵師のカードを手に入れてここまで来た。


『絵師』というのはこの世界では魔術のスキルのようなもので、手に入れるとその絵師の秘められたスキルが使えるようになる。


 それで七つの絵師の力を身につけると何でも願いが叶うという某有名漫画みたいな話を聞いていたんだけど、この魔王の話では実は八つを手の中に収めないと駄目らしい。


 しかもただ八つを集めればいい話ではない。

 一つはシークレット、秘密の絵師のカードじゃないといけなかったのだ。


「──迂闊うかつだった。そのうちのシークレットの一人が彼女だったなんて……」

「残念だったな。少年」

「もう少年という歳でもないけどな」


 この世界では高校生の体つきをしているが、現実世界では二十六歳。

 微妙なところで若者とおっさんとのボーダーラインに引っかかりそうになっていた。


「さあ、絵師の神よ。一つ目の若返りの力は手に入れた。次は我が世界征服の願いを叶えたまえ!」

「なっ、願いごとは一回だけじゃないのか?」

「そんなことも知らぬのか。叶えてくれる願いは三回だ」

「そりゃ聞いてないぜ……」


 終わったな。

 僕の輝かしい未来が暗く閉じていく……。


****


「うおおおおー、この世の終わりだあぁー!」

「こわたん。朝っぱらから何を叫んでるのよ?」


 僕はベッドから落ちて何やら奇声を発していたらしく、『ひっ君があたおかってる(頭の中の方が終わってる……)』とぼやき、不可解な顔をしている一人の女性。


 どうやら悪い夢でも見ていたらしい。

 こんな騒がしい状況も休日ならではだ。


「キモ。ついにひっ君もチー牛(オタク)を通り越して伝説の変質者になったのね」

「変質者は失礼だろ。それから何でもかんでも伝説に名を残すな」

「とりま、発明家あるある?」

「いや、僕はただのサラリーマンだ」


 身長百七十弱、やせ形、ツーブロックで刈り上げた黒髪な僕の名前は江弐一筋えに ひとすじ

 その名前の通り、小さい頃から絵を見るのも書くのも大好きだった。

 だったというと人によっては失礼に値するかも知れないが……。


「もうあの頃みたいに絵なんて描けないさ……」

「何をぶつぶつ言ってるの? 大丈夫そ?」

「おわっ、お前顔近すぎだろ!?」

「うん? 何が?」


 隣で八重歯を見せながら『イヒヒ』と魔女のようににやついているのは僕の幼馴染みでデジタルパーマのかかった茶髪の美少女。


 百五十の小柄で痩せていて見た目は色白だがギャル、言葉使いも中身もギャル。

 そのゆえ流行に敏感なミーハー。

 いつも何気なくお洒落な性格を表現するためか、髪型やネイル、メイクにさえも出し惜しみをしない。

 胸もそれなりにあり、男心を狂わせる。


 彼女の名言からして『人生は一度きりだから楽しんだもの勝ち』らしい。

 そんな彼女は流語美羽りゅうごみわという。


 僕と美羽との付き合いは長く、同い年生まれで幼稚園からの腐れ縁。

 その関係も続いて僕たちはもう二十六になる。


 しかし、恋愛話あるあるのようなフランクな関係に見えるが僕たちは恋人通しではない。


「寒っ、何で窓が開いたままなんだよ。お前、またそこから入ってきたな!」

「えへへ、いつものようにひっ君とエンカしたかったんだけど玄関は鍵がかかってたんで」

「いや、設定がおかしいだろ。ここマンションの五階だぞ?」

「そこはクノイチのように雨どいを秒でシャシャシャっと昇って」

「そんなクノイチがいたら見てみたいよ……」


 すると美羽がおもむろに窓際にスタスタと近付いていく……。


「……」

「だあー! 無言で窓から飛び降りようとするな。さっきも言ったけどここは五階だぞ!」

「だって、どちゃくそクノイチを見てみたいって?」

「それは言葉のあやだ。危ないからやめろ」

「おけ卍卍」


 こんな感じのネジが二、三本外れたような幼馴染みの相手をしていると正直疲れる。 

 惚けたふりをして冗談は通じないタイプ。

 個人いわく、よくもまあ、こんな相手と長年一緒に居られるよ。


「見た目はロリッ娘で黙っていたらそれなりに可愛い美女なんだけどな」

「なになに、ロリで可愛くそれなりに『ビショ!』ってエチエチな話?」

「違う! というか距離が近い!」


 テンパりかけた僕は美羽と間隔を開けるため、ベッドから壁際の勉強机の椅子に座る。

 椅子の背もたれがギッと鳴り、僕の重みを吸収する。


 部屋の周りの壁には無数の美少女の漫画イラストのポスターがところ狭しと飾られている。

 僕はこんな風に自由な発想で二次元のイラストを描く絵師たちの大ファンでもあった。


 そのせいか、美羽が僕をオタクと名指ししているのだ。


「それで今日は何の用だよ?」

「用も何も今日でしょ? ひっ君がほんとすこな(大好きな)今年度の絵師展示会」

「えっ、そうだったけ?」

「うん、展示会」


 美羽が差し出したスマホのカレンダーに記された今日の予定を見て、背筋が凍りつく。


「あの、美羽さん?」

「うん、何かな?」

「今もう八時半過ぎ。予定十時からだったら今から支度しないと間に合わないんだけど」

「うん」

「だから着替えたいから部屋出てて」


 僕は美羽を見ながら、出入り口の方を指さす。


「きゅんです卍」

「そこはハズイだろ!?」


 僕は口とは裏腹に全然恥ずかしがらない美羽を部屋の外にズルズルと引きずり出して、厳重に鍵をかける。


 こうでもしないと美羽がのぞき放題だからな。


 いつぞやの親子水入らずな温泉旅行のことを思い出す。

 夢もあり、希望もあり、あの頃は何もかもが煌めいていたな。


「父さん、母さん。僕はこれからも元気でやっていきます」


 僕はまだ生存中(発言が紛らわしい)で、海外に転勤した両親に祈りながらも、いそいそと着替え始める。

 気をつけろ、あの怪物のことだから、こんなドアなんて簡単にぶち破るぞ。


『もしもし、ひっ君のお母さん、私、ひっ君に散々弄ばれて強引に追い出されたんだよ。顔が良いからって、ぴえん……』

「下らん会話なんかで海外通話するな!」


 僕は急いで着替えを済まし、ドアを開け放ち、美羽に怒りの発言をする。

 でもその根源の相手は何も持っていなかった。


「キシシ。引っかかったねー卍卍」

「騙したな、この小娘があー!」


 小悪魔的な笑みを浮かべた美羽に怒鳴るが、当の本人は何とも思っていないようだ。


「まあまあ、早く支度ができたんだからいいじゃん。結果オケーということで」

「今度やったらガチで怒るからな」

「今、どちゃくそ怒ってたじゃん」

「だあー! いちいちツッコミを入れるなよ、さあ行くぞ」

「りょー(了解)卍」


 僕たちは家を出て、都内にあるアニメショップへと目指す。


 季節は十二月初め。

 肌を刺す空気が何とも言えないが、ここ東京は今日もよく晴れていた。


****


 アニメショップ、アニメート絵師展示販売会場にて、僕の心は高揚していた。


「ああ、キノミノコにカンどくに紅茶貴族にガラスびん。どれも尾を付けがたいな」


 入場する際にどの絵師を応援しているかのアンケート用紙を記入して、手首にそのファンの紙のリストバンドを着ける。


 キノミノコの推し(ファン)はピンク色。

 このバンドが入場チケットがわりのようだ。


 ──白を基調としたシンプルな白い壁に飾られた数々の美少女のイラスト。

 金の額縁に収められたこれらは購入することも可能だ。


「まあ、その値段がめっちゃ高いんだけどな」


 僕が特に推している絵師のキノミノコの一枚のイラスト。

 このイラストのモチーフはクリスマス。

 胸元がセクシーで着なれないサンタの衣装で恥じらいを見せる猫耳の美少女。

 その値段は五十万を軽く超える。


「まったく、誰がこういう男の尊さやばたんな絵を買って飾るんだろうね。親が知ったらカルチャーショックだよね」

「僕もそうなのか?」

「うん、初めのうちわね。でも察してたら慣れちゃった。そんなことよりさ……」


 美羽が僕の視線の前に立ち、服の袖を掴んで、頬を赤らめる。


「あのさ、それでさ、ひっ君……」

「何だ、急にモジモジとかしこまって?」

「あのね、きゃっ!?」


 何もないはずの床につまづき、絵師のイラストの方へバランスを崩す美羽。

 そのか弱き体がイラストから飛び出したとあるものに捕まれていた。


 僕は最初は意味が分からなかった。

 だって額縁がくぶちから真っ黒な人の手が出てきたんだぞ。


「美羽!」

「ひっ、ひっ君、やばたん。助けて!」


 あっと叫ぶ暇もなく、キノミノコの絵に吸い込まれようとする美羽。

 僕は美羽を助けようと腕を掴んだが……。


「うわあああー!?」


 その僕も一緒に絵の中に吸い寄せられたのだった。


 ──美羽を追いかけ、異世界での旅立ちがここから幕を開ける……。

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